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52 超人クラブの戦い その3

「教祖様、我を使徒の一員に」

「よかろう。生贄を捧げた後、そなたに力を与える」

 乱雑に家具などが端に積み上げられた廃教会の礼拝堂。

 そこには三十人以上の不気味な雰囲気の人間がぎっしりと立っていた。

 黒いローブを着た教祖に一人の男がひざまずいている。

「我の献上した少女をお使いください」

「うむ。そなたには特別な力が与えられるであろう」

 二人は赤い染料で描いた魔方陣の中央にいる。

 教祖と呼ばれた男はひときわ長い角を持った山羊人間。

 信者たちは見た目は普通の人間だが、

(たぶん、あの山羊人間に変身するクマ)

 翔一はそう思う。

 彼は礼拝堂の裏口からこっそりのぞき見をしていた。

 一人の男が生贄を取りに行ったので、さっと飛び上がると、天井に張り付いてやり過ごす。

「クマクマ」

 今は子熊形態に戻っていた。

 呪文の詠唱が始まる。

「偉大なる黒山羊神、お姿を!」

 教祖が叫ぶと、ゆっくりと空間に亀裂が入り、不気味な触手の先端が見える。

「おお、偉大な神が姿を!」「我らに力を!」「この男を使徒に」

 信者たちが口々に叫ぶ。

 亀裂は徐々に大きくなるが、すぐには全貌を現さないようだった。

(怪物、すごい瘴気クマ。しかし、時間かかるみたいだね)

 やがて、教祖がバックヤードを気にする。

「どうしたのだ、秋田が帰ってこないぞ」

 呼びに行った男は秋田というらしい。

 教祖の声に一人の信者がうなずいて、様子を見に行く。

 手には拳銃が握られていた。

(念のため、拳銃には機械精霊纏わせるクマ)

 その間も詠唱は続いている。

 慌てて戻ってくる拳銃の男。

「いません。生贄が消えました。そして、秋田は誰かに……」

「侵入者だ! 侵入者が来た。皆は武器を取れ、生贄を取り返すのだ!」

 信者たちは詠唱をやめると、鍬や鎌などの即席武器を手に取る。

 全員、山羊人間に変身した。

 そして、ぞろぞろと、外に向かう。

 取り残されるひざまずいていた男。


「教祖様、私の変転は?」

「貴様は後回しだ。我慢しろ」

「そんな! 寄付をどれだけ出したと思っているのです。生贄だってかなりのリスクを……」

 教祖のローブに縋りつく男。

「運が悪かったのだ、諦めろ」

「返してください。私の金を!」

「ええい、鬱陶しい。神よ!」

 ブワっと触手が動くと、縋り付いていた男を持って行く。

「うわー! 貴様なんて信じた俺が!!!」

(あ? どうなるクマ)

 悲鳴とともに異空間に引っ張り込まれた男は、一度消える。

 そして、すぐにぬらぬらの塊が代わりに異空間から出てきた。

 ベチャっと床にへばりつく。

「……キーキー」

 非常に矮小で力のない山羊人間が粘液に包まれて転がっていた。

 顔だけは立派で、ひざまずいていた男。 

(変容させられた。先程の男の慣れの果て……)

「貴様も武器を取って捜索に加われ」

「キーキー」

 男は棒切れを掴むと、ふらふらしながら外に出る。

 礼拝堂の中は教祖一人になった。


「あの男もここまでか、新しい金づるを手に入れないと。しかし、この本『ネクロノミコン』さえあれば私の計画に狂いは起きない」

 教祖は独り言をいいながら革製の古い本を撫でる。

「計画って、何をするつもりクマ? 教えてください」

 翔一は子熊形態で教祖の背後に立っていた。

「ハ! 何奴!? ……人間ではないのだな、お主」

 慌てた教祖だったが、人ではない生き物にどう対応するか迷ったのだろう。

「僕は人獣ですクマ。全人類は偉大な黒山羊神の奴隷になるべきだと思うクマです」

「ほほう、貴様、人間を恨んでおるのだな」

「そうですクマ。怪物だとかいわれて、よくバカにされるクマ」

「名前は?」

「い、イービルクマーです」

 とっさに思いついた。

「ここにはこっそりに侵入したのか?」

釘田恵一くぎた けいいちさんという人のご紹介クマです」

「釘田……ああ、あいつか。姿を見ないが」

「今は見張りをしていると思うクマです」

「ふむ、そうだったな」

 どうやら、個人名を出したことで、それなりに信用を得たようだった。

「教祖様の今後の目的とそのお力を教えてほしいクマ。同じく迫害されている仲間に教えて、人間に復讐するクマだよ」

「ほほう、お主、人獣仲間までいるのか」

「人獣の特殊能力で、お金持ちになった人もいますクマ」

 ニマニマと笑う男。

 どうやら、かなり欲深な性格らしい。

「悪くない話だ。よかろう。私の目的はずばり、全人類への復讐。私の聖光宗教会は脱税と信者の虐待容疑で壊滅させられたのだ。日本政府め、目にもの見せてくれる!」

(すごい自業自得感があるクマ)

