表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/291

73 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 その2

 丘の上にいた。

 短い草が生えている。

 周辺の自然は北国の植生で、全体的に閑散としていた。

 あまり暖かくない。

 眼下にはこの世界基準では大都市があり、そして、それを支える農地が広がっている。

(イスカニアの首都よりは小さいけど整理されて綺麗クマ)

 都市は立派な街壁と堀、広大な宮殿。農地はよく手入れされていた。

「シンシアの主都『大魔聖都カルナ』よ。ちょっとテレポで直接乗り込むには障壁が硬すぎるから外にきたけど……」

 ダナが後ろから話しかけてくる。

「警備とか、かなりしっかりしてる雰囲気だけど、フリーパスで入れるクマ?」

「あ! そうね……いきなり来たけど、どうしようかしら。ちょっと待ってね」

 慌てて、ダナはどこかに消える。

(ダナちゃんのことだから、堂々と正面から乗り込んで、衛兵とかぶっ飛ばして入るつもりだったかもしれないクマ……)

 ギリギリのところで常識を思い出してくれたのだろう。

 安心して、やわらかい草に座り込む。


「クマクマ」

 変な声がしたので、ふと精霊界を見ると、鹿の頭蓋面を被った子熊がいる。

「自分だよね、どうしたクマ?」

「クマクマ」

 彼の背後からダーク翔一がやってくる。

「おい、いい加減いつまで行ってるんだよ。すごい暇なんだぞ、こっちは」

「ダーク君、術の維持はどうしてるクマ」

風月斎ふうげつさいのおっさんと代わってもらった。あいつ、凄いオーラだから術が使えなくてもどうにかなるんだ」

 どうやら、土壁源庵つちかべ げんあん大絹姫おおぎぬひめ球磨川風月斎くまがわ ふうげつさいが維持しているようだ。

「じゃあ、この彼は」

「こいつはお前自身だろう。そろそろ合体したいって。アーティファクトのおかげで呪力だけは高いから、お前を追ってきたんだ」

「仕方ないクマ。じゃあ」

 そういうと、翔一は自分の体に手を差し伸べる。

「クマクマ!」 

 子熊は嬉しそうに翔一の手を握ると、すっと魂魄が体に入った。

 パタッと倒れるぬいぐるみ。

「合体完了クマ。やっぱり、しっくり来るクマー。ところでそちらはどのくらい時間経過したクマ?」

「数時間といったところだ」

「やはり、こちらの方が時間の流れ速いクマだね」

「たぶん、繋がる因果にずれがあるだけだぞ」

「うん。僕もそう思うクマ」

「それより、こちらの状況はどうなんだ」

「思ったより大ごとかもしれないクマだよ」

「ふむ、お前の運命はこの世界ではかなりやりつくしている。誰か英雄を見つけて託すようなことかもしれないぞ。しかし、北方では無名か、頼るにしても喋るクマってだけじゃあなぁ」

