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82 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 その11

 古い因縁は消えたが、この部屋にはまだ怒りに燃える弱い幽霊たちがいた。 

 彼らは何が起きたのかもわからず死んだのだ。

 しかし、呪紋も消え悪霊も消えたので、やがて、霊界に帰るだろう。

大絹姫おおぎぬひめの事件で得た経験が生きたと思うクマだね)

 翔一は悪霊の部屋を出ると、階段を上る。


 三階にきた。

 アントゥス男爵は今の騒ぎに気が付かなかったのか、気配はあるが、動きはない。

(術者じゃなければ気が付かないかもしれないクマ)

 レベルがいくら高くても、事務職二十レベルでは何もわからないのだ。それと同じだろう。

 三階はそこそこ広く、概ね使っていない部屋が多い。一番奥の部屋が男爵の執務室であると思われた。

 扉をいくつか開けると、最も広い一部屋に様々な箱と棚があり、宝物が置かれていた。

 翔一の鼻は反応する。

源雪みなもと ゆきさんの匂い! あ、そうか)

 強い彼女の匂い、しかし、微妙な違いがあった。

 大きな箱の影に小さな金属製のケージがある。

「にゃーん」

 そこに、白くて小さな猫が入っていた。

 餌と水が置いてあるが、あまり食べてはいない。

 そして、ちゃんと世話をしている雰囲気もなく、ケージの中は汚れていた。

 翔一が近寄ると、猫は怖がって、ケージの中で後ろに下がる。

 逃げようもないのだが。

「クマクマ」

 鍵がかかっているが、指でつまみバリッと壊す。

「熊。食べないで。怖い!」

 猫は怯え切っているが、微かに人間の声を聴いた。

「クマクマ、大丈夫クマーだよ。僕は助けにきたんだ」

 ご丁寧に首枷もあったので、それも簡単に割る。

 猫は観念して、じっとしたので、モフ手に取ってそっと抱きしめた。

源雪みなもと ゆきさんだね、迎えにきたクマだよ」

 猫の目が大きく見開く。

 そして、涙が流れた。

「にゃーん。誰もが、私のことを忘れて、助けなんてきてくれないと思ってたの! 異世界の片隅、こんな寂しい場所で……」

 妹の菜奈ななは猫人獣。

 彼女もそうなのだ。

「妹の菜奈ちゃんも、ご両親も、絶対忘れないクマだよ」

 雪はしくしく泣き始める。

 猫の爪が翔一の毛皮に刺さり、少し痛かった。

「人間に変身はできないクマ?」

「よくわからないけど、この世界にきてから、猫に変えられたの。恐ろしいいっぱい頭がある怪物に噛まれて……」

 そういわれて、翔一は霊視したが、彼女に呪詛はなかった。

 彼女の家系は猫人獣だが、彼女はほとんどその気配はなかったのだろう。だから、服からは人獣の匂いがなかった。

 邪神に噛まれて、人獣の血がよみがえったのだ。

(あれは人を邪悪な人獣に変える呪詛、でも、この子は元から人獣だったから呪詛は意味がなく、本性だけ発現させたのかも)

 白い毛皮を抱きしめながら、そう思う。

「呪詛はないクマ。たぶん、元から人獣の血筋だからだと思うクマ。あいつは人を人獣に変える邪神」

「あ、あなたも奴の被害者なの?」

「そう。でも、僕はもう自由だからいいんだよ。それにあいつは僕が倒した」

「あなた、すごいのね」

 優しく子猫を下す。

 背後にピリピリするような気配が迫っていた。

 金属がすれる音。硬い足音。

 そして、剣を抜く音が聞こえる。

「物陰に隠れていて。悪党がきたから」

「気を付けて、あいつ、すごく早い剣術を使うわ」

 白い猫は、慣れた動きで物陰に隠れる。

 翔一は振り返った。


 剣を抜いた男。

 両手にシミター、右の脇腹からもう一本腕がぬっと出てきて、小さな盾を構える。

 漆黒の兜、漆黒の鎧、分類すればラメラ―アーマーだろう。

「俺は『斬殺魔』アントゥス。貴様は? 単なる熊ではあるまい」

「『聖魔旋風』ドゥーベといわれたことがあるクマ」

「ほう、なるほど、確かに、ここにくるには噂ぐらいの実力がなければ無理だろう。悪霊の部屋はどうやって越えた」

「邪悪の因縁を解放した。もう、あの部屋は陰気なだけの部屋」

「フフフ、まさかな。あの部屋の呪縛がそう簡単に壊れるわけがない。あの悪霊は俺の先祖が家族を奴の前で皆殺しにし、本人も究極の拷問を行って殺したのだ。あの恨みは早々簡単には消えない」

