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72 異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路 その1

『異世界探索行、消えた少女を尋ねる旅路』は今までの区切りより長めのお話となります。

前作の舞台となった異世界を旅する話ですが、活動域は別なので前作を読まずとも大丈夫だと存じます。たぶん。

……よくわからないところは読み飛ばしていただいて問題はないかと。




 とある日。

 祈祷所。

 建物の一番奥、普段は荷物置き場に使っている場所が片付けられ、魔方陣が描かれている。

 紋様が彫り込まれた木像や埴輪、そういったものが円形に並べられた。

「術の準備はこんなものか、精霊を封印した依代を多数用意。後は因果の道筋をだな」

 土器面を被った熊のぬいぐるみが腕を組んで状況を確認している。

「翔一の奴、なぜ、今更、異世界に行こうとしてるんだ」

 ぶつぶついいながら、埴輪に精霊を宿す黒い熊のぬいぐるみ。

「口を動かしてないで、手を動かす。もたもたやっていては日が暮れるぞよ」

 何もしないで上から目線の浮かぶ可愛いドール。

「いや、あの、あんた、さっきから全く何にも働いていないだろ」

「怠け駄熊がしっかり働きおるか、監視しておるのじゃ」

「それが一番怠けだろうが。というか、駄熊いうな」

 ことあるごとに、黒いクマのぬいぐるみこと、ダーク翔一と可愛い人形の大絹姫おおぎぬひめは口論をする。

「翔一殿、異世界に旅するはいいが、母上や姉上には何と申されるのだ」

「とりあえず、一泊だけ友達の家に行きますといいましたクマ。京市君の家に。口裏は合わせてもらったクマです」

 玄関近くで、子熊の翔一と胴丸を着た熊のぬいぐるみ球磨川風月斎くまがわ ふうげつさいが話し合っている。

「長引いた場合はどうされるのか」

「その時は……」

「母上は特に心配されるであろう」

「……人助けのためですから。お母ちゃんには我慢してもらうクマ。先生、もし、この現実界で一泊以上時間がかかるときはこの手紙を渡して下さい。遠い所で行方不明の女の子を探していると書きました」

「うむ」

 風月斎は紙を受け取る。


 数日後。

 祈祷師ゼロの屋敷に源菜奈みなもと ななが訪れていた。

 土壁源庵つちかべ げんあん、ダーク翔一、大絹姫おおぎぬひめの三人も協力者としている。

 動くぬいぐるみと人形に、最初はびっくりした菜奈だったが、平和そうな彼らにすぐに馴染んだようだ。

「菜奈ちゃん、この人たちは僕の祖霊さんや協力者で、強い霊魂を持つ存在なんだ。だから、今からやる術の手助けをしてくれる」

 翔一は人間だった。

「皆さん、ありがとうございます!」

 細い体を深く曲げて頭を下げる菜奈。

「では、お嬢さん、因果物を」

 石槍を持った喋るぬいぐるみに、こわごわといくつかの物品を見せる。

「お願いします。これ、持ってきたの」

 彼女は、姉の源雪みなもと ゆきが使っていた、髪の毛のついた櫛、カーディガンを持っていた。

「これだけ因果が揃えば、術自体はかなり上手く行く可能性が高い。翔一君、君がセンターを務めるのだ」

 土壁源庵の声にうなずく。

「異界との通信になるから、妖術の方が都合がいい。呪術はこうだ」

 ダーク翔一がメモを見せる。

 翔一は中央に立ち、仲間たちが囲むように位置について詠唱が始まる。

「異界の門を開け、源雪みなもと ゆきの因果に導け」

 というような意味の言葉を、古代言語でつぶやき続ける。言霊に魔力を載せれば時空に歪みが生じ始めた。

 詠唱を聞きながら、翔一は熊になる。鹿の頭蓋骨、半神の毛皮、魔術ロッドを手にして同じ言葉をつぶやく。

 因果物から、菜奈の姉の魂を探すのだ。

 やがて、一つの筋道が立ち、世界の壁に穴が開く。

 翔一は横になると魂を遊離させる。

 魂は精霊界に跳び、見慣れた道を通って異界に達した。




 やはり、サナトシュホームのようだ。

 飛び出した魂は、懐かしい異界をさまよう。

(ちょっと、時代が進んだクマ)

 悲しみの大地『死人荒野』は大半が姿を消し、緑あふれる『広沃野』として復活している。

 耕地が増え、人々も幸せそうだ。

 術の因果は北に向かっている。

(北か……イスカニアなら知り合いがいるけど、それを越えたら全く知らない土地クマ。行く前にお婆さんに会って相談しようかな)

 翔一はそう考えて、高山の山頂に鎮座する、大祈祷師ゴル・サナスの御所に向かった。

 霊魂の移動は因縁の強さで決まる。御所はしばらく過ごしたこともあり、知り合いもいる。到着は早かった。

(雪が少ないクマ。もう春なんだ)

