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63 子供たちと政治

 人口の減った郊外の街に一台の車が現れる。

 山の端に大きな建物が見えた。

「あれが養護施設クマ……」

 古い学校のような建物。

 実際、廃校になった学校の校舎だ。

 政府が買い上げ、セキュリティを強化したのち内装を整え、子供たちの保護施設となっている。

 しかし、ここに保護されている『子供』は普通の子供ではなかった。

「クマちゃん、あなたと関係のある子供が凄く多いのよ。一度訪問してくれって」

 翔一はゾーヤの言葉にうなずく。

 翔一はいつもの子熊、治癒クマーの姿で助手席に乗っている。

 運転しているのは、軍用のスーツに身を固めたゾーヤだった。

 短いスカートで白い太腿が美しい。

 

 入り口には兵士が立ち、身分証の提示を求められる。

 あっさり通され、ロビーに案内された。

 数人の人間が待っていた。

 いつもの油上司、軍の制服を着た黒覆面の男。スーツの男と女。護衛と思しき鋭い目の若い男たち。

「彼らがヒーローです。防衛会議所属捜査官のゾーヤ。四級の治癒クマー」

 油上司がスーツの男女に紹介する。

 男は六十代、女は四十代程。

 男はハゲかかっており、女はきりっとした目つきの鋭い美女だった。

「ヒーロー諸君。よく来てくれた」

 黒覆面が声をかける。

「あ、暗黒司令さんクマ。実物を初めて見たクマー」

「フフ、私は正体を隠す必要があるのでね。このような姿で済まない。おっと、紹介が遅れた、こちらは知っていると思うが、せき官房長官と三川みかわ防衛大臣だ」

 ゾーヤが敬礼する。

 翔一もゾーヤを見て、ぎこちなく挨拶した。

「初めましてクマ」

「この子、本当に語尾が『クマ』なのね。可愛いわ」

 三川防衛大臣は元女優ということもあり、相当な美女だった。

 握手する。

「あら、お手てもフカフカしてる」

 三川はニッコリ笑顔。

「今日来てもらったのは、今まで様々な事件の中で保護された子供たちの現況を知ってほしいのと、状況から改善できることを二人にも考えてほしいからだ」

「それはいいですけど、なんで政治家の方までいらっしゃるのかしら」

 ゾーヤの疑問。

「それは……」

「暗黒君、それは私から話そう。君たちヒーローが救出した子供たちの中には明らかに突出した異能者が存在する。この子たちは、人から見れば脅威かもしれないが、私はそうは思わない。適切に養育指導して立派な大人になれば我が国の力になってくれると考えている」

 関官房長官が胸を張ってそう述べる。

 彼は貧相な見栄えの男だったが、翔一は好感を持った。しかし、

(政治家さんだから、人に好感持ってもらうのが仕事だよね。信じすぎはダメだと思うクマ)

 とも、思う。

 異世界で大勢の政治家を見た。

 オーラだけで判定するのはよくないが、黒くてねじ曲がったのは危険なのだ。

 彼らを見ると、色はよくないがねじ曲がっているほどでもないようだ。

(多少、私服肥やしてるくらいかな。それも決めつけはよくないクマだけど)

 ふと、暗黒司令を見ると、白くて大きなオーラだった。

(やっぱり、立派な人クマー)

