5 呪詛の刺客
五階が最上階だった。
鍵がかかっていたが、扉を叩き壊して中に入る。
二人の男が待っていた。
一人はサングラスをかけ、伊達なスーツを着た男。
一人は僧侶のような姿をした老人。僧侶とは思えないほど濁ったオーラだった。
「なんて野郎だ、俺の罠を全部突破しやがったぜ。どうやった」
サングラスの男が声を出す。三十代くらいか。
「貴様、何奴じゃ。熊の姿をしおって、人狼の類か。熊人間だな。あっさりとわしの元にたどり着くとは」
オーラの汚い老いた僧侶は翔一を睨む。
「京市君を殺そうとしたな。理由をいうんだ。命は取らない」
「こいつ、ガキだろ。大人に偉そうにするんじゃねぇ!」
サングラスの男が吼える。
「殺人犯に敬意なんて持たないよ。素直に白状するんだ!」
「喝! 小僧の分際で何という生意気!」
身構える二人。
サングラスの男は自動拳銃を抜く。グリップの下から長いマガジンが飛び出している。
老人は瘴気のこもった錫杖を構えた。
翔一は精霊界に入った。
ふっと消えたように見えただろう。
二人はどうやってか翔一の位置をそれなりに掴んでいる様で、狙いは変えない。
「機械精霊にあの銃はどうにかさせよう。爺はお前がやるしかない」
ダーク翔一が機械精霊をさらに連れてくる。
「わかったクマ」
精霊を纏わらせてから、現実界に出た。
サングラスは引き金を引くが、弾が出ない。
「ち、ジャムったのか」
弾が出ないことで、二人の気が少し逸れる。
翔一はそれを見逃さなかった。
「チェストオオオオオオオ!」
助走なしの跳躍で彼らの横をすり抜ける。
すさまじい速度で鉄パイプが舞う。
「白虎二段、雲燿剣!」
「そ、そんな、わしが、こんなガキに……」
大人二人は鉄パイプを全く目に捉えることができなかったのだ。
杖をへし折られ、腹を強打されて昏倒する老人。
サングラスの男は腕ごと叩き、銃を落とさせる。手加減せずに殴ったので、彼の両腕は折れてしまった。
転がる銃。
「ぐぁ。くそ、両腕が!」
鉄パイプも砕け散った。サングラスが落ちる。
彼の目は機械だった。
彼の腕は人間のようだが、目は明らかに何らかの装置なのだ。
「あなたはサイボーグなのか?」
「はぁはぁ、くそ」
男の両肘から骨が見えている。出血も始まった。激痛である。
男はだらだら汗をかいていた。
「素直に白状するんだ、そうしたら痛みを止めてあげるよ」
優しくいったが、人獣の迫力の前に男は屈してしまったようだ。
「わかった、喋る。許してくれ」
男がそういった時点で治癒精霊を纏せる。
痛みが引いて驚いたようだ。
「おまえ……何者だ。とんでもない怪物だな」
「早くしゃべってほしい」
「……俺たちの雇い主は加藤という男だ。退学に追い込まれたガキの知り合いだってな。あの京市というガキが退学に関与してしているから殺せってことだ」
「あなたは呪詛は使えないと思う」
「呪詛で呪い殺すのはそこの爺さん、おれはこいつの護衛だよ。呪詛が効かない時は俺がやる」
「その目は何? サイボーグ?」
「異星人たちから貰ったんだ。裏社会では流通しているんだぜ」
「異星人?」
その時、翔一の背中がピリピリした。
背後でぬっと人が立ち上がる。振り向くと老人ではない。
人間のカリカチュアのような顔、鉤爪、巨大な体。そして、額から延びる二本の角。
「うわ、鬼になりやがったぜ!」
男が叫ぶ。
体には辛うじて、あの老人の服を纏っている。この鬼は老人の変化した姿なのだ。
いきなり肉薄して振り下ろされる鉤爪。
さっと回避したが、爪の向かう先には義眼の男がいた、男は吹き飛ばされ、窓に吸い込まれるようにそのまま外に落ちてしまう。
翔一は彼を追いたかったが、二度三度と繰り出される爪を回避するのに忙しい。
少し、毛皮が切れて飛ぶ。
「こうなったら仕方がない」
精霊界に手を突っ込み、白銀の剣の柄を握った。
この剣は『白銀剣』。あまり芸のない名前だが、翔一は異世界で貰ってからあまり剣の性能を調べていない。ただ、聖なる武器であることを認識している。
あたりに満ちる、聖なる光。
鬼はぎょっとして、立ち止まった。
「なんだ、その剣は」
「聖なる剣。この剣で斬られたらあなたは助からない。おとなしくしてください」
ニマっと鬼は笑うと、必殺の爪を繰り出してきた。
さっとかわす。
翔一には迷いが少しあった。彼から情報が欲しかったのだ。
(鬼と交渉は無理かな? あ!)
