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62 過去の因縁、異世界から来るもの その3

 祈祷所館の内部は玄関からリビング作業スペースまでは簡易な仕切りであり、現状は大きな空間になっている。

 左側にテラスがあり、中庭に繋がる。

 右手には廊下があり、左に曲がっている、その先にはいくつかの部屋が連なり廊下があった。

 その廊下に、すっと影が動く。

「誰だ!」

 大城おおぎは拳銃を構えて、右手の廊下に向かう。

「兄貴、誰かいましたか?」

 部下の誰かが聞く。背後では扉を開けようと数人の男が必死になっている。

「今、確認する」

 頭を覗かせる大城、しかし、誰もいなかった。

 廊下は左に曲がり、右手は壁と小さな窓、左手にいくつか扉があり、一つが誘うように微かに開いている。

 尚、廊下の途中に上階への階段が見えた。

 大城は顎をしゃくって、リボルバーの男を見る。

 男はうなずき、扉を開けて入った。

「何かあるか」

「ベッドと、机だけですね……」 

「お前は隣の部屋も調べておけ」

「はい」

 大城は男の返事だけ聞くと、先に向かう。警棒の男がびくびくしながらついて行く。

「俺たちは二階の捜索だ」

「は、はい」

 途中、階段があった。館の中央付近。

 上を覗き込む。

 階段の上で何かが動いた。

 小さくて、黒い影。


「誰だ!」

 大城は叫んで階段を駆け上る。

 しかし、誰もいなかった。

 左右に廊下と、部屋の扉がいくつか見えるだけだ。

 まだ外はまだ明るいはずだが、異様に暗い。廊下の窓から差し込む微かな夕日で全体が赤黒く染まっている。

「うふふ」

 いきなり女の笑い声。

「ひ、何か聞こえましたよ」

 警棒の男が明らかにおびえている。

「ビビってんじゃねぇぜ宮本! 手分けする。お前は左手に行け」

 階段は館を横断するように上っていた、左側が玄関側になる。

「え、む、むりですよ」

 たぶん、女の声がした方角である。

「てめぇ、逆らう気か」

 冷酷な目。強盗団のボスらしい気迫だった。

「すんません」

 警棒の男、宮本はそれでも大城の剣幕に圧されて、おっかなびっくり左手の廊下に進む。

 宮本は一番奥の部屋の扉が開いていることに気が付いた。

「誰か、いませんか……」

 ゆっくり入る。

 その部屋は、若干、乙女的内装の部屋で、小さなベッドに、三面鏡。お花で飾られている。

 小さな人影が背を向けて三面鏡に座っていた。

 明らかに小さすぎる。

「に、人形?」

 その時、拳銃の音。

 パン、パンと二発。

「大城さん!」

 宮本は叫ぶが、返事はない。

 助けに向かうか、一瞬躊躇した。

 ガタ。

 部屋の奥で音。

 冷や汗を流しながら、振り向く。

「え、人形がいない」

 足元をキョロキョロするが、どこにも転がっていなかった。

 焦りながら、部屋を出ようと踵を返した。

 目の前に人形がいる。

 しかも宙に浮いていた。

「ひ、うわ!」

 思わず腰を抜かす宮本。

「女の子の部屋に勝手に入ったら、ダーメー」

 人形の声は、最期の方で間延びして不気味な声になる。

「ひ、ひいー!」

 迫る人形。

 宮本は恐怖の余り、動けなかった。

 人形に捕まれた瞬間、電撃のような衝撃が魂に走り、宮本は気絶した。


 大城はがらんとした部屋にいた。

 宮本とは逆方向の奥の部屋だ。

「誰もいない、使ってる形跡もないな……しかし、なんだこれは」