 うなずく翔一。

「官房長官のご意見に、私も賛成ですわ。愚かな悪人どもは幼児期に適切な教育を受けなかったからです」

 三川もうなずく。

「だから、我々も視察に訪れ、君たちが子供たちに何かできないか協力をお願いしたいのだ」

「それは、かまいませんが……」

 ゾーヤがいい淀む。

 翔一も何かいいかけたが、忙しそうな中年女性が慌ててやってくる。

「あの、今日はちょっと難しいかもしれません」

 女性が深刻な顔。

「何かあったのかね」

 油上司が問う。

美湖みこちゃんが、すごく、大泣きして、その、あたりの物が……他の子も怖がって」

「美湖というのは先日の離島ミッションで確保した子供だ。治癒クマー君が助けたあの子だよ」

 暗黒司令が説明してくれる。

「クマクマ、心配クマー」

「今は隔離室には入れません。他の子供たちをご覧になって下さい」

「隔離室に住む子供たちが最も重要な存在なのだ。私は状況を確認するまでは帰らない」

 関は意外と豪胆な男だった。

「私もよ」

 三川も同じだった。

「僕が美湖ちゃんをなだめるクマ、案内して」 

「しかし……」

「治癒クマー君はこれでもなかなかの人物だ。心配はいらない」

 躊躇する中年女性を促す暗黒司令。

「わかりました、こちらへ」

 隔離室は元は大きな教室だったのだろうという部屋だった。

 ゾーヤと治癒クマー以外は近くの管理室からモニター確認することになった。

「ゾーヤさんは一歩離れててほしいクマ」

「……わかったわ、あなた、超能力を阻害できるわよね」

 翔一は教室に入る。


「クマクマ」

 そこには例の白いオーラの少女がいた。

 何か叫び、ごみやおもちゃが舞う。

 可愛いワンピースを着ているが、部屋は雑然としている。お世話の人間も近寄りがたいのだ。

 翔一は家具の影から、焦げ茶色の丸い耳をピコピコと出す。

 何かに怒り狂っていた少女だが、不思議そうに戸惑いキョロキョロした。

「怒ったらダメクマーだよ」

 ゆっくり近づく翔一。

 少女はボムっと何かの力を翔一に投げつけたが、守護精霊が消してしまう。

「怖いことをしたらだめクマー」

「……」

 そっと毛皮の手を出す。

 ふかふかモフモフだった。

 毛皮の柔らかい感触に笑顔になる少女。

 少女は子熊に抱き着くと、キャッキャと喜んだ。

「おんぶ、おんぶ」

 翔一は少女を背負うと、部屋の中を歩いた。

 少女は大喜びだった。

「対消滅精霊を周辺に張るぜ、このちびっ子が能力バラまいて怪我人が出ないようにな」

 ダーク翔一の声がする。

 翔一がうなずくと、かなり強力な精霊が周辺を取り囲んだ。

「美湖ちゃん、ちょっと中庭をお散歩しようか」

「うん、熊。行こう」

 翔一は監視カメラにうなずく。

 扉が開いた。


「驚きですわ。あの子があんなに素直に……」

 中年女性が驚愕の顔。

「司令、あの子の正体はわかっているのかね」

「超級の超能力者です。それ以外のことは不明ですが、念力だけでも既存の存在に匹敵するものはテロリストのアシュレイなど、ごく一部の超級クラスだけだと思われます。しかも、報告ではテレポートや予知能力も……」

「あのアシュレイ・バルフォアとかね……それはすごい。ならば、あの子熊ヒーローがあの子と仲良くできるなら、暫く彼に面倒を見てもらったらどうかね」

 昔の学校の中庭を散歩する子熊と少女をモニター越しに眺めながら、関はそう述べる。

 二人は手をつないで中庭の小さな人工池の周りを歩いていた。

 小さな鯉が泳いでいる。

「あ、三人ほど子供が出てきましたよ」

 油上司が声を上げる。

 皆がモニターを見ると、いかにも悪ガキそうな少年三人組が少女と子熊の道を塞いだ。

「大丈夫かね。あの子たちは」

「あの子たちも能力者。そうそう大ごとにはならないでしょう」

 暗黒司令が関に答えた。


「おい、こいつ、美湖だぜ。外に出ていいのかよ」

 一番背の高い少年が美湖を指さす。

ゆうちゃん、やめとけよ、こいつヤバいぜ」

 弟分の少年が「裕ちゃん」を止めようとする。

 翔一は彼らに見覚えがあった。

 鬼天尊の屋敷から解放された少年たちだ。

 彼らも異能の素質があるようだった。

「クマクマ、君たち、あれから元気してたクマ?」

 何か意地悪をしようと考えていたのかもしれないが、翔一に声をかけられて、少年は機先を制された。

 口ごもる一番大柄な少年。

「熊さん、こんにちわ。鬼から助けてくれてありがとう」

 一番小柄な少年が翔一に頭を下げる。

「え、このちっさいのが熊の英雄さんなの? もっと大きかっただろう」

 裕ちゃんと呼ばれた少年は驚いて翔一をまじまじと見る。

「僕は多少なら大きくなれるクマ」

「あの地獄から解放してくれてありがとう。熊さん、名前なんていうの」

「治癒クマー、だけど、僕が君たちを解放したことは、誰にもいわないでほしいクマだよ。政府のお偉い人は知ってるけど、一応、世間一般には秘密なんだ」

 翔一は子供たちを政府に預ける際、暗黒司令には報告していたのだ。

 尚、激闘で和解したことは伝えず、鬼神を説得したということにしている。

「うん、恩人の熊さんのいうことだから絶対誰にもいわないぜ」

 裕がうなずいた。

 彼らはゆうとし浩司こうじと呼び、姓はなかった。

 身元が分からないということもあるが、養子として引き取られたときにその家の姓を名乗るようにという配慮だった。

「熊さん見て、僕の力!」

 裕が自慢げに大きい庭石を持ち上げる。

 凄まじい怪力。

 軽々とジャンプし、大木の上に乗る。

(鬼の力、かな。鬼さんが守護霊しているクマ)