鬼の背後、翔一の入ってきた入り口から二人の人間が入ってきた。
かぐわしい香り。
白く輝くような少女。
「聖なる光よ! 貫け!」
動きが止まる鬼。
胸に剣の形をした白い魔力が突き刺さっている。
「何! くそ! やりやがったな!」
ぎろっと振り向く凶暴な鬼。
すでにこの怪物の力は尽きかけているが、最後の一撃で少女を狙う可能性があった。
「覚悟!」
翔一は『白銀剣』で鬼の首を一閃する。
鬼はとっさに剣を左手で防御するが、聖なる剣は剛剣であり、手と首をぶった斬る。
頭が飛び壁に激突し、どこかの隙間に落ちて行った。
鬼の体は崩れ落ち、煙を上げて白骨化していく。
煙の背後には二人の女性が立っていた。
生徒会長の聖美沙と副会長の沙良恵愛。
光の剣を飛ばしたのは聖で、沙良恵愛は何らかの魔術的防御を行っている。
美沙の光の剣は魔力の塊なので、すでに消えている。
「見つけたわ、熊。あなた何者なの、その剣は何」
美沙が強い目で翔一を睨む。翔一は無言で剣を精霊界にしまう。
「お姉さま、あいつどこかに剣をやりましたわ」
「ええ、高度な術よ。気を付けて」
「僕は君たちと戦うつもりはないクマ」
「クマって、ふざけているの?」
恵愛が睨んでくる。
翔一は小さくなって、子熊になる。
「お二人とも落ち着いてほしいクマクマ」
「……可愛い……」
聖美沙は思わずつぶやく。
「生徒会長、騙されては」
「僕は人殺しを金で請け負うような奴を倒しただけです。そこで煙上げてる奴の正体はわからないけど……呪詛で人を殺そうとしたクマ」
「保健室の話かしら、非常に強力な魔力を幾つも感じたから、聖霊の導きでここに来たのよ」
「……相手は魔術だけじゃなくて、こんな危険なものも持っていたクマ」
拳銃を見せる。
これはマシンピストルというもので、普通の拳銃より何倍も殺傷力のある兵器だった。
「……」
少女たちは顔を見合わせる。
銃器のことに関して彼女達はほとんど知識がない。
「職業的な殺人者だったクマ。お嬢さんたちは関わらない方がいいと思います」
「失礼ね。美沙様は白魔術師協会日本支部の次期指導者として目されているの、つまらない呪い屋に負けるわけがないわ。ここの異変に気が付いたのも美沙様の力よ」
恵愛が翔一に食って掛かる。
「恵愛、余計なことをいわないの」
「ご、ごめんなさい、お姉さま」
美沙に叱られてうつむく。
「あなた、御剣山翔一君よね」
「……」
翔一は美沙に指摘されて、思わず無言になる。
「何者なの、単なる人獣じゃないわ。魔術も使うなんて聞いたこともない」
「人獣とか人狼とかこの世界には多いのですか」
「この世界って、変な聞き方ね。あなた異世界から来たの」
「……僕はこの世界の人間ですクマ」
「まあいいわ教えてあげる。人狼やその他の人獣たちは二つの勢力に分かれて戦っているわ。一つは吸血鬼や悪魔と手を結んで人類奴隷化を目指す混沌同盟の手先になってる。もう一つは、人類を守るために世界防衛会議に属している」
「その二つの勢力は世間は知っているクマ?」
「普通は知らないわよ。でも、そろそろ『浸食』の一環として認知されるかもね」
翔一の耳に複数の車両が接近する男が聞こえてきた。数分で到着するだろう。
「誰か来たと思うクマ、色々教えてくれてありがとう。このビルは爆発すると思う。急いで逃げてください」
義眼の男が仕掛けた爆発物がそこかしこにある。今は機械精霊が抑えているが、無限に抑え続けることはできない。
「お姉さま、通報したから……」
「そうね、私も感じたわ、恵愛。警告が間に合うかどうかわからないけど、警察に電話して」
うなずく恵愛。スマホを取り出す。
「僕からもやってくる人たちに警告を送ります。爆発に巻き込まれたら可哀想だ」
彼女たちが急いで連絡したとしても、警察がすぐに止まるかどうかはわからない。
「優しいのね、あなた」
そういうと、少女二人はどうやったのか消える。
「短距離のテレポーションと思うぜ、あれは」
ダーク翔一がつぶやく。
「観相精霊を車に乗っている人に送ってほしいクマ。もうじき爆発するって」
「ああわかった、適当に送れば大丈夫だろう」
ダーク翔一が作業している間に、翔一はエアーエレメンタルを出す。
車両群はビルから距離を取って止まったようだ。
翔一がエレメンタルに乗って離れると、機械精霊たちは役目を放棄する。
ビルの一階、そして、幾つかのクレイモアのような爆発物が一斉に火を噴いた。
安い廃ビルは倒れなかったが、外壁などが一気に崩壊する。
警官たちが突入したら、大きな被害になっただろう。
そこが無事に終わってほっとした翔一だった。
2021/1/20 混沌協会→混沌同盟 名称変更しました
2021/1/30 サブタイトル変更
2021/1/31 微修正。銃器に無知であるという主人公設定を変えました。戦いの場ももう少し高い階に。