83 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 ―帰還― その12
混乱を収めようと兵が集結し始めた時、その声が聞こえた。
「見なさい! 男爵は死んだわ! 蛮人ども、お前たちの支配は終わったの!」
高い場所に女性の影、声はその女が発したのだ。
蛮人の集結地点に男爵の死体が落とされる。
「男爵だ。男爵がやられた!」「もう終わりだ、逃げろ」「エトワールがくるぞ!」「シンシア王国の主力がきた」
次々と人々の声がした。
(あれ? ちょっとこの声、不自然クマだね)
しかし、蛮人たちは恐慌を起こしてパニックになる。
果ては同士討ち迄始める始末だった。
(よく見ると、蛮人さんたちは寄せ集め臭いクマ。刺青も髪型も武装もばらばら。族長の指示で動いていない。部族がみんな違うのかな)
翔一はなんとなくそう思ったが、それは事実だった。
アントゥス男爵の配下ははぐれ者や傭兵で組織されており、男爵の武力とカリスマだけで集まった烏合の衆だったのだ。
「今のうちにガンツさん助けるクマ」
翔一はベアトリスに声をかけたが、彼女は飛び出していた。
「中条、どこに行くのよ!」
鞭を振り回し細剣で敵を殺しながら叫び、突然暴れだした男を探してどこかに行く。
(ベアトリスさんなら大丈夫かな。蛮人さんたち、逃げることしか考えてない)
ガンツの周りには誰もいない。
「ガンツさん無事だったクマ?」
呪具類をしまいつつ、声をかける。
「熊公か……人生、最大の恐怖を味わったぜ。しかし、鍵がないぞ、どうすんだ」
「クマクマ」
枷を掴むと、バリッと腕力で砕く。
「うわ、なんて力だ。さすが熊だな。でも、助かったぜ。ありがとう熊公」
ガンツは蛮人が落としたバトルアックスを掴むと、
「お前ら、覚悟しやがれ! このガンツ様をさんざんイジメた報いを受けさせてやる!」
翔一が止める間もなく、ガンツは逃げまどう蛮人に襲い掛かった。
よく見ると、街の人々も武器をとって、蛮人や怪人に襲い掛かっている。
翔一は精霊たちに目標を間違わないよう細かく指示をした。
街全体が大混乱となった時。
「エトワールだ。エトワールがきた!」
蛮人の絶望の声。
南門は開いていたが、それは蛮人が逃げるために開けたのだ。
しかし、それを逆流させて、エトワールの軍勢が突入する。
「天雷!」
エトワールが城壁の上に乗って叫ぶと、夜空を雷が覆う。
光に包まれ、轟音。
デーモンたちに雷が当たり、砕け散って、肉片と血がまき散らされる。
そのあとから、続々とエトワールの戦士たちが光り輝きながら、街に突入した。
雷気を纏い、電撃を撃ちながら進軍するのだ。
まるで神の軍隊だった。
デーモンたちも混沌人間たちも、全く歯が立たない。
「蛮人ども、降伏せよ。人の身であるなら、命は助けよう。怪人とデーモンは皆殺しにしろ」
高らかに響く女の声。
先ほどの女とは違う声だった。
蛮人たちは急速に衰え、そこかしこで降伏する姿が見える。
魔物の類は蛮人が諦めると、数の暴力に勝てず、次々と倒された。
「怪人狩りが始まったクマ。とばっちり怖いクマだね」
「にゃーん」
物陰に隠れる。
(さすがにあの三人を回収するのは無理かなぁ。いい大人だから、自分でケリをつけるかも)
そう考えて、翔一はウォルス城を離れることにした。
隠密精霊を纏い、開け放たれた門からあっさり出て行く。
守るものもおらず、攻める方も、気にする余裕もないという状態だったのだ。
ウォルス城は一時間程で陥落した。
エトワールは偵察隊を率いて翔一を探していたのだ。
城を監視していたが、突然の騒乱、そして、開門に気を見て一気に動く。
