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69 魔の襲撃と子熊の戦い その1

「先生、異界に行くにはどうしたらいいと思うクマ」

「いきなりなんだ。……しかし、そうだな、一番簡単な方法は魂だけで行く方法だ」

 いつもの祈祷所に子熊の翔一はきていた。

 土壁源庵つちかべ げんあんに質問をする。

「肉体ごと行くのは難しいクマですか」

「無理ではないが、要は単純に世界の壁を抜き難いということだ。夢の世界や鏡の世界は簡単に異界にたどり着けるが、肉体ごととなると簡単にはできない。何かの拍子に行くことがないとはいわないがな」

「神隠しとか、そういう感じクマですね」

「そうだ、それを人為的に起こすのは大儀式になる。世界の境界を大きく破る必要があるからだ」

 うなずく翔一。

 丸い耳をぴくぴくさせる。

 翔一はモフ腕を組んで考えているようだ。

「どこかに行きたいのか?」

「ええ、いくつか。差し当たっては僕が熊になったあの異世界ですクマ」

「あの世界なら因果も強い。一度行って帰ったこともある。相当、行き易い方だろうな。単純にゲートもある。あれから動いたこともないが」

 以前、ダナとその父がこの世界に来たゲートが祠として維持されている。

 源庵が祠をちらっと見た。

「あれは不安定みたいクマですよ。ダナちゃんが過去に戻った時代につながっているかと思えば、僕がいた時代よりもっと未来にも行くみたいです。それに出る場所もとんでもない山奥の村です」

「ふむ。自然にできたゲートのようだから不安定、使わないほうが無難だな。となると、やはり自力で行くことになる」

「魂を送って、現地で自分を先生たちみたいに何かに受祚したらどうでしょうか。再び、肉体ごと行くのはちょっと気が引けるんです」

 翔一はあの世界でさんざんに戦い抜いたのだ。

(再び普通に行けば、大きく因果に巻き込まれる。そんな気がするクマ)

「翔一君の実力なら簡単なことだ。依り代に魂だけとりつくのも、魂だけであの世界に行くのも。とりあえず、依り代への憑依は練習してみたらどうだ」

 

 翔一は祈祷所の広間に布団を引いてごろっと横になる。

「よし、依り代のぬいぐるみは私が施術した。手順としては、まず肉体から魂を遊離させる。これは祈祷師の基本技だから翔一君は簡単にできる。違うのはここからで、精霊界に行った魂を現実界に出して、そのまま自分を依り代に憑依させるのだ。そのぬいぐるみは下ごしらえしてあるから容易にできるはずだ」

「やってみますクマ」

 布団をかぶり、ソファーに寝っ転がって目をつぶる。

 魂を肉体から飛ばしてすぐに肉体は意識を失った。

 精霊界からぬいぐるみと横になる自分が見える。

(よし、じゃあ、早速入るクマ)

