53 超人クラブの戦い その4
少し前。
奥島希子は子供を両脇に抱えて全速力で走っていた。
「ハアハア」
喉が焼ける、腕が抜けそうになるほど痛い。
それでも、子供たちを怪物の魔手から救わないといけない。
もう、完全に外は日が落ちていた。
しかし、意外と明るい。
なぜか、集落全体にかすかな灯がともっていたのだ。
魔術者であれば、それは燐光のような精霊の灯とわかったかもしれない。
もちろん、希子にはわかるわけもなく、考える暇はない。
草原が見えてきた。
(もう少しで、集落の外に!)
しかし、二人の何かが少女の前に立った。
一メートルほどの身長だが、全身毛むくじゃらで丸い耳。一人は土器の仮面と石器の槍、一人は編み笠を目深に被り腰に刀。
(子熊?)
「人さらい、という風ではござらんな、勇敢にも救出してきたと見ゆるが」
「間違いない。この子は立派な少女だ」
刀にこたえる土器面。
「え、なんなの。クマちゃんのお友達?」
「拙者と土器面の御仁は治癒クマー殿の援軍でござるよ」
低くて男性的な声に、思わず安どする希子。
「よかった、助けに来てくれたのね」
子供を降し、アスファルトに座りこむ。
「状況を教えてくれないか。山羊人間の巣窟だということ以外知らないんだ」
土器面が聞く。
「私、大クマーさんと一緒に悪者の教会に入ったの、そこで、怪物と戦って子供を救出してきたのよ」
「怪物と戦ったと申されるか」
「大クマーさんから、チビクマちゃんをもらって、それであの山羊人間を」
「本当に勇敢な子だ」
「確かに、通常の人間ならおびえて何も出来ぬでござろう」
うなずく、二人の異形。
「そ、そうだわ。私の友達がまだ集落に。お願い、この子たちを預かって」
モフっとクマ一人が子供一人を受け取る。
「……ふむ、頑是なき幼子でござるな」
「……お、おう。任せろ。私にかかれば幼児のお世話ぐらい楽勝だ」
何となく自信なさげに土器面がうなずく。
「じゃあ、お願い、クマさんたち」
「待て、この護符を持って行け」
「え? なんなのこれ」
「気力の精霊が入れてある。チビクマの攻撃もたくさん撃てるぞ。防御も多少上がる」
土器面の熊が差し出したネックスレス。勾玉が一つ下がっているだけのシンプルなものだ。
希子はおずおずと首にかける。
確かに、気力の増加を感じた。これなら魔術を多く撃てるだろう。
「ありがとう、クマさん」
希子は集落に走って戻って行く。
「源庵殿には申し訳ないが……」
そういって球磨川風月斎は子供を土壁源庵に渡す。
子供二人を抱きかかえる源庵。
「拙者は剣の修行に明け暮れて、幼児の扱いはとんとできませぬ。源庵殿、子供たちをよろしくお願い申す」
頭を下げる風月斎。
「お、おう」
微妙に自信なさげに応じる源庵。
刀に手を添えて、風月斎は彼女の後をゆっくりと追った。
源庵は幼児を抱えてきょろきょろする。
ふと、つぶらな瞳が彼を見つめていることに気が付いた。
「お、起きたのか」
「……」
「私が子供をお世話したのは何千年前だ? もちろん、忘れている。……どうしよう、考えろ源庵!」
現世に出現して以来、最大の危機を迎えた土壁源庵だった。
教会の黒いシルエットが満月に浮かび上がる。
そして、そのシルエットに巨大な触手が生えた。
バリ! バキ!
