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84 五級ヒーローとアンデッドの禍 その1

 源雪みなもと ゆき帰還から数日後。

 翔一は祈祷所館の中庭で、異界から拾ってきた片刃剣を眺めていた。

 色は灰色。刃は研ぎ澄まされている。

 形は根元からまっすぐ伸びた刀。わずかな反り。打ち刀に近い形状。 

 刃の幅は日本刀よりは広い。

 一見、あからさまな魔力は籠っておらず、霊視しても呪詛も何もない。

 しかし、持つと、悲しいような情が伝わってくる。

 手に持ち構えると、金属に持ち主のオーラが宿る。変わった特性だった。

 オーラを籠め続けると、燃え上るようなオーラの剣となる。

 そして、オーラを流し込んだ状態なら、持ち主に合わせてサイズを変える。燃え上がらせながら大クマーになると巨剣となった。

 まるで、心の中の形を刀が再現するように持ち主の大きさに刀が沿う。 

 翔一はこの剣に『念焔剣』と名付けた。

 刃に精霊を受祚することは出来なかった。そして、通常加工も不可能なのだ。そういう意味では魔力はあるようだった。

 試しに、巻き藁や木材を斬る。

 オーラを籠めないと単なる金属の剣だが、オーラを籠めるとまるで存在そのものを斬るような力があった。斬りおとされた木材はオーラの炎で滅せられ、ボロボロの物体になる。

「これに斬られたら。その者は何者であっても破壊されるだろう。恐ろしい武器だ。相手を選ぶんだぞ」

 土壁源庵つちかべ げんあんはこれを見てそう述べる。

「単なる鉄ではござらんな。どうやったかはわからぬが、異世界のミスリルやアダマントを練り込んである。形状は柄を改造すれば居合に使えるでござるな」

 球磨川風月斎くまがわ ふうげつさいの評価。

 柄はやや短い。そして、壊れかけているので、結局、これは科学装備研究所に依頼して作ってもらう。

 尚、剣を使うヒーロー用に作られた汎用の柄があったので、届けてもらって嵌めるだけで終わった。

「柄に気力の精霊を宿して……柄には色々オプションがあるけど、とりあえず、全部いらないクマ」

 発信機、本人認証と警告ブザー、スタンガン、単発射撃装置、延長ポール……等々あるが、四級では危険なオプションは申請できないようだった。


 剣が完成した時点で風月斎に居合術を学ぶ。 

 彼は弟子が多様な技を習得するより一つの技に熟練することを好んだのだが、最近は翔一に色々な技を教えるようになった。

 師と弟子は修業しながら会話する。

「拙者も永久にこの世にいることはできぬ。翔一殿が技を得て弟子をいつかとるのだ」

「僕は師匠なんてがらじゃ……」

「若い時はそう思うかも知れぬが、周りの者が自分より年下ばかりになった時にそうもいっておられぬ。教えを乞われるぞ」

「……ど、どうしたらいいでしょう」

「まずは、自分が人に教えることを想定して技を極めるのだ。教えるに、自分が不完全では不可能だ。そして、その教えを書物にいたせ。さすれば、更に完全なものになるだろう」

「先生も著作されているクマ?」

「フフ、いずれ拙者が去るときに、翔一殿にそれを差し上げよう。自分の理解と比較すればよい」

「ありがとうございます。でも、まだずっといてほしいクマです」

「それは時が決めることだ」


 ひと汗流した後、端末に連絡が入る。

「治癒クマー君。今から迎えが行く。『祈祷師ゼロ』から一名選抜して君と同行してくれ」

 油上司から仕事の依頼だった。

 あの事件の後、土壁源庵、球磨川風月斎、大絹姫おおぎぬひめの三人は少女を異界から救出した功労者として、三人セットで二級下位ヒーローとして正式登録されることになった。