 部屋の奥にはナイフが床に刺さっていたのだ。無視するにはあまりにも興味を引いた。

「……なんだこれは」

 簡単に抜ける。

 非常にしっかりした出来だが、現代の作りではない。鍛冶屋が手作りで仕上げたものに見える。

 大城が繁々と眺めていると、いきなり、バタンと扉が閉まる。

「ち、誰だ。変ないたずらしやがって! 嵌められたのか」

 ナイフを捨てて慌てて開けようとするが、玄関のようにこちらも全く開かない。

 拳銃の柄で殴ってもびくともしなかった。

 窓も同じだ。

「閉じ込められた。そうだ!」

 大城はスマホを出すが、電源は切れている。主電源を押しても全く反応しない。

「どうなってやがる、こうなったら!」

 大城は拳銃を扉の鍵に向ける。

 パン! パン!

 二回撃ったが、銃弾は弾かれて壁にめり込んだ。

「クソ!」 

 だらだらと汗をかく大城。

 ガチャ。

 背後で音がした。

 はっと振り向くと、そこには非常に巨大な鎧武者が立っていた。

 ほんの一瞬前には誰もいなかった空間にである。

 体には何本も矢が刺さっていた。

「フシュー、フシュー」

 謎の呼吸音。

 鎖帷子のじゃらじゃらとした音。

 ゆっくり迫ってくる。

「ひ、く、くるな!」

 拳銃を向け、引き金を引く。

 しかし、弾は出ない。

「くそ!」

 拳銃を投げつけた。

 ガンと鎧にあたるが、全く効いていない。

 ぐっと大きな籠手が伸びて、大城の首を絞める。

「……は、はな」

 大城は喧嘩自慢で簡単に掴まれるような男ではなかったが、まるで魔法のように金属の籠手は大城を捉えていた。

 暴れて渾身の力で殴っても、金属の板と棘に当たって拳が傷ついただけだった。

 甲冑はびくともしない。

「……」

「何?」

 鎧武者が何かいった。

「かたく」

「かたく?」

「家宅不法侵入、武器準備集合罪、強盗」

「へ?」

「だそうだ」

 一瞬呆気にとられた大城だったが、精神に衝撃を受けて意識を失った。




 警察が来た時、強盗団は全員縛られて中庭に居た。

 陽は落ち、かなり薄暗い時間。

 武器はテラスの一角に積み上げられている。

 男たちは意識不明の者、涙を流しながら恐怖に震えている者もいる。

 人間形態の翔一はコーヒーを飲みながら待っていた。

「これを君が全部制圧したのかね」

 刑事の男が翔一に声をかける。

「違います。僕はこの人たちに武器で脅されて地面にうずくまっていました。気が付くと、僕に武器を突きつけていた人も、他の人たちも、意識を失って倒れていたんです」

「……少し、信じがたいが。彼らを縛ったのは君か?」

「ええ、それは僕がしました。武器をここに積んだのも僕です」

「フム、じゃあ、君が一人で彼らを全部ここに運んだと」

「はい、重かったですよ」

「力があるんだねぇ」

「鍛えているんですよ。小柄だから、馬鹿にされることが多いんです」

 翔一はシャツを巻くって、腕を見せる。細身だが、筋肉はあった。

 呆れるほどの刀傷だらけだが。

 刑事は一瞬鋭い目で翔一を見るが、疑っているという雰囲気でもない。

「彼らは軽犯罪の常習犯で、ギャング化しそうだから警察も注視していたんだ。強盗となったらかなり重い罪になるだろう。ご協力感謝する。しかし、ここはどういった施設なんだ? 君はなぜここに一人で?」

「施設の目的はちょっとわかりませんね。政府の管轄らしいです。僕はアルバイトの募集があったのでここで草むしりとか管理的なことをやってます。静かに一人で過ごせるから、気に入っているんですよ」

