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90 常世の岸辺、去る者と来る者 その3

 打ち寄せる波。

 白い砂浜。

 そこに雑に描かれた魔方陣の中で、キョロキョロする三匹の子熊。

 胸をそらして彼らを見下ろす、土器面をつけた熊のぬいぐるみ。

「ここは、どこだ」

 茶色の子熊が彼を見て問う。

「原初の海岸、生物が生まれ出で、そして、死して回帰する場所だ」

「僕たちは、一体……」

 ベージュがきょろきょろとしながらつぶやく。

「お前たちは、今生まれたのだ」

「あなたは? そして、僕たちは?」

 黒い子熊の知能は高そうである。

「私は大祖霊大祈祷師。土壁源庵つちかべ げんあん。君たちは今生まれた魔術存在でもある」

「魔術……なぜ、そのようなことをしたのです」

 ベージュが問う。

「……ええと、それはだな……ちょっと待て」

 源庵はいいよどむ。自分の術の失敗をごまかすためとはさすがにいえなかったので、何か適当な理由を必死に考えた。

「もしかして、何も考えていない?」

「そ、そんなことはないぞ。、というか、君たちは私のともがらではないのか」

「はじめてお目にかかるようだ」

 茶色が答える。

 源庵は自分に連なる子孫の霊を呼んだつもりだったのだが、どうやら、全く関係のない存在が彼らに封じられている。

(まずいぞ、これは)

 焦りまくる源庵。

「それで、理由を教えてください」

 黒がさらに突っ込みを入れる。

「う、そ、それは……」

「それは私からお教えしますわ」

 海岸に、薄物を纏った美しい女が立っていた。

 源庵は全く気が付かなかったが、いつの間にかいたのだ。

(げ! 妨害か? 埴輪では足りなかったのかも)