 ぬいぐるみにしがみつくと、木の札に何となく張り付くような感じがあり、そのままぬいぐるみとして同化した。

「……」

 同じく、ぬいぐるみの源庵は無言で待っていた。

 ぴく。 

 翔一がとりついたぬいぐるみがかすかに動く。

 そして、

「あ、動けるクマ!」

 子熊のぬいぐるみはぴょんと跳ね起きる。

「さすが、わが弟子。簡単に馴染んだな」

「ちょっと、外で武器を振ってみますクマ」

「いろいろ試してみろ。異世界が平和なわけがないからな。特にあの世界は」

 翔一はうなずく。

 精霊界から武器を抜いて、軽く振ってみた。

 少し力が足りない感じだった。

「気力だけの精霊をさらに受祚するとか、できることは多いぞ」

「ええ、やってみます、ありがとう先生」

 庭に出る前にちらっと自分を見る。

「すやすや」

 かわいい寝息を立てている子熊にしか見えない。

 すこしモフってから外に出た。

「よし、私が簡単な敵を出すから、魔術や剣術で戦ってみろ」

「お願いします、源庵先生」

「フフ、血が騒ぐ」

 そういうと、石槍を片手に立つ源庵だった。




「誰か、誰かおらぬのか。わらわ、ちょとおやつ食べたいぞよ」

 ふわっと浮いて、無人の広間にやってくる可愛らしいドール。

 人形に憑依した大絹姫おおぎぬひめだった。

 玄関広間のソファーには布団が敷かれ、子熊の肉体が眠っている。

「お、翔一殿、お昼寝か?」

「ムニュムニュ」

「熟睡しておるのう。こちょこちょ」

 やわらかい首筋の毛皮をいたずらする大絹姫。

 ごろっと、寝返りを打つ子熊。

「この毛皮、ちょっと独占するぞよ」

 そういうと、姫は翔一の布団に入る。

「きゃー、もふもふじゃ!」

 さんざん毛皮を楽しんだが、五分もすると布団から出る姫。

「とりあえずは、これぐらいで満足じゃ」

「あ、姫ちゃんじゃねーか、イケメンヒーロー番組がそろそろ始まるぞ」

 熊のぬいぐるみ、ダーク翔一がやってくる。

 手には蜂蜜風味の菓子パンの入った袋があった。五個セットで二百円くらいのおやつだ。

「ヒーロー番組。見る見る! そのお菓子も欲しいぞよ」

「やれやれ、ほれ」

 ダーク翔一は適当に袋から二個出して投げる。

 姫は一つを小さな両手ではっしとつかんだが、一つは寝る翔一の横に落ちた。

「ほんにお主は駄熊じゃの。一個落としたではないか」

「駄熊いうなー。それは翔一にやるつもりだったんだ。……なんだ、寝てるのか? 精霊界に行ってるのか? まあいいや、テレビ見ようぜ」

 大絹姫はパンを大事に抱えながら、ダーク翔一とテレビの部屋に向かう。


「クマクマ?」

 隣の部屋でテレビの音がする。

 ムク。 

 布団で寝ていた小さな熊は大好物の匂いに我慢できず目を覚ました。

 いい匂いのするパンをひょいとつかむと、口に放り込む。

「パクパク、クマクマ」

 とてもおいしい。もっと食べたい。

 くんくん。

 匂いを嗅ぐが、もう無いようだった。

 がっかりする子熊。

 外から誰かがやってくる気配。

 じっと見つめる。

 自転車の音がして、玄関で止まり、扉が開く。

 背の高い、細身の少女。

 短いスカートの学生服。

 翔一の姉、御剣山園みつるぎやま そのだった。

「翔ちゃん。お母さん呼んでるよ」

「クマクマ」

「クマクマじゃないでしょ。早く人間になって」

「……クマ?」

「変なの。さあ、行きましょうよ」

 しかし、子熊は返事もせず、驚いた様子でおびえたような反応。ソファーの後ろに隠れる。

 返事をしない翔一にしびれを切らしたのか、

「連絡したからね。電話がつながらないから来てあげたのに。あとは好きにして」

 やや、怒り気味で園は去って行った。

 自転車の音が遠ざかる。


 子熊は少し開いていた玄関から外の様子をうかがう。

 湿った空気、空はどんより曇っている。

 どこかで戦うような音が聞こえてきた。

 子熊は本能的に恐怖し、思わず、外に飛び出す。

 ふわっと、先ほどの人間の少女の香りがした。

 何となくその後を追う。

 釣竿を持ち、編み笠をかぶった熊のぬいぐるみとすれ違った。

「翔一殿、もうお帰りでござるか」

 熊のぬいぐるみはしゃべったが、子熊はそれがおかしなことなのかどうかも判断つかず、警戒してすぐに立ち去る。

「……急用でござる、かな?」

 ぬいぐるみはしばらく子熊の背中を見つめていたが、釣竿を置いて子熊についていくのだった。

(四足歩行で走って……。翔一殿の外見ではあるが、あの礼儀正しいわが弟子が返事もせぬとは、面妖……)

 ぬいぐるみは背中に背負った刀を袋から出しつつ、子熊の後を追う。

(杞憂であればよいが……)




