67 クマクマ占いと宿命の刻 その1
今日は休みだった。
翔一がクマになってゴロゴロしていると。
「さて、頑張るか!」
母の詩乃が、作業用の服に着替えて伸びをしている。
「お母ちゃん、お庭仕事するクマ?」
「そうよ、最近忙しかったから、ちょっと雑草とったりしようかなって」
最近はCMやドラマの仕事で家でのんびりしている日がほとんどない。テレビの情報番組などにも顔を出している。彼女は癖のない性格で誰からも好かれる女性なのだ。
「僕も手伝うクマ」
「あら、いいのよ、翔ちゃんもいつも忙しいでしょ」
「力仕事だけでも手伝うクマだよ」
「ありがとう。じゃあ、肥料運びをしてもらおうかしら」
家の裏にある物置には肥料やその他園芸に必要なものが用意されている。
翔一は母の指示で、肥料を一輪車で運ぶ。
「クマクマ」
「これをここに多めに撒いて、野菜を植えるわ。ここはお花」
詩乃は家庭菜園とガーデニングの両方が趣味だった。
家の門近くは花畑にして、人目につかない奥の方は野菜などを植える。
翔一は異世界でも力仕事専門で、あまり農業には詳しくないが、母はかなり上手だと思った。
花も野菜も生い茂っている。
「ポタジェガーデンというのよ。ハーブとお花。野菜。色々と組み合わせるのがいいの」
「すごいクマー」
翔一は母の作った庭のカラフルさに感心する。
今までは、何か生えているなぁ、ぐらいの認識だったが、詩乃の説明を聞いていると、ガーデニングとは奥深いものだと感じたのだ。
「ラベンダーがあると蚊が寄ってこないの。ローズマリー、セージ……」
母の説明にすごいを連発する翔一。
「すごい、すごい、クマクマ」
「あなたは何でも、すごい、ね。フフフ」
母に頭を撫でられる。
「クマクマ」
「ここの杭を抜いて、このラインに入れ直してくれるかしら」
「お安い御用クマだよ」
深く地面に刺さった杭を片手で軽く抜いて、別の個所に差し替える。
「クマ、ホイ、クマ、ホイ」
翔一が軽くたたくだけで、杭はずぶずぶと深く刺さる。
「ありがとう」
にっこり微笑む詩乃。しかし、悩んでいるようだ。
「何か問題あるクマ?」
「この大きな石よ。お爺さんがこの家を買った時からあるんだけど、ちょっとこの位置だと邪魔よね」
曾祖父は事業を行っていてかなり裕福な人物だった。尚、祖父は農業がやりたいといって、山奥に引っ越して暮らしている。
巨石を撫でる翔一。
「どけたらいいクマ」
「業者さん呼ぶわ。大きすぎるもの」
「大丈夫、ホイと」
翔一は巨石を抱きかかえると、ひょいと持ち上げる。
「これどこに置くクマ」
「きゃ! 大丈夫なの。すごい力ね」
「ご心配ないクマだよ」
「じゃ、じゃあ、ここに置いてくれるかしら」
庭の片隅を指定される。
翔一は軽く運んで置いた。
「でもちょっと重たかったかもしれないクマ」
「普通は揺らすのも無理よ」
苦笑する詩乃。
石の置いてあった地面を綺麗にするために戻ってみると、何かが見える。
「石の蓋?……」
それは四角く整形した石の板である。
持ち上げてみると、さらにその下には石室のような空間が作られ、古い壺が入っていた。
「お母ちゃん、大石の下に壺があったクマ」
「あら、何かしら」
詩乃も草木の手入れの手を止めて、見る。
「何かお宝でも隠してたのかしらね。この屋敷、江戸時代からあったみたいなの。建物は何度も建て替えたらしいけど」
「へぇ。じゃあ、これ、大判小判入っているかもしれないクマ!」
「あんな大きな石を置いたら、取り出せないわ。もっとすごいお宝よ、きっと」
翔一はうなずいて、壺を手にする。
壺は壊れかけており、手にしただけでバリっと割れてしまった。
(あ、壺から何か魔力が消えたクマ……封印が解けた?)
