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79 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 その8

 翌朝、翔一は行方不明の少女を占った。

「やはり、ウォルス城かなぁ……」

 ウォルス城はエミリオン城の西北西にある。

 アントゥス男爵の支配の元、人々は圧政に苦しんでいるという。

 混沌にゆがめられた元人間の魔物たちが跋扈し、デーモンも飛び回っているのだ。

「しかし、この領土を守る術をやってからだ」

 翔一は精霊界に入る。

 土壁源庵つちかべ げんあんと交信した。

 しばらくして、土器面を被った熊のぬいぐるみがやってくる。

「お忙しいところごめんなさいクマです」

「ああ、心配するな。君を異世界に送る術は、一旦、強めの祖霊に任せた。それで、何の用だ」

「稲妻の精霊を長期間受祚したいクマ。それで、一定範囲の領土を守るクマだよ」

「なかなか、難しい注文だな。呪力が相当いるのは間違いないが、地元の地祇に術の柱になってもらうのがいいぞ」

「神様に支えてもらうクマ?」

「そうだ、神様なら信仰を集める。それを雷の呪力に変えるのだ。……信仰だから指向性がいる。神の性格を決めて、魔を倒す神様ってことにしたらいいだろう。倒すのは人獣、吸血鬼、デーモン、アンデッド全般、魔獣全般、異世界怪物全般。邪神信徒も入れるかな。これだけ指定したら問題ない」

 術の雛形を源庵が紙にさらさらと描く。

 彼ご愛用のコンビニで買った安っぽいボールペンとノート。

「そういう神様であるとして信仰を開始する。魔への神罰を祈願すれば、その神の性格は固まって行く」

「考えてみたら、僕も倒されるクマ」

「人獣で混沌の気が弱い奴は外しておこう。しかし、君はもう純粋な意味で人獣ではない」

「どういう意味ですクマ?」

「小さいことだ、気にするな」

 びりッとノートを破った物を翔一は受け取る。

 

「クマたんどこに行くの」

 部屋を出ると、小さなビアンカの娘、アン姫が翔一に尋ねる。

「これから街の外の祠に行くクマ。そして、凄い精霊を呼んで皆を守るクマだよ」

 ふと、翔一は彼女を見た。

 非常に強力なオーラを持っている。

 赤ん坊の息子の方も強かったが、彼女は術者としての力があるように思う。

 少女を背中に乗せて、エトワールに会う。

「きゃっきゃっ!」

「ご機嫌だな、アン姫。勇者殿に乗るとは。フフ」

 ひょいと、小さな姫様を抱っこするエトワール。

「この子は大物になるクマだよ。エトワールさん、相談があるんだけど……」

 翔一は術のあらましを伝えた。

「稲妻の精霊を降ろして、地元の土地神と一緒に祀るというのだな……いるにはいるが、あの神はほとんど誰も知らない存在で、農民たちがささやかな祀りをやっているだけだ。村の司祭に聞いて問題なければ私は構わない」

「たぶん、雨の日が多くなるクマだと思う」

「雪より何十倍もマシだ」

 乾燥した空を見上げて、エトワールはうなずく。


 村の司祭は豪農の一人だが、彼もほとんどその地祇のことは知らなかった。

 どうやら、古代に忘れられた神の名残りで、彼らが入植した時に転がっていた神像が信仰されていたようだ。

 彼の案内で、その場所に向かう。

 何事かと、農民や兵士などが集まってきた。

 その、巨石は人間の顔に見える形をしている。自然にできたもののように見えるが、古代の人間はそれを畏れたのだろうか。

 翔一は兵士に守ってもらい、横になると精霊界に入って地祇に会う。

「こんにちわ」

 返事はない。

 白くてぼんやりした存在で、意識もないようだった。

「……作物を、豊かに……」

 ふと、そんな言葉を発する。

 何千年も放置されて、意識を失い。そして、近年の人々が思いを伝えて、それだけが意識に上っているのだろう。

 しかし、彼、彼女には神格があった。

 それだけでも非常に重要なのだ。

 現実界に戻ると、儀式を開始する。

 アースエレメンタルに石を運ばせ、神像の台座とする。

 そして、神代の言葉を彫り、雷神として彼を規定した。

「稲妻の精霊よ、くるんだ。そして、石に宿り給え」

 翔一は、鹿の頭蓋マスク、獣の皮、魔術者のロッドを持って、精霊を呼ぶ。

 実力が増したこともあり、現れた精霊は強大だった。大精霊といっていいだろう。

 神像に宿り、意識の弱い神と存在が混在する。

 無理やりな合体なので、すぐには融合しないようだ。

(時間がかかるかな。農業神と稲妻なら相性はいいと思うクマだけど)

