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97 ヒーローたちの休息 その3

 エリックは病院の屋上に出ると、夜景を眺めた。

 確かに、少し寒い。

「クマクマ」

 翔一はかなり注意して、隠れて様子をうかがう。

 室外機の影から一人の女が出てくる。

 女医の御堂みどうだ。

「エリック、何なの、呼び出したりして」

「君は僕の担当医ではないが、手術の時に助手をしていたと聞く」

「ええ、そうよ」

「そして、君は病状について率直に患者に告げる主義だ」

「基本的にはね。でも、気に病みそうな人にははっきりいわないわ。私もちゃんと人を見てるのよ」

(御堂先生みたいな女子力ゼロのガサツ系女子でもその辺りは気をつけていたクマなんだ……)

 御堂の意外な側面を見たようで、少し驚く翔一。

「僕は心配いらない。教えてほしい。僕はもう、ヒーローとしては終わったのだろうか」

「……普通に生きるというだけなら、たぶん、治るわ」

 エリックと御堂は身を寄せて、柵の前に立ち、少し震えながら会話している。

「それではダメなんだ。ぎりぎりの戦いの中で生きる体力が僕にあるのかということ」

「あなたの内臓は破損していた。修復再生をしたけど元に戻ることはないわ。移植するか、奇跡でも起きないと無理ね」

 御堂ははっきり病状を告げる。

「やはりそうか……僕は、退院するよ」

「何をいっているの。だめよ。まだ、普通に過ごすのも無理があるのよ」

「待っていられない。世界は悪が蠢いているのに僕はこんなところで!」

 金属の柵を激しくたたくエリック。

 弱い超能力で体が少し浮く。

「ダメ!」

 思わず、御堂が横から抱きしめた。

 彼女には彼が柵を飛び越えるように見えたのだ。

 思わず、じっと御堂を見つめるエリック。

「アメリカに魔術治癒を行うヒーローがいる。彼女を頼れば、或いは」

「オカルトはわからないけど、信じ……」

 ぐっとエリックが御堂と唇を重ねる。

 彼女にこれ以上、いわせたくなかったのだろうか。

(あわわ、ここからは覗いてはいけないクマクマ……でも、エリックさん)

 エリックはオカルトを軽く見ているようなところがあった。それが溺れる者が藁をもつかむということなのか。

 翔一は胸が痛くなる。

 やがて、身を放す二人。

「すまない」

「いいのよ。でも、無理はしないで、一ヵ月、いや、せめて二週間。まだここにいて」

「……」

(え? 誰かくる)

 翔一は全身の毛が逆立った、不穏な気配だったのだ。


 そのものは突如現れた。

「ようやく出てきたな、エリック。貴様をやるチャンスを待っていたのだ」

 黒っぽいヒーロースーツに身を固めた白髪の男。大きなゴーグルをつけている。

 屋上の逆側にほとんど前触れもなく現れた。

「空間をゆがめて出てきたな」

 エリックは御堂を守るように立つ。

「ダメよ」

 御堂はエリックの身を心配して止めようとするが、彼は首を振る。

「心配いらない。戦いはプロに任せて」

「上級ヒーローが死ねば、それ以下の雑魚は士気が崩壊する。ヒーローなんざ、単なる烏合の衆。それを見せてやりたくてな。待っていたんだ」

 男は腰に何本もナイフを下げている。

 見事な手際でナイフを両手に抜いた。

(あのナイフ、見たことがある! ……わざと待合室に置いたのは彼だったんだ)

「デスナイフか。聞いたことがある」

「いっておくぜ、俺はテレポート能力者だ。自分自身と手に持った小物を飛ばすことが出来る。だから、このナイフを飛ばして貴様を刺し殺す。簡単な仕事だ」

 白い刃を輝かせる。

 男は屋上から出る扉の前にいた。

 御堂は逃げられず、後ろの大きな室外機の影に避難する。

「グレイ団だな」

「違うぜ、金でどんなことでもやるってだけだ」

「もっとクズだな」

「へへ、死人に何をいわれても、屁でもねえ」

 そういいながら、デスナイフはひょいっとナイフを投げる。

 ナイフは途中で消えると、いきなりエリックの眼前にあった。

「雷気!」

 バチッ!

 間一髪、ナイフを弾く。

「やるな、これならどうだ!」

 さらに二本。

 雷気で弾くエリック。

 しかし、一本は体を掠めた。

「ぐ!」

 ざっくりと肩口を切られる。

 飛び散る鮮血。

「風来!」 

 突如、突風が起き、男を屋上から弾き飛ばす。落下するように見えた。

 しかし、

「へ、んな攻撃が効くかよ」

 男は即座にテレポートして、元の場所に戻った。

「雷弾!」

 ババとエリックの両手から男に稲妻が走る。

「ち!」

 雷の速度よりは早く反応できるわけもなく、デスナイフは一撃を喰らったが、

「効かねぇな。耐電スーツでね」

 薄ら笑いを浮かべる。

 思わず、膝をついたエリック。

「ハァハァ」

 病み上がりなのだ。

「無理よ、逃げて!」

 御堂が声を出す。

「へへ、そういえば、美人の女医さんがいたな。あんたの恋人かよ」

「……」

「可哀そうだが、目撃者には死んでもらうぜ」

 男はナイフをひょいっと投げる。

 わざとだろうか、テレポートさせない。

「クソ! 瞬足!」 

 エリックは一瞬電化して御堂の前に立った。

 ナイフが心臓に刺さる!