 自慢げに男はいう。

「あなたは前の領主の一族なのですか」

「そうだ、前の領主は俺の兄だ。弟として生まれただけで俺は放浪者、兄は大貴族として好きなように気楽に生きていた。俺は苦労の分を取り返しただけ。氷原王の手を借りてな」

「……」

 翔一は丸太を握り締める。

 この広い部屋でも、多少狭いのは否めない。

「貴様は何の用でここにきた」

「猫を取り返しに」

「どこに行ったのか……あの猫は俺のものだ。南方の商人が珍しい生き物だと俺に売った」

「返してもらうクマ。代金が欲しいなら渡してもいいよ」

「フ、そんなものはいらない。お前を殺して、名声を得た方がいいからな!」

 男爵はそこまでいうと、二本のシミターを同時に突き込んでくる。

 確かに早かった。

 翔一が攻撃する前に、敵が目の前にいた。 

 丸太では先制出来ず、太い幹で剣を遮る。

 剣は丸太を両側から斬って、翔一の指まで到達した。

 縦に真っ二つにしたのだ。

 間一髪、翔一は丸太を放棄する。

 飛び散る毛。かすかに指の皮膚を切った。

 さっと後ろに飛ぶと、壁に爪を刺して、天井付近に張り付く。

 男爵の突きが更にきたが、稲妻のように跳ぶと天井付近の壁をぐるっと回り込んだ。

「クマクマ」

「ち、ちょこまかと」

 ササっと、石を投げつける。

 男爵は簡単に盾で弾いた。

 お返しに短剣が飛んでくる。

 しかし、これはあたりもしない。

 翔一は衛兵隊長から奪った剣を投げつける。

 ガッと盾に刺った。

 男爵は怒声と共にシミターを叩きつけると、隊長の剣は枯れ枝のように簡単に折れる。

(丸太も太かったのに、簡単に割られた。あのシミターは聖剣クラスじゃないと相手できない!)

 翔一は焦った。

 精霊界の中に優秀な剣は二振りあったが、『水竜剣』はあのシミターに勝てそうもない、簡単に折られるだろう。あの剣は木製であるのが弱点なのだ。もう一振りの魔剣『魔送喪魂剣まそうそうこんけん』はできることなら使いたくなかった。吸血鬼相手に使っても罪悪感が消えなかったのだ。

「男爵、あなたの剣は相当なものだ!」

「見抜くとはさすがだ。倒しがいがあるぞドゥーベ。そう、俺の剣は『双星剣』という。双子の魔星の加護を受けているのだよ」

 距離を取って、暫く投げ武器の戦いになる。

 敵の短剣は数に限りがないのか、大量に飛んできた。

「魔法の短剣か!」

「射撃戦でも負けはしないぞ、熊」

 魔力のナイフを避けて跳ぶ。

 ドカ。

 何かの金属の荷物を踏んで棚を壊した。

 転がり落ちる、光る何か。

 男爵の双子剣が迫ってきたので、咄嗟にその銀色の金属を拾って身を守った。

 ガガッ!

