65 呪詛学園と祖霊 その2
「先生たち。どうして来たんです!」
慌てて翔一が走ってくる。
「よう」
モフ手を上げるダーク翔一。
「御剣山君。学校敷地内では体育の時間以外走ってはいけないのよ」
優しく美しいシスターにたしなめられる。
慌てて、立ち止まる翔一。
「す、すみません。学園長」
「どうしたんだ、血相変えて」
土器面の毛むくじゃらが不思議そうに聞く。
「どうしたもこうしたも。ぬいぐるみの皆さんが学校に入ってきたらみんなびっくりしますよ」
翔一はきょろきょろしながらいった。
残念ながら学校事務職たちにはガン見されているが、生徒たちは授業が始まったばかりのようで、姿は少ない。
しかし、こっそり見ている視線は感じた。
(まずい。授業も始まっているよ)
「学園長。あの、この人たちは僕のヒーロー関連のお知り合いで……」
「ああ、そうなのね。聞いてはいたけど、お友達も可愛いクマちゃんなの? 今度、地域ヒーロー交流会を学校で開きますわ。是非来てくださいな」
学園長は美しい顔をニコニコと崩す。
彼女は翔一が四級ヒーロー治癒クマーだと知らされているのだ。
「ええ、その時はよろしくお願いします。我らは日本防衛会議公認『祈祷師ゼロ』。高い呪術力を持った幽霊軍団デス。ぬいぐるみに憑依して動いてます」
土器面の子熊こと土壁源庵の非常に誤解を招きそうな自己紹介。
「ぬいぐるみに憑依? まあ、大変そうなのね」
「いや、まあ、それほどでも。私ほどの実力になれば」
イキリ感を出す源庵。
「先生!」
「はいはい。じゃあ、帰るから」
といって、彼らは校門に向かう。
「キュー……」
一匹のチビクマがふわっと飛び出して、件の壁をじっと眺めている。
「また来てくださいね。防衛会議にもお話しておきますわ」
学園長も頭を下げて、彼らは別れた。
思わず、安どのため息をつく翔一。
三人は門をくぐった瞬間に消える。
ぎょっとする守衛たち。
彼らは警察に通報すべきか迷っていたが、学園長が笑顔で見送っていたのでしなかったようだ。
尚、ぬいぐるみ軍団は精霊界に入っただけなのでテレポートしたわけではない。
精霊界に入り、因果の流れの中を移動する祖霊と宿精。
「キューキュー!」
「え、なんか文字が書いてあったのに、俺たちそのこと忘れたって」
ダーク翔一がチビクマにいわれて半信半疑。
「なんだ、そういえばチビクマどもは字が読めるのか?」
源庵が歩きながら聞く。
現世が精霊界の背後でぼんやりとした背景となって流れていた。
「そこまでの知能はつけてないが、偵察任務と自己判断での戦いができるように聖性と知性精霊等をブレンドして知能にしているんだぜ」
「しかし、文字は読めぬ。文字が書いてあることだけは認識……」
球磨川風月斎が考え込むようにつぶやく。
「うむ、精霊界に入ってはっきりした。我ら、何らかの術をかけている」
「我らって、自分がか? 俺、そんな術何にもやってないぞ」
「誰かが術をかけた、呪ったのなら、絶対に気が付く。これは何かあるぞ」
モフ腕を組む源庵。
「あの暇そうにしてる大絹姫に聞いてみたらどうだ。あのねーちゃん悪い呪術にだけは長けてるからな」
「源庵殿。知恵を結集するのも重要でござる」
「そうするか……」
祈祷所に入ると、大絹姫が目を皿のようにしてテレビを見ている。
「ゾンビは怖いのう。生身ではああも簡単に死ぬるのじゃな……しかし、鎧でも作って着こめばよいのではないか。というか、ゾンビごとき支配して使えばいいのじゃ」
「何見てるんだよ」
姫は動画配信サイトの海外ゾンビドラマに熱中していた。
「……ああ、おぬしらか、びっくりしたぞよ。学校という場所はどうだったのじゃ」
「なんだか、術があったみたいだけど、よくわからないんだよなぁ」
「ふむ。確かに、おぬしらも翔一殿と同じ術に捕らわれておるのう。預言の祖霊とやらのいうことを信じるべきか」
かわいいドールの目が光る。
「しかし、目先、有害ということもない術だ。精霊術では目的がわからん。もっと新しい術だな」