 バリバリ、ゴロゴロ、神像から音がしている。

 見守る人々は少し怯えているようだ。

「おい、見ろ、デーモンだ!」

 空に何匹ものデーモンが浮かんでいた。

「警戒しろ。弓兵を呼べ!」

 ここは農地の端なので、身を隠す場所もない。

 戦闘員は弓を用意し、伝令が走る。非戦闘員は草木の陰に隠れた。

「クマたんー」

 はっとふりかえると、アンがいた。

「駄目だよ、なぜこんなところに。すぐに隠れて」

 しかし、すぐに不安は現実になった。

 怪物たちが一気に襲い掛かってきたのだ。

「ギャー!」「うわ!」「ひるむな! 村人を守れ!」

 翔一は動けなかった。術を終わらずにはいられないからだ。

「これは術の妨害クマです。護衛の皆さん頑張ってください!」

 しかし、どう見ても戦力的に不利だった。

 翔一は必死に祈念して、術を一秒でも早く終わらせるように努力した。

 バサ、バサ。 

 背後に怪物が迫る。

 炎の剣が迫った時、大型化して敵の手首をつかんだ。

 デーモンは口から火を吐こうとしたが、咄嗟に首を噛んで、喉を詰まらせる。

「ギャー! ギャー!」

 さらに左手で敵の口をふさぎ呼吸させない。

 悪魔の左手、鉤爪が首筋に刺さるが、ぶ厚い筋肉で止まる。

 ガリ! 

 牙で鱗と骨を砕き、首を噛み千切る。

 ブッと吐き出した時、アン姫と目が合った。

 彼女の目は光り輝き、手には雷気が宿っていた。

「ダナちゃんみたいだ」

 二匹目が迫ってきた時、アン姫の手から稲妻が走り、デーモンを撃つ。

 バン!

 激しい音がして、デーモンは頭がはじけ飛んでいた。

「領主様がきたぞ!」

 エトワールが聖剣『フェルシラ』を掲げてくると、デーモンたちはさんざんに斬り伏せられる。

 デーモンたちは最後まで逃げることもせず、術を妨害しようとしていたが、エトワールが現れたのちは何もできず死んでいった。


 やがて術は終わる。

「雷神が生まれました。名前は『エルドナ』。これからは祀りを続けて下さい。加護が信者に授けられ、雷の力をもたらしてくれます」

 翔一は元のサイズに戻ると、静かに人々に語り掛ける。

 アン姫はふらふらと倒れてしまったので、膝に抱いた。

 気を失っただけで何の問題もない。

 しかし、神の加護を得てしまったようだ。

「勇者殿、わが娘は」

 やはり、親としてそれが一番心配なことだろう。

 慌てて、ビアンカがやってくるのが見える。

「気を失っただけですクマ。しかし、彼女は神に好まれてしまった。祭祀は彼女が巫女として行った方がいいと思います」

「贄としてほしがるなんてことはないだろうな」

「精霊界で見ましたが、そんな凶悪な雰囲気はなかったクマです。ただ、戦いの神の性格になると、徐々に荒々しくなるかも。祭祀法を早めに固定して人形を捧げて壊すとか決めたほうがいいです。大神を同時に祀って禍を抑える方法もあります」

 この辺りは源庵やダーク翔一の受け売りである。

「ふむ、ローヴィエと合祀するか。中央ではそういう形態は好まれないというが、地方では普通だからな」

 ローヴィエは排他性が強いので、逆に地方神と結びつけることによって、迫害を逃れるという知恵なのだろう。

「守護雷精と呼んで神とは呼ばない方がいいかもしれませんよ。他神狩りの積極的な輩が首都で増えているそうですから」

 文官らしい腹心の男が進言する。

 エトワールがうなずいた。

 翔一は呼び名の問題なので、そこは彼らの知恵に任せる。

(そういえば、僕の世界でも、キリスト教は守護聖霊という存在がいるクマだね。もしかしたら多神教の名残りかも)