 入ろうとしたが、通れない。

 肉眼ではわからない大きな障壁があるようだった。

(実体があった方がいいかな)

 精霊界を見ると事前準備したクマのぬいぐるみがある。

 翔一はそれに宿った。

「よし、クマクマ」

 モフっと雪原に降り立つ。

 道をたどって御所に向かうと、鳥居のような門。

 その前にきらびやかな鎧を纏う二人の衛兵がいた。

「ち、何奴!」「子熊? まさか……」

 オークの精兵たちである。

 顔見知りだった。

「ガイウスさん、ゲルドさん、お久しぶりクマ。翔一ですよ。霊魂だけで来たんです」

「おお、その声は勇者様! 急いで皆に知らせないと!」

「待って、今日はお忍びで来たクマです。それに、助けを待っている人がいるから、ゆっくりはできないクマなんです」

「人助けとは……故郷に帰られたと聞きますが、まだ人のために働いておられるとは……」

 ガイウスはちょっとほろっとしたのだろうか、目頭を押さえる。

「では、勇者様、こちらにいらしたということは聖母様にお会いになられるのですね」

「お願いしますクマ」

 すぐに伝令が向かい、通行許可が下りる。

 翔一は二人に手を振って御所に向かった。


 御所の本殿に入ると、ゴル・サナスとその弟子や召使たちが待っていた。

 広間に並ぶオークと、人間の外交官などもいる。

(お忍びっていったクマなのに……)