源庵も一応分析はしている。
「あんたのいう『新しい術』ってのは既存の魔術ほとんどのことだろ」
「妾に任せるのじゃ。何か兆候はなかったのか」
「チビクマの一匹がいうには。校舎の正面に文字が書いてあったそうだ。俺たちは全然気が付かなかったが」
宿精の言葉にうなずく祖霊たち。
「文字が書いてあったのに、そなたたちにはわからぬと申すか……ふむ、あれしかないのう。どんくさい奴がかかる術じゃ」
「え、な、何をいうか。私はえらいんだぞ。祖霊の中ではな」
慌てる源庵。
自慢げに見下し視線をくれる大絹姫。
「ふふん。気が付かぬのか。ププ」
思わず笑う。
「いいから、もったいぶらずに教えてくれよ。かわいいオシャレセット買ってやるから」
ドール人形のオプションを宿精は示す。
ソファーの傍らにパンフレットが転がっていた。
「ふう、じゃあ、この帽子を買うのじゃ」
「それは構わないが、心当たりあるのか」
源庵、ちょっと憮然としている。
「仕方がないのう。ほんにどんくさい。……では、教えて進ぜよう。そなたたちは『言霊』に引っかかったのじゃ」
「ことだま?」
宿精が怪訝な顔。
「そうじゃ。言葉がそのまま魔術となる。とても古くて原始的。しかし、非常に強力」
「そうか! なるほど」
ポムっとモフ手を叩く源庵。
「うむ、つまり、拙者たちは文字を読み上げることで自分を自分で呪ったでござるか」
「そう。たぶん、その壁には何らかの効果を自分でかけて、そのことを自然に忘れろとでも書いてあったのじゃ」
「恐ろしい話でござる。姫の時代にもそのような所業を行うものが?」
「そうじゃ。やんごとなき人々の中で、時折起こる呪詛の類じゃ、妾も経験がある。しかし、妾の時代は宮中の人間以外は字が読めぬ。ゆえに、読めぬ下人などが主人のおかしいことに気が付いて、このような悪事は露見する。この時代は文字を読めぬものの方が少ないというではないか、となると……」
「うむ、いつごろからあったのか」
腕を組む源庵。
「学校全体に言霊呪詛が蔓延してるな、これは」
宿精が不安げに学校の方角を見た。
「ねえ、翔一君。これ見て」
京市優次がPCのモニターに見せてくれた。
非常に古い新聞記事の写真。
「えーっと、いつの頃のだろう。今が二千△△年だから……八十年前? 二次大戦が終わって、しばらくした辺りだよね……」
その記事は小さなもので、この東宮聖霊学園で女生徒の自殺があったと報じていた。
今の時代なら大問題だが、当時の世相ではそれほど大騒ぎにはならなかったのかもしれない。
「調べたら、あの旧校舎のさらに前は木造校舎で、あの旧校舎を取り壊してそこに建てたんだ。事件は時代的に木造校舎の時代だよ」
京市は当時の生徒たちの制服写真を見せる。
「あ、この服だよ。この服を着た女の子だった!」
翔一は声を上げる。
教室の何人かがちらっと翔一を見た。
思わず、口を押える。
「女子生徒、いじめを苦に自殺。両親が学校に抗議したが、学校は原因がいじめにあるかは不明だとして、取り合わない……」
「はぁ、昔も一緒だね。今の方がまだ、世間が怒るだけマシだけど」
「香美幸。当時は平気で名前載せるんだ」
「彼女のことはこの記事だけで、他は全く何も出てこない」
「卒業アルバムは?」
「昔は作っていなかったみたいだよ。集合写真があるだけ。でも、それも本人がいるかどうかもよくわからない」
京市がモニターに写真を出す。古ぼけて、顔もはっきりしない。
気のせいか全員顔が歪んでいる。
「……気持ち悪いね、なにこれ」
「昔の写真だから……」
翔一は見るのが嫌になって、目をそらし、記事を最後まで読む。
「教師と生徒がグルになって、その女の子を無視し続けたことが原因ではないか。か。陰湿だなぁ」
自分も以前は酷い目にあわされたのだ。
思わず、とても同情する。
「……この子だけ顔が笑ってる。他の人は歪んでるね」
京市が画像を拡大して、しっかりチェックしている。
