78 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 その7
とある谷あいに入り、針葉樹の森を抜ける。
川があり、山が迫って狭くなった場所に関所があった。
「何者だ」
見張の兵士が誰何する。
「我々、避難民です。エミリオン様のお慈悲にすがろうと……」
エミーの父が答える。
「入植希望なら受け入れる。避難だけなら、三日分の食料を与えることになっているが」
「にゅ、入植希望です!」
父は少し大きな声で強調した。
「ならば、そこで待て、審査がある」
兵士が出てきて、ボディチェック。
魔法のワンドのようなものをかざし、金属探知機のように使っている。
(魔力反応を見るワンドクマ。魔法使いはいないクマだね)
兵士は翔一にワンドをかざすまでもなく、立ち止まる。
「何者だ、こいつ」
「クマクマ」
兵士は丸太を持った子熊に不信の目。
「へぇ。そのかたは子熊の英雄さんです。私の娘の命の恩人なのです。あの空飛ぶデーモンを倒したのですよ」
「まさか、こんなチビが……」
「お話もできるし、動物も狩ってくれて、ほら、お肉もこんなにいっぱい」
エミーが自慢げに、籠に入れた焼いた肉を見せる。
「動物、貴様も入植希望か?」
「違うクマ。僕はエトワールさんに会いにきたクマ」
「お、本当に口が利けるんだな……しゃべる子熊……」
兵士は何か思ったのか、仲間と話し合って一人の伝令を送る。
「とりあえず、熊はそこで待て。避難民、お前たちはどこからきた」
兵士は荷物などを調べながら聞く。
「へぇ。私たちは東のオットー渓谷から来ました。あの悪魔、デーモンがやってきて、戦士が大勢死に。生きられなくなったのです」
「聞いたことがある、領土の壊滅から時間がたっているようだが」
「道に迷っていたのです。直通の街道は怪物が……」
その説明に嘘はなく、兵士も合点がいったのかうなずいた。
「怪しいものは持っていないな。いいだろう。土地は余っているが、入植費用は自腹になる。最初の年は税が半額になる。住民台帳に登録するから、役所に行け」
兵士はうなずくと、親子を通す。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
父親は頭を下げる。
よほどうれしかったのか、涙を流していた。
去り行く親子。
翔一はエミーにお守りを幾つか渡す。
「これは汎用の護符クマ。使っても悪くないし、かなり高く売れるクマだよ」
エミーは綺麗な石のネックレスとしか思わなかったようだが、嬉しそうに受け取る。
翔一は去っていくエミーたちに手を振り、木の切り株に座り結果を待った。
兵士たちはあからさまに武器で狙ったりはしないが、油断なく翔一を見張っているのは感じる。
(エトワールさんの部下なら心配いらないクマ。まともな人たちだと思う)
お腹が減ったので、おやつを出した。
最後に残ったクッキーだ。
(あの人たち大丈夫クマかなぁ)
村で別れた三人の仲間を思う。
翔一の食糧は彼らが消費し、しかも、半分以上はガンツが食ってしまったのだ。
「食べる?」
兵士に見せるが、首を振るだけだった。
やがて、役人らしい男とかなり装備のいい兵士が数人、慌ててやってくる。
「これはこれは、ドゥーベ様。奥方がお待ちになっております」
「ごめんね、走らせてしまって」
「ドゥーベ! あのドゥーベ様か!」
兵士たちは驚愕すると、すぐにひざまづいた。
「これは無礼を致しました。ドゥーベ様」
「突然きた僕に責任があるクマだよ。よかったら、案内してほしいクマ」
笑顔の役人に案内される。
関所を抜け、しばらく歩くと広大な平野に出た。
山に囲まれた平地だが、きれいに開墾されている。
そして、この世界基準で小都市サイズの街が見えてきた。
(石の壁に囲まれた集落。塔と防衛兵器まであるクマ。町の北側に領主の城)
街壁の上には設置式の弩が設置されている。この世界を旅した経験から、この都市がかなり裕福な部類だと感じた。
街に入るとこじんまりとしているが、清潔感のある街並み。
役人や兵士と歩くと、街の人間は軽く会釈し、笑顔で通してくれる。
質素な人々だが、不幸な雰囲気はなかった。
城下町を抜けると城。