 双子剣は金属を削られて軋み、それは魔剣を受けきった。

「?!」

「それは俺のだ。触るな!」

 男爵は激怒したが、翔一はそれが剣であることを見ぬき、抜けかけの鞘を捨てる。

 研ぎあげられた広刃の刀。

 灰色の刀身。

 片刃の直刀。

 硬い金属、宿る魔力。

 翔一は抜いただけでゾクゾクした。

 そっと、両手で持つ。

 日本刀に近い形状、体に馴染む。

 男爵は動きが止まった。

 一瞬の静寂。

「ち。しかし、本気になったな熊公」

 そう叫ぶと、男爵は捨て身のような攻撃を行った。

 滅茶苦茶な連打。

 しかし、灰色の剣は軽く受け流した。

 まるで羽のように軽い。

 しかし、ぶんと振り回すと、重く、早かった。

「う、く!」

 躱そうとした男爵だったが、盾は真っ二つになり、鎧に大きな傷がつく。

 軽く触れただけで胸当てが割れたのだ。

「貴様……」

 男爵三本目の腕は、指がいくつか飛んでしまった。

 盾を捨て、ヌルッとひっこめる。

「すごい剣です」

「当然だ、東方の英雄たちを殺し回って、そいつらの剣を鍛え直して作ったのだ。それは俺の記念碑だ」

「怒りより、この剣には悲しい感情がある」

「つまらん感傷だな」

 男爵が二本の剣をかざして飛び掛かってくる。

 翔一は逃げずに向かって跳んだ。

「白虎一剣!」

 ブワっと剣から白い炎が上がる。

(?!)

 パン!

 からからと、床を転がる金属。

「ま、まさか俺の双子剣が……」

 男爵は絶句した。

 右手に持った剣が根元から折れていたのだ。

 振り向き、再び睨み合う。 

「あなたは奥義で倒します」

「剣一本折ったぐらいで調子に乗るなよ!」

剛刃素戔嗚ごうじんすさのお

「ふん、奥義とやらを見せてもらおうか」

 翔一が構えた剣に、雷気が宿る。

 同時に光り輝く炎が剣から燃え上がった。雷を孕んでバチバチと音を立てた。

 剣の炎は単なる火ではなく、オーラの発現だった。熱はない。

(気力を込めると燃え上がる。この剣はいったい?)

 右手の剣を捨て、ナイフを出す男爵。

 睨みあいの中で、男爵は気を飲まれた。

 微かに恐怖したのだ。

 そして、荒く空気を吸う。空気を吸い終わり吐き出した瞬間に、ほんのわずかなスキが生まれた。

 ズン!