 ふとそう思う。

 

 エトワール以下数人の戦士が雷精との契約をおこない、稲妻を操れるようになる。

 そのための儀式を神像の前で行っていた。

 儀式はエトワール腹心の司祭が祝詞を覚えて行う。

 翔一はその様子をビアンカと眺めた。

「僕はすぐにウォルス城に行くクマだよ」

「もう暗くなるわ。もう一日、泊って行きなさいよ」

「ちょっとゆっくりしすぎたクマ。もうのんびりしていられないんだ。ビアンカさん。お元気で」

「仕方ないわね。あなたには助けてもらってばかり」

「僕の親友なら、絶対そうしたと思うクマだから。そうだ、これあげる」

 翔一は一時期自分の霊魂を宿らせた熊のぬいぐるみを渡す。

「これは?」

「僕と非常に因果の強い物。受祚物になってるクマ。どうしても困ったという時は呼んで下さい。異世界を越えて駆けつけます」

「そんな、いいのよ。この世界のことは私たちで頑張るわ」

「しかし、僕も責任があります」

 ちらっと神像を見る。

 戦士たちは雷の魔力を得たようだ。

 青く光り輝く男たち。

「わかったわ。でも、これはこの国の女たちだけの秘密にするわね」

 翔一は手を振ると、丸太を担いで行く。

 暗くなっていく森に入ると、すぐに姿は消えてしまった。




「夜の森はさすがに無謀だったクマかな」

 そう思いながらも、普通の熊スタイルになって、ウォルス城を目指す。

 エミリオンとウォルスの間には緩い山地があり、針葉樹の森を抜ける必要があった。

 途中、野生の熊や狼などにも遭遇するが、彼らは翔一を見ると、道を開け、襲ってくるようなことはない。

(動物仲間だから?)

 魔力的な高速移動にならないぎりぎりぐらいで、疾走を続け、薄暮には件の城を見下ろす場所についた。

(あれが、ウォルス城クマ)

 エトワールのエミリオン城と同じような城塞都市と城という防御が強い街だった。

 ウォルス城の方が大きくて古いようだ。

(この付近の中心都市だよね、たぶん。シンシア王国としても絶対奪還したいだろう)


 山を下り、街に近づく。

 隠密精霊を纏って、門の様子をうかがった。

 狂王軍に占領されているというが、街の活動は普通にあるように見える。

 大勢の人が通過し、農作物などが搬入されて行く。

 街の門は開けっ放しで、人間の番兵が交代で見張っていた。

(番兵は北方の蛮族みたい。毛皮に兜。髭モジャ)

 エトワールとその部下たちは、もう少し整った身だしなみだった。

(半オークではないクマだね、普通の人間だ)

 彼らは北方の普通の人間部族のようだが、荒っぽい性格なのは同じらしい。

 酒を片手に持ち、人々から金をせしめ、気に入らない奴を殴ったりしている。

 しかし、彼らも、怪人や怪物、デーモンは何もせずに素通りさせていた。

(二足歩行クマ怪人をよそおっていけば入れるかな。混沌人間みたいなのはフリーパスだ)

 あからさまな蛮人戦士や混沌の特徴のあるもの、デーモンなどはチェックの必要もないということだろう。単純に、金を巻き上げにくいということかもしれない。

(鹿の頭蓋面を被れば、即席の悪そうなクマ怪人になれるクマ)

 存在分析を阻害させる受祚、その他防御や能力強化の受祚を行い、完璧を期す。

 丸太を持ってのしのしと門に向かった。

(僕は悪者、悪クマ怪人クマー! これで行けるかな)


 素通りだろうと思ったが、誰何された。

「待て、貴様、どこからきた」

 口の臭い蛮族が尋ねる。

「クマクマ。僕は混沌の影響で知能が高くなった熊、混沌クマーだ。偉い人にお仕えにきた、凄い悪者クマ」

「ふうむ」

「氷原大王さんやアントゥス男爵に憧れる、どこにでもいる熊さんだよ」

 蛮族はじろじろ見ていたが、

「いいだろう、通れ」


 門を抜けると、雑然として清潔とはいえない街並みがあった。

源雪みなもと ゆきさん、もう少しの辛抱だよ)

 翔一はそう思い、自分を奮い立たせ、地面を踏んで前にすすむ。




2021/7/11 微修正

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