57 激闘、吸血鬼軍団対正義連合軍! その2
滝田少佐が駆け付けた時には、既に、ことは終わっていた。
黄金の剣を手に持ち、呆然とする天城曹長。
一人、死体袋を回収し、応急処置を行う治癒クマー。
「何があったのだ、吸血鬼は」
「多分、天城さんがその黄金の剣でやっつけたクマクマ」
「曹長、君が一人でやったのか」
「……巨大な黒い影が白い光を発して……俺は気が付いたときには目の前に黄金の剣があり、無我夢中で振り回しました」
「治癒クマー君。君は大丈夫そうだが」
「僕は得意の隠密で消えただけクマです。詳細は見てないクマ」
翔一は大クマーを示唆してもいいようにも思ったが伏せることにする。そういってしまえば安直すぎると感じたのだ。
聖美沙が疑いの目で見たが翔一はそ知らぬふりをする。
少佐がどう考えたのかはわからなかったが、追及はされなかった。
「……そうか、救出が遅れたのは済まなかった。我らも吸血鬼らしき奴らに襲われていたのだ。たった二人の吸血鬼だった。しかも、ひ弱そうな少年少女の吸血鬼。しかし、銃撃してもナイフでも平然と体に受けてびくともしない」
「大丈夫だったクマですか」
翔一は心配だったが、駆けつけた人々に欠けている人はいない。軽傷の人間が多少いるようだ。
「こちらは聖君と緋月君の活躍で事なきを得たよ。諦めて格闘で襲い掛かった兵士は投げ飛ばされていた。しかし、聖君の光の魔術で敵は大打撃を受けて霧散したよ」
「霧になったクマですか」
霧になった吸血鬼はどこかで復活する。
「ええ、私の力ではそれが精いっぱい」
聖美沙が答える。
彼女も術者であり、吸血鬼のことは知っているのだ。
「君たちがいなければ奴らに全滅させられていただろう」
「しかし……」
吸血鬼を倒しきれなかったことに悔いがあるのか。
「とにかく今は状況を報告して指令を待つことになる。敵の残骸の調査は聖君と小野君で。他は怪我人の治療と撤収準備だ」
少佐の指示にうなずく兵士たち。
人々は黙々と働く。
吸血鬼たちの残骸は少なかった。
衣服が落ちているだけで身元が分かるものは持っていない。不思議と、極端に劣化してぼろ布の塊になっている。倒された吸血鬼の人数を特定するのも難しいありさまだった。
そして、死体袋に入っていたのは、この先待ち構えていたウルフ部隊と、どこかから攫われた一般人だった。
全員死んではいないが、吸血鬼の毒や拷問で元気に動けるものはいなかった。
「……日が落ちてきた辺りで、突如急襲を受けました。実弾は隊長が一括管理しており……」
意識のある兵士が状況を語ってくれたが、ゴム弾を装填した銃ではなすすべもなく吸血鬼に倒されたのだ。
(あの吸血鬼たち、出現が唐突だったから何らかの隠密系特殊能力があったクマかも)
翔一はそう思う。吸血鬼は個体ごとに様々な特殊能力があるのだ。
「一般人は日本人ではないな。不法滞在者だろう。彼らは弱い立場で犯罪やテロの糧にされてしまう」
首を振る少佐。
小野が英語で話を聞くが、会話が成立する者はいないようだ。
呆然として返事もしない。
「彼らを祝福して浄化しますわ」
聖の魔術で毒は消え、単なる負傷者となっていく。
尚、このまま死亡するとゾンビやグールとなるのだ。
概ねの作業を終えると、微かに空が青くなり、夜明けが近い様子だ。
「司令部と連絡が付いた。救援ヘリが負傷者を運ぶので、発煙筒を焚く必要がある。そして、我々は大目的地を調査する任務を受けた」
少佐が告げる。
「しかし、我らの装備では……」
誰かが反論しそうになった。
彼らの銃は全く吸血鬼に刃が立たなかったのだ。
「司令部は対吸血鬼装備を渡してくれる。負傷者と引き換えに受け取る予定だ。そして、我々の目標だった廃墟は音信不通となっている。吸血鬼勢力に襲われた可能性があり、可能なら救出に向かいたい。最低でも偵察を行うようにとのことだ」
「天城曹長の黄金の剣が吸血鬼を倒せるクマ」
そういわれて、天城は剣をかざす。
黄金の輝きは今はそれほどでもないが、神秘的な波動がある。
「すごい剣ね。どこにあったの」
緋月がしげしげと眺める。