「やめて!」

 しかし、ナイフは皮一枚刺す直前で止まった。


 巨大な毛むくじゃらの手がナイフを握っていたのだ。 


 大熊がナイフを捨てる。

「へへ、貴様。聞いたことがある。未公認ヒーローの大熊野郎だな」

「……」

 ナイフをつかんだのは大クマーこと翔一だった。

「大クマー……」

 エリックにはこの姿を初めて見せたが、うわさは聞いていたようだ。知っている。

「君は今まで、何人の人間を殺した」

 大クマーはデスナイフに問う。

「さあ、三十人程度だな」

 ニンマリと笑う男。

「それなら、倒しても恨みっこなしだね」

「俺をそう簡単にやれると思っているのなら、お笑い種だ。どうやって勝つんだ」

「この木刀で、叩きのめす」

 翔一は『水竜剣』を出す。

「どこから出したんだ。しかし、へへ。テレポートする俺をどうやって補足する」

 翔一は無言で右肩に担ぐように構えた。

「早く動く」

「おお、いうね。やれるものならやって見せろよ」

 野生の狼のような笑いを浮かべる男。

 しかし、大熊の目は全く動じない。

剛刃素戔嗚ごうじんすさのお

「何いってるんだ、この熊公」

「エリックさん、雷気を」

「……わかった」

 何かを感じたのかエリックが、突如、雷気を発する。 

 雷気は水性の『水竜剣』にまとわりついた。

「え?」

 次の瞬間、大クマーはデスナイフの背後にいた。

 デスナイフは胴体の半分がえぐられている。

「……バカな。見えな、か……」

 大熊の木刀がデスナイフの脇腹を半分以上削り取っていたのだ。

 雷気で焼け焦げ、出血もしない。

「反応できなければ、テレポート以前の問題だ」

 エリックがつぶやいた。

 くたっと倒れる白髪の男。

「エリックさん、大丈夫ですか」

「ああ、助かったよ」

「……」


 大クマーは風が吹いた瞬間ふっと消える。

「大クマー、何者なのだ」

「こいつはもう助からないわ」

 御堂はデスナイフの亡骸を調べている。

「君は医者の鑑だな。こんなやつでも助けることを考えている」

「内臓は……ダメね、焼け焦げている」

「他人の臓器なんて都合よく使えないだろう」

「ええ、免疫抑制剤を使い続けることになる」

「戦えないのなら、意味はない……」

 そういうと、エリックは膝をつく。

 普段なら絶対見せない姿だが、もう体力の限界だったのだ。

「人を呼んでくるわ」

 そういうと、御堂はハイヒールを響かせて、階下に降りる。

 エリックはじっと翔一が隠れている場所を見た。

「姿を見せろ。何者だ」

「クマクマ」

「ああ、君は確か、大クマーの弟、治癒クマー君だね」

 子熊の翔一はエリックの傍に行く。

「こんばんわ、エリックさん」

「格闘家との戦いでは無様な姿を見せた。すまない。仲間にも人質にも迷惑をかけた」

「エリックさんは苦しい状況でも一歩も引かず、悪党と戦ったクマです。みなの模範です」

「ありがとう。でも、僕は、もう……」

「兄がエリックさんに霊薬を飲ませてほしいといってました。これを一口飲んで下さい」

 翔一は小さな壺を出し、綺麗なスプーンで蜂蜜を掬ってエリックに渡す。

 謎の輝きを発する蜜。

 素養のない人間でもこれが普通のものではないと一目でわかる。

「霊薬……わかった、いただくよ」

 普段のエリックなら、絶対口にしないだろう。

 しかし、彼は拒まなかった。

 とろとろと、黒い秘薬を口の中に流し込んだ。

「う、酷い味だ。腹の中で燃えるような感じがある」

 少し、エリックの顔に赤みが増す。

「お願いがあります。兄がきたこと、僕がここにいたこと、そして、この霊薬のこと。誰にもいわないでほしいのです」

「なぜ隠す?」

「僕には人に知られたくないことが多いからです」

「……わかった、恩人の頼みだ」

 エリックがうなずく。

 人々の気配。

 緊急医療班の気配が迫ってきた。

「クマクマ」

 翔一は物陰に隠れる。

 騒がしい音とともに、看護師と御堂が駆け込んでくる。

「エリックさん、大丈夫ですか」

 男性看護師の問いに、ふらっとエリックは立つ。

「心配いらない。僕は元気だよ」

「し、しかし」

「……」

 御堂は無言だった、明らかに体力が戻っているのだ。

 エリックはまだゆっくりとした足取りで歩いて階下に降りる。

 顔を見合わせる緊急班。

 屋上に杖が置き去りにされていた。


「クマクマ」

 人々が去ってから、翔一はこっそりと帰ることにした。

 そろそろと廊下を歩く。

 警備員たちは一瞬眠らせて、無力化して通る。

 セキュリティー機器類も対処済み。

 すれ違う医師看護師たちも余裕で回避。

(お医者さんたち警戒のプロでもないから、楽勝クマ)

