表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/291

7 叔母公佳、忍び寄る影 その1

 その日、御剣山みつるぎやま翔一しょういちはホテルのパーティー会場にいた。


 着飾った人々が、穏やかに談笑している。

 翔一は学校のブレザーを着ていた。

 パーティーといっても、親族とその親しい友人が招待されただけなので、やや砕けた服装の人間も多い。 

 料理の匂いが翔一の鼻腔をくすぐる。

 酒も用意されているようだ。翔一の前に置かれるのはジュースだが。

(異世界だと子供でも飲んでたけどね、ここじゃ、もちろん、駄目だ)

 異世界は遅れた世界であり、真水は危険な飲み物だった。

 そんなことを考えていると、叔父がマイクを持って立つ。

 雑談をやめる人々。

「今日は皆さま。お集まりいただき感謝申し上げます。我が甥、御剣山翔一君も無事発見され、今までご尽力いただいた皆様には感謝の気持ちでいっぱいです……」

 叔父の雄一ゆういちがマイクを持って喋っている。地方都市で公務員をやっているが、今日は足を運んでくれたのだ。

 母と姉も美しく着飾っている。母は叔父の言葉にうなずきながら、涙を流して喜んでいる。

 翔一の隣に涙を浮かべた老夫婦。

 この二人は翔一の母方の祖父母で、わざわざ、遠くから参加してくれた。

「翔ちゃん、本当に見つかってよかった。今までどこに行ってたの」

 祖母が尋ねる。

 老人といっても見苦しい人物ではない。祖母も老いてはいるが美しい容姿だった。

「憶えていないんです。ごめんなさい。僕が覚えているのは、お母さんのことを微かに……」

「どういうことだ、誘拐された前後だけじゃなくて、その前のこともなのか」

 祖父は矍鑠とした人物だったが、かなり驚いている。

「ええ、姉のことも少し憶えていますが……」

「お父さんのことも覚えているのか」

「これ、あなた」

 なぜか、止める祖母。

「いいえ、お父さんのことは全然覚えていません」

「あのような奴のことは一切忘れたらええ」

 翔一の父、天羽あもう栄二えいじは翔一が失踪している一年間の間、何度か不倫をしていたのだ。

 自分の息子が失踪しているのに、妻を支えず、浮気に走る父を世間はこれでもかと叩いた。結果、彼は社会的地位を失っている。

 翔一はあまり父を憎むつもりはなかった、彼も、何か苦しかったのではないかと。

 ただ、母や家族を悲しませたのは事実なので、反省をしてほしいとは願っている。

 そのような理由のため、この会には父方の親戚は呼ばれていない。

「それにしても、おまえ、顔や首にすごいけがの跡があるぞ。手にもだ」

 祖父はしげしげと眺める。

「わからないんです」

「週刊誌の記事なんて見て悪いが、気になったんだ。翔一、お前、全身傷だらけだったというが……」

 首を振る翔一。

 嘘をつくのは気が重い。

「いいじゃないですか、あなた。翔ちゃんは帰って来たんですよ。これから詩乃しのも幸せになるのよ」

「再婚相手が欲しいな。いい年の女が結婚もしてないなんて」

「あなたは考え方が古いですわ。それにまだ離婚はしてないんですよ。栄二さんが……」

「あのクソ男、まだ渋っているのか。一度ガツンとやってやらんとな」

 祖父は怒りっぽい男だったが、筋は通すタイプの人間なのだ。

 あまり喋ると、ボロが出るかもしれない。

 翔一はなるべく無言を通すことにした。


 叔父の話やその他短い挨拶が終わったので、会食が始まった。

 食事はびっくりするほど美味である。

 異世界で生きていた時、厳しい環境の中で食事の旨さなんて二の次三の次だった。

 自分も、仲間たちも、その時は今を生きるだけで精いっぱいであり、口に入るものに贅沢なんていえない。

 翔一の異世界での三年間は常にそうだったのだ。

 今、このホテルの料理はこれでもかと贅を凝らした料理であり、痺れるような旨さだ。

(去っていった友達たちに、食べさせたかったな)

 そう思うと、少し涙がこぼれた。 

 しかし、親戚たちには普通の料理なのだろう。特に感動もなく食べている。

(これは仕方がない。あの世界の常識をここに持ち込んではいけないんだ)

 