「ギャー!」
山羊人間の一人が触手につかまり、巨大なヤツメウナギのような口に放り込まれる。
パニックを起こして、逃げ回る山羊人間たち。
集落の端。
源庵のいる場所とは離れた方角である。
アースエレメンタルに地中から吐き出され、泥まみれの超人クラブ三人組は地面に転がっていた。
驚愕の表情でこの地獄のような状況を眺めて無言。
すでに縛めは解かれているが、力なく身を起こす。
傍らには奥島希子とぬいぐるみの熊が立っていた。
「俺は大クマーの援軍に行くぜ、希子、三馬鹿トリオをよろしく」
ふっと消える、熊のぬいぐるみ。
「待って! 説明してくれるんじゃなかったの?」
希子は声を出すが、ダーク翔一はいなくなった。
「おい、希子。奴らが……」
猛が指さす。
逃げ惑う山羊人間たちがこちらに向かってくるのが見えた。
動物の習性だろうか、恐慌に駆られると、逆に集団で固まって走ってくる。
「逃げようぜ、ここは恐ろしすぎる」
直斗の声は脅えきっていた。
「ああ」
「もう、耐えられない!」
感情が消えたような猛。泣き始める彩友美。
のろのろと立ち、彼らが逃げようとしたその前に、刀を持った熊のぬいぐるみが立っていた。
ぎょっとして、立ち止まる。
「お仲間を見捨てて逃げるでござるか。そのお嬢を見習うべきではないか」
三人が振り返ると、希子は山羊人間を誰一人通さないという構えだった。
「みんなは、逃げて」
「希子! もう逃げよう!」
猛が叫ぶ。
「私、山羊人間を倒すわ。ここで逃したら、あいつらが私たちの街に入り込むのよ」
決然と答える少女。
小さな希子の背中が大きく見えた。
言葉に詰まる三人。
「無理だ! あいつらは強い!」
思わず、泣いて叫ぶ直斗。
「そうだ、もう逃げよう」
「そうよ、希子、一緒に!」
三人の声に無言の希子。
「微力だが、拙者が助太刀いたす」
ゆっくりと希子と並ぶ熊のぬいぐるみ。編み笠を捨て、刀の鯉口を切る。
狂乱の山羊人間たちが走ってくる。
「光弾!」
「白虎一剣!」
怪物が迫り、戦いが始まる。
善戦する二人。
しかし、数が多い。
ぬいぐるみは危なげなかったが、希子が横から鎌を持った山羊人間に襲われる。
「危ない!」
叫ぶ猛。
ガキ!
しかし、鎌は鉄パイプを拾った彩友美が超瞬足で止めていた。
「精神破壊!」
「ギャー!」
直斗の目が光り、鎌の山羊人間を倒す。
猛も前に出る。
「僕たちは超人クラブだ! 街を守る!」
泥だらけの猛は両手に気力を矯め、山羊人間たちに吼えた。
遠くで、怒号悲鳴、雷鳴や不気味な魔術の音、通常ではない戦いの音が聞こえる。
翔一は待っていた。
巨大な触手が暴れて、礼拝堂は半壊する。
ゆっくりと全貌を現す、巨大なイソギンチャクのような怪物。
「黒い山羊……」
グシャ!
巨大な蹄の足が亀裂から出てきて、一体の山羊人間の亡骸を踏み潰す。
触手は発光する『エルベスの瞳』を避けるように、翔一には触らない。
「戻ったぞ、どうするつもりだ」
ダーク翔一の声が聞こえる。
「全貌が見えたところで、奥義で倒すよ」
「こいつは吸血神ほどじゃないけど、それでも神だぞ」
「でも、不思議だ。もう誰にも呼ばれていないのに、次元の境を乗り越えようとしている」
「……よく見ろ、まだ呼んでるよ」
そういわれて、霊視する。
教祖の顔に刺さった赤い宝石のロッドがまだ呪力を放っていた。
死してなお、教祖の執念が力を発していたのだ。
そっと手を伸ばして、ロッドを掴む。
「や、やめろ!」
ガっと両手で翔一の腕をつかむ教祖だった。
「くそ、まだ生きてやがるぜ」
しかし、それが最後の抵抗だった。力任せに引っこ抜くと、教祖の死骸はピクリとも動かなくなる。
そのまま精霊界ポケットに放り込んだ。
動きを止める邪神。
「龍昇大上段!」
翔一は『水竜剣』を構えて、ハイジャンプする。
月を背にして、上空から全力で振り下ろす木刀。
ギャオオオオオオオン!
水竜の精が吼え、無数の触手を叩き斬って、不気味な口に剣を突き刺した。
ずぶずぶと入り込んでいく巨大木刀。
バタバタと渾身の力で触手が暴れまわる。
翔一の体にも触手がまとわりついた。
首が締まる。
「ぐ!」
一瞬、意識が飛びそうになる。
しかし、じっと水竜の動きを待った。
グシャ、バリ!
