96 ヒーローたちの休息 その2
翔一の体は、それでも通常の人間よりは治りが速かった。
三日目には多少動き回っても大丈夫な状態になったのだ。
「確かに、治りが速いわ。動いてもいいけど、絶対無理は禁物だから」
御堂の許可を得て、病院内限定で散歩が許可された。
同時に、家族以外の面会も解禁となる。
個室の病室。
母はおらず、二人の男女と翔一。
「それで、その大けがはどのような経緯で負ったのかね」
「……」
ベッドの前に油上司とゾーヤがいる。
ゾーヤはいつものミニスカートの軍服。
ガーゼとネットで痛々しい姿の翔一の顔をみて、心配そうである。
「なぜ答えない」
「油さん、もっと優しい言い方はできないの?」
「防衛会議は救急病院ではない。個人的なけがで利用してもらっては困る」
「すみません」
任務ではないのに利用したのは事実だ。素直に頭を下げる。
「死にそうだったのよ。ヒーローを失うよりは連絡してもらった方が絶対いいわ。翔一君の判断は正しい」
ゾーヤに反論されて不機嫌になる性格の悪い油上司。
明らかにむっとしている。
「なぜか聖理事の家にいて、武器を振り回したというじゃないか。理由を説明してくれ」
「それはいえません。……武器を振り回したのは剣で襲われたので仕方がなくです」
「君は剣が使えるのかね」
「風月斎先生に教えてはもらっています」
ここもあまり実力をいえない。いえば四級でいられなくなるだろう。
「正当防衛なら仕方がないでしょう。それに、聖さんもこんなけがをした子に武器で襲い掛かるなんて酷すぎるわ」
「今のご時世ですからね。過剰反応とはいえませんよ」
ゾーヤは同情してくれるが、油上司は懐疑的だ。
「そろそろ、時間ね。面会は数分ということですから」
腕時計を見るゾーヤ。
「まあいいだろう、退院と同時に君には審問が行われる。そのような非協力的態度だ、どのような結果になっても自業自得と心得ろ」
「油さん!」
「上司さん、すみません」
ベッドの上に座りながら頭を下げる翔一。
「あの、もう、よろしいですわよね」
母が心配になったのか入ってきた。外でこっそり聞き耳を立てていたのかも知れない。
「ええ、はい。翔一君の命に別条がなくて我らも安心しました」
油上司は詩乃に聞かれた瞬間笑顔になりペコペコと頭を下げる。
「本当に、最低の人間ね」
ゾーヤのつぶやき。油上司を冷たい視線で見た。
防衛会議は聴収する理由があったが、翔一の友人も見舞いにくる。
京市がお菓子や漫画などを差し入れてくれた。
「翔ちゃん、すごいけがだね……」
京市は絶句している。
「ありがとう。京市君」
「どうしてそんなけがを」
「記憶にないんだ」
「……」
沈黙。
気のせいか、京市は少し怖がっているように見える。
「学校は、どんな感じなの」
「相変わらずだよ……」
学校の近況、うわさ話などをしてくれる。
「生徒会長様の妹君が元気になってね、また学校にくるようになったんだよ」
生徒会長の妹は聖倫。
ダンジョンで霊薬を飲ませた少女だ。
「びっくりするぐらい印象変わったって噂になっていたから見たのだけど。たしかに、以前のか細い感じとは違ったね」
「前は授業にも出られないくらいだった。僕は面識あるよ」
「今は元気になって授業にも出ている。すごい美少女だって、人気もうなぎのぼりなんだよ」
彼女の様子を聞いて、このけがも無駄じゃなかったと少し気持ちが晴れる。
他にもいくつかうわさ話を聞く。
他愛もない話。
「じゃあ、僕は行くよ。元気になってね、翔ちゃん」
じっと見つめてくる、少女のようなまなざし。
少年は翔一の手を握ろうとしたが、包帯だらけの手にぎょっとして身を引く。
「うん、また会おう」
「……」
少年はなぜか慌てるように去った。
「こんこん、入るぞよ」
といいながら、無人の時間を狙って二つの影が病室に入ってくる。
少しだけ扉を開けて、入ってきた可愛いお人形と熊のぬいぐるみ。
「味気ない部屋だな」
入ってきた早々に文句をつけるのはダーク翔一。
「熊殿。お加減どうじゃ」
お花を抱えてふわふわと浮く大絹姫。
「ありがとう、姫ちゃん。お見舞いにきてくれて」
「妾、熊殿のためにお花摘んできたぞよ」
きれいな黄色い花。
祈祷所の庭に咲いていたものだろう。翔一には花の種類はわからない。
花瓶がなかったので、緊急時に悪霊を封じる用に用意していた瓶を精霊界ポケットから取り出す。