「政府は許せないクマです、宗教弾圧者ですよね。それで具体的には何をするクマ」

「とりあえず、若くてきれいな女を集めてやりたい放題のハーレム建設。いけ好かない奴らは全員神に献上して、山羊人間の奴隷にしてこき使う。あとは金を貯めて世界一広い某大国から武器を買うつもりだ」

(思った以上に迷いのない欲望クマ……)

「すごいクマー。教祖様は神みたいな存在になるクマ」

「圧倒的な悪。それが私だ」

 悪っぽいポーズを決める教祖。

「痺れるほどかっこいいクマーです。憧れるクマクマ。魔術のお力の方も知りたいです」

「フフフ。私の力は黒き山羊という偉大な神との接触ができることだ。その呪文はこの写本『ネクロノミコン』に記されている。そして、このロッド。これが私の魔力を何倍にも引き上げるのだ」

 教祖が出した金属の棒には先端に一センチ大の赤い宝石が載っている。

(皮の古い本は『ネクロノミコン』聞いたことがあるクマ。そして、ロッドは『賢者の石』? 確かに強い呪力がある)

「すごいクマー。さすが教祖様! 超無敵クマッ!」

 よいしょしまくるイービルクマー。

「生贄の生命力にもよるが、特殊能力を与えて、人を山羊人間に変えることができる。……お主はもう変容しているから無理かもしれないが」

「すごいクマー。今変わった人は何か与えたクマですか」

「あのように未練がましい、くだらない奴には逆に通常以下の能力に劣化させることもできる」

「あんな見ぐるしい奴はひどい目にあって当然クマです。教祖様万歳クマー」

「フフフ、わかっておるではないか」

(生贄がいないとあの劣化山羊人間になるとするなら、大半の信者は生贄とセットで変転してる……)

 恐ろしい事実に思い至る。

「普段、山羊人間の皆さんを強化するために生贄を調達しているクマですか」

「そうだ。前までは役立たずの信者を生贄にしていたが、今は人身売買組織から買っている。困ったことに、奴隷は非常に高価なのだ」

「こんな日本の田舎でも組織は浸透しているクマですか。初耳です。どうやってコンタクトとるクマなんです?」

「ああ、まあ、いろいろだ。それは。第三世界では子供が余っているからな。お前は見込みがあるから、いずれ教えてやる」

 そこはあまり詳しく語ろうとしない。

 しかし、教祖が『ネクロノミコン』の傍らに置いてあるスマホに一瞬目を走らせたことを見逃さなかった。

「お願いがあるんですけど、そのロッド使ってみたいクマです」

「うむ。しかし、だな……」

 躊躇する教祖。

「お願いします、クマクマ。すごい力があるって、人獣仲間に教えるクマー」

 つぶらな瞳で見つめる子熊。

「……いいだろう、少しだけだぞ」

 しばらく悩んだ末、ロッドを渡す教祖。

 翔一は嬉しげに手に取った。

(力が伝わってくるクマ。召喚に汎用の効果、魔術の力がこもっていて、いくつかの術が持つだけで使えるクマだね。魔力破壊、混沌弾、恐怖攻撃……)

「すごいものだろう。わかったら、返せ」

 翔一が何か返事しようとしたとき、

「教祖様! 侵入者を捕らえました!」

 バンっと、正面の両開きの扉が開き、縛られた男女が放り込まれる。


 山羊人間たちの前に転がされる、超人クラブのメンバー。

 たける直斗なおと彩友美さゆみ

 後ろ手に縛りあげられている。

「あ」

 思わず、猛と目が合うイービルクマー。

「てめぇ、チビのクマ野郎。悪党と手を結んでいやがったのか!」

「なんてやつなの、ヒーローのふりをしてたのね!」

(……)

「フハハハハ。こいつは我らの仲間、イービルクマーだ。貴様たちも山羊人間と化して我らの仲間になるのだ」

「フハハ。そうクマです。君たちも偉大な暗黒の混沌神を受け入れるクマ」

「裏切り者め! お前は心まで怪物だ!」 

 吼える直斗。

「生意気な口をふさいでやるクマ!」

 バリバリ!