そして、その傍らには魔術女王ルシエルとその親衛兵の姿もあったのだ。
一騎当千の彼らは、非常に数が少なかったが、混乱に乗じて城を奪還したという。
降伏勧告をした女の声は女王のものであり、自ら魔力で人々の耳に届けたのである。
「ダナちゃんが、男爵の亡骸を敵に見せたクマだよね」
「ええ、あなたを追って、ここについたときには男爵の死骸があった」
「ルシエルさんと一緒にきたクマ?」
「ええそうよ。彼女は妹弟子。私と一緒にクマちゃんに会いたいって」
翌日の朝。
まだ白い雪が残る大地を見下ろしながら、ダナと翔一は語り合っていた。
遠景に煙の上がるウォルス城が見える。
「あまり、このような戦いに直接介入はしたくないけど、敵は魔物を積極的に使っているから、私の禁忌には触れないわ」
「ダナちゃんって、何か制限があるんだね」
「ええ、私、神様と契約しているの」
彼女は神格があった。
人として生きてはいるが、彼女は半神なのだ。
「ルシエルさんもきてくれたクマ」
魔術女王ルシエルとエトワール子爵が歩いてくる。
どちらも、非常に美しく堂々とした男女。
「これは『聖魔旋風』ドゥーベ殿。先日は失礼をした」
女王は謝罪した。
「ちゃんとあいさつしなかった僕が悪いと思うクマです。時間がなかったので申し訳ありません」
モフ頭を下げる翔一。
「『十傑衆』の一角を倒すとは、さすが勇者だ。特にあのアントゥスは厄介な奴だった。恩に着るぞ、翔一殿」
エトワールがにやりとして握手してくれる。
「にゃーん」
美男子に嬉しそうな白猫。
「勇者……その称号は久しぶりに聞いた。魔王は度々生まれるが、高貴なものはなかなか生まれない」
ルシエルが驚いた顔をする。
「女王、俺は彼がその称号を得るその場にいた。称号を与えたのは大祈祷師ゴル・サナス。彼こそ救世主だよ」
「フム、あの者が認めたのなら本物であろう」
「クマクマ」
「毛皮の生えた勇者にお目にかかるとはな。しかし、礼をいうぞ勇者殿。ウォルス城を奪還できたのはそなたの働きだ」
女王は翔一の毛皮を撫でながら褒める。
「皆さんも一騎当千で強かったクマです。あんな少数であの街を落とすなんて」
「それも、首魁を倒せねば成らなかったことだ」
城を落としたシンシア勢は百人にも満たない数だったのだ。
「女王陛下」
親衛兵がひざまずく。
「わかっておる。では、勇者殿、姉上、エトワール。さらばだ。皆に恩賞を取らせるぞ」
「姉弟子は恩賞いらないわよ」
「僕もすぐに発つクマ。エトワールさんに僕の分も渡してください」
「お主は無欲だな」
「僕は目的を果たしたクマ」
白い猫の背中を撫でる。
女王はうなずくと、親衛兵と消えた。
女王と兵が消えると、代わりにエトワールの部下たちが挨拶にくる。
翔一と握手をした。
「あの男爵を一騎打ちでやるとはな」「子爵以外で勝てる奴はいないと踏んでいたのだが」「あんたの予想はいつも外れるんだよ」「本物の英雄だ、クマ殿」
がっしりした手の男女の英雄たちとモフっと握手する。
怖い顔ばかりだが、傷だらけの顔は笑顔だった。
「あ、皆さん、この財宝を持って帰ってほしいクマだよ」
精霊界ポケットから持って帰った金目の物を出す。
「いいのか、かなりの額だぞ」
腕を組んでエトワールが聞く。
金銀財宝、魔法の物品が積みあがる。
「僕はいらないクマ。この背負った剣と、この猫ちゃんだけで十分クマ」
エトワールはうなずき、部下たちが財宝を運ぶ。
「では、勇者殿、さらばだ」
「お元気で。エトワールさん」
戦士たちと手を振って別れる。
エトワールとその仲間の後ろに、ガンツと中条とベアトリスがいた。
彼らも無事だったようだ。
「おいおい、あれだけの金目の物をあっさり渡すのかよ。一部でいいから俺にくれ」