 宴会場にはテラスがあり、瀟洒な庭の風景を楽しむこともできる。

 誰がよんだのか、楽団を入れて生演奏まで行っていた。

「詩乃ちゃん、よかったね、翔一君戻って来て」

「ええ、ありがとう、みんな」

 数人の男女が母を囲んでいた。彼らは芸能界の友人である。

 皆、適当に集まって談笑などをしている。

「翔ちゃん、来て」

 母が呼ぶので行くと、母の友人たちに紹介された。

 挨拶をする。

「翔一です、よろしくお願いします」

 背筋がピンと伸びて、一年前とは比べ物にならないほど精悍な顔だった。

「ええ? 翔一君ってもっと可愛らしい感じだったけど、今はスポーツマンみたいだね」 

 大柄な俳優の男が少しびっくりしている。

「僕のこと覚えているかい」

「ごめんなさい、記憶がないんです」

 彼らのことを紹介されるが、パッとしない人たちであり、あまり、記憶に残らない。

 そのような調子で、色々な親戚や母の友人たちと挨拶を躱すが、翔一の記憶に引っかかる人物はいなかった。

(無理やり消したみたいな記憶だよね。異世界の言語の代償みたいだ)

 異世界の言語は、もちろん、憶えている。まるで、脳に刻み込んだように全く忘れていない。

 それに比して、異世界で起きたことはじわじわと忘れ始めている。絶対忘れないこともあるが、細部は消えていく。普通の記憶として。

(友達が残した映像記録を見たら、また思い出すと思うけど)

 つらい記憶も多く、見たい気持ちがなかなか起きない。

 サイボーグの友人が残した遺品は、現在より進んだ技術で作られている。

 タッチモニター一つでも、この現在のコンピューターよりはるかに進んでいるのだ。特にアプリが凄かった。

(どんどんハッキングする。それに、ネットにつないで、すごい勢いで学習している……)

 翔一はモニター内のアプリ人工知能がちょっと怖かった。どこまで進化するのか。

「翔一君」

 考え事をしていると、美しい女性が声をかけてくる。

「はい」

「私のことも覚えてないのね。叔母の安西あんざい公佳きみかよ。記憶にない?」

 公佳は赤いドレスを着て、非常にセクシーな女性だった。母の妹である。

 ちなみに、彼女は芸名で母は本名である。

「ごめんなさい、失踪した以前もその後も覚えていないんです。気が付いたら、家の近くの路上にいました」

「ふう、でもよかったわ、見つかって。お姉ちゃん、死にそうな顔してたのよ。私も色々伝手に頼ったけど、全部空振りだったわ」

 公佳は「ふう」といった瞬間左肩を撫でる。

「ほんとにご迷惑をおかけしました、ごめんなさい」

 頭を下げる翔一。

 公佳は自分の左肩を撫でながら、

「いいのよ。結果よければすべてよしでしょ。でも、なんだかたくましくなったわねぇ。もっと弱弱しい子供だったのに」

 にっこり微笑む。花のような笑顔。綺麗な人だった。

 また、自分の左肩を撫でる。

(?)

 気になって、翔一は霊視した。

(憑いている……)

 不気味な黒い影。

 目と頭だけが見える。目はぎらぎらとした憎悪に満ちていた。

「女だ、お前を睨んでいるぞ」

 ダーク翔一の声が精霊界から聞こえる。

 その邪悪で不遜な目に、翔一は恐怖より怒りを感じた。

(チビクマ)

 人々が何かに気を取られた瞬間を狙って、精霊界からチビクマが飛び出す。

 誰にも見られず、女の霊体に噛みついた。

「キュークマクマ!」

「グハ!」

 女は慌てて逃げると、虚空に消えてしまった。

(何だろうこの香)

