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77 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 その6

「熊だ! 熊の怪物だ!」

「殺せ! 槍兵、密集して突撃しろ!」

 敵の声が聞こえる。

 半オークの蛮人たちが槍をかざして迫ってきた。

(手間取るのも……)

 とっさにひょいと農家の屋根の上に乗ると、石ころを一掴み取り出して投げつける。

 あえて受祚していない単なる石ころもそれなりに持っているのだ。

「えい!」

 大熊の膂力でまとめて何個も投げつける石礫。

 土煙が上がり、ズダぼろになって倒れる槍兵たち。

 射石砲のような結果になった。

「槍兵が、い、一撃で」

 誰かの声が聞こえる。

 村の広場を見ると、蛮人たちは武装解除した村人に暴虐の限りを尽くしていた。

 彼らは普通に殺さず、斧やナイフで拷問してから殺すのだ。

 しかし、その愚かな行動が、大熊への対処を遅らせた。

 屋根から飛び降りて、人々に襲い掛かっている半オークの蛮人たちをたたき伏せる。

 突如、巨大な丸太をふるう怪物に襲われて、組織的抵抗もできず、逃げ惑うだけだった。

「悪党ども! やっつけてやるぞ!」

 ボコ、ボコ!

 一閃するごとに吹っ飛んでいく。

 一部は武器を構えて反撃に転じたが、丸太に上半身を叩き潰されるだけだった。

「こ、こんな怪物、勝てない!」

 蛮人たちに恐怖が走った。

 しかし、降伏するでもなく、追い詰められると襲い掛かってくる。結局、翔一は蛮人を倒し続けた。

(この人たち、オークの血が入ってるから、凶暴性だけは強い)


 村の広場が蛮人の死骸だらけになった辺りで、

「熊の怪物め、俺が相手だ」

 振り向くと、先ほどの犬面の男『炎の主』がいる。

「なぜ約束を破った!」

「村人のことをいっているのか? どうでもいいではないか、こんなゴキブリども。それに、貴様も怪物だろう? 氷原大王に下れ」

「悪には加担しません」

「ならば、俺が焼き殺してやる」

 翔一は話し合っても無駄だと考えて、丸太を構える。

 男は両手に火炎を矯めた。

「喰らえ!」

 煙と熱気とともに、二筋の火炎が高速で迫る。

「フライングシールド!」

 翔一は精霊界から盾を出し一発の火炎を止めた。

 しかし、二発目は軌道をぐにゃっと曲げ、盾を回避してわき腹に当たる。

 ブシュ!

 しかし、守護精霊に当たって消失した。

(耐えた……結構、強い火炎だった、でも!)

 ポンっと盾を踏み台にして飛び越える。

 上空から迷いのない必殺の大上段を叩き込む。

「龍昇大上段!」

 更なる火炎が両脇を掠めるが、狙いがおろそかで当たらない。

 ここまでまっすぐ迫ってくると思わなかったのだろう。『炎の主』のうろたえを感じた。

 男は頑丈な籠手をかざす。

 ドゴ!

 丸太は怪力と体重を乗せて叩きつけられ、鎧の男を叩き潰す。

 籠手ごと腕をへし折り、仮面をぺしゃんこにし、首から上が胴体にめり込んでしまう。

 首のない胴体でフラとしたが、どうと倒れた。

 一瞬の沈黙。

「逃げろ!」「隊長がやられたぞ」「『炎の主』が死んだ!」

 大将が死んで、一気に士気が崩壊する賊軍。

 退却を始める。

 好機と見たのか、それまで傍観していた領主軍が突撃を開始し、彼らを適当に追い散らした。

 翔一は『炎の主』の亡骸を一目だけ検分する。

 籠手が割れていた。

 ひしゃげた腕時計が見える。

(この悪人も召喚された人だった……)

 