ガンツが叫ぶ。
「うお、おおお、おお」
中条が吼えた。
「あ、忘れてたクマ。精霊を切るね」
中条の目が普通に戻る。
「精霊の力だったんだ」
ベアトリスがつぶやく。
「ああ、なんだか凄かった。体中が痛くてへとへとだけど、すごく気持ちがよかったよ」
中条は地面にへたり込む。
「僕はもう帰るけど、皆さんどうするクマ」
「俺はエトワールの軍に加わる。どうせ、故郷に帰っても犯罪者だからな」
ガンツはそういってにやりとする。
ベアトリスは答えず、何か考え込む。
「中条さんは一緒に日本に帰るクマ?」
「ベアトリスさん!」
突然中条が叫ぶ。
「え、何よ」
「私と一緒にいてください」
「え、あ、いいけど」
ぽっと頬を赤らめるベアトリス。
「私はこの世界に残ります。熊君が自分を変えてくれました。この世界はお世辞にもまとまっているといえない。故郷の世界に帰ってつまらない平和な人生。それより、ここで大変な思いをして暮らしたいのです。私はここで戦う」
「ありがとう、中条さん。この世界のために。赤い精霊を制御できるように、ちょっと受祚するクマ」
「私がやっておくわ、クマちゃん。この人は凄い戦士になるわ」
ダナがうなずく。
「じゃあな、熊公。いつかまた会おうぜ」
三人は手を振って翔一と別れ、エトワールの部下たちを走って追う。
「結局、目的は達成したのね。可愛い猫ちゃんだわ」
ダナが白猫を見てほほ笑む。
「にゃーん」
「お婆さんがもうながくないみたいです」
「知っているわ。あの人、私と歳が変わらないのよ。オークとは思えないわね。神様に愛されていたの。そして、晩年、クマちゃんに会って、心の荷が下りたの。あの人はいくら大地母神を支えても、大地も人身も荒廃するばかりって嘆いていたわ。それをあなたが食い止めた」
「……」
翔一はそのために失われた犠牲を思い、気が重くなる。
「でも、この世界はまだ……」
「気にしないで。あなたは自分の世界を助けなさい。タマゴさんもそういっていたのでしょう」
「……うん」
ぎゅっと抱きしめ合う。
「狂王は僕の世界の人を勝手に攫っているみたいなんだ。あの魔王もやっていたけど……」
「この世界では、悪党の定番の悪事の一つでもあるわ。異世界人たちは転移転生の過程で特殊能力を授かる場合がある。あの中条って人もあるわ。わかりにくいけど」
「そうだったんだ。とにかく、そういった人を助けたいんだけど……」
「さっきの中条みたいに、この世界を気に入ってとどまる人も多いから、ちょっとなんともいえないわね。それに関しては。拉致がよくないのは事実だけど」
「……」
それ以上は何もいえなかった。
あの自称二十レベルの男、炎の主、悪になじんでいるようなのもいた。過去に翔一と一緒に召喚された人々も人獣にされて、おぞましい怪物と化したのだ。
そのような人々に故郷に帰れといっても攻撃されるかもしれない。そして、中条のように善意で断る人も。
一筋縄では行かないのだ。
翔一とダナは手をつないで荒野を眺めた。
暗い雲が北方に見える。
「おい、いい加減にしろ。いつまでこの世界に居るんだよ」
ひょこっと精霊界からダーク翔一がぬいぐるみ姿で現れる。
「ほう、ここがサナトシュホームか。おおなんという、美しさ。お嬢さん、私はおちゃめな数千歳、土壁源庵と……」
「へー荒涼としておるのう。妾、寒いのは苦手じゃ」
「うむ、高貴な奥方。拙者、球磨川風月斎と申す。お見知りおきを」
ぞろぞろと、翔一の仲間たちがやってきた。
「あら、可愛い人ばかりじゃない。でも、うーん、憑依した精なのね」
腕を組むダナ。
「みんな、ここにきて大丈夫クマ?」
「もう、術はいいだろう。自然に崩壊するから、ちょっとだけ見にきたのだ」