「あら、気のせいかしら……ねえ、お姉ちゃん、今度、ドライブにでも行かない? いい男紹介するわよ」

「いらないわよ、男なんて」

 詩乃が苦笑する。やはり、憎悪の霊魂が消えたら公佳は気分が楽になって明るくなった。

「あー、そんな趣味だったの、お姉ちゃん」

「違うの、暫くは家族と静かに暮らしたいだけよ」

 翔一は精霊界を覗く。

「あれは生霊だ。よっぽど恨んでいるんだな」

 ダーク翔一が腕を組んでいる。

「それもあるけど、おばさんはちょっと祖霊の加護が弱いと思うよ」

「本人がちょっといい加減なんだろうな。お守りでも渡しておけよ」

「そうだね、綺麗なのあるかな。野暮ったいのはちょっと敬遠されるからね」

「水晶で作った奴があるぞ、聖性を受祚した奴だ」

「ありがとう、こういうの沢山作っておくよ」

「金がかかるぞ」

 翔一は水晶のお守りを手に取る。

 昔、呪われた少女に渡した物だ。可愛いものをつけてほしかったので見た目に拘った。その後、更に呪力が高まったので、他のと交換したのだ。

「公佳お姉さん、これ持っててください」

「叔母さんでいいわよ、でもお姉さんっていってくれるの嬉しいわ。あら、これ、水晶ね。あんたそういうオカルトとか好きだったの」

「ええ、まあ。そうです。魔除けですよ、それは」

「ありがとう、綺麗ね」

 公佳はポケットに入れる。

「持っていて下さい。それだけで効果あります」

「はいはい、ありがとう」

 いきなり、チュッと翔一の頬にキスをした。

 翔一は面食らって赤くなる。

「あ、公佳、翔ちゃんに何をするの」

 詩乃が翔一を公佳から離す。

「いいじゃない、ケチ」

「渡さないわ、私の息子よ」

「母さん、デザート食べようよ」

 ホテルのウェイターたちが、デザートを運んできたので、皆で食べる。

「美味しいね」

「あなた、おいしそうに食べるわ。前は何でも残していたのに」

 公佳が驚いている。

「残すなんて、僕にはそんな残酷なことはできないよ」

 食料の無い苦しみは忘れられない。

「変わったわね。本当に」

「ちょっと口についてるわよ」

 そのが翔一をナプキンで拭いてくれる。


 デザートを終えた頃、ふと嫌な雰囲気がした。

 見ると、血相を変えた女がテーブルに迫ってくる。

 中年の余り美人ではない人物だ。服は普通だが、数珠を首からかけている。手にも大きな珠の数珠。

「あなた、何者!」

 空気を読まず、怒鳴る女。

 会場がしんと静まり返る。

「霊能者のじん良風りょうふう先生よ。先生、いつぞやはお世話に。今は翔一も見つかりました」

 詩乃は翔一を探すために、胡散臭い奴らとも付き合いをしてしまったのだ。

「……あなた、人間じゃないわ!」

 いきなり不穏な言葉を発する霊能者。

「なんなの、あの女」「頭がおかしいのよ」

 人々がそうつぶやくと、ぎろっと睨みつける。なかなかの迫力があり、人々は口をつぐんだ

「大声は控えて頂けませんか」

 叔父が神良風をいさめるが、

「なんて存在なの……まともじゃないわ」 

 神良風は翔一をまじまじと見る。いかにも無礼。だが、翔一は無表情を貫く。

「騒ぎを起こすなら出て行ってください」

 ついに、叔父が怒って霊能者の腕を取った。しかし、

「うわ!」

 叔父は何かを手に感じて、すぐに離した。

 霊視すると、神良風には不気味な影が取り付いていた。そいつが何かやったのだ。叔父の手に黒いオーラが染みる。

(呪詛!)

 ダーク翔一が聖性精霊を飛ばして、叔父の手を浄化する。

 黒いオーラが消えてほっとする翔一。

「消したわね。いとも簡単に」

 霊能者はギロッと翔一を睨むと、踵を返して会場を出た。


 やがて、会はお開きになるようだった。

「皆さん、今日はお集まりくださりありがとうございました」

 叔父があいさつすると、ぞろぞろと会場をあとにする。

 外でマスコミが待っていた。

「ねえ、詩乃さん。息子さんが見つかってお気持ちをお願いします」

「君が翔一君だよね」

 叔父が、

「記者の方はご遠慮ください。これは私的な会で、一般人の方も多数いらっしゃいます」

「翔ちゃん、相手しちゃだめよ、お母さんが話すから」

 詩乃はそういうと、記者たちの前に立つ。

「今日は皆さん、お疲れ様です。翔一は無事帰ってきました。事件の詳細は警察にお尋ねください。マスコミ関係の方々にも捜査に協力して頂きました、誠に感謝申し上げます。しかし、息子は一般人ですから、これ以上の取材はご遠慮お願いしたいのです」

「息子さんが帰ってきて、何か変わりましたか」

「はい、今、とても幸せです」

「夫の天羽さんについて一言」

「夫は死にました」

 詩乃の、情が一切籠らない言葉。一瞬その場が凍り付く。

「いや、あの、死んではいないと思いますが……」

 苦笑しながら記者が指摘した。

 詩乃はそれ以上は何も答えず、親族の待つ車に乗る。

 記者もそれ以上はしつこく問うこともなかった。


 ホテルを出発する車。人々から離れていく。

 ふと、一人の記者と目が合った。

 何の感情もない目。しかし、ニマニマと口だけで笑う。

 記者が浮かべる表情ではなかった。




2021/1/16~2024/9/28 微修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