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55 学園の支配者と勇者 その2

 翔一はどうすれば大和田を止められるのか。

 心がざわついて冷静に考えられなかった。

 精霊界から出ると、悩む心でバスに乗る。

 急に家族が心配になって家に帰った。


 家の門を開けた時、その不安は的中したのだ。

「おや、翔一君遅かったね」

 家の玄関に三人の人間がいた。

 詩乃しのその

 そして、大和田正義おおわだ まさよし

(……学校の先生も支配下にあるなら、車で先回りしたのか……僕はバスと徒歩だから)

 庭に、複数人の匂いがある。 

 大和田の親衛隊なのだろう。空手部の人間などだ。

 詩乃と園は手に包丁を持ち、喉に押し当てている。

「抵抗はやめてもらおうか、君は不思議な存在だが、僕が直接催眠したら逃げることはできない」

 目が光る大和田。

 翔一は動きが止まった。

(こいつ、呪力も凄い! 守護精霊を抜いた!)

「手を貸そうか、翔一」

 ダーク翔一の声がするが、翔一は返事もできなかった。

 視界の端に、精霊が飛び回るのが見える。

 ダーク翔一が自己判断で何かしているようだった。


 翔一は応接間に連れて行かれる。

 大和田はゆっくりくつろぐと、詩乃に茶を持ってくるように命じた。

「みんな興味があるんだ、お前は失踪していた時どこにいたんだ」

(もっと強力な守護精霊を呼ばないと!)

 翔一はパニックを起こしていたが、大和田の命令には逆らえなかった。

「い、異世界にいた」

 いいたくはないが、抵抗できない。

「ほう、それはすごい。僕が催眠してるから嘘はつけない。なるほど。それでそのけがは異世界で負ったのだな。どんな世界だった」

「死と暴力、中世みたいな世界」

「ファンタジーみたいな世界か。君はそこで戦ったんだな。何と戦った?」

「人狼、人獣、吸血鬼、怪鳥」

「ほう、凄いな、退治したのか」

「全部倒した」

「さすがに、信じられないけど、僕に嘘は付けないから本当なんだよな。他には何か倒したか?」

「魔王」

「魔王? してどんな奴なんだ」

「……闇」

「ちゃんと答えろよ」

「言葉では……説明できない。地獄からの半神」

「魔王のことに興味があるよ。魔王のことを思い出しながらじっとしてろ、君の心を見てやるよ」

(やはり、こいつテレパシスト。しかも、とんでもない超級だ!)