 翔一は鬼天尊の影響を彼から感じた。

「僕も負けてないから」

 俊はふっと消えると、近くの物陰から現れる。

 また消えると、またどこかに。

(短距離のテレポーテーション)

「僕が一番ダメだなぁ……」

 浩司が口笛を吹くと、ウサギがやってきた。恐れる風もなく少年にすりすりする。

 彼は動物を操れるようだった。

(浩司君はこの能力があるから、僕があの大きな熊だとわかったクマだね)

「……」

 美湖もそれを見て自慢したくなったのか、大きな石碑を睨みつける。

 ズルズルっと地面から盛り上がると、ついには宙に浮いた。

「スゲー。美湖ってヤバいわ」

 裕が叫ぶ。

 石碑はゆっくりと宙を飛びくるくると回転。数分浮いたのち、庭に落ちる。

「フゥフゥ」

 美湖は荒い息をつく。無理をしたようだ。

 しかし、相当な実力なのは間違いない。十トン以上もある石だったのだ。

「美湖ちゃんすごい」

「スゲーな美湖」

 少年たちは美湖を取り囲んで称賛した。

 笑顔で胸を張る少女。

「しかし、このままではまずいクマだよね」

 石碑をこのままにしてはおけない。

「偉い人に怒られる前に……」

 翔一はアースエレメンタルを呼ぶ。

 見上げるような巨大な土の人型が突如現れた。

 突然の出来事に動きを止める子供たち。

「大丈夫、怖い存在じゃないクマ。石をそのくぼみの中に入れて」

 エレメンタルは巨大な手を伸ばすとひょいと持ち上げ、石をもとの地面に乗せる。

 子供たちはぽかんとその光景を眺めた。

 仕事を終えると土の巨人は即座に消える。

「い、今の何だったの」

 浩司がこわごわと聞く。

「大地の精霊さんだよ。このことも秘密にしてほしいクマ」

「熊さんの頼みなら」

 裕の言葉にうなずく少年たち。

「でも、なぜ熊さんは秘密が多いの?」

 俊が聞く。

「僕は敵が多い。鬼神さんとは最後に和解したけど、普通、そんなことは少ないよ。僕は狙われてもいいけど、友人が襲われたら……」

「正義の熊さんだぜ。悪党が狙ってるのは当たり前だ。ペラペラしゃべったらだめだろう。俊、浩司、他の奴にもいっておけよ」

 裕の言葉にうなずく少年二人。

 翔一はちらっと管理事務所の方を見る。

 尚、翔一が魔術を使った時、ダーク翔一が機械精霊を飛ばして、監視カメラを阻害していた。

 翔一のエレメンタルは映らず、治った時には石碑が戻っていたので、少女が戻したように見えた様だ。


 翔一と美湖、三人組の様子を見ていたのか、他の子供たちもぞろぞろと出てくる。

 固唾をのんで見ていたのだ。

 子供たちと翔一は鬼ごっこやかくれんぼをして遊ぶことになる。

 美湖も子供たちに混ざって一緒に遊ぶ。

「能力でずるしたらダメクマだよ。そこ、テレポートしない! 消えるのもダメ」

 翔一は子供たちに注文を付けて遊ぶ。

 子供たちは大騒ぎしながら楽しんだようだ。

(この子たちはいずれも異能があるクマ。僕は先生じゃないから何もできない。でも、この子たちを心配している祖霊はいるクマ)

 翔一は子供たちを遠くで見守る霊魂の存在を感じた。

 人だけではなく、鬼や聖獣、小神、そういったものも散見される。

 そして、その中でも特に巨大で天神のような存在が美湖を見つめていた。


「何とも、凄まじい光景だったな」

 モニターの前で、関が呆気に取られていた。

「この施設の子供たちは全員異能があります。主に山中の異界から救出された子供たちと、人身売買組織の『島』から解放された子供たちです。尚、全員孤児です。名前も不明。資料では組織から解放された子供たちには番号だけが振られています」