「これにどうぞ」
「気が利くのう。さすが熊殿」
「翔一、ヒーロー速報持ってきたぜ、紙版だ」
冊子の束を渡してくれるぬいぐるみ。
「ありがとう。エリックさんのこと、何かわかった?」
こっそり、連絡しておいたのだ。
「二級の権限で確認しても情報はない。隠しておるのじゃ」
「相手は一級だぜ、動向はトップシークレット。しゃべる人形に教えてくれるわけがない」
少し、イキリ感を出しながらしゃべるダーク翔一。
「駄熊のくせに腹の立ついい方じゃの」
「駄熊いうな」
「しかし、全く活躍のうわさがないのは事実ぞよ。源庵殿がネット検索とやらをしたのじゃ」
「先生はどんどん新しいことを覚えていくね」
「そうじゃ、果物食べさせてやるぞよ」
そういうと、何やら呪文を唱えると、
「刀鬼よ、来!」
皿の上に置いた林檎がきれいにバラバラになる。
「うわ。なんだ、邪悪な魔術。あんたこんなこともできるのか」
「駄熊も妖術使いのくせに偉そうにするな。それより、熊殿、あーんして」
大絹姫はフォークに林檎片を刺すと、翔一の口に入れようとする。
「自分でできるよ」
苦笑する翔一。
「いいから、あーん」
「あーん」
パクっと林檎を食べる。非常に甘くておいしい。
(本当においしい。異世界の林檎は野生感がすごかったよ。甘味がほとんどなくてひたすら酸っぱい)
ふと、異世界の果物を思い出す。改良もされていない原始的な果物ばかりだったのだ。
「どうじゃ」
「おいしいよ」
「ちゃんと『おいしいクマー』といいなさい」
「おいしいクマー」
「よろしい」
「何なんだ、それ」
ダーク翔一の突っ込み。
「ふむ、熊殿、エリック殿が心配なら占ってみてはどうじゃ。あの占い道具なら上位存在から意思が降りるだろう」
「うん、やってみるよ」
ゆっくりベッドを下りて、床に鹿皮をひろげる。
「エリックさんの現状……」
ざらざらと、占い袋をぶちまける。
「……やはり、現状はかなり苦しい。小さな石にまとわりつかれている、でも、親しい人が支えている。……魔が迫っている?」
「魔が迫っておるのなら、警告を与えねば」
「そうだね。調べてみるよ」
看護師の足音が病室に向かってきていた。
薬の時間である。
目配せすると、二つの異形は精霊界に消えた。
それから、翔一は看護師たちと積極的に会話するようになった。
情報を集めるためである。
病院は若い患者が少ないのもあるのか、彼女たちとすぐに仲良くなった。
上流階級の子弟が多い東宮聖霊学園のことを教える引き換えに、エリックのことに探りを入れる。
看護師たちは噂話が大好きだが、あまり語ってはくれない。
しかし、反応から彼がいることは確信できた。
(最上級VIPエリアだよね。たぶん)
自分が入院している部屋もそこそこグレードは高いが、そこはホテルのような部屋がいくつかある。警備も厳重で、プロっぽい警備が立って睥睨している。
(気軽に会いに行ける雰囲気じゃないね……)
気にはなったが、無理はやらない。
食事の時間になった。
部屋で食べる気になれず、食堂に持ってきてもらう。
食堂は六階にあるので、かなり景色がよいのだ。
大都市を眺めながら、一人食べていると、女医の御堂が一人牛丼セットを食べている。
「先生、ご一緒してもいいですか」
「ああ、翔一君ね。いいわよ、具合はどう?」
「もう、大丈夫だと思います」
「まだ駄目よ」
御堂は元気よくパクパクと食べてしまう。
翔一はあまり食欲がなかった、箸が進まない。
「先生、僕の手術中に変わったことはなかったですか」
「以前、指摘したこと以外はなかったわ」
「僕は、その……」
「知ってるわ。ヒーローなんでしょ」
「え?!」
「だって、ヒーロー端末もってたじゃない」
翔一は倒れ伏してからの記憶はないが、端末はベッド横の棚に置いてあった。
「僕のことは……」
「心配しなくても、守秘義務があるから喋ったりしないわ」
「……僕は、治癒クマーという下級ヒーローなんです」
「あ、知ってるわ。小さな子熊なのよね」
思わず、笑顔になる女医。
「僕は人間のまま手術を受けていたんですか」
「ええ、特に変身するとかなかったわよ。仮に動物になっても、構造は同じでしょ。たぶん対処できる」
「へぇー。人間だけじゃなくて、動物も治療できるんだ。それにすごい美人で、非の打ち所がないですね」
「何よ、褒め殺し?」
ニコニコと笑う。褒められて嫌な気はしないだろう。