割れた部分から、パカッと開くと、古い布の塊。
それを庭に広げると、つるんとした直径三センチくらいの黒い珠が出てきた。
「お母ちゃん、宝石みたいなのが出てきたクマ」
「黒い琥珀かしら……加工はしてない感じね」
詩乃は少し気味悪く感じたのか、あまり近寄ろうとしない。
珠は原石に近いようだった。
「きれいクマー」
「大丈夫なの? そんなもの触って」
翔一はそういわれて、霊視する。
オーラがあった。
強くて黒い。
「これは僕が預かるクマ」
「いいけど、おかしいことが起きるならお寺に持って行きなさい」
詩乃は意外と信心深いのだ。
「そろそろ、お腹減ったクマー」
「お昼の時間ね。ちょっと待って」
詩乃は食事の準備をするために、台所に向かう。
翔一はその間、縁側に寝ころんで石を眺めていた。
石の性質はわからない。
精霊術には分析的な魔術がないのだ。
精霊界を見ると、誰もいなかった。ダーク翔一は、最近、土壁源庵の助手として働いている。ヒーロー装備を強化しているのだから、彼にしては良いことをしている。
「直感で決めるクマ。これはちょっといい感じしないけど、役には立つクマ。そうだ!」
翔一は何か思いつくと、精霊界から占い道具を取り出す。
袋に詰めた宝石やら骨、小石の入ったものである。
赤い石と黒い石を取り出す。これは石ころにマジックで色を塗っただけの代物だった。
「以前拾った賢者の石とこの黒い珠を交代させるクマ」
石を捨て、代わりに二つの秘宝を袋に入れる。
「お昼ご飯を占うクマ。でや! ……これは間違いなく、カレークマ!」
袋の中身を異界から持ってきていた雄鹿の皮の上にざらっと出す。
翔一の占いは好物が出ると示していた。たぶん、カレーライスだろう。
実は占うまでもなく、おいしそうなカレーの香がしていたのだ。
「翔ちゃん。ご飯できたわよ」
「すぐ行くクマ!」
道具をしまうと、飛ぶように行く翔一。
数日後。
「今日は東宮市、地域ヒーローのご紹介コーナーです。聖美沙さん、『紅き瞳』レッドムーンさん、そして、治癒クマーさんです!」
女性アナウンサーの紹介の後、パチパチと小さな拍手。
ヒーロー三人がテレビのスタジオに立つ。
朝の情報番組だった。学校は午前を休んでいる。
「初めまして、聖美沙、二級ヒーローです」
聖美沙はいつもの純白の衣装とロッド。
化粧はばっちりで、非常に美しかった。
「聖さんは現役女子○生でもあるですよね。ヒーローと学業の両立は大変だと思いますが、その辺りはどうでしょうか」
「ええ、確かに大変です。しかし、最近は『浸食』も活発化してます。私の白魔法で皆さんをお助けするために、大変でも頑張ってます」
聖はその上生徒会長も兼任しているのだ。
「聖さんは白魔法をお使いになられるということですが、具体的にはどのようなものなのです?」
男性アナウンサーの宮下が聞く。
気のせいか、聖の体を嘗め回すように見ていた。
「魔を祓う、治癒、光の力、そういう感じです」
そういうと、聖は小さな光の球を作った。
「おお、素晴らしい。さすが、二級ヒーロー」
宮下は感心しきりだった。
「レッドムーンさんは同じ女子○生ヒーローですけど、正体は隠しているんですよね」
女子アナが話を振る。
「ええ、私生活に支障が出ても困りますから」
レッドムーンこと緋月零はアイマスクだけでごまかしているが、美少女であることは隠しようもない感じだった。
赤を基調にしたワンピース。太腿がかなり出ていて、スカートは短い。
尚、レッドムーンという名を公式に登録したのは最近である。
「レッドムーンさんの得意技は?」
「私の得意技は、エレメンタル全般と、生物の召喚です」
「召喚ですか、何か呼べると」
「そうね、じゃあ」
ふわっと赤い光の球を出現させる。ふらふらと動いた。
「すごいですね。これは?」
宮下が緋月の太腿を見ながら聞く。
「棘の精霊ですわ。触ると痛いの」
宮下が馬鹿にしたような顔で、少し触る。
「あ、つ! 痛い。これは凄いです」
本当に痛かったらしく、必死な形相。
スタジオに起きる笑い。
聖が白い魔力ですぐに痛みを止めた。
「ああ、楽になりました。さすが美少女戦士です」
笑顔になる宮下。
しかし、額に青筋が立っている。
「では、最後に四級ヒーロー治癒クマー君です。とてもユニークなお姿ですが」
女子アナが進行する。
「人獣クマです。正体は秘密クマ」