「皆さん、けががある人は治しますクマ」

 翔一は負傷者の治療を行うことにした。

 激痛のために動けない村人に近寄ると、治癒精霊を纏わせる。

「あ、ありがとうございます。熊さん。痛みが無くなりました」

 男は蛮人のこん棒で殴られた体をさする。

 様子を見ていた村人はこわごわ翔一に近寄る。

「ありがとうございます。熊様。あなたは大英雄です。たった一人でこれほどの敵を……」

 人々が集まってきたので、治癒精霊を纏わせる。

 血が止まり、痛みが引いて行く。

「おお、楽になった」「ありがたや、ありがたや」

「先ほどは無礼なことをいって、申し訳なかった」

 感謝する村人、謝る者もいる。 

 焚火に放り込まれて、大やけどをした老人には念入りに治癒精霊を纏わせた。

 短時間ではだめだと考え、受祚してしまう。

「お爺さん、治るまで、この文字を消しては駄目クマだよ」

「痛みが引いて行きます。熊さんや、ありがとう」

 涙を流す老人。


 頑張って治療をしていると、背後で武装した連中が村に入ってきたのを感じた。

 見ると、コンポジットボウを構えた兵士と、重武装の騎士が数名立っていた。

「熊の怪物! 目的はなんだ!」

 リーダーらしき奴が問う。あまり友好的な雰囲気ではない。

「僕は皆さんを治療したいだけです」

「嘘をつけ! この村を乗っ取るつもりだろう。この村は私、ベンデックの領土だ!」

 彼らは矢をかざしている。

 簡単に防げる自信はあった。

 しかし、彼らの領土なのは事実だ。彼らが出て行けというのなら、翔一はそれと戦うのは違うとも感じた。

「領主様! この熊様は我らの恩人です!」

 長老らしき人物が縋るが、

「ええい、うるさい。こいつは怪物だ。目を覚ませ!」

「……」

 亡くなった人はどうしようもないとしても、重症の村人はもういないようだった。

 翔一はため息をつくと、霧の精霊を呼ぶ。

「僕はもう行きます。さようなら皆さん」

 そういうと、助走なしでひょいと農家の屋根に跳ぶ。

 数人の兵士が矢を放つが、屋根に刺さっただけだった。

 霧の精霊は村を包む。

 濃い霧の中、翔一は村を出た。




(村のことはあれでよかったのかなぁ……)

 心にしこりを残しながらも、翔一は目的地を目指す。

 村から北東を目指して行くと、大地は急速に寒さが増す。

 ほとんど人もいない。

 ここは速度優先で大熊になって移動した。

 高速移動である程度進み、エトワールの領土近くで通常の移動速度になる。

 

 古びた標識を見ると、この辺りはバイエンベルグ地方だという。

「もうじきかな、ここからは歩くクマ」

 ひょいと丸太棍棒を担ぎ、二足歩行子熊形態での移動に変えた。

 雪が随所にある。

 寒く荒涼とした土地だった。

 そこかしこに、廃墟と化した村落や砦が見える。

「昔は人が住んでいた?」

 思わず、つぶやく。

 広大な領域が無人になっているようだ。元々人口は多くないとしても。

 南方の『死人荒野』とは違うが同じように人の気配がない。

「別に、大地が汚染されているわけじゃないクマだね」

 黒い地面を触る。

 放棄された耕作地は、意外と肥えている。寒さに強い作物さえあればなんとかなりそうな土地だ。

 随所に、森がある。

「おい、翔一」

 精霊界から声がした。

「あ、ダーク君」

「あのなあ、お前いつまでこの世界に居るんだ」

「そうだった。そちらではどのくらい経ったクマ?」

「二日だ。そろそろ、お前の母ちゃんが心配しているぞ」

「大分時間経過にずれがあるクマだね、こちらでは二週間は経ったと思うクマ。……しかし、みんなから怒られるのは承知で手は離せないクマだよ。せめて、源雪みなもと ゆきさんの安否がわかるまでは……」

菜奈ななも、親に黙ってこっそり俺たちのところにきたらしいから、もう帰るといってる」

「それはそうしてもらってほしいクマ」

「お母ちゃんにはどういうんだ」

風月斎ふうげつさい先生に手紙託してあるクマ。行方不明の人を探して、あと数日かかるかもしれない。あと、僕は大丈夫だから心配しないでって伝えてくれないか」

「それで納得してくれるかだな」

「説明しにくいというのもあるクマ」

「とりあえず、そう伝える。じゃあな、頑張れよ」

「あ、そうだ、チビクマ君たち貸してほしいクマ」

「ああ、いいぜ」

 翔一は更に三体のチビクマを借りる。これで、計六体になった。

「そんなにもってどうするんだ」

「偵察に使うクマ」

 ダーク翔一は返事もせずに精霊界の闇に消える。


 翔一はチビクマたちを広範囲に飛ばして、偵察させながら移動することにした。

「人がいたら教えるクマ。危険があっても教えるクマ」

「キュークマクマ」

 チビクマたちは概ね、進行方向から百八十度の範囲で偵察をする。

 これで、肝心の場所を通り過ぎる危険も減るだろう。マップも何もないのだ。

 街道は一応あるが、心もとないものでもあった。

 しばらく行くと、一体のチビクマが戻ってくる。

「キューキュー」

「人がいる。子供だね?」

 翔一はそちらに向かった。


 森と灌木が見える。ベリーか何かが密生しているようだ。

 人間の匂いがする。

 同時に、焼けつくような嫌な匂いもした。

 バサ、バサ。

 一体の飛ぶ何かがいる。

「きゃ、どうしよう……」

 幼い声。

 大きい何かがやってくる。

 全身に鱗のついた人型の怪物。背中に蝙蝠の翼。手には燃え上る剣。尖った耳、黄色い瞳、角。

(伝説の悪魔みたいな生き物。種類はわからないけど邪悪な存在だよね)