翔一は美しい笑顔に思わず見とれてしまう。
「じゃあ、あのけがはヒーロー活動の結果なの? ちょっとすごい敵と戦いすぎじゃないかしら。下級なんでしょ、防衛会議って……」
「このけがは防衛会議の命令じゃないのです。僕が自発的に戦った結果です」
「じゃあ、何と戦ったのよ、白状しなさい」
「ノーコメント」
「生意気ねぇ」
彼女は忙しいのか、食事を終えるとすぐにどこかに行ってしまう。
「元気になってきたけど、まだまだ安静にしてないと駄目」
深夜。
夜勤の看護師が時折歩いているような時間である。
「クマクマ」
翔一は起きだすと、子熊に変身する。
子熊になると、包帯もけがも消え、人間体よりかなり動きに融通が利く。
(でも、ちょっとまだ痛い。治ったわけじゃなくて呪力で抑えているだけ。無理はしないでおこう)
そして、病室をこっそり抜け出した。
ベッドには依り代用のぬいぐるみを二体布団の下にセットして、寝ている風を偽装している。
夜の病院はどこか半分覚醒しているような気配があるが、基本は静かだった。
カツカツ。
看護師があくびをこらえながら歩いてくるので、さっと物陰に隠れる。
「クマクマ」
彼女は何かを書きながら通り過ぎた。
翔一が目指しているのは超VIPエリアである。
どうしてもエリックの状態を診たかったのだ。
(あの人の状態は僕に責任があるわけじゃないと思うけど、見捨てられないクマ)
そう思う。
あの格闘家との戦いから一ヵ月は経過していた。
まだ入院しているのなら、傷は相当深いのだ。
(電子ロック、監視カメラ、警備員……一般の病院としては相当厳重クマ)
浸食現象への対応で、ヒーローのみならず負傷者増大の昨今、一般の病院でも高セキュリティの病室が設置されるようになっていた。
(電子ロックは機械精霊。監視カメラは暗黒精霊をカメラの前に設置。警備のおじさんは一瞬だけ寝てもらうクマ)
精霊を呼び仕事をさせようとしたとき、看護師長がやってくる。
(あれ? 何か用事かな、とりあえずやり過ごすクマ)
師長は芹沢某という三十代後半のそこそこきれいな女性。
翔一は彼女の後を追うように、精霊に仕事をさせてから監視を潜り抜ける。
エリアのナースステーションには看護師が一人いたが、彼女も少し寝てもらった。
端末を確認すると、
「葉外山大臣、金有さん……老人ばかり、あ、いた。エリック・フリュクベリ、特別三号室クマ」
照明の暗い廊下を三号室を目指して行く。
目的の場所の前には三人の看護師がいた。
(三人もいる、何の用だろう。お邪魔クマー)
先ほどの看護師長とさらに二人。
「師長。夜勤を買っておいでになられたのはこういう理由でしたのね」
同じ年齢くらいのそれなりの美人看護師が目を吊り上げている。
「主任も先日夜勤したばかりよね」
芹沢某がいい返す。
「エリックさんの担当は、今日は私ですよ。お二人はお帰り下さい」
若い美人看護師が二人をけん制。
「エリックさんは特別待遇の最重要患者。私が直接定期的に観察する義務があるの」
「嘘おっしゃいな」
看護師長と主任がいい合う。
「でも、おかしいわ、なんでこんな夜に」
若い看護師が怪訝な顔。
「あなたたちに文句つけられる理由はありませんわ!」
怖い顔の芹沢。
女三人が、エリックの病室の前でにらみ合っている。
(……ものすごい妄執みたいなものが伝わってくるクマ……)
ガラ。
引き戸が開く。
背が高いパジャマ姿の男性が現れる。
(エリックさん……)
以前の輝くような力強さに満ちていた姿とは程遠い。髪は乱れ、体は細くなっている。
杖を突き、出てきた。
「あ、エリックさん」「ご、ごめんなさい。起こしてしまったのかしら」
看護師たちは睨み合いを解く。
(しかし、さすがエリックさん。腐っても鯛、病み上がりでもイケメン。圧倒的にかっこいいクマ、割とマジで)
「看護師さん、僕は少し夜風に当たろうと思うんです」
「いけませんわ、まだ、夜は冷え込みが」
「ご心配なく、今日は気分が悪くない。それに、少し寒い思いをした方が眠れると思うのですよ」
看護師たちが付いてこようとしたが、
「一人にしてください」
そういわれてしまうと、彼女たちは諦める。
「クマクマ」
こっそり追う子熊。
高身長の細身を少しふらふらさせて暗い廊下を行くエリック。杖を突きながら、ゆっくりと歩く。
彼の向かう先は、病院の屋上だった。
2021/8/21 微修正