 源雪みなもと ゆきは何らかの理由で異界の狭間にいたという説明で落ち着いている。

 翔一は、やはり、四級を維持したかったので、少女と口裏を合わせ祖霊軍団に名誉を譲った。

 結果、彼らは時折呼び出しを受けて、ヒーロー任務に駆り出されることになっている。

「今日はわらわが行くぞよ」

 大絹姫おおぎぬひめがふわっと浮いてやってくる。 

 土壁源庵は受祚作業の需要が多すぎるので、彼が現場任務になることはほとんどない。風月斎か大絹姫という二択である。

「さて、今日も呪力を補充するか」

 霊魂存在たちは精霊界で魔性化された酒や食物を食べる。

 彼らも何らかの活力の代償があった方が効率よく呪力を回復できるのだ。

 尚、二級ヒーローはかなり高額な給与があり、さらに、受祚物の引き取り代金もあるので、『祈祷師ゼロ』は短時間でかなりの金持ちになっていた。

「姫ちゃん、一緒に行くのはいいけど、荒事も起きるクマだよ。大丈夫?」

わらわの怒りを買って、生きのびるものはおらぬ」

「極悪人、怪物以外の人殺しは完全禁止クマでお願いします」

「なんだそれは、つまらんが、よかろう」

 やがて、迎えがくる。

 いつもの地味なタクシーだった。




 到着したのは某関東郊外。

 人口減少のために、無人化した廃墟地域だった。

 二十人程の人間が待つ。

 一人はスターストライカーケンジ。何度か共に戦った仲だ。

 五人程が武装警官。

 そして、その他の者は古い機動隊の防具をつけた男たちで、全員あからさまな発信機を付けている。防具の下は灰色の作業着のような服。

「治癒クマー君と『祈祷師ゼロ』のメンバーだね。待っていたよ」

 ケンジがにこやかに声をかけてくれる。

 翔一たちは皆に挨拶した。

「僕は治癒クマー。名前の通り、若干の治癒魔術ができるクマ。このお人形さんみたいに可愛いのは大絹姫ちゃんだよ」

「よろしくたのむぞよ」

 お姫様の人形がフワフワ浮きながら、男たちに挨拶する。

「ひ!」 

 臆病そうな男が人形におびえる声を出した。

「大丈夫クマ。彼女は幽霊さんが人形に憑依しただけだから」

「幽霊!」

 ケンジ含め男たちは全員一歩退く。

 大絹姫は男たちを観察する。

「フムフム、お主たちも自己紹介したらどうじゃ」

 スターストライカーケンジが気を取り直して、資料を取り出す。

「……そ、そうですね。説明しますと、彼らは受刑者です。ヒーロー活動を行うことで、刑期短縮を特例で認める制度ができたんです。もちろん、模範囚のみですが。だから、警官の皆さんは刑務官部隊です。そして、防具と作業着の皆さんが模範囚たちです」

 厳しい顔をした刑務官部隊の隊長が名簿を出す。

「では、点呼をする。名前を呼ぶから返事しろ。藤堂要とうどう かなめ大沢友美おおさわ ともみ安藤卓あんどう すぐる……」

 刑務官が囚人たちの名前を呼ぶと、微妙にやる気のなさそうな返事が返ってくる。

 オーラで比較すると、最初に呼ばれた三人の男たちが強く、他は明らかに一般人のそれであった。

 三人とも、目つきが鋭くていかにもという雰囲気である。

 藤堂は三十代位の長身のイケメン。大沢は四十代で鍛え上げた肉体の大男。安藤はかなり若く二十代、彼はひ弱に見えるが俊敏なようだ。

「よう、ケンジさんよ。俺たちは武器も持たされないのか」

 大沢が文句をつける。

 彫りの深い白人レスラーのような風貌。白い短いひげ。

「一応、現場で警棒を支給する予定だよ」

「ち、ぼっきれかよ」

 安藤やその他が舌打ちをする。藤堂は無言で腕を組んでいた。

 隊長が任務を説明する。

「今日の任務は某地域の掃討任務だ。場所は古い工業地帯で無人化が著しい。そこにグールが住み着いた。バリケードを急きょしつらえているが、駆逐できる範囲と判断されたので、君たちにここにきてもらったということだ」

「そんなの銃とかライフルでやればいいだろう」

 誰かが批判気味にいう。

「知らない者のために説明するが、グールは銃弾が通用しない。近接武器や殴りは効果的だ。目撃情報は二三体ということなので、お前たちは三人一組で一体ずつ警棒で叩きのめすという作業をやってもらう」


