86 五級ヒーローとアンデッドの禍 その3
藤堂は年配の男を背負って、必死に走る。
そこら中にグールの気配があるのだ。
完全に暗くなり、月明かりだけが頼りだった。
「ち、皆とどんどん離れていくぜ」
汗をだらだら流しながら、藤堂は獣のように目を光らせる。
「藤堂さん、もう大丈夫です、痛みが引きました」
年輩の男が声をかけてきた。
男を下すと、ひょこひょこ歩きながらもなんとかついてくる。
「大丈夫か」
「捻挫したようですが、多少痛いぐらいですよ」
男はそういいながら、適当な廃屋の朽ちかけた水道管を外し、それを武器にした。
年配の男は宮本という。
詐欺か何かで捕まった男だ。
尚、藤堂は抜け目なく治癒クマーのパイプは拾っていた。
「ち、敵がくるな」
進行方向にグールがいる。
藤堂たちは方角を何度も変えることになった。
しばらく走り続ける。
「宮本さん、あんた、バスの方角わかるか」
「すみません、もうわからないです」
「俺もだ」
どこかで吼えるような音がした。
「おい、何か聞こえたな」
「ええ」
「行ってみようぜ、仲間がいるかもしれない」
「危ないかもしれませんよ」
「今は情報が要る」
二人して、静かに廃墟の街を移動した。
グールたちは進行方向とは逆に向かっているようだった。
「何かがあるぞ」
大きな廃工場に入る。
トラックが入れるサイズの工場。
老朽化したクレーンが天井に見える。
うずくまっている人影があった。
漆黒の襤褸を纏った何か。
暗いのでよくわからない。
「あんた、大丈夫か……」
とっさに、藤堂はその人物を助けようとした。
しかし、その影はスッと立ち上がると振り向く。
藤堂より頭二つぐらい大きい。
右目だけが異常に大きくそれ以外の顔の部分が圧縮されて小さくなっている。
狂った笑顔。
長い髪だが、男とも女とも取れる顔。
「キキキ、キキキ」
よだれを垂らす。
異様に長い手足と爪。
爪は金属のナイフのようだ。斬られてただで済むようには見えない。
「ひ、ひい。か、怪物」
宮本は腰を抜かしたようでじたばたするが動けない。
藤堂は身構えた。
ブン!
不意に長い手を振り下ろす怪物。
さっと躱し、胴体、襤褸のど真ん中に尖ったパイプを突き入れる。
ブワ!
影が広がるが、手ごたえがない。
反撃がすぐにくる。
「あ、つ!」
わき腹を叩かれた。
防具が吹き飛ぶ。
防具がなければ致命傷だったが、防具は破壊と引き換えに藤堂の脇腹を守った。
「オラ!」
胴体は無理だと考え、目玉を狙ってパイプを突く。
怪物は間一髪で躱したが、胴体と違い避けた様だ。
距離が開いたので、ぶら下がっているだけの防具を捨てる。
龍の入れ墨が月光に照らされた。
「俺は『鬼眼龍』藤堂要。てめえなんぞに俺は負けねぇ!」
呪術のおかげで脇腹の傷は思った以上のけがではなかった。
刀のように、パイプを握る。
「クマクマ」
翔一はするすると廃墟を移動する。
グールたちは多いが、隠れる場所も多く、隠密精霊を纏って彼らに発見されることはない。
頭に大絹姫が座る。
「翔一殿なら安心じゃ。毛皮も気持ちがよいのう」
人形の手で毛皮をモフる姫。
翔一は人気のない建物に侵入し、占いを行った。
「敵の首魁は……やはり北。すぐ近くクマ」
「面白い占いじゃのう。それに、この魔力の珠。相当なものじゃ。占いに使うにはもったいないぞ」
姫は赤い珠と黒い珠を指す。
「精度が高くなるから、ちょっと手放せなくなってきたクマだよ」