「わからない、気が付いたときには吸血鬼の胸を串刺しにしていたのだ。俺はとっさに剣を掴んで吸血鬼に斬りかかった。それだけだ」
「謎の援軍がくれたんじゃないの?」
緋月はそういいながら翔一を見る。
「敵が持ってたかもしれないクマですよ」
「あいつらがあんなすごい聖なる力を持ち歩けるわけないわ」
「そういえば、微かに『草薙剣』という言葉を聞いた」
「剣は剣だ。銃にはかなわん。天城曹長、それに頼らずに戦うのだ」
少佐は現代武器以外は認めない人間だったようだ。
「吸血鬼は本当に聖なる力を宿した武器なら効果があります。通常の物品で伝統的に効果があるとされているもの。例えば、ニンニク、木の杭、十字架。そのたぐいのものはほぼ効果がないと考えてください。日光は伝説通り、最大の破壊をもたらしますが」
聖美沙が隊員たちにレクチャーしている。
笑う者もばかにする者もいない。全員真剣に聞いている。
やはり、現実に化け物と遭遇した事実は大きい。
「銃や爆弾はどうなんだ」
隊員の誰かが問う。
「吸血鬼も肉体は人間のそれと変わりませんが、痛覚がなかったり、再生力が段違いに強いのです。だから、一気に火力で破壊しきれば存在を維持できなくなります」
「ならば、大口径の銃器、グレネードランチャーなどは効果があるだろう」
「しかし、それは肉体を破壊しただけで真の殺害ではありません。霧になって霧散するだけで、自分の本拠地に還ればその場で復活します。倒した場所が本拠地に近いと、すぐに復活してむなしい戦いを続けることになります」
「しかし、一時的な撃退は可能なのだな」
「ええ、それは」
「強い吸血鬼が弾除けに作る劣化吸血鬼はそこまで強くないわ。銃で普通に死ぬと思う。もちろん、腕力や反射神経は人間より上よ」
緋月が補足する。
「魔術はどうなんだ」
少佐の問い。彼からすればあまり認めたくない力だろう、しかし、彼は現実的だった。
「魔術は効果がありますが、攻撃的な魔術で吸血鬼を倒せるほど甘くはありません。銃器で肉体を破壊するのと大きな差がないのです」
「ふむ、強敵だな」
少佐が腕を組む。
「火力で敵を牽制弱体化して、俺のこの黄金の剣で止めを刺せばどうだ」
天城曹長が剣を叩く。
「それが最も現実的だろう。敵も武器を持っている公算が高い」
「日中に攻撃をすれば、敵は警戒して動きにくくなるわ。夜に行くのは無謀ね」
緋月が述べる。
「目標は徒歩で三時間の距離だ。今は夜明け近いが、補給品を受け取ってから襲撃しても、正午前ぐらいになるだろう」
「時間は問題なさそうだな」
天城がうなずく。
「僕から提案があるクマです。皆さんのナイフに聖性受祚をして吸血鬼を倒せるようにするクマです」
「あなたそんなことができるのね」
聖美沙が少し驚く。
「この子はかなり魔術力強いわよ。そんなの分かってるじゃない」
そんなことも知らないのという顔を緋月にされてムッとする聖。
(思った以上に仲が悪いクマ。女子同士なら仲がいいとか幻想クマだよ)
「私はエンチャントは少し苦手なの。お父さんは得意だけど……」
「私もパス。聖なる力系はあまり術を知らないの」
魔法使いの少女二人の得意分野ではないらしい。
「治癒クマー、そんなことができるのか」
意外そうに滝田少佐が尋ねる。
「僕ではなく、知り合いが」
「ここは人里離れた場所だぞ」
誰かが呆れたようにいう。
「呼んだかね。人里離れているが私には距離なんて関係ない」
いきなりひょっこり土壁源庵が翔一の背後から出現する。
兵士たちは一瞬驚いたが、すぐに銃を抜いて構えた。本当に訓練された兵士である。
「ほう、驚きは一瞬。一気に立ち直って攻撃態勢を取るとは、よきつわものどもでござるな」
編み笠と刀を腰に挿した球磨川風月斎も現れる。
「え、この人たち、というか子熊ちゃんよね。どこから出てきたの」
小野少尉が驚いている。
「僕の師匠です……」
「私は土壁源庵だ。偉大な祈祷師。精霊界を移動してきた。弟子に呼ばれたからな。……お前たちに精霊を宿してやるぞ」
翔一は宿精を通じて彼と連絡をとっていたのだ。
あまりオカルトが好きではない特殊部隊の面々は微妙な顔をしている。
聖と緋月は無言だが、興味津々という目だった。