 怪物は地面に降りると、炎の剣で灌木を薙ぐ。

 枝が飛び散り、燃える。

「キャ!」 

 恐怖の余り、隠れた場所から、子供が飛び出した。

 襤褸をまとった、いたいけな少女。

 よだれを垂らして迫る怪物。

 翔一は敵が飛ぶことを想定して、二種類のエレメンタルを召喚していた。

(ファイアーエレメンタルと稲妻精霊)

 両側に、熱気と雷気が現れる。

「おい、こっちクマ!」

 翔一が声をかけると、悪魔は振り返った。

「発射!」

 精霊たちが、火炎弾と雷弾を発射する、見事、悪魔に命中した。

 雷弾は即座に命中するが、火炎弾はややゆっくり飛ぶ。

「ギャー!!!」

 雷弾が命中した場所は体が吹っ飛び、膝をついたが、火炎弾には何も感じていないようだ。

(火炎は効かない)

 翔一は丸太を構えて、一気に迫る。

「チェストオオオオオオオオオ!」

 膝をついた悪魔は高速の突撃に何もできず頭を叩かれる。

 グシャ!

 頭部がつぶれて、胴体にめり込む。

 ブン!

 それでも悪魔は剣を振り回した。

 少女を守ってさっと回り込み、一歩跳ぶ。

 精霊たちが次々と弾を浴びせ、怪物はものいわぬ骸と化した。

(やはり、火は効かないクマ。電撃だけが通用していた)

 怪物の体は消えていく。

 炎の剣が残った。

 とりあえず、精霊界ポケットに放り込む。

 小さな少女と目が合う。

 おびえて動けないようだ。


「僕は翔一。熊の精霊クマ」

 小さくなりながら、少女に声をかける。

「あ、ありがとう。熊さん。喋れるのね。……私エミーよ」 

 少女は小柄なのでもっと幼いとおもったが、どうやら、見かけよりは年齢も上のようだ。

 彼女は驚きと恐怖で、翔一が体のサイズを小さくしたこともよくわかっていない。

 やがて、落ち着いたので話を聞くと、彼女は東からきた難民である。

 今のような悪魔が故郷で跋扈して、そこで生きられなくなったのでエトワールの領土に保護を求めようとしていたという。

「この辺りでは、エミリオン子爵の領土以外は壊滅してるの」

「さすがエトワールさんクマ」

「熊さん、子爵の知り合いなの?」

「一緒に戦ったクマ。ビアンカさんにも会いたいクマ」

「奥方も武名が凄いわよ。しかし、今は妊娠して、子育ても大変だから、戦場には出てないわ」

 少女は目につくベリーを採取すると、家族の元に案内してくれる。

 彼女の家族は全員で五人。父母と更に幼い兄弟姉妹。

「お父さん、お母さん、この熊さんが助けてくれたの……」

 彼らは翔一に礼をいうと同行することになる。

 目的地が同じだからだ。


 しばらくは彼らと旅をすることになった。

 放っておけば命の危険もある。

 それに、彼らの方が道に詳しかったのだ。全く何も知らない翔一よりは知っているというだけだったが。

(食料が足りないクマだね。ガンツさんたちに保存食をかなり食べさせてしまったから……)

 首都脱出時には食糧確保もままならず、翔一は念のために持っていた乾パンなどを仲間にふるまっていた。

 そのため、今は食料がほとんどない。

(狩りでもするかな)

 人口の減少とともに、この地は野生動物の宝庫になり始めているようだ。

 翔一は隠密精霊で鹿などに近づき、丸太の一撃をお見舞いする。

 頑強な彼らも、熊の破壊力の前には太刀打ちできず、首の骨を折られ、頭蓋を破壊され昏倒する。

 鹿や猪を家族に渡せば、彼らは大喜びで解体してくれた。

 そのような作業を行っているとどうしても、到着は遅れてしまう。


 エトワール・エミリオンの領地についたのは村を出てから五日後だった。




2021/7/18 2022/5/8 微修正

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