「人獣ですか、ということは人間の姿があると」
「そこは国家機密クマ」
「治癒クマーさんの得意技は治癒術と占いとありますが」
「ええ、それなりにできますクマ」
プロフィールに治癒術とは入れたが、これだけでは物足りないと考えて、急きょ、占いもできるとしたのだ。
「じゃあ、私のことを占ってもらうこともできますか」
「ええ、できますクマ」
この辺りの質問は、やらせのようなものである。
スタジオ収録前に、翔一は占いをやっていた。
「ではその時の映像がありますので見てみましょう」
がらんとした空きスタジオで鹿の皮を広げて、翔一は袋の石をぶちまけている。
転がる宝石、小石、骨。
映像は短いものだった。
「えーと、私竹野は気になっているお金のこと。宮下アナは一カ月以内の吉凶を占ってもらいました」
女子アナは竹野といった。
「出ましたクマ。竹野さんは……ずばり、明日にも大きく儲かるでしょう」
占い結果のメモを見る翔一。
「え、じゃあ、私のイーストテック株が助かるの?」
パッと表情が明るくなる、余程困っていたのかもしれない。
「占いの結果はそうだったクマ」
「じゃあ、僕の方はどうです」
宮下。
「宮下さんはかなり悪いクマ。女の人が家族でもないのに家族みたい。先祖の加護を使い切って、かなり命の危険があるクマです」
「それって、浮気のこと?」
小声で、竹野がつぶやく。
静まり返るスタジオ。
「一旦CMです。……クマ君。ちょっと、誤解招くようなこといわないでくれないか!」
作った笑顔をすぐに消して、宮下が激怒している。
「人を助けて生きてきていたら心配ないクマだよ」
「何をいってる……」
なぜか、真顔になる宮下。
一部スタッフが慌てている。
宮下はかなりの人気者だったのだ。この番組も彼の人気で持っているようなものなので、小さな王様のような立場なのだろう。
CMはすぐに終わる。
ヒーローコーナーはそれで終わりなので、三人は引き上げた。
「あんた占いなんてできるのね、私も占ってよ」
緋月が翔一に声をかける。
「いいよ。でも今日は忙しいクマだから」
「私もできるけど、占術は余技ね」
よく一緒にされる三人だが、特別仲が良いということもない。特に聖と緋月は表向きの衝突はないが、ソリは合わないようだった。
たいした雑談もなく、三人はバラバラに解散する。
朝。
「中堅投資銀行のイーストテックがMBOを発表。株価は爆発的に上昇しております。同社は○月末で上場廃止になりますが、田中さん、この目的は……」
「MBO、マネジメントバイアウトとはですね……」
経済ニュースだった。
翔一は朝食を口に放り込みながら、何となく見ている。
「園ちゃん! もう起きなさいよ。遅刻するわよ!」
詩乃が姉を起こそうと奮闘している。姉の園は寝起きが非常に悪い。
「次のニュースです。人気アナウンサー宮下良一氏、ストーカー女に刺されて重体」
原稿をめくるアナウンサー。
「関東ローカル等で活躍している人気フリーアナウンサー宮下良一氏。帰宅直後、待ち構えていた女に突如襲われ、腹を数か所刺され重症。女は逃亡。宮下さんの容態は予断を許さない状況です」
コーヒーを飲みながら、宮下のことを何となく思い出す。
(ああ、あのおじさんか。嫌なオーラがすごくあったかなぁ。ご先祖様が見捨てていたような雰囲気だった)
翔一は占いをやったことなど、すっかり忘れていた。
彼自身、占いをあまり重要なことと考えていない。
多少、人生の目安になる程度だろうという感覚だった。
「じゃあ、行ってくるよ」
少し早いが、家を出ることにした。
「気を付けてね」
母の声が聞こえる。姉はようやく起きた様だ。慌てて化粧している気配。
雲一つない、のどかな日。
いきなり翔一の目の前で黒塗りの大型セダンが止まった。
不穏な空気。
扉が開く。
「やあ、翔一君。治癒クマ-君だよね」
住良木裕一郎だった。
「……正体は隠してますので、詮索は違法ですよ」
「僕たちは公の許可を取ってるからご心配なく。少し話があるんだ。いいかな」
「少しだけなら」
すぐ横に小さな公園があるので住良木たちとそこで話し合う。二宮が付いてきた。遠野はいないようだ。
「話というのは、ほかでもない。先日、テレビで占いをやっていただろう」
「ええ、そうですね。やりました」
そんなことを聞かれると思わなかったので戸惑った。