「確かこの辺りだったよな!」

 スマホに怒鳴る、サングラス細身長身の男。

「ああ、そうよ。礼儀正しくしてね。あの子の家族は普通の人だから」

 女の声が返事する。

 野性的な男は緩い天然パーマの頭を掻きながら、ぶつくさいう。

「どうも、この手の金持ちの地域は苦手だぜ。俺のワイルドさにあわない」

 男は大神恭平おおがみ きょうへい

 表向きはフリーのジャーナリストだが、正体は人狼協会と日本防衛会議に属する人狼ヒーローだった。

 そして、電話の相手は同じく人狼の赤嶺明日香あかみね あすか

「そんなこといってる場合じゃないのよ。日本友愛会議の情報では……」

「ち、吸血鬼ども何かいってきたのか」

 日本友愛会議は吸血鬼の中でも正義側に立つ一派であり、日本防衛会議と人狼協会に協力している。

「混沌同盟の奴らに『祈祷師ゼロ』の所在がばれたって」

「あいつら、コブラヘッド殺されてから、かなり根に持ってるって噂だよな」

「ええ、念のため、翔一君とその仲間の様子を見てきてほしいのよ」

「電話したらいいだろう」

「なぜかつながらないの」

「ち」

 大神はボロボロの四駆に乗り込むと、目的地に向かう。

「私も向っているけど、まだ東京を出たばかりなの。しばらくかかるわ」

「心配ご無用。二級ヒーロー、シルバーファング様に任せておけって」

「それが不安なのよ」

 四駆は緩い坂道を急発進した。


 パラパラと雨の音。

「あら小雨が降ってきた」 

 御剣山詩乃は伸びをする。

 昨日は遅くまでドラマのリハーサルで忙しかったのだ。

「ただいまー」

 園が返ってくる音。

「園ちゃん、翔ちゃんは?」

「いたけど、なんだか様子がおかしかったの。でも、ちゃんと帰って来るようにはいったわ」

「そう。どんな雰囲気だったの?」

「無言で、きょとんとしてたわ。それに、人間になってといってもならないの」

「……あ、あの子のことだから大丈夫よ。帰ってきてからは、すごくしっかりしてるから」

「ええ、でも、ちょっと」

 園は何かいいたげだが、自分でも言葉にできない。

 ガタ。

 玄関の方で音がする。

 ふと、家の門を見ると、雨の中、子熊が門を乗り越えて入ってくるのが見えた。

「翔ちゃん……」

 子熊は確かに翔一のようだった。

「門を乗り越えて……ね、何か変でしょ」

 園が不安げに詩乃を見る。

 詩乃は見慣れた姿に安心はしたが、四足歩行し、ずぶ濡れ泥だらけの翔一を見て少し不安になる。

「あ、あら、翔ちゃん。風邪ひくわよ。シャワーに入りなさいな」

「クマクマ」

 園がタオルを持ってきたので、軽く水分を取る。

 子熊は特に抵抗もしないが、キョロキョロと落ち着かない様子ではあった。

「絶対、何かおかしいわ」

「そうね。でも、この子は翔ちゃんよ。……私がシャワーに入れるわ。返事もしてくれないし」

「この子、もしかしたら単なる子熊じゃないかしら」

「まさか、いつもの翡翠のネックレスもしてるわよ。毛皮も翔ちゃんの色よ」

「そうだけど……」

 詩乃は子熊を抱っこすると、風呂場に行く。


「さあ、キレイキレイしましょうね」

 詩乃が赤ちゃんをあやすような声を出して、子熊を洗っている音がする。

 園はなんとなく落ち着かず、テレビをつける。

「関東北部は大雨です。明日朝まで降り続けますので河川の氾濫などにご注意ください」

(今夜は降り続ける……)

 ピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴る。

 園はカメラを覗いた。

 思わずぞっとする。

 真っ黒な雨合羽を目深にかぶり、口元しか見えない何者かがいたのだ。

「治癒クマー君のおうちですよね」

「あなた、何者。そんな人のことは知らないわ」

「嘘をいっては困りますね」

 耳まで裂けようかという笑いを浮かべる。

 長い犬歯。

 よく見ると、雨合羽の者がさらに数人いるようだった。

「か、かえって」 

 園は恐怖のあまり、そう告げるのがやっとだった。

「入れないのですよ。とても強い結界だ。客人に失礼じゃないですか」

「あなたなんて客人じゃないわ」

「私のことを何も知らないのに、そんな言い方をするとはね。無礼にもほどがある」

「アポも取らないできたあなたの方がよっぽど無礼よ」

「小生意気な娘だ」

 男は人間とは思えない重低音でつぶやく。

 園はこれ以上応対できなかった。

 全身が恐怖で震え、思わず、座り込む。

「かえって! 警察を呼ぶわ!」

「聞き分けのないガキだ。力ずくで入るから覚悟しろよ」

 ぶつっと映像が壊れたような感じで切れた。

 同時に、ドン、ドンと門から叩くような音が聞こえる。

「おかあ、さ、ん」

 園は恐怖で体をすくませながらも、必死に母のもとに向かった。




2023/1/18 微修正

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