 ふわっと、体重がないような動きで彼らの前に立つ。

 耳が尖り、白い肌、薄い水色の髪。

「あ、あんた。確か……」

「そうよ、大祖霊様。アリアよ」

「そのアリアさんが、何の用件なのだ」

「フフ。あなたが呼んだ魂たちに話があったの」

 子熊たちはアリアをじっと見る。

「あなたたちが今ここにいるのは偶然ではないわ。今、魔王による大破壊が行われようとしています。しかし、その暴虐の前に、人々に力はあまりに弱い。勇者が必要なのです」

「僕たちが勇者? それは違うように思う。それは普通の人間が背負うことじゃないのか」

 黒が疑問を呈する。

「ええ、あなたたちは前世で魔王と戦い、心に悔いを残した者たちです。今、新たな生命となって、魔王と戦う宿命にありますが、勇者ではありません」

「つまり、勇者のサポートをしろと?」

「勇者を探し、勇者を助けるのです。それがあなたたちの役目」

「なぜ、僕たちがそんな苦しみを背負わないといけないんだ、こんなこと、望んでいないよ」

 ベージュが反駁する。

「いいえ。あなたたちは無意識のうちに大祖霊様の呼びかけに答え、ここにきたのです。これはあなた方の意志です」

 きっぱりアリアにいいきられてしまうと、ベージュは何もいえなくなる。

「では、戦うとしても、何か見返りでもあるのか」

 茶色が問う。

「ないわ。でも、あなたたちは悔いの因果を解消できる」

「……フフ。十分ではないか。どうせ、生きることに大きな意味などない」

 茶色は豪胆なのか、腕を組んで少し笑った。

「もう、悩むのはやめよう。勇者を探せばいいんだね」

 ベージュが立ち上がる。

「ええ、とりあえずは勇者の半神にお会いなさい」

「そのものは我らの『勇者』とは違うのか?」

 茶色が問う。

「違うわ。でも、あなたたちの指針となる」

「じゃあ、行こう。ぼやぼやしていられない」

 黒も立ち上がり、三人は連れ立って行こうとする。

「待ちなさい。私から加護を与えます」

 アリアはそういうと、ふわっと浮いて彼らの肩口を触った。

 白い光。

 聖痕が刻まれる。

「アリアさん、では、さらばだ」

 茶色がいうと、残りがうなずいて去って行く。

 小さくなっていく、子熊三人組。


 海岸に残る二人。

「ふう、無事に済んだ」

「あなたねぇ。ちょっとは自分の行動の結果を考えなさいよ」

 アリアは源庵を冷たい視線で見つめる。

「すべては運命だったのだよ」

「そろそろ、『天罰』という名の運命与えようかしら」

 尖った爪を伸ばす、アリア。

 怖い顔。

「わ、わわ。待て。話し合えばわかる」

 精霊界のかなたに逃亡する源庵。

「待ちなさい!」

「怒るとしわが増えるぞ」

「私にしわなんてありません!」

 精霊界の闇に消える二人。




「それで、君たちどこからきたクマ?」

「異世界からです」

 黒が答える。

「熊だよね」

「違います。元は人間で、異世界召喚されたのです」

「逆異世界召喚事例クマ……」

 翔一の家。

 四匹の子熊が座卓の前に座っていた。

 暫し、無言。

「可愛いクマちゃん達ね。翔ちゃんの弟?」

 詩乃が入ってきて、ニコニコ顔でお茶と菓子を並べる。

「ありがとう」

 茶色が重々しく頭を下げた。

 他の子熊も礼を述べる。

「違うクマです。というか、お母ちゃん弟を産んでないクマ。とにかく、僕と何か関連がある人たちだと思います」

「ウフフ、ごゆっくり」

 詩乃はそれ以上追及せずに台所に戻る。

「僕たちは変なぬいぐるみの人に召喚されたんです。熊のぬいぐるみで土器の面をかぶっていました」

 ベージュの説明。

「そんなの全宇宙を探しても一人しかいないクマ」

「ただ、その者は呼んだだけで、本当はエルフの女が我らを導いたようだ」

 茶色が補足。

「エルフの女?」

「アリアといった」

「あ、その人……」

「その女は勇者の半神を尋ねて、我らの勇者を探せと」

「もしかして、僕のこと? 神様じゃないよ、僕は」

「しかし、存在の強さを見るに、半神と呼んで差し支えないようだが」

 黒の目が光る。彼は魔術が使えるのだ。

「僕を神殺しと呼ぶ人がいたクマ」

「それなら、納得だな」

 茶色がうなずく。

「アリアさんは我らの勇者はあなたではないとも。あなたが我らを導くとも仰ってました」

 ベージュが述べる。

「うーん、そんなことをいわれても。心当たりはないなぁ。すごく強い人って意味なら、日本防衛会議に行ってみる? 登録ヒーローの誰かかもしれないよ」

 当惑する三人。

「そうだ、ちょっと占ってみよう。三クマコンビの勇者さんはどんな人」

 いつもの占い袋でざらざらっと占う。

「……」

「何かわかりましたか?」

 三人は興味津々でのぞき込む。

「ええっとね、すぐに啓示があるって。どういうことだろう」

 そのとき、翔一の耳は一つの音声を拾う。

「緊急速報です! G県X市西山地区に巨大な穴が出現。ゴブリン、オーク、コボルドといった幻獣系の怪魔が多数出現しています。警察自衛隊が封鎖していますが、付近の住民は避難してください!」

「ヨーロッパで多くみられる怪物です。なぜ日本に、このようなことが……原因は日本防衛会議も不明とのことです」

 テレビの音だった。

 スマホでもテロ系の速報はくるが、家にいるときはテレビをつけっぱなしにしているのだ。

 そして、どうやら、三匹の子熊たちもその音は聞いたようだ。

「どうやら、啓示がきたようだな」

 茶色が腕を組む。

「ゴブリン、オークなら僕の敵だ」

 ベージュがうなずく。

「魔術書を用意する必要があるよ」

 黒が考え込む。

「君たち剣と魔法の世界からきたクマだね」

 うなずく三匹。

 テレビのある部屋に行き、皆で見る。

「多数の住民が地域に取り残されている模様です。政府の発表では当該地域で住民の救助活動と怪魔との交戦を行っていますが、近代的な装備は故障して機能せず、肉弾戦とヒーローの超能力だけで対応、そのため救助は難航しているとのことです」