 次の瞬間には、男爵の前に子熊はいなかった。

 彼と背中合わせに立っていたのだ。

「この俺が、一騎打ちで、死ぬ?」

 双子剣のもう一つも折れて転がる。

 そして、男爵の首がぽろっと落ち、胴体はくたっと座るように崩れた。

 大量の血が流れ、床を濡らす。

 転がった首から兜がはずれた。

 端正な顔立ちだったが、半分は混沌で爛れている。

 翔一は思わず目をそらした。

 剣をその辺りの布で拭き、鞘にしまう。

 そして、背中に背負った。


「にゃーん」 

 翔一は白猫を肩に乗せる。

「ねえねえ、お宝貰っていきましょうよ。さっきから、どこから物を出しているの?」

「精霊界ポケットだよ。異界に物を保管しているんだ」

「じゃあ、男爵の物を置いておかない方がいいわ。悪人がやってきて回収したら、悪事に使われる」

「それもそうクマだね」

 そういいながら、男爵の魔法の無限投げ短剣袋、その他、ざっと金になりそうなものや魔力品を精霊界に放り込む。

「これで、悪の軍資金を絶ったクマ」

「それでいいわ。ありがとうクマちゃん」

 猫がチュッとキスをする。

「ふふ。くすぐったいクマ」

「でも、あなた本当に強いわ。あの男爵を一騎打ちで倒すなんて……私、何度も強い戦士たちが倒されているのを見たの」

「僕は勇者様なんだよ」

「にゃーん。あながち嘘とはいえないかもね」


 部屋を出て二階に降りる。

 ベアトリスが荷物を背負っていた。

「やっぱり勝ったのね。その猫ちゃんは?」

「僕の目的クマだよ」

「そうなの、じゃあもう逃げましょうよ。私もたっぷり手に入れたから」

 彼女は城の財政を管理していたようで、金庫から根こそぎ金貨や宝石を持ってきたのだ。

 三階での乱闘は、かなり響いていたのか、蛮人たちは何事かと騒然としていた。

 伝声管に叫んでいる幹部がいる。

「便所掃除奴隷の中条なかじょうは城の外にいるわ。一晩かけて堀の周りの雑草とりを命じておいたの」


 城を出ると、門に太陽月頭のコンビはいなかった。

 見ると、何かの気配を感じたのか、持ち場を離れてうろうろしている。

 中条がまじめに草を抜いていた。

「中条。もういいから。この荷物背負って」

 ベアトリスは重いバックパックを中条に背負わせた。

「何ですかこれ、それにクマ君」

「もう逃げましょう。そうだ、ウンコマンじゃなかった……ガンツさんは」

「物凄いホ○怪人の相手をさせるって、獄吏が笑ってましたよ」

「うわ、お尻痛そうね」

 ベアトリスが半笑いで顔をしかめる。

「早く助けるクマ」

 

「ウハハ、なんだこの臭い奴は、まず洗え」

 獄吏たちが水を汲み、ザバっとぶっかけてガンツを綺麗にする。

「うわ、やめろ。俺はこのままでいい! そいつを近寄らせるな!」

 にやにや笑う獄吏と、半裸の怪物。

 怪物は頭が触手だらけで、ふんどしいっちょのおっさんというかなり危ない存在だった。

「ワシはこの肉体を得た時、♂とのおせっせに使えると思いついたのだ」

「普通、思いつかないだろ! 意味不明すぎだ!」

「一時間後にはワシにおねだりするだけの雌豚になっているぞ。ウワハハハ」

「うわー! やめろー!」

 迫るふんどし怪物。

 物陰から見る三人。

「あのハゲ見てると助ける気になれないのよね」

「今行きますよ、ガンツさん」

 中条はそういいながら、尻もちをついて腰が抜けている。

「中条さんって、恐怖心さえなければ強いかもしれないクマだね」

 そういって、赤い精霊を纏わせた。

 普通は喰らうのだが、中条は精霊を認知できないから憑依させる。

「ふ、フオオオオオオオオオ!」

 穏やかな顔が、いきなり、目を吊り上げて鬼のような形相になった。

「ど、どうしたの中条!」

「うおおおオオオオ!」

「ほい、これ使って」

 翔一は精霊界からそこそこいい感じのシミターを渡す。

 男爵の部屋に置いてあった一振りだ。

 中条はそれを掴むと、跳ぶように駆け、触手男に斬りかかる。

「ウオオオオオ!」

 バスっとシミターが無防備な背中に突き刺さり、ふんどし男は座り込む。

 剣が抜かれ、更に、二発三発と叩き込まれ、片刃の剣が男の頭を斬り飛ばした。

 派手さはないが、シミターはすさまじい切れ味。

「お、中条じゃないか、助かったぞ」

 しかし、中条はガンツを無視して、太陽と月コンビに斬りかかった。

「なんだこいつ」

「敵だ」

 見た目は恐ろしい怪物だったが、中条の異常な速度には全く追いつかない。

「ウオオオオオ!」

 中条は素早いステップで攻撃をかわし、翔一の教えた動作で太陽の右腕上を斬りおとす。

「ギャー!!!」

 二人がひるんだところで、太陽を無視して、月に体当たり。腹を突き刺した。

 魔法のシミターは革鎧をあっさり抜いたようだ。

 騒ぎに気が付いて、集まってくる蛮人兵士、怪人、デーモン。

「まずいクマ、ベアトリスさん、精霊を呼ぶから少し僕を守って!」

「いいけど、何をするのよ」

「稲妻精霊を大量に呼びます」

 鹿の頭蓋面、ロッド、神の獣皮を纏って、渾身で大量の精霊を呼ぶ。

 バチバチと雷気を帯びた雲の塊のようなものが次々と現れる。

 数人の獄吏に術を妨害されそうになったが、それはベアトリスが細剣で突き殺した。

「蛮人ども浮き足立ってるわね!」

 獄吏の一人から鞭を取り上げて、細剣と鞭の二刀流になるベアトリス。

「男爵は倒しましたから、誰も指示を出さないクマ」

「精霊だ、稲妻を撃ってくるぞ!」「逃げろ!」「領主様はどうした!」

 敵兵たちは突然の襲撃に狼狽する。

 そして、精霊は怪人やデーモンを倒しながらうろつき始めた。

 城下町は大混乱となる。




2021/7/18 微修正

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