盛大な出迎えはなかったが、数人の兵士が並んで敬礼してくれた。
「どうしたの。久しぶりね」
身重のビアンカと従者たちが中庭にいた。
ビアンカは小さな赤ん坊を抱き、可愛い小さな幼女がビアンカの足元で人形遊びをしている。
「あ、クマちゃんがいる」
女の子は人形を忘れて、翔一に興味津々になった。
「クマクマ。突然きてごめんなさい」
「いいのよ。あなたなら、いつでも大歓迎よ。あら、あのタマゴはいないのね」
「フロールさんは……」
いい淀んだ。
ビアンカは何かを察したのか、それ以上は聞かない。
奥に案内されて、薫りの良いハーブティーが出る。
「今日はどうしたの?」
「人探ししているクマ。僕と同じく異世界からこの世界に連れてこられ……」
翔一は源雪という少女の名前と特徴を告げる。
「この辺りで黒髪の美少女なら、かなり目立つから噂になると思うけど……聞かないわね。部下にも調べさせるわ」
「ありがとう、ビアンカさん」
「それぐらいお安い御用よ。ここまでどうやって来たの?」
翔一はガルディアからダナのテレポートでシンシアにきた辺りから話す。
「フフ、さすがガルディア王妃ね。ちょっとどこか抜けているというか。……ベンデック。あの辺りの領主はやる気がない、危機感がないわ。蛮族たちも貴族には懐柔策とってるから、自分たちは何もされない、助かるって思っているのよ」
「領土が荒らされているのに、何もしないなんて……」
「領主たちは生粋のシンシア人が多いわ。しかし、住民は半分が北方蛮族系。彼らは土地の人間を下等な存在と思っているの。だから、自分達さえいい思いが出来たら、住民なんてどうなってもいい、そんな奴らよ」
(民族が近いから村人はあっさり降伏したクマかな? 半オークだから、半分は北方人)
ビアンカは付近の領主たちをあまり良く思っていない。
「その、生粋の領主たちは女王様に忠誠心低いみたいだけど」
「女王陛下は上古人の血が混じっているから……古い家系の貴族と仲が悪いのよ。そして、狂王……氷原王はその辺りとてもよくわかっているの」
ため息をつくビアンカ。
「悪魔と遭遇したクマ。これを見て」
翔一は悪魔の剣を見せる。
異様に武骨だが、燃える魔力が強力にまとわりついている。少し呪力を送れば、燃え上るだろう。
「その剣を持っているということは、一匹倒したんだね」
翔一は悪魔と戦ったことを話す。
「ありがとう、一匹でも相当な敵だから、倒してくれて助かるわ」
「火は効かないクマ。電撃は普通に効くと思う」
「あいつらは地獄の業火の魔力を持っている。火炎を吐く奴もいるわ」
「なぜ、この土地には悪魔がはびこってるクマ?」
「話せば長くなるわ。簡単にいえば、昔、このバイエンベルグ地方で悪魔召喚に凝った男がいたということよ」
「一匹呼んだとかそういう雰囲気じゃないクマだね」
「そうね、上手く行きすぎて、デーモンの半神を呼んだ。それが狂王」
「あ、その人、人じゃないんだ」
「人でもあるわ……」
ビアンカはそれ以上をいい難そうにする。
「じゃあ、エトワールさんはそいつを倒しに……」
「まあ、一応それを目的に頑張っているわ。今は、目の前の問題、ウォルス城攻略ね」
「あ、それ、女王様がいってたクマだよ。城を悪者が奪取したって」
「アントゥス男爵よ。魔神信徒『十傑衆』の一人。腕が三本あって、両手に剣を持って、余った腕で盾を使うって」
「凄いクマ。じゃあ、相当強いクマ?」
「エトワールが一度やり合ったけど、その時は倒しきれず逃がしたわ。狂王から下賜された武具に身を包んでいるから、それだけでも強いのよ」
「出会ったら、僕がやっつけてやるクマ」
翔一は既に愛用品と化した丸太を見せる。
「それ、すごい棍棒か何かなの」
「拾った木の棒クマ」
「何、それ」
兵士がやってくる。
「奥方、上様が戻られました」
「クマちゃん、エトワールが帰ってきたよ」
二人で迎えに行く。
「今日は友人を迎えて、ささやかだが宴を設けた。彼は神聖平原の大英雄、勇者『聖魔旋風』ドゥーベ殿。見た目は子熊だが、様々な巨悪を討った人類の恩人だ」
盛大な拍手が起きる。
「ぼ、僕は、それほどの者では……」
「お主が英雄でないのなら、誰が英雄になるんだ。勇者殿」