源庵が説明する。
「思ったより、世界の魂が弱いのう。世界がもだえ苦しんでいる感じがあるぞよ」
大絹姫がキョロキョロしながらいう。
可愛いお人形が浮かんで飛ぶ姿は、若干の不気味さがある。
「お、なんだこれ、初めて見る草があるな」「寒い、乗るぞよ」「いい加減にしろ」「風に、殺気がある」
全員が一斉に好きなことを始めるので、収拾がつかない。
「ダナちゃん、もう帰るよ。この人たちを制御できないクマ」
「ふふ、またいつか会いましょう」
「うん!」
「にゃーん」
「えーもう帰るのか」「つべこべいわないの」「妾、もうちょっと居たい」「……」
翔一たちは精霊界に入ると、すっと消えてしまう。
寒い荒涼とした大地に、ダナが一人取り残される。
「また会いたいわ。クマちゃん」
白銀の髪を風の中かき上げた。
現実界の祈祷所に帰ると、人々が待っていた。
源菜奈、その両親。人狼協会の赤嶺泰三と明日香、大神恭平。油上司、暗黒司令はいつも通りドローンのモニターに姿がある。
そして、御剣山詩乃と園。
仲間がぞろぞろとゲートを出でて、最後に白猫を抱いた翔一。
猫はスタっと床に降りると、みるみる人と化した。
黒髪の美しい少女。源雪となる。
かなりボロボロになった紺色のセーラー服姿。しかし、少女の年齢は失踪した当初と変わらないようだ。
顔は源菜奈とそっくりだが苦しい時を過ごした彼女の瞳は深い。
「雪! よかった。生きてたのね!」
「雪が帰ってきたぞ!」
小柄な夫婦が涙を流しながら、彼女を抱きしめた。
「お父さん、お母さん! 会いたかった! もう誰にも会えないと思っていたの。一人で、闇の中で……」
雪は美しい瞳から涙を流す。
「お姉ちゃん!」
菜奈も輝く涙を零しながら、雪の背中に抱き着いた。
涙を流す親子。人々はもらい泣きをする。
「翔一君が行方不明だから人狼協会に協力を仰いだのだ。祈祷師ゼロの諸君に聞けば、君は異世界に行っているというではないか。源君のご家族ををお呼びしたのは私だ」
暗黒司令が説明してくれる。
「いいかね、なんの報告もせず、このようなことをするとは。結果がよかったとはいえ、君は独断専行し過ぎだぞ!」
油上司がガミガミ怒る。
「あんたうるさいわよ」
園が油を遮る。
「な」
「翔ちゃん!」
詩乃がぎゅっと毛皮の体を抱きしめた。
「クマクマ。お母ちゃん、心配かけてごめんクマ」
「もう、こんなに長くどこに行ってたの」
「え、そんなに時間経ったの?」
「三日よ。三日も突然いなくなるなんて……」
「いや、その、三日ぐらいなら」
翔一はあきれたが、それでも、自分をこれだけ心配してくれる人間がいることに、うれしくて仕方がなかった。
「お母ちゃん」
「なに?」
「おにぎり食べたいクマ」
「ええ、いいわよ。いっぱい作ってあげる」
詩乃は毛皮の背中を撫でる。
「よかった。雪君がいなくなって、私たちもかなり長く探したんだ。異界に行っていたとは」
赤嶺泰三の声。
「あのクマちゃん、やっぱり失踪してたのは異世界に行って……」
赤嶺明日香のつぶやく声が聞こえた。
「うう、ううう、うう」
いつもクールぶってる大神恭平が鼻水を垂らして泣いている。
「あんたカッコ悪いわよ」
「うるせー」
「さあ、問題は解決しました。治癒クマー君にはしっかり報告してもらうとして、ここは解散しましょう。集まって頂いた皆さん、ありがとう」
暗黒司令の言葉に、人々は去っていく。
最後に、源家の四人は翔一と仲間たちに深々と頭を下げて帰って行った。
「翔ちゃん、帰りましょう」
姉と母と連れ立ち、家に向かう。
見送る源庵たち。
「家族はいいものよのう」
大絹姫の声が小さく聞こえた。
2022/5/8 微修正