 さらにそこからバスで現地まで移動する。

 警棒はバスを降りた時に渡された。

「なんだ、これ、単なる木の棒じゃねぇか」「こんなのでやれんのかよ」「最初は檜の棒からか……」「布の服じゃないだけ温情あるかもな」

 ぶつぶつ文句をいう男たち。

 昔ながらの機動隊が使っていた木製警棒で、身長ぐらいの長さである。

「文句をいうな、国のために真面目にやれば刑期が短縮されるんだぞ。いい加減な奴は除外だ。お前たちの働きはドローンで監視するから手を抜くなよ」

 刑務官の隊長が厳しくいい渡す。

「しっかり働いて武功を上げれば、防衛会議から感謝状が出ます。保釈にも有利になるのは間違いないですよ」

 ケンジが彼らのやる気を促す。

「本当だろうな、それ」「まあやるしかないか」「お国のため、お国のため、ケッ」

 刑務官たちはバスから降りない、彼らはここからドローン操作と監視を行うのだ。

 部隊を率いるのはケンジの仕事だった。

 囚人の管理は刑務官だが、任務の実行は防衛会議という区分なのだ。

「ケンジさん、この治癒クマーってのは名前からわかるが、この可愛いお人形さんは何の仕事なんだ」

 藤堂が初めて声を出す。それまでは無言だった。

わらわは気が向いたら手伝ってやるぞよ」

「なんだ、それ」「役立たずじゃん」

 誰かの呆れた声。

「何じゃと!」

 ブワっと暗黒のオーラが大絹姫から広がり、怒りに満ちた目で囚人たちを睨む。

 その目を見た者たちは、恐怖の余り絶句した。

 黒いオーラが囚人たちの足元に広がる。

 黒い手が彼らの心臓を掴もうと蠢いた。

「あわわ、抑えて、この人たちはちょっと口が悪いだけクマだよ。本当は姫ちゃんを可愛いと思ってるクマ」

 慌てて、間に割って入る翔一。

「そう、なのか?」

「そうそう、可愛いですよ、お姫様」「口が滑っただけです」「ごめんなさい」「てめぇだろ、さっさと土下座せぇ!」

 オーラに包まれたものは生の恐怖を味わったのだ。慌てて、褒めたり謝罪し始める。

「……まあ、よかろう。そこのお主」

 大絹姫は安藤を指さす。

「へ、はい」

「疲れたから、わらわを載せるのじゃ」

 安藤が何かいう前に大絹姫は安藤のヘルメットの上に座った。

「あの、俺、椅子とか馬じゃないんですが……」

「安藤、大人しくそのお姫様の馬になっとけ。お前の命より大事にしろ」 

 大沢が冷たく突き放す。

「そ、そんなぁ」

「さっさと歩くのじゃ」

 一行は現場を目指す。

 

