58 激闘、吸血鬼軍団対正義連合軍! その3
バババ!
響き渡る銃声。
「ウルフ隊が発砲を開始しました」
草や木々の葉を、小口径の銃弾が穴をあける。
滝田少佐の部隊は慎重に身を隠しながら接近していたので、命中はなかったが、動きが止まる。
「我々の接近に気が付かれました」
天城の通信。
「吸血鬼は人間を特殊な知覚で認知するの!」
無線から少女の声。
聖か緋月かはわからない。
「応戦せよ」
滝田の絞り出すような声。
敵の中には彼の元部下もいるのだろうか。
そして、大口径ライフルの重い銃声が反撃を開始する。
「背後の三人は動かない。ウルフ隊は動きがおかしい。隠れない」
天城の声。
「こちら大山、敵を引き付ける。近接班は隙を見て突撃してくれ!」
「了解!」
銃撃戦が始まって、兵士たちの息遣いまで聞こえてくる。
小口径の銃弾を喰らった兵士のうめきも聞こえてきた。
「少佐、僕はもう少し近寄って皆さんのけがを治しに行くクマです」
「いいだろう、十分気を付けるんだ。しかし、危険を感じたらすぐに下がってくれ」
翔一はうなずくと、隠密精霊を纏って、深い下生えの中を静かに素早く潜行した。
戦いはやや膠着状態だった。
ウルフ隊は標準装備のアサルトライフルとSMGを撃ちまくっている。対して味方側は大口径ライフルで撃ち返すが、やはり、制圧力で一歩劣る。そして、ライフルを喰らっても、そう簡単に死ぬこともないようだった。
「敵は弾が少ない。慌てるな!」
滝田の予想通り、ウルフ隊の射撃は散発的になって行く。
「喰らえ!」
頃合いを見て、大山がグレネードランチャーを連発。
敵の動きを封じる。
そこを小野の対物ライフルと、隊員のライフル弾が敵を貫いた。
体を破壊されて、動かなくなるウルフ部隊。
「今だ! 突撃」
近接班が敵に殺到した。
黄金の剣と白銀の刀、そして、銃剣。
次々と吸血鬼たちは聖なる力を受けて力尽きていく。
堕天使は何か歌いながら剣を振り回して戦場を飛ぶ。
元ウルフ隊は聖なる力を受けると、あっさりと塵になった。
「敵は吸血鬼になったばかりの人たち。霧になったりするのは上級で古い奴らなの」
後方で状況を聞いた聖美沙が説明してくれる。
ウルフ部隊は五人だった、吸血鬼になったばかりで理性が保てず、動きがおかしかったのも幸いしたようだ。
「奴ら、遮蔽に隠れずに突っ立って撃つとかおかしなことをやっていたな」
誰かのつぶやきが翔一の耳に入る。
「きたぞ! 次は本物だ!」
誰かの通信、激しい銃撃音。
鋭い鉤爪を伸ばした三人の吸血鬼だった。
長い爪と血走った目以外は、その辺を歩いているサラリーマンのような姿だったが、彼らはかなり強敵だった。
銃撃をまともに喰らっても、動きを止めない。
一人は天城、一人は風月斎が受け持ち、三人目は警察隊員が必死に守って耐え忍ぶ。
銃や盾で敵の鉤爪をうける。
頑丈な木製ストックやポリカーボネートの板が削れた。
最新の樹脂製の銃だったら一撃で壊れていただろう。
天城は剣の扱いになれておらず、明らかに苦戦。
堕天使は天城に加勢してくれた。
兵隊たちも吸血鬼に負傷を与えるが、銃弾はそれでもあまり効かない。
銃剣を使って吸血鬼を刺すと、ようやく、敵はひるむようだった。
少佐は狩猟用の大型ライフルを構えて、敵を打てる瞬間に狙撃を連発している。
ボルトアクションライフルをびっくりするぐらいの高速でリロードする。少佐の射撃に隙は無かった。
しかし、敵は異常に頑丈で、通常の銃弾は大口径であってもあまり効いている様子はない。
銃剣の方が明らかに有効なのだ。
斬り合いなので、兵士たちはけがが増えている。
翔一は風のように走り回って、怪我人を治していく。
「クマクマ」
「ちまちまやるより、お前がドーンとでかくなって奴らをまとめて蹴散らしたらいいだろう」
ダーク翔一の声が聞こえる。
「僕が敵を倒すより、自衛隊や警察が吸血鬼との実戦経験積む方が重要クマだよ。対処法も学べるからね。僕はサポートに徹するクマ」
「……」
やや、戦いは膠着したが、こちらの被害が出なくなったあたりで形勢は代わったようだ。
バシュ!