「うむ、未来が多少なりとも読めるなら、それよりすごいものはないかもしれぬ」
翔一は占った結果、この状態の元凶を倒せばいいという結論に達する。
「しかし、相手も相当な存在じゃ。気を付けるのだ」
「全力で頑張るクマだよ」
建物を出て、こそこそと進み続ける。
グールは色々な種類があり、爪が生えたもの、角が生えたもの。何らかの魔力のあるもの……様々なものがいた。
「うーん、これ全部、解き放たれたら厄介だけど、もう一度戻せないかな。たぶん異世界からきてるよね」
「こぼした水を戻すような話じゃ。余計なことを考えず、塞き止だけを考えよ」
「……そうだね」
「……」
草むらに入り、グール集団を迂回する。
「みんな大丈夫だろうか」
「あの者たちも志願して戦に身を投じたのじゃ。我らが雛鳥を守るように案じていては、いつまでたっても鳳にはなれぬぞ」
姫の言葉にうなずく翔一。
「形はどうあれ、武器を握って戦いの場にきたからには、みんなを戦士として尊重するよ。僕はあの人たちを信じる」
やがて、問題の場所についた。
かなり大きな駐車場。
(ここは物流センターの類かな。今は使われていないクマ)
大きなトラックの残骸が隅にある。
翔一はそろそろと、雑草や灌木に身を隠しつつ件の場所近づく。
雑魚の怪物は逆に少なく、恐ろし気な大型の怪物が所在なさげにうろついていた。
(なんだろう。この怪物たち。中身のない巨大鎧、巨人のゾンビ、混沌の巨人みたいなのもいる。たぶん、全部アンデッドだ)
トラックの残骸の影から、何かが行われている中央付近を観察する。
その広いアスファルトの地面に、巨大な魔法陣が描かれていた。
魔法陣の周りには、巨人の骸骨のような存在がいくつも立っている。
そして、魔法陣の中央には空間の亀裂があり、地の底から続々と怪物が湧きだしていた。
魔法陣と亀裂の真上に一人の何かが浮かんでいる。
その者は、漆黒の塊であり、巨大な一つ目の巨人だった。
翔一は魂に衝撃を受けるほどの驚愕が起きた。
「まさか、魔王!」
一つ目は何かの詠唱をしていたが、翔一のつぶやきに気が付いたのか、ぴたりと止める。
「勇者、またお前がくるのか」
「姫ちゃんは隠れていて!」
「ご武運を」
大絹姫はそういうと精霊界に消える。
翔一は赤い精霊を呼び、一気に巨大化した。
「グルウウウウウウウウ! 貴様、なぜ生きている。なぜ、この世界にきた!」
「なぜって、おかしなことを問う。我はこの世界の人間だ。故郷に帰って何が悪い。我は故郷に復讐する」
魔王は日本語で話をした。
何となくわかった、彼は翔一と同じく、異世界に召喚されてこのような存在になったのだ。
「やめろ。こんなことをして意味があるのか。恨みなんて晴らさずに終わる方が多いんだ」
「我は必ず晴らす。我を苦しめた奴らに罰を下す」
「そいつらは誰なんだ。僕が一緒に探して罰を与えるよ」
「……一緒に、翔一と……」
魔王は一瞬、空を見る。
「我を地獄に送った者は……我の妻や子を目の前で殺して、贄とした。そして、我を……」
ふと、因果の流れに魔力を感じた。
(この人はすごい力だけど、何かに心を操られているのかも)
滅茶苦茶な因果をゆがめる魔力。
彼はその存在の写しなのだ。
「思い出すんだ、その存在は誰だ。君を異世界に送った者は?」
そういいながら、そっと、『エルベスの瞳』を握る。
一瞬だけ、光に包まれた。
バチ!