 黒い子熊は考えるように寒い大地を眺める。

「ありがとう、探して、人に頼ってみるクマだよ」

「そうだな。それしかないだろう」

「あ、そうだ。因果をたどる術は切ってほしいクマだよ」

「そんなことして大丈夫なのか」

「現実界で維持するのはただでさえ大変クマ。それに、敵に術を使っているのがばれる。相手は強力な存在ということだけはわかったクマなので」

「術を一個切れば、維持は楽になるな。わかった、帰ったら源庵のおっさんにいうよ。それじゃあ、気をつけろよ」

 そういいながら、ダーク翔一は手を振ると消えてしまう。

 翔一はぬいぐるみを精霊界に放り込んで、呪具もしまった。

 しばらく待っても、ダナは帰ってこない。

 晴天の陽気。

 翔一は眠くなってきた。

 さすがに寝ているわけにもいかないと思い、意識を保とうとする、が、ちょっとうとうとしてしまう。


「起きろ! 怪物め!」

 はっと気が付くと、二十人くらいの戦士たちに取り囲まれていた。

 装備は最上級であり、重装甲冑、剣や槍。装備には強力な魔術が施されている。そして、その後ろには数人の魔術師たち。

 彼らも相当な実力者ばかりだ。

 翔一は手を上げる。

「僕は怪しいものじゃないクマです。ルシエルさんという方に会いにきたクマ」

「喋る熊。お前が怪しくなかったら、誰が怪しいというのかね」

 貴族風の男、リーダー格なのだろうか。

 イスカニア貴族風の服装をしている。

「僕は翔一というクマ」

「翔一……どこかで聞いたような。しかし、怪しいことに何ら変わりがない。縛り上げろ」

 鎖を持った戦士が迫ってくる。

 翔一は嫌な思い出がよみがえったが、ぐっとこらえて、掴まることにした。

 縛られ、馬の後ろに乗せられる。

「女王さんに会いたいクマ」

「貴様のような怪物に、女王陛下がお会いになることはない。吟味したうえで処刑だ」

 酷薄な男の顔。


 首都に入る前に、檻付きの馬車に放り込まれる。

 鎖は解かれたが、住民にさらされることになった。

 翔一は興味津々で町の様子を見る。

 イスカニアよりは重厚な建物が多い。イスカニアの方が文化的で洒落てはいた。神聖平原の建物よりは相当立派なものばかりだ。

 住民は白人種が多いが、異種族異民族もかなり混じっている。

 みすぼらしい人はあまりいない。こざっぱりした服を着て、彼らも翔一に興味津々という雰囲気だった。

「子熊よね、可愛いわ」「あんな厳重な檻に入れるなんて」「カーハート男爵は功績に焦ってるって噂だぜ」

 罪人に物を投げつけるようなこともしないようだ。

(レイドだったら、けがだらけ、汚物まみれにされただろうなぁ)

 そんな気がする。

 この街はそんな荒んだ雰囲気はなかった。

(そういえば、前もこんなことがあったクマ。あの時はフロールさんも健在で……)