聞き慣れない音と共に、かなり後方からひし形の光が三発飛ぶ、それは、背中を見せた吸血鬼の体に突き刺さる。
「ギャー!」
胸を貫かれて、体に大きな穴が開いた。
結局、焦れた聖美沙が中距離まで移動して魔術援護してくれたのだ。
動きが止まったところを銃剣で殺到した兵にずぶずぶと刺され、吸血鬼は首を斬りおとされる。
「やったぞ!」
しかし、吸血鬼は霧になって消えた。
天城と堕天使が相手した奴は、途中で腕を二本増やしてすさまじい攻撃をする強敵だったが、堕天使が犠牲になって天城が首を斬ると、そのまま死亡して、塵になる。
「はあ、はあ、なんて奴だ……」
堕天使は血を流して死亡すると、無数の光の小粒になって消え失せた。
球磨川風月斎は敵を一人で受け持っていたが、あまり積極的に攻撃せず、敵の爪を風のように回避して様子をうかがっていた。やがて、敵の動きを見極めたと思った瞬間、吸血鬼の首は落ちていた。
こちらも『ソルヴァル』の魔力の前に、存在を保てず塵になる。
「ふう、終わったか。しかし、まだ、敵の本体が消えたと思えない。首魁は病院にいるだろう」
少佐の通信。
手短だが、死骸の見分がおこなわれる。
塵の中に落ちていたスマホや身分証などの情報が回収された。
「聖さん、怪我人を浄化した方がいいわよ」
「ええ、わかっているわ」
緋月の指摘に聖はうなずくと、怪我人を集めて呪術を行う。
「皆さんは吸血鬼の毒を受けた可能性があります。放置するとグールになったり、奴らの精神的奴隷にされたり、非常な危険があるのです」
兵士たちは真剣に聞いている。
「だから、皆さんを浄化します」
聖美沙は、簡単な魔法陣を描き、負傷者を集める。重傷の者はいない。
治癒精霊のおかげで痛みや出血はもうない。
彼女が呪文を唱えると、彼らは一瞬、光に包まれる。
「これで終わりかな」
「ええ」
少佐の問いに答える。
「では、あとは病院を確認だ。交戦の可能性は十分にある、各自注意を怠るな」
「援軍の到着は待たないのですか」
小野少尉が問う。
「到着は二時間後だ。吸血鬼対処に政府も経験がないのだ。適当な人材がいない」
「普通の敵ではありませんから……」
他の『浸食』現象で現れる存在の内、吸血鬼は相当に手強い部類なのだ。準備も特別なものが必要となると、政府の手に余るのが今の現状だ。
兵士たちは準備を整えると、病院を包囲する。
「突入部隊は、天城曹長、堕天使二体目、球磨川殿、治癒クマー、そして、私、滝田が行く。他は狙撃位置で待機」
「しかし、少佐、指揮官がそのようなことを……」
小野少尉が心配そうな顔をする。
「私が行動不能になった場合、小野少尉が部隊長となる。各自よいな」
「……」
滝田の言葉にうなずく兵士たち。
「堕天使は私と精神リンクしているわ。言葉は話せないけど、指示をしてくれたらそう動くから」
緋月の説明に、少佐はうなずく。
数か所の狙撃ポイントから、兵士たちが監視を行い、必要なら銃弾を叩き込む。
そして、小野少尉ともう一名がミサイルを担当していた。
小野は対物ライフルも使う。
「翔……治癒クマー殿、拙者の刀に聖性精霊を纏わせてはいかがかな。少佐に託したい」
風月斎はこっそり、翔一に普通の刀を渡す。
「わかりましたクマ」
翔一は急いで聖性精霊を受祚する。ついでに雷精霊もつけた。
「少佐使ってほしいクマ。聖性と電撃が付加されてるから、かなり使えますクマ」
「……ありがとう、素直に受け取るよ」
少佐はそういうと、腰の後ろに挿した。あまり長い刀ではない。
病院は一見、無人の廃墟である。
玄関から入ると、据えたような廃墟の匂いが鼻を衝く。
「これは……」
天城がしげしげとみる。
激しい戦いの跡があったのだ。
「ウルフ部隊も抵抗はしたのだ……」
滝田は無念そうにつぶやく。
「実弾を撃った跡がありませんね」
天城が小声で指摘する。
「実弾は小隊長がまとめて管理していたのだろう。突然の攻撃に換装が間に合わなかったのだ」
実弾を持ってくる必要すらないというのが最初の想定である。
今のご時世だから念のため少量持っていたという。
しかし、それがあったところで、ウルフ部隊に勝機はなかっただろう。
それ以外は不良などが入り込んで落書きした跡などがある。
昔の病院の器具がそこら中に散乱している。
「血の匂いが充満しているクマ。敵がいる」
うなずく人々。
「治癒クマー君は来てもらったが、状況が不利になったら遠慮くな離脱してくれ」
「少佐。ご心配なく。僕は皆さんを見捨てたりしません」
翔一の声におびえは全くない。
微かに笑顔になる滝田。
元々はかなり大きな病院で、幾つも特殊な処置室があったようだが、高価な機器は残っていない。倒産した時に売却されたのだろう。
がらんどうになっている部屋が多数あった。
不良たちが根城にしていた形跡もあるが、それにも埃が積もっている。
一階をくまなく捜査したが、敵はいなかった。
二階三階は広くない。
上階の調査もすぐに終わる。
「これは地下だな」
少佐の言葉にうなずく面々。
銃を構え、銃剣を光らせながら、ゆっくり階段を降りる。
血の匂いは普通の人間でもわかるほどの強さになった。
地下は斜めの地形を利用した半地下であり、かなりの広さがある。
「地下は霊安室と駐車場だ」
天城が指し示す。
案内板を見ると、霊安室と駐車場スペースが広い。
階段を下りる一行。
地下通路にライトを照らす。
「!」
暗い中に人影があった。
滝田がライトを向けると、尋常ではない速度でさっと消える。
パン!
天城が拳銃を撃った。
「やったか?」
「手ごたえはありましたが……」
脳天でもぶち抜かない限り、吸血鬼が普通の銃弾で止まることは無いのだ。
「駐車場へ逃げましたね」
「罠だろう、しかし、行くしかない」
少佐の声にうなずく。
堕天使を最後尾に付けて、警戒しつつ闇の通路を進む。
「治癒クマー殿」
風月斎が不意に口を開く。
「はい」
「お二方はこの国の礎」
「ええ、首魁は僕たちで」
翔一が返事をすると、風月斎はうなずいた。
2021/5/13 微修正。一行矛盾の修正もしました。申し訳ありません。尚、話の内容に変化はございません。
5/21 微修正