「その占いの道具だけど、すごく不穏な雰囲気だった。占いも完全的中だったじゃないか」
「そうなんですか?」
朝のニュースはなんとなく見ていたが、脳には残っていない。
「道具を見せてくれないか」
裕一郎の顔をみて、一気に不信感が増す。
「義務はないと思いますので、お断りします」
「この小僧。若がわざわざ足を運んだのだぞ!」
秘書っぽい美女の二宮が怒っている。
「まあまあ。疑う気持ちはわかるけど、僕も悪意で動いているわけじゃないよ。国にやとわれているからね。国家のためを思っての行動なんだ」
青年の綺麗な顔から出る言葉を全く信用できないとは思ったが、彼の一族が国家を背景しているのは事実だろう。
翔一はため息をついて、占い袋を出した。
鹿皮を公園のテーブルに敷いて、ざらざらと出す。
「ええっと、これを見せることを占いました。かなり結果は悪いです。赤い珠が僕たち主体で、黒い珠が魔が事です。黒い珠が赤い珠にかぶさってます」
「君、占ったら駄目じゃないか」
「この袋から出すだけで占いの因果があるんですよ。それで、占い行為の精度を増してるんです」
この袋は異世界で祈祷師の老婆から授けられたものだ。翔一はかなり大事にしている。
鹿皮は異世界で狩った雄鹿の皮だった。いくつか印をつけて、占いの補助道具にしたのだ。
「まあ、仕方がないか。しかし、この赤と黒は……すごいね。これ。どこで拾ったの?」
裕一郎の目が光る、何かの魔術を使ったのだろう。
「赤いのは悪い人が喉から出しました。黒は庭で拾ったんです」
「なんだか君は凄い運命に巻き込まれるんだね」
裕一郎はそういいながらも、二つの珠から目を離せないでいた。しかし、触ろうとはしない。
「もういいですか」
「ちょっと待って。分析するから」
符を取り出して、何かの術をかける。紙と筆を出して、さらさらと、結果を書き綴った。
「……これは『賢者の石」かもしれない。すごく大きいね。そして、黒い方はわからないが、呪詛の塊のようなものだ」
「若」
翔一は背中にピリピリと気配を感じた。
二宮も警戒している。
裕一郎が術をやめたので、翔一は急いで道具を回収し、精霊界に入れる。
「これは、これは、住良木のお坊ちゃん。抜け駆けはちょっと感心しませんな」
朝の空気を住良木たち以上によどみに変えるような存在が立っていた。
全身黒い服。黒いハットで顔は見えない。異様に背が高く、針金のように細い男だった。
「黒死鬼か……堂々と現れるとはね」
身構える裕一郎。
「おっと、今日は何もしませんよ。それに、用事があるのはその坊やです。御剣山翔一君だよね」
「そうですけど」
翔一は、落し物がないかを調べている。
念を入れる主義なのだ。
「よかったら、おじさんにもそれを見せてくれないかな」
「お断りします。住良木さんたちには国家の要請だから仕方なく見せただけなんです」
「つれないねぇ。ちょっとぐらいいいじゃないか」
「駄目なものは駄目」
「ケチな奴は嫌われるよ。痛い目を見たくなければさっさと見せろ! 家族も酷い目に遭わせるぞ!」
黒死鬼はぐわッと大きく黒くなる。
帽子が落ち、赤い目と一本の小さな角が見えた。恐ろしい形相の男。
住良木たちが符をかざし、身を守る。
「あなたが鬼というのなら、あなたのことを鬼天尊さんにいいつけますよ!」
ぴたっと黒死鬼が止まる。
そして、元の大きさに戻った。
「……お前、鬼天様の知り合いなのか」
「はい」
「……嘘だったら」
「嘘はいいません。最初は闘いましたけど、最後は和解しました。子供達も帰してもらったんですよ」
「あ、あのことか。あれはお前がやったのか……」
黒死鬼は考えているようだったが、ぶつぶついいながら、帽子を拾い公園を後にする。
ほっとした顔の住良木。
「あいつは相当に手強い奴。何もせずに帰ってくれてよかったよ。ところで翔一君、鬼天尊って誰?」
「企業秘密です」
「君ね、いくら何でも僕のこと疑いすぎじゃないか」
美しい顔を苦笑にゆがめる裕一郎。
「若、こんなこともあるのです、あの白姫を連れ歩いた方が」
「あの方は本当の危機の時だけに助けを借りる存在だよ」
二人は話し合いを始めた。
「じゃあ、僕は学校がありますので」
時計を見ると、これ以上はぼんやりしていられなかった。
翔一は脱兎のごとく走り、二人を公園に置き去った。
2021/8/16 微修正