 親友がもういないことを思うと、寂しさがこみ上げた。

 少し涙がこぼれる。




「あのー、ダナさん。俺も忙しいんですけど」

「いいから、早く調べて」

 曇り空のシンシアの荒野。

 二人の男女が立つ。

 翔一が捕まった現場だ。

 人はダナと壮年の小人種族の男。彼はホルス人という種族だった。この世界では一般的な存在である。

「俺はこれでも領主なんですよ。オーベ子爵といえば、泣く子も黙るですね」

 ホルス人の男はぶつぶついいながら地面を調べる。

「それで、何かわかったの?」

「子熊らしい足跡を発見しました。それと、大勢の馬と人。体重の重さから完全武装の連中です。状況から鑑みて、捕縛されたのでしょう」

「心配だわ」

「伝説の勇者様なんでしょ? シンシアの魔術騎兵がいくら強くても……」

「あの子は心が優しいし、魔物以外には乱暴にしない子なの」

「噂では悪鬼のような大戦士だと聞きましたけど。シンシアの女王陛下はどうなんです」

「連絡が付かないのよね。首都は抜けるけど、宮殿が凄い魔術結界なの」

「防衛を固めていると?」

「やっぱり、私が乗り込むしかないわ」

「お願いですからやめてください! んなことやったら外交問題になるでしょ! クリス王が卒倒しますよ」

 オーベの脳裏に、ダナが大魔術で街門を粉砕する妄想が浮かぶ。

 落ちる隕石、燃え上る街、起きる悲鳴。

「ふぅ、わかったわ。でも、早急に連絡したいの。オーベ、あなたなら、コネがあるでしょ」

「ないこともないですが、薄い線ですよ」

「お金に糸目はつけないで。超特急でお願い」

「わかりました。とりあえず、裏町に潜入します」

「私は緊急の政務があるから、あとは任せたわ。この国にも大使館を置いた方がいいわよね。王に進言するわ」

「今後のためを思うなら、それがよろしいかと」

 ダナはそういうと、すぐに消える。

 ふぅっと、大きなため息をついたオーベ。

「やれやれ、本当にいつもダナさんの仕事だけは……」




「ここはどこなんだ一体。俺はおかしくなったのか……」

 向かいの部屋の男がぶつぶつ独り言をつぶやく。

「助けてくれ。誰か、助けてくれ」

「うるせーぞ!」 

 どこかで声が聞こえる。


 翔一が連れてこられた場所は、留置場だった。

 宮殿の一角。

 翔一は身体検査を受け、いくつか受祚を消されている。

 不思議と首に付けた『エルベスの瞳』は完全に無視していた。まるで見えていないように……。

 翡翠を撫でる。

 奇妙な光を放つだけで反応はない。

 牢屋は魔術的な結界空間でもあり、精霊界には霞がかかっている。

(強引にやれば破れそうだけど……)

 とりあえず、今はやめることにした。

 ごろッと汚い寝床に横になる。

(こんなところでぼんやりしている場合じゃないよね)

 考えを纏める。

 因果は北だが、既に北にいる。

 ここから先を調べるには、更なる占いをすべきだ。もしくは、現地の事情を詳しく知っている人間に聞く。

 後者は上手く行きかけたが、ダナの粗忽さが原因で捕縛という悲劇になった。

(逃げ出して、占いをするか……敵が強敵なら、女王様に会って味方につけた方が無難かな)

 味方になる保証もないと思ったところで考えが堂々巡りになる。

 ダナの知り合いといえば、それなりに通じる可能性はあった。

 本当に仲がよければの話だが。

「たぶん、このまま下級役人の取り調べを受けても意味はないと思うクマだね。単なる犯罪者として処理される」

 口に出してつぶやく。

 あの酷薄そうな貴族に必死に事情を説明しても何も伝わらないだろう。

 座して運命を待っているのは違うと感じた。

 そう考えて、牢の檻を掴む。

「クマクマ」

 太い鉄棒だったが、ぐっと力を入れると飴のように曲がった。

 ぐいぐいと広げて、頭が通るまで広げたらスルッと抜ける。

 この部屋の結界魔術は翔一が強引に抜けた瞬間に壊れた。

 その内魔術師が来るかもしれない。

「ホイっと。出たクマ」

 つばを飲み込む音。

 見ると、男たちが翔一を見ていた。

 翔一はぬいぐるみに知性系の精霊を適当に封じて、牢に置く。

 そして、檻を元に戻した。

 よく見るとぐにゃった跡があるが、一見わからないだろう。

「おい、動物。俺たちも出してくれ」

「うーん、いいけど、また戻ってくるから、そのあとでいいかな?」

「なんだよそれ。なんで出たのに戻るんだ」

 髭ハゲのおっさんが批判を込めて声を出す。

「しー。役人が大勢できたら、チャンスもなくなるクマだよ」

「わかった、約束だぞ、喋る動物」

 牢屋区画の扉の外に衛兵が二人いたが、睡眠精霊を張りつかせると、ぐうぐう寝てしまう。

 彼らは多少の護符を持っていたが、翔一の精霊の強さの前には無意味だったようだ。

 小ぶりのエアーエレメンタルを出して、閂を外す。


 留置所を出た。

 時間は夕方に近い。

 そこかしこに衛兵がいたが、薄暗闇に紛れて宮殿に向かう。

 翔一の隠密精霊は強力で気が付かれることはなかった。

 宮殿の建物に入るにはいくつか小門を越える必要がある。

 大体の小門は魔術もかかっておらず、衛兵が立っているだけだったので、誰かが通った瞬間を狙って、スルッと忍び込んだ。

 誰も来ない場合は眠らせる。

 通った瞬間にすぐに精霊を引き上げるので、彼らは一瞬うとうとしただけと思うだろう。

 巨大な建物の前まで来たが、宮殿に入る門はかなり厳重で衛兵も四人。結界もかなりしっかりした感じだ。

 すぐ後ろに兵士の控室があり、警報を鳴らせば、大勢の兵士が一気に駆けつける体制になっている。

 見ていると、通行証のようなものを持った人間だけが入れるようだ。

(こまったなぁ)