ニヤッと笑顔になるエトワール。
前より、全身に傷があった。
アダマントの鎧にすら傷跡があった。普通の武器では傷もつかないものなのだ。
お守りは機能しているようだが、それを超えるような苦闘をやってきたのが伺える。
小傷は彼には通用しないはずだ。
エトワールの部下たちが、自己紹介していく。
いずれも、相当な古強者ばかりで、刀傷の無い人間はいない。
動きも目線もいつでも戦える者たちだった。
彼らは翔一の可愛い姿に騙されることはなく、やはり、その存在感と愛用の丸太棒などを見てうなずく。
「今はその棒を愛用しているのか? もっと強力な武器を持っていたのではないのか」
「『水竜剣』はちょっと休ませようかなと思ってます。……魔聖剣『ジルバール』はその魔力を『死人荒野』復活につかいました。今は人の手に届かないところにあります。……手に入れるには、たぶん、そいう時が訪れると思うのです」
「ふむ、勇者殿が持ち歩かずにおいて大丈夫なのか。誰かが盗む心配は?」
「たぶん、それは大丈夫です。まず、場所は誰もが簡単に行ける場所じゃないし、守っているものもとんでもない存在。剣の意思も悪には手を貸さないはずです。そして、重要なことはあれは魔を討つ剣だということ。たぶん、その宿命は邪神でも無視できないと思います」
「勇者が持っていたというだけではないのか。意思や宿命があると?」
「そうです、あれには『禍を静める』マナが入っています、それが剣の方向性を決めています。そして、もっと強力なマナも」
「『禍を静める』マナ……他には何か力があるのか。『魔』の入った剣というのならば……」
「ご心配なく、あの剣には悪に恨みを持つ強大な精霊が宿り、邪なものは近寄れないでしょう」
「フム、複雑なのだな、あれの本質を理解するのはお主とゴル・サナス様だけだ」
「そ、それはその、お婆さんに口止めされてますから」
翔一は今の話を全員が真剣に聞いていることに気が付き、慌てる。
「あの力を正義の誰かが振るってくれているなら心強いのだが」
「あれの魔力は『死人荒野』を緑の大地に変えています。まだ、あれを出すには早いと思うクマです」
「世界のためを思えば、文句もいえぬか」
少し笑うと、エトワールは杯を干す。
人々の会話ははずみ、翔一は戦士たちの武勇伝などを楽しく聞いた。
しかし、彼らもあの悪魔、デーモン退治にはかなり苦戦しているようだ。
「エトワールさんの家臣の皆さんでも、デーモンは手強いクマですか」
「そうだ、奴らは空を飛び、鱗も堅い。火炎を使った魔術が得意だ」
戦士たちのけがに火傷が多いようだ。
エトワールには全くないが。
「電撃が有効クマですよ」
「光やそれ以外も一応は効くがな。単純にこの領にはそのような術者がほとんどいない」
家臣たちに魔術者はいないようだった。
僧侶もいるが、彼には魔力が感じられない。
彼らは剣や弓などの物理攻撃だけであの怪物を相手しているのだ。
「丸太で頭を潰しても、即死しなかったクマ。魔法がないのは厳しいと思います。ルシエル女王様は魔法使いを派遣してくれないクマ?」
「術者は首都に集められて、魔術防御をやっている。首都に度々、魔禍が起きて、人心が乱れたのだ。今はかなり落ち着いたというが」
「じゃあ、この街にデーモンがやってきたら……」
「人力で無理やり倒している。俺がいたら聖剣でやれるが、地上に来なければ苦しい戦いだな」
エトワールが「苦しい」というのだから、かなり苦しい状況なのだ。
「僕が、何かしますクマだよ。その代わりというのも申し訳ありませんが、人を探してほしいクマ」
「お主の願いなら見返りなどいらぬが……」
翔一は行方不明の少女のことを話す。
しかし、家臣たちは首を振るだけだった。
「兵士たちにその黒髪の少女のことを触れておこう。勇者殿が探していると」
「もしここにいないとしたら、近辺に心当たりはないですか」
「……あまり考えたくはないが、大勢の人が住むという条件だけなら、アントゥス男爵のウォルス城しかない」
うなずく翔一。
宴はその後、吟遊詩人の演奏があり、楽しいひと時を過ごした。
寝所に案内されて、寝転がる。
気のせいか、故郷に帰ったかのような居心地の良さがあった。