「拙者は球磨川風月斎と申す。多少剣が使える程度だ」
兵たちは風月斎から漂う達人の風格、鋭い目線、隙のない様子にうなずく。
「風月斎殿はどのような剣術ですかな」
少佐が問う。
「拙者は京都の某僧侶から剣術を伝授され、その後は独自に開発した技を使う。今は世間一般に流布した技より、進化したものを旨とする」
「俺は剣を拾ったが、使い方がわからん。ご教授願えないか」
天城が剣を見せる。
「わかり申した、共に学ぼうではないですか。しかし、これは形が古いが相当な業物……」
二人は木切れを拾い相向かう。
風月斎は両刃の剣に適した技を伝授し始めた。
「両刃の剣は突きが基本でござるが。吸血鬼を倒されるなら、首を斬る必要がありますぞ」
天城はうなずき、急いで技を覚える。
時間は短いので簡単な技だ。
「あの人はあれでいいとして、全員ナイフを貸してください」
源庵にいわれて、隊員たちは渋々ナイフを出す。
自分の装備は大事なのだ。
「現代の鋼は凄く固いから、呪紋を描くにも難しいクマですよ」
「じゃーん、見ろ。マジックとかいうのを近くのコンビニとかいう場所で手に入れたぞ。これはなんにでも書けると縞々の服を着た若者がいっていた」
ぬいぐるみの熊にマジックの使い方を質問されて、しどろもどろの店員の苦労が偲ばれた。
「先生、勝手に出歩かないでほしいクマ」
「早速……できた、この紋様を描け」
「わかったクマ」
二人でマジックを手にして、子供の落書きのような模様を描く。
嫌な顔をする隊員たち。
「諦めろ、これで効果があるなら損はないぞ」
滝田が隊員たちを諫める。
「隊員の皆さんは全員かなりオーラが強いクマだよ。聖性の他にもう一つぐらい入れても大丈夫だと思うクマです」
「そうだな、エレメンタルの光闇風火地水、鋭き刃、硬き鋼、このあたりかな」
「じゃ、じゃあ僕には風で。カッコいいし。似合うだろ」
風が全然似合わない大山軍曹がそういうと、源庵はすぐにマジックで風のシンボルを描き小さな風の精霊を受祚する。
「ほい、できたぞ」
そういうと、ふわっと宙を浮いて、軍曹の目の前で停止する。空中を浮いているのだ。
驚愕する隊員たち。ここまであからさまな魔術は初めて見た。
「小さな精霊だから効果は一つだ。風なら浮く、光なら輝く。闇なら体力を奪う。火なら燃え上がって敵に火傷、地なら固い。水なら水気が出る」
源庵の説明に、多少考えた隊員たちだったが、すぐに精霊を決めるとナイフを帰してもらう。
彼らは判断はかなり早い。
硬き刃と対吸血鬼で期待できそうな光精霊が人気だった。
早速、隊員たちは光を敵の目に当ててフェイントするような使い方を試している。
そのようなことをしていると、ヘリコプターがやってきた。
数機の小型ヘリ。
救助の民間ヘリと、荷物だけ持ってきた自衛隊の小型ヘリ。司令部が動けるヘリをかき集めた雰囲気がある。
負傷者の搬送と荷物の受け取り等々、しばらく時間がかかるが、戦士たちはてきぱきと仕事を行う。
荷物を開けると、かなりの重武装だった。
「大口径セミオートライフルは人数分。グレネードランチャー二丁。ロケットランチャーは一基。その他弾薬、大口径ハンドガン。盾」
盾は警察隊員が受け取る。大口径ハンドガンを使ってしぶとく戦うのだ。
「フルオートもバーストもなしか、しかし、威力は折り紙付きだ」
天城が銃を扱いながら解説する。
木製ストックのかなり古い銃のようだ。扱いやすい銃ではない。
しかし、SMGや小口径のライフルでは全く通用しないのだ。司令部は愚か者ではなく、すぐに対策を立てている。
「全員、銃剣をつけろ。至近戦は常に想定しておけ」
そういいながら滝田も率先して銃剣を嵌める。
「僕もちょっと本気出すクマ」
翔一もそういいながら、侍兜と小手を出し、慣れた手つきで装着する。
異世界で友人に作ってもらったものだ。
「その前だては……」
大山軍曹が面白そうに見る。
「そう、レッツバーリィクマ」
「兜と小手か……目立つのが難点だが、治癒クマーと聖君緋月君はこの防弾防刃ベストを着てくれ。ヘルメットはクマ君にはいらないようだな」
少佐の渡してくれた小さな防具は胸と腹を守る。着用はエプロンに近いので小さな子熊でも装備できるようだ。
