表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/291

98 運命の罠

 とある、晴れの日。

 日本防衛会議ビル。


 翔一こと治癒クマーは案内されて一室に入った。

 オンライン会議ができる近代的な会議室。

 それほど広いものではないが、いくつもモニターが並んでいる。

 小さな机と椅子。

 座らずに、立って待つ。

 この場所にくるときは子熊形態なので、今日もその状態である。

 人間形は傷跡が生々しいので、避けたという面もあった。子熊形態の時は傷跡は消えてしまう。

 小さな部屋には、警備兵二人と制服を着た士官。

 油が後ろに立つ。

 モニターには防衛会議の理事たちと暗黒司令が映る。

「四級治癒クマーがきました。審問を始めます」

 見たことがない士官が司会をしていた。

 全員礼をする。

「席についてくれ給え。君の名前は御剣山翔一みつるぎやま しょういち。東宮聖霊学園一年生、所属部活なし」

 暗黒司令に問われる。

 基本プロフィールについての確認。

「はい、間違いありません」

「そして、四級ヒーロー治癒クマー君だね」

「はい、クマ」

「なぜ、四級の審議に理事会が呼ばれるんだ。司令の一存でいいだろう」

ひじり理事の要望ですので」

 デブ理事の面倒臭そうな声に答える暗黒司令。

「では、早速、君に聞きたいことがある。しかし、その前に人間体になってくれないか」

 聖雄造ひじり ゆうぞうの声。

 翔一は渋々、人間体になる。

 傷跡の生々しい少年が現れて、全員が軽く息をのんだ。

「すごい傷だな」「何かと戦ったのだよ。間違いない」

 理事たちの声。

 聖雄造が問う。

「確かに、君だ。君は某月某日、私の私邸に訪れたね。目撃証言がある。もちろん、私もこの目で見た」

 メモを見るために眼鏡をかけている。

 聖雄造の声は先日とは違い、落ち着いた声だった。

「はい」

「用件は何だったんだ」

「お嬢さんの、聖美沙ひじり みささんの財布を拾ったのです。近所ですから届けようと考え、持って行きました」

 この辺りの質問は一度防衛会議の人間に答えている。

 再確認の意味もあるのだろう。

「届けただけだったのかね」

「違います、老婦人が応対されて……外国の方の様でした。財布が本人のものか、確認するから応接間で待っていてほしいと家の中に案内されました」

「その財布だが……美沙に確認したところ、三年前に紛失したもので、その日の夕方に部屋の前に置いてあったという。君が置いたのかね」

「違います」

「フム、しかし、我が家にはそのような老婦人はいない。確かに我が先祖は外国の血が混ざっているが、明治時代の話になる」

 雄造の外国人のような顔立ちは面影があった。

「ならば勝手に入ったのだ」

 誰かがいった。

 翔一は反論しようとしたが、いえばあの事件の詳細を語ることになる。

 無言を貫く。

「応接間に入ってからどうなったのかね」

「紅茶をメイドさんが持ってきて飲みました。二十分ほど待ちましたが、ご婦人は現れず……そこからの記憶がありません」

 これ以上は説明できないと判断した。

「何か隠しているのではないかね」

 聖雄造が問う。

 翔一は無言。

「それが四時頃。君は夕方五時頃に突然、我が家のホールに現れたね」

「はい」

「どこかに隠れていたのかね」

「わかりません」

「では、聞くが、君はその時血塗れで、その傷は何だったのだ」

「わかりません」

「壺のようなものを持っていたね。とても強力な魔力だった。それはすぐに隠したね」

「わかりません」

「我が甥、ニルソン修一が侵入者だと思って剣を抜いた。私もだ。強力な魔力を持った人間は危険だから。そして、君も剣を抜いた」

「……」

「聖君、こんな少年に剣を抜いたのか? 君の行動にも問題があるぞ」

 理事の一人が指摘する。

「君は非常に強力な剣を抜いて、甥のサーベルをへし折り、我が家の結界と門を破壊して去った。それに相違ないかね」

「……」

「彼は四級なのだろう、そんな強いわけがないじゃないか」

 デブ理事の指摘。

「彼は実力を隠している」

「けがは凄いが……君が付けたんじゃないのか」

 別の理事が問う。

「違う、これは元からだ」

 やや語気強く、聖雄造が反論する。