因果の呪詛が大きく壊れる。
「……あ!」
男は少し、人間らしい姿に戻った。
全身、凄まじい拷問の跡。目をそらしたくなるほどの恐ろしい顔だった。片目はぽっかりと穴になり、焼き鏝でつぶしたと思われる。残った一眼は爛々と輝く。
「お、おお。貴様。我を……」
誰かに問いかける男。
ゆっくり闇に沈んでいく。
何かを思い出したのか、男の顔に衝撃が浮かんでいた。
男の瞳に一瞬だが理性が宿ったのだ。
地にもぐりならが一言声が聞こえる。
「許さん!」
「スターナッコウゥ!」
ボシュっと、サーベルグールの体に当たるが、多少よろけるだけで全く効いていない。
「オラァ!」
大沢が槍のようにパイプを突きだした。
鍛え上げた腕力で、ボスっと貫く。
しかし、グールはよろめいただけで、滅茶苦茶に爪を振り回した。
防具が壊れる。
大沢は跳んで避けた。
「なんて奴だ」
安藤が必死の防御で逃げ回っている。
彼はかなり俊敏な男で、敵を倒せないとしても、一体を引き付けて仲間に貢献していた。
仲間たちが一斉に突撃して、大沢の前のサーベルグールを串刺しにする。
何本も体に受けて、ようやく、動きが止まる怪物。
「ふう、滅茶苦茶頑丈な奴だ」
「オラァ! 死ね!
デブが大きな石を持ち上げて、動かなくなったグールの頭を叩き潰す。
盛大に血が飛び散って、止めを刺した。
大沢はケンジが勝てないまでも、防具の堅さで何とか持ちこたえるのを見て、安藤の援護に向かう。
「まずは安藤の敵をやるぞ」
「オウ!」
パイプを腰だめにして、サーベルグールの側面から襲い掛かる。
仲間が一人肩口を斬られたが、グールは避けきれずにグスグスに刺されて動かなくなった。
同じくデブがとどめ。
同じ要領で、ケンジの敵も倒した。
「終わったな。さあ、行くぞ」
梯子をかけて、屋根に上ると、皆で動き出す。
目的地に近づくほど、地上には大量のグールが湧いていた
屋根を伝って、バスが見える建物まで行くと、グールに包囲されているのが見える。
バスは孤軍奮闘状態だった。
刑務官たちが窓を少し開けて警棒で敵を突いているが、あまりに数が多く、バスはガンガン叩かれている。
バスは窓に鉄格子があり、ボディも相当頑丈に作られていた。
そのため持ちこたえているが、あまりに多勢に無勢。
車もじわじわと壊れている。中の刑務官たちの命は風前の灯火だった。
「おい、看守さんたち生きているか!」
大沢が叫ぶ。
「今は誰も被害はないが、いずれ破られる。お前たち逃げられるなら、そのまま逃げろ! 俺たちは助からん」
刑務官の隊長が叫んだ。
「刑務官殿、援軍は呼べないのですか!」
「つながらない。何もつながらないんだ!」
ケンジの問いに答える隊長。
バスにはかなりしっかりした通信設備がある。それが動かないのだ。
「これはやばいぜ、バスの周りは五百はいるな」
大沢がつぶやく。
「バスは走れませんか!」
ケンジが必死に問う。
「エンジンがかからない。機械は全部止まったんだ!」
刑務官の叫び。
明らかに、落胆するケンジ。
「これは無理だ。すぐにここを離れて脱出しよう、刑務官たちはもう助からない」
「ケンジさん、あんた、それでもヒーローかよ! 目の前で人が殺されそうなんだぞ!」
大沢はついに頭にきて怒鳴った。
「む、無理をいうな、僕は三級の下位だ、こんなの僕の力を越えているよ」
「クソ!」
大沢はケンジを無視して状況を見ていたが、パイプを握り締めると、地上に降りる。
「え?」「おい!」
「あ、兄貴。正気か!」
驚愕する仲間たち。
「お前らは行け! 俺は奴らを助けるぜ。例えどうなってもな!」
「バカかあんた。死ぬだけだぞ!」
ケンジの声。
「バカだから俺は囚人なんだ!!!」
そういうと、大沢友美はパイプを振り回し、一人でグール集団に突撃した。