咀嚼音が聞こえる。
「食ってやがるのか。神を。とんでもない奴だ」
やがて、力を失う触手。
飲み込む音。
ゆっくりと消えていく、神の存在。
「勝ったな」
「希子ちゃんと子供たちはどうなったクマ」
「心配いらないよ、おまえの師匠たちが来ている」
「それなら、大丈夫クマー」
思わず、がれきに座り込む翔一。
子熊に戻っていた。
パタッと寝転ぶ。
「どうした」
「お腹空いたクマー」
「なんだよそれ」
「あ、そうだ、お母ちゃんのお弁当」
精霊界ポケットからいつもの重箱を出す。
しかし、空っぽだった。
「公園で『誰も来ないクマー』って文句いいながら全部食べただろう」
「そうだった、ク、マ……おにぎり。誰か」
「フム。それでは超人クラブの活躍と大クマー氏、『祈祷師ゼロ』の援軍で、邪悪教団を撃滅したというのだね。よく頑張ってくれた、諸君」
暗黒司令が低い声で褒める。
喜色が隠せない声でもあった。
日本防衛会議の会議室。
治癒クマーと超人クラブの四人が座っていた。
「僕は援軍を呼んだだけクマです。あと、イービルクマー化は悪を信用させる方便だったクマです」
治癒クマーはそういいながら、共通の端末を操作して教祖のスマホ画像を画面に出す。
「これに人身売買組織と邪悪教団のつながりが残っていると思いますクマ」
「今、科学装備研究所で調査中だ。組織の手先の身元がいくつか判明している。警察に情報は渡してある」
暗黒司令がうなずく。
「あの時は驚いたわ。でも、すごく勇気あるのね、治癒クマーちゃん。お兄さんもすごいけど」
奥島希子が子熊の背中を撫でる。
「超人クラブの諸君も一歩も引かない活躍ぶりで、あの山羊人間どもを集落で食い止めた。素晴らしい大活躍だ。もし、君たちがよければ、ヒーローとして迎えるが、どうかね」
「いいえ、僕たちはまだまだ子供です。修行が足りません」
宗像猛は穏やかな声で司令の言葉に首を振る。
「司令のお申し出はありがたいですが、超人クラブは防衛会議の援助をするだけにとどめたいと考えています」
山内直斗もそう答える。
二人とも髪を染めていたのだが、今は黒髪に戻っている。
「ありがとう、司令さん。でも、私たちは本当にまだ未熟なの」
まっすぐな目で下道彩友美が述べる。
手足に包帯が巻かれている。顔にも絆創膏が幾つか。
「私はどうしようかしら……」
希子は迷っているようだった。
「わかった。しかし、気が変わったらいつでも日本防衛会議に連絡を入れてくれ」
うなずく、超人クラブの面々。
謝礼と感謝状が手渡され、受け取って退席する。
「将来が楽しみな若者たちだ。ところで治癒クマー君。この赤い宝石のロッドはどういったものなのかね」
「悪の教祖が使っていたものですクマ。物自体は善でも悪でもないと兄がいっていました。防衛会議で使ってください」
「君が使えばいいのではないか」
「僕は……精霊界のアイテムではないので」
厳密にいえば、誰でも使える品だったが、翔一自身はこれに似た物でもっと強力なものを持っていたので必要を感じないということもあった。
「魔術に関して会議はあまり詳しくないのが実情だ。聖氏や魔女団に託すことになるだろう」
「(魔女団?)有効活用できる人たちがいるなら、幸いクマです」
「話は以上だ」
翔一は退席する。
(あ、そういえば、教祖の本があったと思うけど、あれってどうなったのかな。忘れていたクマ)
数日後、祈祷所。
祖霊仲間と翔一はいつもの受祚物作りに励んでいた。
ピンポーン。
祈祷所には境界にフェンスが敷かれ、門にインターフォンが設置されてる。
「誰だろう、どちら様ですクマ?」
「あの……奥島希子、超人クラブです」
希子の声が聞こえた。
数人の気配がある。
「あ、どうぞ、守護精霊の石が脇に置いてあるので手に持って入ってきてほしいクマ」
「あ、はい。わかりました」
インターフォンが切れる。
「はぁ、超人クラブが何の用だよ」
ソファーに寝転びながら、ダーク翔一が聞く。
「拙者たちに弟子入りしたいと申されてな」
刀を手入れしていた風月斎が答える。
「私に弟子入りしたいとか、なかなか有望だ」
源庵も嬉しそうだった。
「先生、すごいクマ。お弟子が増えるクマですね」
「何から教えようかな……やっぱり、最初は石器作りだよな。土器製作も捨てがたい。ワクワクしてきたぞ!」
「予言してやるよ。弟子は即座に消える」
「え? なんで?」
全くわかっていない土壁源庵だった。
2021/5/1 6/5 6/6 微修正