「仮に窃盗不法侵入としても、過剰防衛になりかねません」

「強力な呪物を持った相手にそんなことをいっていたら、こちらが倒されるだろう」

「とにかく、君が先に剣を抜いたのは重要なことだよ」

「よくもそんな悠長なことがいえますね。平和ボケにもほどがある」

 聖雄造と某理事がいい合う。

 雰囲気的にかなり不仲なようだ。

「その呪物は何だったのかね」

 デブ理事が問う。

「……」

「翔一君。私は聖氏を疑う理由はない。そして、君は隠していることがある。我らは正義のため働いている。それは君も同じだろう。素直に話してくれないか」

 暗黒司令の言葉に、一瞬、翔一は悩んだ。

 しかし、

「わかりません」

 翔一の回答に、全員がため息をついた。

「首都大学附属病院からの報告です。これは防衛会議の要請なので合法な情報開示になります。彼は新たな裂傷が十四か所、指は二本が切断されたようですが、痕跡だけで接合されています。わき腹の裂傷は非常に大きく深く、通常の人間なら死亡に至ったでしょう」

 司会が読み上げる。

「私は少年にこんなけがを負わせない。当たり前のことを聞かないでくれ」

 聖雄造は憤然という。

「君は何と戦ったのかね」

 他の理事が聞いた。

「わかりません」

 全員の顔に諦めがうかぶ。

「このままだと、君は行動に問題があるとして場合によっては起訴するかもしれない」

 聖雄造に厳しい意見をいっていた理事が告げる。

「皆さんに申し上げておきたいが、通常の法に関する問題は我が家からは何もいうつもりはありません。何かはっきりと目立ったものが持ち去られた形跡もなく、門や呪文の損害も軽微。その程度で彼を罪には問いません。しかし、彼の行動の不品行は問いたい」

 内心ほっとした。

 聖雄造は通常の刑罰は許す方針のようだ。

 仮に軽犯罪でも起訴されれば、家族に迷惑がかかる。

「聖理事、ありがとうございます」

 素直に頭を下げた。


「彼の経歴を見て頂きたいのですが、かなり困難なミッションにも参加し、治癒能力で仲間を助けています。彼がなぜ秘密を明かさないのかはわかりませんが、彼が正義のために働いているのは事実です」

 暗黒司令が擁護してくれる。

 各理事には治癒クマーのデータがある。

「では、主だった者の証言を集めました」

 司令がうなずくと、映像データを再生する士官。皆、映像を見る。

 証言として会議が集めたようだ。

「治癒クマー君。彼は強いとはいえないですが、動物の能力を生かして仲間に貢献し、治癒能力も高い。敵基地にも身の危険を冒して侵入し、邪悪な犯罪者を捕らえています。そして、人質も救出しています。彼は有用な人材でしょう。皆さんが彼をいらないというのなら私の部下にしたいですな」

 滝田たきた少佐の証言。

「あの熊小僧は何か隠している。あいつがさぼっているのを咎めてから、あいつは俺を憎んでいるんだ。俺が気絶した後、とんでもないことをやらかしたのはあいつに決まってる」

 烈銀河れつぎんがの憎々し気な顔。

 思わず不快過ぎて目をそらす。

「クマちゃんが悪者の訳ないだろ、バカかよてめぇ」

 赤嶺明日香あかみね あすかの姿。

 誰かの胸ぐらをつかむ。

「御剣山翔一君。治癒クマーちゃんだったのね。たぶんそうだとは思っていたけど。彼は正義のために戦っているわ。でも何か隠しているのは事実だと思う。そして、私、あの人の兄、大クマーさんに命を助けてもらったことがあるの。防衛会議は彼を大事にしてほしい。これは私のお願いです」

 聖美沙ひじり みさの証言。

 聖雄造は驚いたようだ。

「娘の恩人なのか……」

「えーっと、私から何もいうことはないけど、あの熊さんは大事にした方がいいわ。大和田もあの子がやっつけたのよ。まあ、あんまり知らないわよね」

 緋月零ひづき れいの証言。

「大和田?」

「わかりませんが、そのような人間がいたという話です。しかし、どこにも証拠が残っていません」

 某理事に暗黒司令が答える。

 どうやら大和田は魔王と存在がリンクしたために、因果を飛ばされ、存在そのものがなかったことにされたようだ。

「防衛会議の皆さん。治癒クマー様は私の命の恩人です。異世界にやってきて、絶望の底にいた私を救ったのです。『祈祷師ゼロ』の皆さんとあの方は本当のヒーローです。お願いします、許してあげて下さい」