 そう思いながら、自室を目指す。

 VIPエリアを出て、ナースステーションをうかがう。

「あー! 熊発見!」

 いきなり背後からグイっと抱きしめられ、持ち上げられる。

「あ、あわわ」

 声と香りで誰かわかった。

「御堂先生!」

(なぜ隠密が……ガサツ系女子の動物的勘クマ?)

 女医の視線を見て、翔一はそう感じた。

「しゃべる熊だわ。キャー、モフモフね」

 御堂は子熊を抱きしめると、頬を毛皮にすりすりする。

 当直の看護師たちもやってくる。

「あら、この子治癒クマーでしょ、知ってるわ」

「あなた、なんでこの病院にいるのよ」

「ぐ、まずいクマー。えーっとですね。中身の人が入院しているんだけど、寝付けなくて暇だったクマ」

「え、誰よ、中身の人って」

「秘密クマです。詮索はダメクマ」

「私、正体知ってるから病室まで連行するわ。皆さんは、お仕事に戻って」

「えー、先生だけずるい!」

 結局、看護師たちにも一回づつモフられることとなった。

 看護師たちに手を振って別れる。

 病室に戻った。

「僕のことや兄のことは秘密でお願いしますクマ」

「いいけど、かわりにあなたのお兄さんにお願いがあるの」

「なんでしょう、兄に伝えますが」

「実は……」

「大丈夫ですか、そんなことをして」

「いいからいいから。一生できないでしょ、そんなこと」




 結局、翔一は十日程で退院した。

 病院を出る前に、屋上に向かう。

 物陰に入ると、巨大化する。

 のっそりと姿を現す。

 屋上には一人の人物が待っていた。

「……」

「じゃあ、約束よ」

 御堂だった。

 白いレースのドレスを着ている。

「どうぞ」

 翔一は両手をつくと、御堂を背中に乗せた。

「やっぱり。ふかふかね!」

「落ちないように、ネックレスの紐を掴んでください」

「じゃあ、歩いてみて……これこれ、やってみたかったのよ。いけー!」

 御堂は大クマーに乗って屋上を練り歩く。

 数人の看護師たちが、いつの間にか見学にきていた。

「何あれ、なぜこんなところに熊が」「乗ってるのは御堂先生よ」「先生が面白いものが見られるっていってたけど、これだったのね」

「キャー! 気持ちいい。ねえ、隣の棟にジャンプしてよ」

「え、危ないクマですよ」

「いいから、早く。口うるさいのくるでしょ!」

「やれやれ」

 翔一は気軽にぴょんとジャンプする。

「先生、次、代わってください!」

 若い看護師が叫ぶ。

「ダメよ。私専用なの」

「ずるい!」

 御堂の命令で、大クマーは大病院の屋上を走りまわった。

「すごい、気持ちいい! あの離れた棟まで跳べる?」

「できますクマ」

 次々と跳び、風のように天空を駆ける。

 地上の人々も気が付き、驚いている声がかすかに聞こえてきた。

「そろそろ潮時クマかな……先生」

「何よ」

「その白いドレス、もしかして」

「あら、わかる? じゃあ、あの教会見えるかしら、あそこまで行って」

 御堂が指さす先には教会が見えた。

「はいはいクマクマ」

 三段跳びで地上に着地し、その教会まで向かう。

「なんだあれ、でっかい熊じゃん」「あれ、ヒーローじゃない」「そんなのいないよ」「いるのよ、非公認で」「あの女すげー美人だな」

 様々な声を丸い耳に拾う。


 教会に着いた。

 人が集まっている。

 フォーマルな衣装に身を固めた人々、神父。

 巨大な熊の登場にどよめく。

「楽しんだかい」

 エリックが白いスーツに身を固めて、笑顔で待っていた。

「エリック。遅くなってごめんなさい」

 モフ毛皮の背中から降りる御堂。

 彼女の白いドレスはウェディングドレスだったのだ。

「じゃあ、お二人、お幸せに」

 大クマーはそう告げると、彼らの目の前で薄くなって消える。

「ありがとう、クマちゃん」

「僕のお姫様。指輪を受け取ってくれないか」

「ええ、私のヒーロー。喜んで」

 エリックと御堂は手を取り合ってヴァージンロードを歩いた。

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