 大和田はニマニマ顔を極限まで広げながら、翔一の頭を掴んだ。

 魔術防御を割って、翔一の心に侵入する。

「ほほう、君は色々な秘密を抱えているな。フム。親友を死なせてしまったのか。そのことを自分の責任だと考えているんだな」

「!」

「情けない奴だ。いつまでも、そんなことをうじうじと悩んでいるのか」

「うるさい!」

 大和田の手を振り払いたいが、体が動かない。

「一人じゃないな、三人も死んだのか」

「……」

 ボロボロと、翔一の瞳から涙があふれ出る。

 その時の情景を無理やりフラッシュバックさせられているのだ。

「あははは! いいぞ。僕はお前の心をつかんだ。完全につかんだぞ! 君は想像をはるかに超える存在、でも、僕は勝った!」

「や、やめろ……」

「しかし、今は、魔王に興味がある、しっかり思い出せ」

 翔一は抵抗する気持ちが失せていた。

 激しい後悔の念が心を押しつぶす。

「フウ、見えてきたぞ。印象深いはずなのに、なぜ、心の底に押し込まれているんだ……」

 邪悪な笑みを浮かべる少年。

 翔一は知らず知らずのうちに、魔王のことは最悪の隠すべき記憶として、呪的に閉じていたのだ。しかし、今、最強の超能力でそれが開かれる。

 大和田はついに、翔一の記憶に残る漆黒の闇を見た。

 大和田と同じような笑顔を浮かべた片目の美青年。

 そして、それはぐにゃっと歪み、巨大な闇の巨人に変わって行く。

「……へ?」

 闇には大きな一つ目がある。

 その一つ目は大和田の瞳と真っ直ぐ見つめ合った。

 闇の口がにんまりと笑い大和田の魂を掴んだ。

「あ、あああ」

 大和田の口が大きく開く。

 彼の心は本物の地獄と繋がったのだ。

 真の恐怖、真の憎悪、真の苦痛。

 しかも、それは無限だった。

 彼は最強のテレパシスト故に、悪魔と直接つながり全てを理解したのだ。

 しかし、これは一人の人間の精神が背負うには破壊力がありすぎた。

 失禁し、よだれと涙を流して大和田は悶絶した。

 フローリングに激しく頭をぶつけ倒れ込む。

 翔一の記憶にある魔王はただの記憶だったが、因果は繋がっており、地獄に魂を連れて行ったのだ。

「ああああ、あががががあががががが」

 がくがくと痙攣する大和田。


 はっと気が付くと、翔一は大和田の力から解放されていた。

 悶絶する大和田を霊視すると、守護霊は全くいない。

 祖霊たちから徹底的に嫌われているのだ。

 たぶん、超能力で思いあがり、悪の限りを尽くした時から、全てが彼を見放した。

 そして、そのため、魔王の呪詛魔力が彼の魂を直撃している。

「……」 

 無言で翔一は見つめた。

 大和田の魂は『地獄』に染め上げられて、バキバキと音を立てて、存在が変容する。

 骨は全て砕けて縮み、服は自動的に脱げ、その中で不気味な肉の棒のような形に変貌していく。

 やがて、惨めで小さくキーキー叫ぶだけのおぞましい人面の芋虫、人面蛆になった。

 小さくなり過ぎた大和田はげぽっと赤い何か、石のようなものを吐き出す。

 コロコロと床を転がる。

 とりあえず、それは無視し、翔一は蠢く人面蛆をひょいとつまむ。

 無言で台所に向かう。

「放せ! 放せ!」

 翔一は蛆の叫びを無視して台所に置いてある資源ごみから空き瓶を見つけ、放り込んで蓋をする。

 そして、悪霊封印の術を施した。

「まだみなの暗示は解けていない。解くんだ」

「キーキー。助けてくれ。僕は、もう悪いことはしない!」

「じゃあ、解いてくれ。キーワードがあるんだろう?」

 催眠術にはそういう約束事がある。

 翔一は聞いたことがあった。

「わかった、『黒い石楠花しゃくなげ』」

 大和田がそういうと、母と姉は不思議な顔をして、包丁を眺める。

「『黒い石楠花しゃくなげ』で暗示が解けるんだな」

「ああ、そうだ」

「嘘だったら」 

「……こんな姿になって嘘はつかない。もう、催眠術も使えないのだ」

 確かに、オーラを見ると、無残なほど弱くなっていた。

 小動物と大差がない。 

「この赤い石はなんだ」

 赤い石を指さす。

 直径三センチはある。

「わからない、でもそれは僕のだ!」

「もうお前から出たら違うんじゃないのか」

「うるさい! 返せ!」

 瓶を上下に振ると、大和田は苦しくなり、屈服する。

「やめろ、わかった。それはお前にやる」


 翔一はその後、片っ端から催眠を解いて回った。

 大和田は瓶を振ると、苦痛の余り、過去の悪事を全てを自白する。