「勇者様、お帰りなさい!」

 老女以外は唱和して迎えてくれる。

「あわわ。ど、どうもこんにちわ」

「フフフ、坊や、元気そうで何よりだの。ワシは体が弱ってきたので座ったままで勘弁しておくれ」

 大オーク、女祈祷師はさらに老けた様だ。前より杖が大きくなっている。

「お婆さん、こんにちわ。ご無沙汰しております」

 翔一は深々と頭を下げた。

「して、今日は勇者殿がどのような御用だ」

「僕の世界の女の子が、この世界に居るようなんです。そして、囚われています。占いの結果ですけど」

「ほう、異界の因果までわかるとは、腕を上げられた。ならば、更に占って、そのお方のことを調べたらよいぞ」

 どうやら、ゴル・サナスは翔一の占いの腕前を見たいようだった。

 鹿皮を敷いて、彼らの目の前で袋をぶちまける。

「やはり、因果は北。何かに囚われているクマ。誰だろう」

「その者を占ってみたらええ」

 翔一は更に占う。

「あれれ、よくわからないクマ」

「その者は魔性の者ぞ。赤と黒の表裏を逆に見るのだ」

 翔一はうなずいて、改めて見る。

「うーん、魔性の者は……この人は凄い人。でも、この人にとって運命は悪い方に転がっているクマ」

 ゴル・サナスも占いを確認する。

「英雄たちが追い詰めておるのだ。相当な悪党だな」

「じゃあ、僕が出張らなくても、その内女の子は助かるクマ」

「そうとはいい切れぬぞ。か弱い娘ごの命。いくさの中ではかなくついえるかもしれぬ」

「ど、どうしよう。すぐに行かないと」

「北方、たぶん、シンシア辺りだ。幽体になれば早く動けるが、やはり、遠すぎる。行ったこともない場所となると誰かの助けを借りた方がええ」

「誰か心当たりはないですかクマ」

「ウム、わしはあまりこの山脈を出たことがない。オークは嫌われておるからのう。やはり、ガルディア王妃を頼るのが賢明であろう」

「ダナちゃん……多少距離はあるけど頑張るクマ」

「心配いらぬ。ダナの弟子という奴らが、この寝所の近くにゲートを作りおった。彼らに頼めば、簡単に行ける」

 テレポートスポットがあるという。

 ガルディアとそのような交流があるということは、相当な友好関係なのだ。

「ありがとう、お婆さん」

 翔一は立つ。

 ゴル・サナスは高弟を見て、案内するように促した。

「翔一殿。いつでも我が国に遊びに来てくれ。ワシもワシが死んだ後も、そなたのことをオークどもが忘れることはない」

「……死ぬなんて。お婆さん、いつまでも長生きしてほしいクマ」

「フフ。無理を申してはいかん。ワシは普通のオークの十倍は生きておる。もう限界すら超えておるわ。そろそろ、重荷を下ろすのが定め」

「……」

 翔一はそれ以上何もいえなかった。

 老婆の膝に抱き着く。

 しわしわの手で、毛皮を撫でるゴル・サナス。

「さあ、もう行く時間ぞ」

 翔一は身を離すと、深々と頭を下げて広間を後にした。


「聖母様は最近ほとんどお眠りになっていました。勇者様が現れた時に目を覚まされて、あのように……」

 高弟の女オークはそういいながらハンカチで涙を拭く。

 彼女もゴル・サナスを母のように慕っているのだ。

「僕もお婆さん、大好きクマ」

 それから二人は無言でゲートに向かう。

 御所を出て、少し歩いた高台にその場所はあった。

 高山の頂上に当たり、お世辞にも便利な場所とはいえない。

 そこに、非常にしっかりした祠のようなものがあった。

 階段を上ると、入り口は一人の男が守っていた。

 見た感じとしてはハーフエルフ。さえない無精ひげの若い男。術者風の服装である。

 武器は持っていない。

 ここには暴漢などいないのだ。

「エレガス様。こちらは、子熊?」

 エレガスは高弟の名前である。

「オットー殿。こちらは三年前に帰還された勇者様です」

「ま、まさか。本当ですか。確かにお姿は子熊ですが、ぬいぐるみでしょ」

「初めまして、翔一ですクマ。肉体は僕の故郷にありますが、今は魂だけでこの世界に来ています」

「ああ、それでぬいぐるみに宿っておられると」

「勇者様は王妃様にお会いになりたいそうです。お願いできますか」

 オットーはうなずくと、屋内に案内してくれる。

 魔法陣が描かれ、そこだけはきれいに掃除されているが、それ以外の場所は、男一人の汚い生活が垣間見える場所だった。

「オットー殿、たまには掃除なさいな」

「エレガス様にお願いしたいですが。やってくれたらガルディアを案内しますよ」

「なぜ私が。でも考えておきます」

 ニヤッとするオットー。どうやら、二人は特別な関係だったようだ。

 エレガスはかなり美人のオークだったのだ。

 オットーは水晶球を取り出すと、誰かと交信し始める。

「向こうの許可も出ました。魔法陣の中央にどうぞ、勇者様」

 翔一は無言で立った。

 オットーは詠唱する。

 十分程度経つと、魔力が高まって存在がどこかに引っ張られるのを感じた。




 出た場所は、記憶にあるテレポートスポットだった。

 ガルディア城の地下である。

 前にきた時は、地下遺跡の暗い放棄された一室だったが、今は整備済みのようだ。

 花瓶などが置かれて、魔法の照明があり、よい雰囲気になっている。

「ようこそ、ガルディアへ。私はカナ。勇者様ですね、王妃様がお待ちしておりますわ」

 出迎えてくれた人も、ハーフエルフだった。

 美しい女、衣装は宮廷の侍女のようだ。

「クマクマ、翔一です。よろしくクマ」

 彼女に導かれて、階段を上り、城の中を歩く。

「前にきた時はこっそり忍び込んだクマ」

「遠慮なく歩いてくださいな。今はとがめだてするものはおりませんから」

 笑顔で答える女。

「キューキュー」

 精霊界を見ると、三体のチビクマたちが付いてきており、暇そうなので、出す。

 チビクマたちは興味津々で、城の備品や家具、衛兵や重臣たちを観察している。

「きゃ! それ、チビクマちゃんですわよね。王妃様が可愛がっていらっしゃるのが有名ですけど、さすが勇者様だわ。何体もいるのね」

 カナは大喜びだった。

 通りすがりの侍女たちもチビクマが複数いることに興奮している。 


 案内された場所は中庭だった。

 ダナは一生懸命何かの著作に耽っているようだ。

「ダナちゃん」

「あ、ああ、クマちゃん。いま、あなたの伝記を書いていたのよ。かなり進んだわ」

 以前供述した異世界での冒険の経緯を、彼女が書き直しているらしい。

 彼女のチビクマがページを捲る手伝いをしていた。

 ダナは立ち上がると、翔一をモフっと抱きしめる。

「あら、いつもと抱き心地が違うわ」

「今は魂魄だけで来てるクマ。この体はぬいぐるみだよ」

「本当ね。実体で来たらいいのに。遠慮なんていらないのよ」

「実は、僕の世界の人間がこの世界で囚われているようなので、急いできたクマなんです。だから、スピード捜査優先で実体を置いて……」

「肉体を運ぶのは何倍も大変だから。その選択はわかるわ」

 ダナはうなずきながら、椅子に座らせてくれる。

 翔一は囚われている少女のことを話した。

「……シンシアなら、魔術女王ルシエルに頼んだらいいわ。私、知り合いなの」

「だ、大丈夫クマ? 偉いし怖い人だよね」

 彼女のことはうわさで聞いていただけだが、偉大な統治者としてシンシアに君臨しているという。

 戦争に強く、彼女に戦いを挑んだ敵は全て悲惨な目に遭っているのだ。

(南のイスカニア帝国もボロ負けしてたクマ)

 宮廷の一幕を思い出す。

「私も偉い人よ。それに、クマちゃんは世界の恩人。シンシアの女王より偉いわ」

「そ、そうなの、ちょっと怖いクマだよ」

「心配ないわ。じゃあ、早速行きましょう」

「え?」

(さすがダナちゃん。うわさに聞く以上に空気読めないクマ) 

 魔力に包まれて、どこかに引っ張られる。

 先ほどとは違い、一瞬で輝く大地の上に出た。




2021/7/4 10/3 微修正

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