 すぐにバリケードがあり、民間の警備会社が守っていた。

 彼らも武装は貧弱である。

 金属製の警棒とプラスチック製の防具。囚人部隊と大差はない。

 彼らの仕事は警察に通報することなのだ。

 バリケードを抜けると、錆の多い建物がいくつも並ぶ地域になる。

 昔の町工場が並ぶ地域だが、生産地域を限定して守りやすくするため、ここは放棄されたようだ。

「こんなに沢山の工場が無人なんて信じられないクマ」

「元々、製造業は後継者不足でしたからねぇ」

 物知りの囚人が説明してくれる。

「へぇ。せっかくいろいろ建物とか設備があるのに使わないクマ?」

「人口減、需要減、後継者減で設備も施設も全部だぶついて、『浸食』がなくてもここらは廃業して無人になったと思います」

「日本の将来が心配クマ」

「でも『浸食』の危機感の所為か、結婚件数が増えて、ようやく人口減の風潮が……」

「し、センサーに反応があるらしい。気をつけて!」

 ドローンからの警告があったのだろう、ケンジが雑談を遮る。

 全員、物陰に潜み、警棒を握り締めた。

 翔一は悪臭を嗅ぐ。

 過去に嗅いだことがあるグールの死臭。

「グガ」「ギャ、ギャ」

 悲鳴とも叫びともいえない不気味な声を上げながら、よたよたとグールたちがやってくる。

 五体並んできた。

「ひ、ひひ」

 誰かの怯えた声。

「ちょっと、聞いていたより数が多いな。しかし、大丈夫、三人一組になって攻撃するんだ。足を取って転がして、頭を潰すんだ。胴体も大きく打撃を与えたら、何とかなる」

 そういうと、ケンジは飛び出す。

「フオオオオオオオオオ! スターパワー! 貴様らグールはこのスターストライカーケンジと仲間が倒す。覚悟しろ。そして、皆突撃だ!」

「あんな怪物に覚悟とかあるのかよ」

 誰かが文句をいうが、囚人たちも一斉に飛び出し、警棒で殴り始めた。

「スターナッコゥ!」

 バスバスとケンジの魔力を帯びた拳がグールに命中する。

 しかし、すぐには死なず、かなり連打を浴びせて一体を倒した。

 囚人たちも喧嘩などをやってきたような奴らなので、完全な一般人よりは戦い慣れしていた。

 最初はグールの姿に怯えていたが、棒の連打で倒せることがわかると勢いづき、最後には全部を動かなくなるまで叩きのめした。

 尚、大絹姫は争いを避けるように飛ぶと、翔一の頭の上に乗る。

「毛皮の椅子の方が座り心地が良いぞよ。そういえば、あの駄熊はどうしたのじゃ」

「駄熊……ああ、ダーク君のことだね。彼は今日、土壁先生のお手伝いするクマだよ」

 グールに爪でひっかかれて負傷した男を治療しながら翔一は答える。

「手伝いといいながら、半分以上はごろごろするだけじゃぞ」

「まあ、そうだけど……」

「ハァハァ。やはり、正義の前に悪は勝てない。僕たちの完全勝利だ」

 ボロボロになったグールを見下ろしながら、高らかにケンジが宣う。

「あ、まだいるクマ」

 少し離れた廃工場の影に、三体のグールがふらふらと立っている。

「まだ、やれるか、君たち」

「まあ、できないことはないけどよ」

 藤堂がちらっと警棒を見る。

 明らかに敵の頑丈さに対して威力が低いのだ。

「突いて使え、それしかない」

 大沢が重くいう。


 男たちはそこに向かう。

 少し大きな会社の駐車スベースが見えて、グールがこちらに向かってきた。

 無言で、男たちはグールを叩きのめす。棒で突きまくると、威力がかなり増す。

 すぐにズダ襤褸になって、グールは動かなくなった。

「こいつら、どこからきたんだろうな。服がボロボロ過ぎだろ……気のせいか」

「ああ、現代の服じゃねぇ。昔の服でもねぇ」

 藤堂と大沢が死骸を検分している。

(異世界の人のなれの果てみたいに見えるクマ)

 翔一はそう思ったが、あえて口にはしなかった。

「ひ、おい、沢山きたぞ!」

 安藤が指さす先には十体ほどのグールがいた。

 牙と爪をむき出し、ゆっくり向かってくる。

「これはまずいな。後ろの工場に飛び込んで、そこで迎え撃とう!」

「逃げた方がよくないか、武器もこんなのだからな」

 藤堂が反論する。

「たぶん、これで全部だ。心配するな。僕らなら勝てる!」

 ケンジが高らかにいうが、囚人たちは顔を見合わせる。

 しかし、撤退する前に敵は迫ってきた。


 結局、ケンジが先導する廃工場に飛び込んだ。

 大沢が扉を蹴り開けて、中に入る。

「うわ!」

「どうした?」

「ここにも居やがるぜ!」

 皆が助けに飛び込むと、工場内に五体のグール。

 大沢と藤堂、ケンジの三人が主に相手をする。 

 追ってきたグールは二人の囚人が狭い扉の前でせき止める。何体かのグールが、他の入り口を求めて廃工場を回り始めた。

「あ」

「ガガ」「グゲ」「グルルル」

 翔一の耳に、遠くにそのような音が聞こえる。

(建物の周りうろうろするグールさんだけじゃない! もっといる)

 その音は非常な数であり、ゆっくりこちらの騒動に向かってくるのだ。

「ケンジさん。すごい数が向かってきます。すぐに突破して逃げるか、援軍か救助を要請した方がいいと思うクマ!」

「なんでそんなことがわかるんだよ。今は忙しい!」

 ボコボコとケンジはグールを殴る。

 やはり、一体を倒すのに、数発殴らないとダメな威力だった。

 ガシャーン!

 窓が割れて、数体が侵入してきた。

「まずい、窓から入ってきたぞ!」「ダメだ、もう無理だ!」

 囚人に恐慌が走る。

「はあー。何じゃ、大きな体をした男どもが、この程度でおじけづきおって」 

 あくびのそぶりをする大絹姫。

「姫さん、何か手段があるんで?」

 囚人の一人が問う。

「これ、そこの。我らを守れ。よいな」

 大絹姫が数匹のグールに命じると、彼らはぴたりと止まり、くるっと反転して仲間に襲い掛かった。

「お、いいぞ! さすが姫様だ!」

わらわを当てにしすぎるな。後は自力で頑張るのじゃ」

「おう!」

 囚人たちは固まると、必死に敵を追い返す。

(ちょっと苦しい状況クマかな、でも、まだ何とかなる)

 戦いは彼らに任せ、工場をきょろきょろと見る治癒クマー。

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