 最後は源雪みなもと ゆきの涙ながらの証言だった。


「以上が大体の証言となります」

 司会が無感動に告げる。

「彼を処罰すると、大クマー氏と『祈祷師ゼロ』との関係がなくなるのではないか」

「大クマーは謎の存在であてになるわけじゃない。『祈祷師ゼロ』は彼とは別の存在なのだろう」

 理事たちは話し合う。

「翔一君『祈祷師ゼロ』は君を処罰した場合、素直に働いてくれるかね」

 暗黒司令は率直にいう人物だった。

「彼らは僕に関係した霊存在です。しかし、自分の意思でここにやってきて働いています。僕が頼んでいるわけではありません。確かに、僕に罰があったとしたら、ふてくされるかもしれません」

「それはまずいのではないか。彼らの魔術物は一定の成果を上げている。あれがなくなるとなると、確実に損害が増えるぞ」

 一人の理事が不安を述べる。

「僕がどうなっても、彼らが世のために働くように説得します」

 翔一はそう答えた。

「やはり、君には善意がある」

 暗黒司令はあまり見せない笑顔を見せた。

「では、後は理事による審議だ。関係各位にはご出席賜り感謝申し上げる」

 聖雄造の言葉で解散になった。


 翔一は解放されて本部を出る。

「今日は雲一つないな」

 呆れるほどの晴天だった。




「んで、結局、翔一はヒーロー辞めさせられたのかよ。くそ、いてて」

 珍しくダーク翔一が激怒している。

 机をたたいて痛かったようだ。

「……」

 球磨川風月斎くまがわ ふうげつさいは無言。

わらわ、そいつらにいって聞かせるぞよ!」

 大絹姫おおぎぬひめも怒り心頭だった。

 闇のオーラが蠢く。

「そうだそうだ、こうなったら、徹底抗戦だ! 戦の準備はまず石器作りからと決まっている」

「いや、あの、もうちょっと歴史の進歩してくれないか……」

 土壁源庵つちかべ げんあんの言葉に呆れるダーク翔一。

「みんな。ここはおとなしくしてほしいクマだよ。ヒーロー解任されただけだから、別に他に罰もないし。『祈祷師ゼロ』の活動は続けてほしいクマ」

「不快な気分すぎるぞ。いいことをやったのに、罰なんてな。翔一は死にかけたじゃないか、俺たちも命がけで頑張った」

 モフ腕を組んで背中を見せるダーク翔一。

「やはり、あの迷宮で起きたことを説明すればよいのじゃ」

「ダメだよ、姫ちゃん。誰にもいわないって約束したんだ」

 翔一の言葉に不満げな顔をする大絹姫。

「説明できないのでは信用を得られぬ。この件で防衛会議は責められぬぞ」

 風月斎が重く告げる。

「それはそうだが……」

 ぶつぶついって、石器のかけらを庭に投げる源庵。

「そうだ、防衛会議の奴らがきたら、このドラゴンソードで倒してやるぜ」

 精霊界から例の邪竜が持っていた剣を覗かせる宿精。

 混沌の波動が見える。

「ダーク君、また、そんなものを拾って……」

「いいじゃん、これすげーつえーぜ! って、重すぎだろ」

 腑抜けた根性のダーク翔一では持ち上げるのもやっとだった。

 柄だけ出したが、結局、精霊界ポケットに戻した。

「邪神の持ち物なぞ拾いおって、大丈夫なのか」

「俺の呪詛耐性を舐めるな!」

「汚い力にのみ強いな、駄熊は」

「駄熊いうな」

「とにかく、戦いなんて絶対ダメクマだよ。受祚の仕事も続けてほしいクマ。それが、世の中のためにもなるんだ。僕がヒーローじゃなくなっても正義のために戦う人は尽きないし、応援は必要だよ」

「翔一君のいうとおりだ。しかし、やり切れん」

 ため息をつく源庵。

 他も暫し無言になる。


 翔一は皆を置いて庭に座った。

「翔一殿、これからどうする」

 風月斎がきた。

「僕は学生だから、学業にまい進するクマです。ちょうど時間もできたから。それに、お母ちゃんも僕のけがを見てヒーロー辞めてほしいって」

「身を心配してくれる母とは有り難い存在でござる」

「はい」


 翔一は立ち上がると、祈祷所を去った。

 季節は初夏になるようだ。


 草木の勢いが凄まじい。




2021/8/25 2022/8/6 微修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