 書類上、翔一はここで管理のアルバイトをやっているということになっている。

 警察が突っ込んだことを調べようとしても、日本防衛会議の機密事項ということで、調査は行き詰るだろう。

「ありがとう。彼らは連行する。今日は遅いから鑑識は明日入る。調査が終わるまではここは封鎖するがいいかね」

「あの人が管理者です。彼と話し合ってください」

 見ると一台の車。

 車が止まると、油上司が慌てて出てきた。

「日本防衛会議の者だ。強盗だって?」

「防衛会議? 何の施設か教えてもらえませんかね。それに、防衛会議なら、彼らを制圧したのはヒーローの誰かなんですか?」

「それは機密事項だ。……翔一君、無事かね」

「ええ」

 取りつくしまもない油上司の態度に警察はため息をつく。

「明日鑑識を入れますが、いいですか」

「ああ、それは構わないが、ここの詳細は機密保持義務がかかる。厳重に管理してくれ」

「しかし、裁判になれば情報の公開はされますよ」

「そこは防衛会議の法務部から連絡してもらおう」

 事務的な話し合いを行い、警察は犯罪者を引き連れて去った。

「宅配が裏切るとはな。治安の低下は気になっていたが。まさかだ。警備を付けようか?」

「ご心配には及びませんよ。しかし、入場護符の管理はお願いします。変な人が持たないように」

「それはこちらで何とかしよう」

「荷物をまだ運んでいないのですが」

「私の方から出しておくよ」

 油はそう告げると、平の職員に荷物を車に積ませ、去っていった。


「何とも、手ごたえのない連中でござったな」

 既に日は暮れ。闇に包まれている。

「お母さん、警察はもう帰ったから心配しないで。先生二人と仲間が悪人をやっつけてくれたから」

 翔一が電話していた。

「しかし、ケルブレルさんの鎧武者の演技は最高だったな。あの男小便ちびっただろ」

 ダーク翔一がニマニマして喜んでいる。

「エルフは人を恐怖で怯えさせて、重要な土地から人を遠ざけるエキスパートなんだよ」

「あの、扉を閉じて封印する術を教えてくれないか。俺も使いたい」

 強盗たちは分断されて、風月斎やその他仲間たちに次々と制圧されていたのだ。

「みんなも大活躍だったクマ」

 翔一が子熊に戻って仲間の会話に加わる。

「刀のクマちゃんすごく強いのね。びっくりしたわ」

 ダナは外で目撃したのだろう。

 外にいた連中は全て風月斎が練習用の木刀で気絶させたのだ。

「玄関で作業してたのは僕。リボルバーの男は土壁先生が倒したクマ」

 玄関の男たちは翔一の睡眠精霊と木刀で無力化。

 リボルバーの男は源庵の狂気精霊を喰らい、涙を流して何かに土下座し続ける状態になった。

わらわも活躍したぞよ」

 大絹姫も空中に浮かんで自慢げである。

「あんたが倒した奴、一番状態が酷かったぞ。気力吸われてガリガリになってた。やりすぎだ」

 ダーク翔一が文句をつける。

「乙女の私室に闖入するような輩には手加減できぬ。わらわの怒りが頂点に達したのじゃ」

(……すごく、低い頂点クマ……)