集合写真のゆがみのために全員苦しいような顔なのに、一人の女生徒だけは朗らかな顔だった。
「ねえ、変なことに気が付いたんだけど」
写真を見ながらつぶやく京市。
「ん、なに?」
「C組の生徒に同姓同名の女の子いたよね」
「あ、確かに、いたような」
「この写真もあの子に顔が似てるよ、今、気が付いたけど」
笑顔の少女を指し示す京市。
「……まさか、八十年以上前の人だよ……」
「翔一君が見た幽霊さんに似てる?」
「うーん、違うような。髪型が似てないよ。写真の子はおかっぱだけど、幽霊さんは現代的でもっと長い髪だった。C組の子とも似てないと思う」」
「C組の子は今生きてるからね。違って当然だけど……あの制服自体はマイナーチェンジでかなり最近まで使われているよ」
女装するだけに、制服にも詳しい少年だった。
尚、現在の制服はグレーとブラウンを基調にしたかなりオシャレなデザインである。
「ねえ、なにやってるの?」
源菜奈がやってくる。
「あ、菜奈ちゃん」
「まだやってたのね。幽霊の身元調査」
「京市君ってすごいんだよ。幽霊が全然ヒットしないから八十年前まで遡って調べつくしたんだ。そしたら、女生徒が一人自殺したって」
「へぇ」
菜奈の可愛い目がくりくりと京市を見つめる。
少し赤くなる少年。
「じゃあ、その人が幽霊さんの正体なの?」
「うーん、違うみたいだよ。幽霊は昔の制服だったけど、八十年前よりは現代的だったんだ」
「ふーん。それなら外れなのね」
「しかし、変なことも分かった。当時、自殺した女の子と同姓同名の人がこの学校、C組に在籍してるんだ。そして、その子は当時の集合写真の女の子と似ている」
写真の不気味さに怖がりながらも、まじまじと見る菜奈。
「あ、確かに似てるわね」
彼女は選択科目の影響でC組に出入りしている。
「何か変わった雰囲気とかあった?」
「そうね、あのクラス、すごく臭いの。それに、空気が張り詰めているのに、どんよりしている」
菜奈は感覚的な不快感を告げる。
「臭い……それはどんな匂いなの?」
「ちょっとわからないわ。人間の体臭をとても悪くした感じ」
菜奈は猫人獣である。狼や熊よりは明らかにいろいろとスペックの劣る人獣でもあった。
かわいさだけはかなり圧倒的だったが。
「僕はあまり行かないけど、確かに、雰囲気悪いよね」
京市もうなずく。
「何かある。でも、何だろう……」
翔一は学校の終わり際にC組を観察することにした。
このクラスはあまり裕福な子がおらず、奨学金の生徒が多い。
その分優秀なのだが、他と付き合いが悪い。チャラチャラした他の組の生徒とはそりが合わないのだ。
C組教室の前で、落とし物を探すふりをする。
むっと鼻を衝く臭い。
(たしかに、これは……なんだろう、おしっこのような……腐敗臭にも近い)
体臭と尿の匂いだろうか。
こんな匂いを嗅ぎ続ければ耐えられなくなる。
しかし、ぐっと我慢して、そっとクラスを覗いた。
(香美幸……そういえば、どんな顔だっただろう)
翔一は当該の彼女をこっそり特定しようと考えたのだが、なぜか判別ができなかった。
(なぜか全員同じに見える……)
あまり、長居してじろじろ見ても不審に思われる。
とにかく通り過ぎるふりをしながら、霊視した。
思わず、びくっとする。
強力なオーラを持った人が一人。
それと目が合う。
異常なくらいに憎悪のこもった視線。
すぐに目をそらす。
(すごいオーラだ。普通の人間じゃない。それに、滅茶苦茶に歪んでいる)
慌てて、誰かとぶつかった。
「うわ」
ふと、可愛い少女の匂いがしたが、それらしい人物はいない。
「……ごめんなさい……」
かすかに聞こえたが、すぐに記憶から消える。
「……あなたも、私を無視するのね」
涙の気配。
しかし、翔一は漠然と感じただけで、呆然として考えられなかった。
(ここはすごい不快感だ。とにかく、一旦、離れよう)
ふらふらしながら、クラスを後にする。
背中に鋭い視線を感じながら。
「おい、翔一君」
気持を整えようと、人気のない上階の踊り場に来た時点で声をかけられた。