「繰り返し申し上げます、近隣住民は避難し、関係のない方は警戒線以内に入らないようにお願いします!」

 切迫した雰囲気でニュースを読み上げるアナウンサー。

 無言で見つめ四人。

「機械類が動かないのだな、魔物どもの魔力だ」

 茶色がうなずく。

「そういえば君たち、テレビとか不思議に思わないクマ?」

「僕たち、日本語喋っているだろう? 転生したときに知識を植えられたんだ。だから、この世界の一般的なことなら知ってると思う」

 黒が答える。

「とにかく、困っている人たちがいるんだ、僕たちは救援に向かうよ」

 ベージュの言葉にうなずく二人。

「ちょっと待って。君たちも人間じゃないから、軍や警察に疑われる可能性があるクマ。暗黒司令さんに紹介するからヒーロー身分を手に入れたほうがいい。それに、装備も余ってるのあげるよ」

「暗黒?」

「日本防衛会議の司令さんだよ。話の分かる人だから、大丈夫クマ。それより、君たち名前はあるの?」

 顔を見合わせる三熊。

「とりあえず、ブラウン、ベージュ、ブラックでいいだろう」

「うん」「覚えてないからね」

 茶色ことブラウンの提案にうなずく。

 翔一はうなずくと、防衛会議と連絡を取った。


 数日後。

 農道に車が止まり、数人の存在が降りてくる。

 治癒クマーと三匹の子熊。

 更に車からドローンが浮かんで出てきた。

「君たちは三級下位として登録された。実力はヒーローとして十分だろう。しかし、三人で大丈夫なのかね」

 ドローンの画面には暗黒司令の姿。

「ええ、僕たちはこの『北関東ダンジョン』を探索するために呼ばれたと思うんです」

 ベージュが答える。

 ステンレス製の棘こん棒を手に持ち、盾と荷物を背負っている。

「我らの力は『幻獣系』に向いたものだ。他の相手をするよりはこちらのほうがいい」

 ブラウンが武器を点検しながら答える。

 彼は両手持ちの斧。金属製の胸当てと籠手。 

「ありがとう、暗黒司令さん。僕たちは勇者を探します」

 ブラックがうなずく。

 彼はとんがりハットに杖。大きな本を背負っている。

「今回の『浸食』で数千人が行方不明になっている。もし見つけたら、彼らを連れ戻してほしい。自衛隊が重火器での攻撃を控えているのはそういう理由なのだ」

「わかった、暗黒司令。見つけたら救助しよう」

 ブラウンが答える。

「ありがとう、諸君。可能なら防衛会議に定期連絡を入れてほしい。西山地区さえ抜ければ、電子機器や機械は機能する」

「わかりました、できるかどうかはわかりませんが、可能な限り報告します」

 ベージュがうなずく。

「何か困ったことがあったら、いつでも僕に連絡してくれてもいいクマだよ。……これは祈祷師ゼロからの餞別クマ」

 翔一は彼らのために特別に作った護符を渡す。

 三つの小さな勾玉ネックレス。

 彼らはうなずき受け取る。

 三匹の子熊は決然と歩いて行く。

 彼らの手首にはヒーロー身分を示す腕輪が付いていた。


 毛皮の両足が踏みしめる先には自衛隊と警察が警戒線を張っている地域がある。

 そして、その先には巨大な漆黒の穴。

 三人の転生者は運命に導かれて闇に向かう。


 彼らの戦いはいつか語られるかもしれない。




2022/8/5 微修正

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