「治癒クマー君、君の兜はかなり使い込んであるね。それに、すごく頑丈そうだ」
「と、友達に貰ったから、その人が使い込んだクマ」
大山の指摘にしらを切る翔一。
「私は受祚依頼も沢山あるのでこの辺で。では、皆さん健闘を祈る」
そういうと土壁源庵は精霊界に消える。
「あ、消えたよ」
誰かが唖然とつぶやく。
「精霊界に還ったクマです」
「はぁ?」
当惑する人々。
「代わりといっては何だが、拙者が助太刀いたそう。吸血の鬼は邪悪の輩。看過できぬ」
「先生、『ソルヴァル』を……」
風月斎は無言でうなずき、腰に佩いた。
準備が進むと、戦いの雰囲気が増す。
「……やはり、未成年の君たち三人は帰還した方がいいな。ここから先は本当の殺し合いになる」
滝田が悩んだ末の結論だろう。
「私は残りますわ。吸血鬼は普通の敵ではありません。私の魔術はこのような時のために修業していたのです」
聖美沙は決然という。
「私は召喚生物を送ります。かなり後方で待機というのはどうかしら。聖なる力を持つ生物なら役に立つわよ」
緋月も帰るとはいわない。
「僕は公認ヒーローだから、皆さんのサポートするクマ。帰るなんてとんでもない」
ここで数分議論になる。
未成年ヒーローたちの士気は高かったうえに、やはり、吸血鬼の底知れなさは隊員の心に影を落としていたのか、術者三人を帰らせるという少佐の案には反対も出た。
「わかった、ならばまだ彼らの協力を得よう。聖君は緋月君の護衛。緋月君は召喚生物を援軍とする。治癒クマー君は実戦経験もあるので、部隊に同行してもらおうか。もちろん、後衛だが」
聖美沙はかなり不満そうだったが、さすがにこれ以上は口にしなかった。
緋月は後方一キロメートルぐらいの後方キャンプで待機する。
翔一は付いていくことになるが、
「この前だては目立ちすぎるわ」
小野少尉がクリームのような物を取り出して、翔一自慢の三日月を緑と茶色に塗られてしまう。
フェイスペイントの染料のようだ。
「クマー」
やや不満だったが、仕方がない。
「草と枝をつけて、これで完成ね」
「森クマーです」
「シルエットをぼかすのが基本よ」
やや昼近い時間、森の中を移動する。
廃病院付近の森は相当鬱蒼としており、視界も悪く、じめっとしている。
隊は三つに分かれ、天城と風月斎、警察隊員の近接攻撃班。大山率いる中距離支援班。滝田と小野、魔法使いたちは遠距離支援班である。尚、グレネードランチャーは大山とその仲間、ミサイル一式は少佐と翔一が担いでいる。
「僕は力が強いから心配ないクマだよ」
「助かるぞ、治癒クマー君。これは一人で運ぶにはかなり難儀な代物だ」
部隊の後ろ、百メートルぐらいのところを、白い羽の生えた不気味な人間のような何かがついて来ている。聖なる力を持っている『堕天使』であるという。
緋月が召喚したのだ。
皆、かなりの不気味さに驚愕したが、大人しいので落ち着きを取り戻した。ボロボロの白い服、禍々しい逆に反った剣を持っており、全体がわずかに白く発光している。男でも女でもないが顔は美しい。
森の中を無言で移動する。
午前の太陽はない。今日はどんよりと曇っているのだ。
「天気予報では晴天のはずだが……」
誰かがつぶやく。
やがて、黒い苔の汚れに包まれた、ベージュ色の大きな建物が見えてくる。
目標の廃病院だ。
遭遇は唐突だった。
吸血鬼たちは特に隠れもせず、やや開けた場所で待っていたのだ。
迷彩服を着た男が五人、その背後の森の奥に、私服の男たちが三人。
迷彩服は銃を構えているが、私服の男たちはだらけた様子で座って見ている。
「少佐、敵は隠れもせずに待ち構えている。残念ながら、ウルフ隊の一部と思しき連中と一緒だ、彼らは牙が生えて、銃を持っている」
天城の通信が入る。
「……仲間たちは吸血鬼化されてもう仲間ではない。心を鬼にして彼らを倒してやるのが我らの任務だ。諸君は気を引き締めろ」
戦士たちの緊張が伝わってくる。
銃器を操作する音、汗の匂い。張り詰めた空気、戦いの気配。
(馴染みがある。この感覚)
ふと、翔一は慣れることに畏れを感じた。
2021/5/9 5/10 微修正