「うわ! なんだ、先生ですか。って、学校に来たらダメじゃないですか!」
そこには石槍を持った土壁源庵が壁にもたれかかっていた。
「し、声が大きいぞ」
「すみません。でもですね」
「いいから。今、見てたぞ」
「え?」
「女の子とぶつかったのは覚えているか?」
「……」
頭を振るが、よくわからない。
「右の肩に彼女の体が当たった」
翔一はそういわれて匂いを嗅ぐ。
「本当だ、女の子の匂いが付いている」
「……」
「これはどういうことなんです。わかっているのなら教えてください」
「君には敵の術がかかっている」
「かけられた記憶もないですよ。それに、僕には自分でいろいろとかけてますから。見間違いということも……」
「そうだ、その術は自分でかけたんだ。自分でかけて、自分で維持受容しているから違和感がない。しかし、その本質は邪悪な呪詛だ」
「し、しかし、僕が自分を呪うなんて」
「言霊は知ってるか」
「ええ、言葉がそのまま呪力を持って力となる、非常に原始的な術だと」
「言霊には呪力がある。もちろん、文字にも」
そういわれて、何かがひらめいた。
「あ、じゃあ、誰かが僕に文字を読ませて、自分で自分を呪って」
「そして、そのこと自体を忘れさせた」
「……」
「これを見ろ」
源庵はモフ手に紙片を見せる。
非常に汚い文字でこう書かれていた。
『黙して読め
私の命令を意識するな、しかし、必ず実行しろ
読んだ命令は二度と見えない
私は知り合い
私は友
私は恋人』
「……これは?」
「学校に入る場所、目立つ場所に落書きされている。これを読んだものは、これを意識できなくなるが『私』を無条件に受け入れる」
「でも、これは単なる紙に書いた文字ですよね」
「ああ、それは文字が読めないチビクマに模様として書き取りさせたんだ。言霊呪力を持たない存在が書いた文字は何の害もない」
「文字が読めなければ効果がないのですね」
「風月斎や私は祖霊になってから現代文字を知った。だから、君たちより反応は鈍かったが、結局は読んで、君と同じ状態になったのだ」
「じゃあ、どうやってこれに気が付いたんです」
「チビクマの一体が、私たちの様子のおかしさに気が付いたことと、このひっかけてきな言霊呪詛を大絹姫が知っていて、状況から気が付いたのだ」
「姫ちゃん、さすが」
「とにかく、解こう」
そういうと、対消滅精霊を翔一にぶつける。
一つの術が消えた。
「あ」
翔一は慌てて瞼を閉じる。
壁やそこら中に何かの文字が見えたからだ。
「気が付けばもうだまされない。翔一君、これを見ろ」
源庵にいわれて目を開く。
目の前に符があり、そこには、
『もう、「私」のいいなりにはならぬ』
と書かれていた。
「これは?」
「大絹姫が言霊を込めて書いてくれたのだ。新しく上書きすればあ奴の術はかからない」
そっと、あたりに目を走らせる。
壁にマジックで文字が描かれていた。
『成田彩芽を完全に無視しろ』
『最低限以上の接触をするな』
『挨拶は絶対するな、いないものとしろ』
「成田彩芽? クラスの子かな」
「たぶん、先ほど翔一君がぶつかった少女だ」
「言霊使いが目の仇にしてるんですね……」
まじまじと文字を見る。
壁に汚く落書きされているのに、今までは白い壁だと思っていた。
「よく見ると、名前のところが何度か書き換えられている……」
予鈴が鳴った、授業が始まる。
「僕は行きます。先生は……」
「私はしばらくあの成田彩芽という子を見守ることにする。翔一君は言霊使いの目的を探ってくれないか」
「先生、あの子をお願いします」
翔一は頭を深く下げてから、授業に向かう。
教室の横を抜けるとき、一瞬だけ言霊使いを見た。
老婆だった。
痩せて、背中が曲がり。皺くちゃの。
女子学生の服を着て、若い少女たちと楽しげに笑っている。
翔一は無言で自分の教室に向かった。
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