 ロッドが魔力破壊光線を発射する。

「ギャーーー!」

 見事、一人の山羊人間を直撃し、魔性を破壊して打ち倒す。

 悶絶して動かない。

「あ、狙いはずれたクマ」

「馬鹿者! 何をしている。ロッドを返すのだ」

「そんなことより、亀裂が大きくなってるクマ。神様が生贄ほしくて怒ってるクマクマだよ」

 ちなみに、空間の亀裂は先ほどから維持されていた。

 邪悪な存在は空腹なのだ。

 まだ触手を出している。

「ちょうどおあつらえ向きの馬鹿どもを捕らえたな。よし、こいつらのうち二人を生贄、一人を超山羊人間に変転させる」

「な、何をいっているんだ、この怪物め」

 猛が恐怖しつつも罵っている。

「教祖様、この活きのいいやつを仲間に変えれば相当な戦力になると思います」

 拳銃持ちの山羊男が猛を指さし、進言する。

「ふむ。よい考えだ。他の二人は首を斬って殺し、そいつは変転させる」

「やめろー」「助けてくれ!」「お願い、許して!」

 超人クラブたちは口々に叫ぶが、彼らの耳には届かない。

 魔方陣の中に引き立てられ、錆錆の巨大な両手剣を大柄な山羊人間が持ってくる。

「すまない、直斗、彩友美。俺が一人で突出したからだ。馬鹿だった、俺は」

「猛、おまえなんかの指示で動いたからだ、永久に恨んでやるからな」

「そうよ、思い上がりの天狗男よあんたは」

 謝る猛、罵る直斗と彩友美。

 涙を流す三人。

 始まる呪文詠唱、両手剣を上段に構える山羊男。

(……)

「やめてくれ!」

「恨むわ、猛! 死んでも永久に恨んでやる!」

 叫ぶ直斗と彩友美。

 涙を流して土下座する猛。

 バンッ

「そこまでよ! 悪党ども!」

 突如、礼拝堂の扉が開き、小柄な少女が立っていた。

 奥島希子おくしま きこがポーズを決めて立っているのだ。


「希子!」「助けに来てくれたのね!」

 直斗と彩友美が叫ぶ。

「フハハハハ! ヒーローの仲間か? お前が子供をさらったのか」

 余裕の教祖は嗤う。

「さらったんじゃないわ、悪党からとり返したのよ」

「たった一人でどうする。仲間もいないようだが」

 確かに、彼女の背後には誰もいなかった。

 希望の光に満ちた目をした超人クラブの面々だったが、すぐに絶望に変わり始める。

「確かに私は一人よ、でも、悪党には負けないわ!」

「度胸だけは認めてやる。こそこそネズミみたいに隠れていた奴らよりはよほど気に入ったぞ。生け捕りにしろ。俺の妾にしてやる」

 にやにやした顔の山羊人間たちが爪を伸ばして希子に迫ってくる。

「チョコちゃん、光弾!」

 チビクマが出現して、いきなり光弾を連射し始めた。

「ぐわ!」「うお!」

 次々と倒れる山羊人間たち。

 思ったより強い少女に魔物たちはひるむ。

 椅子やがれきに身を隠そうとした。

「ええい、根性なしども。さっさと捕らえろ。おい、イービルクマー、ロッドを返せ」

「わかったクマ。ちょっと待って」  

 翔一は一瞬、物陰に隠れてから一気に大クマーになった。

「な?」

「お返ししますクマ」

 ロッドを渾身の力で投げ返した。

 尖った金属の棒は教祖の手のひらを貫通して、右目を貫く。

 棒は教祖の脳を貫いて、即死させた。

「が、は」

 くたっと倒れる教祖。

「教祖が、教祖様が!」

 山羊人間の一部が気が付いて恐慌が起きる。

「黒山羊様の制御が効かなくなるぞ!」

 高位の信者だろうか、一人が叫ぶとパニックになった。 

 暴走を開始した邪神の触手は次々と山羊人間たちを捕らえ、不気味な口の中に放り込む。

 どうやら、今度は変転させるのではなく、純粋に食用として捕らえているようだった。

「ダーク君。彼らを頼む!」

「任せろ! アースエレメンタル!」 

 精霊界からぬいぐるみに憑依したダーク翔一が飛び出して、術を唱える。

 礼拝堂の床、大地が割れると、超人クラブの面々を飲み込んでしまった。

 希子は目の前に現れた小さな熊を治癒クマーと勘違いしたようだった。

「え? みんなは?」

「いいから逃げろ、あとは大クマーに任せろ」

 希子は状況の変化についていけず唖然としていたが、太い触手が大暴れをはじめたので慌てて礼拝堂から離れる。

「あなた、どこに行っていたのよ、それに、裏切ってたでしょ、それに、仲間は……」

「いったん離れてから説明してやるよ。とりあえず、今は逃げろ!」

「でも……」

「いいから、悪についていたのはあいつの方便だっての!」

 ぬいぐるみの『治癒クマー』に引っ張られて、渋々退却する希子だった。




2023/5/10 微修正

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