 画像を見せる三川。目に怒りがこもる。

 番号は体に刺青されていた。アルファベットと数字。

 全員、肩口に彫られている。

「何とも酷い話だ。組織は壊滅しないと。我が国も全力を尽くすよ。……そこには能力のない子もいたのかね」

 首を振りながら関は聞く。

「はい、しかし、そのような子はすぐに養子として引き取られています。親は政府や軍関係の者で限定しておりますので、異常があれば速やかに報告されることになっております」

「この子たちは我が国の財産になる。国籍はどうなんだ」

 明らかに外国人の子供もいるようだった。

「失踪者リストはチェックさせましたが、全くヒットしないようです」

「グレイ関係の子供かもしれないな……身元調査は引き続き行ってくれ」

 うなずく三川。

「外国からの身柄引き渡し要求が来ると、大きな問題になる。そこは注意してくれ。できるなら、どの国にも渡したくない。……それと、当然これはトップシークレットとする。首相には私から報告しよう」

「は」

「それにしても、あの子熊。治癒クマーといったか。彼はあの子供たちを指導するのに必要かもしれないな。彼は何者なんだ」

「防衛会議所属ヒーロー、治癒クマー。四級。そして、人狼協会所属の人熊。人間形態は御剣山翔一、高校生。女優、御剣山詩乃と男優、天羽栄二の息子です」

「あの女優か。私もかなりファンだぞ」

「最近離婚したそうです」

「ほう、それはいいことを聞いた」

 関の目と頭皮が光る。

「彼は一年前に失踪して、帰ってきたら異能者だったのよね?」

 三川が美しい顔を暗黒司令に向ける。

「はい、彼は一年間の記憶がない、そして、失踪前の記憶もないのです。ある日ふらっと自宅の前を歩いていたのを家族が発見したのです」

「しかし、彼は自分の存在に自信があるように感じる。記憶がないというのは嘘なのではないか」

「私が集めた情報を総合すると、失踪前の記憶がないのは事実のようです。しかし、失踪中の記憶はあるのではないかと」

「フム、もしそうなら、なぜ彼は失踪中のことを話さないのだ」

「何かとんでもないことがあったのだと私は考えています。彼のカルテをご覧ください。全身に普通の人間なら何度も死ぬような傷跡が残っています」

 関は資料を持ってこさせると眺める。

「……切り傷、刺し傷、やけど……これは明らかに拷問の跡だな」

 思わず絶句した。

「誰がこんなひどいことを……」

 三川も顔が曇る。

「これは闘争の跡です。あの子熊は見た目とは違い相当な戦いを生き抜いてきたのです」

「フム、つわものがいくさを語らないのと同じだと」

「私はそう考えております」

「銃創はないのだな、まるで戦国時代の武将だ」

 関が嘆息する。

「彼は異世界に行った可能性が高いのです」

「私も、政府に入る前までなら、一笑にふすような話だが。今となっては笑うことはできない。実際に異世界に行って帰って来たとしか思えないような者もいるのだ。また、現実にも超常現象が普通に起きている。超常とはいえないほど通常に」

「ご理解、感謝します」

「司令、しかし、彼がどのようなものであれ、あの子たちを纏めるには彼が必要に思いますわ。あの光景を見ると」

「ご心配なく、あの美湖以外は、普通に保母さんたちの指示に従っています。それに、彼は高校生。無理な要求もできませんよ」

「美湖、あの子だけが問題なのね。そして、あの子が最強であると……」

「この件は司令に一任しよう」

 関はそういうと立ち上がる。

 政治家たちは去った。

「さて、どうするか」

 暗黒司令は、モニターを見ながらひとり呟く。

 御剣山翔一の資料を、白い手袋の指でトントンと叩いた。



 数カ月後、美湖は山下美湖という名を得て、養子に迎えられる。

 治癒クマーは何度か会って、遊び相手をした。

 傍目には遊んでいただけだったが、霊視ができるものには彼女が劇的な魂魄の変化を得たことを知るだろう。

 少女は会うごとに大人びて、養子になる直前には大人の女のように育つ。

 体は幼児を脱しただけの少女。しかし、急速に心は大人になってしまった。

 それがどのような理由なのかは、政府には不明だった。

 騒いで大人たちを困らせるようなことはもう二度となかった。


 彼女がスーパーヒーローになるのは後の時代の話である。

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