 本当に大勢の人を催眠で奴隷化していたのだ。彼の自宅、というか、乗っ取った金持ちの家。

 そこにも美しい女性ばかりが奴隷として過ごしていたのだ。

 そのような人々も全部解放する。

「どうやって、そんな能力を手に入れたんだ」

 大和田の悪事は一週間ほどの解除作業で解消されたようだ。

「白い面を被った男が僕に赤い珠を飲めと」

「この赤い石だね」

 ポケットにつるんとした感触がある。

「それを飲めば、すごい超能力が身につくと。暫くは変化がなかったが、冗談でやった催眠術が面白いようにかかるんだ。それから僕は歯止めがなくなった」

「それはいつの話なんだ」

「一ヵ月ほど前だ」

「男と赤い珠の正体はわからないのか」

「男とはそれっきりだ。赤い珠は『賢者の石』と男はいっていた」

「『賢者の石』……」

 大和田はそれ以上は何も知らなかった。

 厳しく問い詰めても同じ答え。翔一は大和田を精霊ポケットに入れた。


「ほう、こんなに汚い魂の奴は久しぶりだ、妖術の触媒に使うぜ」

 ダーク翔一は大和田の封印に大喜びだった。

「それはあげるけど……」

「どうしたんだ」

「うん、『エルベスの瞳』は何で僕を助けてくれなかったのだろう」

「それは神器だ。単なる秘宝じゃない。だから俺は推測するのだが、これには高い知性がある。だからお前が本当のピンチ以外には動かないだろ。それに、オーラを抑制したりもしてくれる」

「うん、そうだね」

「だから、大和田の超能力喰らっても、お前には余裕があるとこの神器は思ったんだよ」

「結構、苦しかったよ」

「俺から見たらそうでもない。俺にはあいつの能力は全く及んでいなかった。お前が過去を暴露した時に初めて苦しいのかなと思ったぐらいだ。俺は雷弾を用意して待っていた。あのガキの肉体は貧弱で物理的には何の防御もなかったぞ。いつでもやれた。それにだ、精霊を纏わせて、お前の家族を俺は守った。俺の強甲精霊が皮膚を固くして女の腕力の包丁なんて通さなかっただろう」

「うーん、そうなのか。でも、ありがとう。お母さんとお姉さんは思ったより大丈夫だったんだ」

「たまには俺に感謝しろよ」

 状況に、若干、釈然としない翔一だったが、『エルベスの瞳』の無限ともいえる魔力は健在であり、美しく輝いている。

「神様の意思を問うもの野暮だよね」

 翔一はこの件はこれ以上考えないことにした。


 学園も街も大和田の災厄が終わったが、ほとんど変化はなかった。

 翔一は退屈な学校生活を再開する。 

「おはよう翔一君」

 しかし、変化はあった。

 京市は女装で登校する。

 全く男に見えないので、問題はなかったが学校も誰もとがめだてもしない。わざわざ、東宮市聖霊学園の女子制服を買ったようだ。

 そして、中岡も派手な衣装で授業をするようになった。

 学生たちも教師もそれをおかしいともいわない。

 まだ大和田の悪影響があるのか不安だったが、大和田の名前を出しても、面前で批判しても「誰?」という顔をされる。

「まあいいか、美しくはある」

 翔一が気にしなくなると、それは普通の光景になるようだった。




 御剣山家。

 大和田が滅んだ直後の台所。

 術が解かれた後、しばらくぼんやりしていた詩乃と園。

 包丁をしまう。

「ねえ、お母さん。翔ちゃん」

「ええ、あの子異世界に……」

「なんだか怖いわ」

 二人は支配されていたが、意識はあったのだ。

 だから、邪悪なテレパシストが破滅する一部始終を見ていた。

「ゲームか何かを現実と思い込んでいるのかもしれないわ」

 荒唐無稽な話に、詩乃は首を振る。

「でも、あの傷だらけの体。そして、子熊になれること。荒唐無稽だけど、異世界で暴力に巻き込まれていたのならつじつまが合うわ」

 園はおそれを顔に出す。

「もし、それが本当だとするなら、可哀そうに……」

 涙を浮かべる詩乃。

「翔ちゃんっていつも何か悲しそうよね。友達が目の前で何人も死んだなんて……」

「夜にうなされていたのはそれが原因なのよ」

 詩乃の瞳から涙が落ちる。

「私たちにできることはないのかしら」

 園は翔一の運命を思い、悲しい顔になる。

「翔ちゃんが自分から過去を話してくれるまで待ちましょうよ」

「ええ」

「死ぬまで私たちは家族。時間はあるわ」

 ひそやかな母娘の会話はそこで終わる。




2021/5/5 微修正

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