 さすがに、結界を作ったのは魔術女王その人だと思われた。

 そうそう、無理な方法が通じるはずもない。

 翔一が考えていると、何かいい匂いと笑い声が聞こえる。

(中庭でパーティでもやってるのかな)

 翔一は門を諦めそこに向かった。

 もちろん、大国の宮殿の中庭なので相当広い。

 何度も衛兵をやり過ごして、その場所にきた。


 美しい庭園。

 テーブルを広げ、魔法の明かりを幾つも灯して、貴族たちのパーティが盛大に行われていた。

 酒、ごちそう、音楽に大道芸。

 かなり盛大な催しで、人数も五十人以上はいるだろうか。警備はそれほどでもない。

「今日はお集まりいただきありがとうございます。エーファ姫の十四歳の誕生日を祝う会を盛大に執り行います」

 この世界では十四歳だと成人だ。

 だから、酒も出るし、夜にパーティを開いているのだ。

 翔一はひらめいた。

 精霊界から、昔もらった三角帽子を取り出し頭にかぶる。

 そして、そっと酒瓶が山になっている場所からそれを一つ持って、注いで回るのだ。

「クマクマ」

「お、芸人の熊か。酒を注いでくれるのか」

 赤い顔の中年に酒を注ぐ。

 女性たちも大喜びだ。

 次々と呼ばれて、酒を注いで回った。

「クマクマ」

「えらい奴だ。これを喰え」

 甘い菓子を貰ったのでパクっと食べる。頭を撫でられる。

(甘いクマ。でも、オッサンたち酒臭いクマだよ)

「賢い子ね! こっち来なさい」

 中年の女性に呼ばれて、背中を撫でられた。

 翔一はそのような最中にも、冷静に女王を探す。

(女王らしき人はいないかな。偉い人はちょっと顔だけ見せるとかそういうのが普通クマだと思う) 

「ねえ、熊さんこっち来て」

 可愛い少女の声。

「クマクマ」

 行くと、主賓の少女だった。

「姫、このような動物は危険ですぞ」

「大丈夫よ、さっきから見てたけどすごく大人しいわ。それに賢いの」

 花のようなお姫様とは彼女のことだろうか。

 警備の騎士は警戒しているが、彼女は全く気にもせず翔一を横に置いて撫でる。

「あなた、芸人さんの熊よね」

「クマクマ」

「お菓子食べる?」

 少女が揚げ菓子を手に取ると、うなずく。

 口を開けたら、そっと入れてくれた。

「クマクマ」 

 砂糖が塗してある。味は悪くない。

「姫、危ないですよ、突然暴れるかもしれません」

「大丈夫よねー」

 頭を膝に乗せて、翔一の丸い耳を撫でる。

「可愛いわ」

 芸人たちが去っていく。

 彼らは熊に気が付いていたが、お互い顔を見合わせただけで何もいわず引っ込んだ。

「うん? 芸人ども、熊を忘れているぞ」

 騎士が従者に伝える。

 彼は走って行った。

(ちょっとまずいクマかも)

 翔一は少し焦ったが、その時、

「女王陛下のお成り!」

 突如、触れが告げられる。

 豪華なドレスを着た、背の高い女性がやってきた。

(あれがルシエル女王。城へ無理に入らなくてよかったクマ。一応、接近はできたクマクマ)

 長身金髪、神々のような美貌、支配者の冷酷な目。

 翔一はその圧倒的なオーラに、暫し、唖然と見つめていた。




2021/6/27 微修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