 大絹姫はふわっと浮いて、ダーク翔一の頭の上に座る。

 どうやら、二人は姿が見えていない間に彼女の私室を作っていたようだ。

「あんた、ちょっと怒りを抑える訓練しろよ。腹が立ったら深呼吸するとかさ。……というか、俺に座るな」

「クマ座布団はだまらっしゃいな。そういえばお主は何も働いておらぬな」

「俺は知的労働。軍師として皆を指導監督していたんだ」

 イキリ感を出すダーク翔一。

「いくさ場で最も使えぬ奴の言い訳ではないか?」

「うるせー」

 いい合いを続ける大絹姫とダーク翔一。

 仲が良いのか悪いのか。

「じゃあ、そろそろは私たちは行く」

 ケルブレルが笑顔で立つ。

「あれ、ケルブレルさんはここに残るのではクマ?」

「妻にも会おうかと思ったんだ。しかし、いずれ、遊びに来るよ。このゲートは壊さずに置いてくれないかな」

 ダナの目線に何かを感じたのだろう。ケルブレルはやや焦っているようだった。

「ええ、わかりました。僕の方からは何もしないクマです」

「じゃあ、クマちゃん。また遊ぼうね」

「うん、クマクマ」

 ダナは翔一に抱き着いてから、皆に手を振りゲートに向かう。

 ダナが呪文を唱え、父と娘はふっと消えた。

「可愛らしい娘だったのう。翔一殿の恋人かえ?」

 大絹姫が近くを飛んでいたチビクマを抱きかかえながら聞く。

「え、ち、違うよ。あの子は将来すごい魔法使いになって、世界を救うんだよ。僕なんか……」

「お前、勇者様だろ、翔一。あのガルディアの王様よりあの子にふさわしいよ」

「な、何いってるんだよ、ダーク君」

 子熊形態なのにクマも出ない。それほどこの話題は翔一を慌てさせている。

「ゲートを固定化するにしても、ちょっとこのままではな。よし、小さな祠を建てよう。精霊の守り神を置いて」

 ぶつぶつつぶやく土壁源庵つちかべ げんあん

「それならば、お狐様がよかろう。霊験があり、拙者も導かれたことがあるのだ」

 球磨川風月斎くまがわ ふうげつさいが珍しく呪術的提案をしている。

「ここは、大規模結界もあって、異界と繋がりやすくなっているクマ。それに、今の世界情勢も」

「ああ、しかし、その情勢は何か裏があるぞ。この世界は本来魔術と親和性が低い。前のサナトシュワールドとは違う」

 ダーク翔一が珍しくまじめな分析をしていた。

「ホホホ、確かに今の世は太古のようでありますな。混沌の気が満ちておるぞよ」

 ふと空を見上げる。

 三日月が出ていた。

(確かに、世界は不安定になっている。でも、全部が悪いことでもない)

 祖霊たちと宿精が楽しげに会話するのを見て、翔一はそう思った。




 翔一はその日、祈祷師館の雑草を刈っていた。

「ふう、今日は日差しが強いクマ」

 麦わら帽子を毛皮の頭に乗せる。

 背後から、小さな足音。

 優しい可愛い匂い。

「きゃ、帽子の熊がいる」

 振り向くと、手を口に当ててびっくりしている少女。

「勝手に入ってはダメクマだよ。ここは政府の管理施設」

「喋れるのね。ごめんなさい。でも、無理に入ってきたわけじゃないのよ」

 少女はダナより少し大きいようだが、年齢はかなりわかい。

 薄い皮鎧に籠手具足、ナイフと弓。異世界の冒険者風である。

 耳がとがっている。

「エルフさんだよね。僕は治癒クマー」

「ハーフ小エルフよ。冒険者なの。治癒クマーって変わった名前ね。というか、あなたドゥーベでしょ」

「そう呼ばれたことはあるけど」

「じゃあ決まりね。私はレミーよ。私、ハイエルフのオッサンにドゥーベと会えるという話を聞いてここにきたの」

「もしかして、オッサンってケルブレルさん?」

「ああ、そんな名前だったかしら。そいつも冒険者よ」

「『神秘の里』から来たクマだよね?」

「それ、昔の名前よ。今は単に山奥エルフ村っていわれているわ」

「ゲートの所為かな。時間がかなりバラバラだと思うクマ。先日ダナちゃんが来た時、子供だったからたぶん三百年は前だと思う」

「異世界なんてそんなものよ。それよりこれを見て」

 レミーはバックパックから小さな包みを取り出す。

 開けると、金属と樹脂でできた部品が入っていた。

「チップ。記憶装置クマ」

「ドゥーベの相棒、聖タマゴの一部らしいわ。あなたなら何かわかるかと思ったの」

「僕は単なる学生だから……」

 翔一は強い日差しの中で、その鈍く光る黒い物体に何故か衝撃を受ける。

「まさか、フロールさんの……」

 しばらく動けなかった。




2021/5/22 7/3 微修正

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