51 超人クラブの戦い その2
「ハァハァ」
「なんだったんだ、今のは」
荒い息をついて、宗像猛、山内直斗、下道彩友美の三人はへたり込んだ。
廃集落は中央付近に広場があり、教会中心にいくつかの商店がある。
三人は広場に来ると、とりあえず、侵入が簡単そうな店に潜り込んだのだ。
教会は避けた。
いかにも不気味な雰囲気すぎた。
霊感がない彼らでも、何かを感じたのか。
「希子がいない」
直斗が暗い声を出す。
「気にするな、今は俺たちが生き残るだけで精いっぱいだ。あいつは間抜けのくせに俺たちについてきたがった。自己責任だぜ。普段からそうなんだ、あいつは……」
猛は見捨てた後味の悪さを消すように言葉を多く重ねる。
「こ、こんなことになるなんて。私たち、普通の人より強いからって、甘く考えすぎていたのよ」
彩友美は今になって、犠牲か出たことに恐怖を覚えたのだろう。
「気にするな、希子は運が悪かったんだよ」
猛がそういって慰めるが、彩友美の震えは止まらなかった。
膝を抱えて、暗い目をする直斗。
「猛、あいつら、伝説のサテュロスみたいな感じだったな」
「ああ、神話の怪物みたいだ」
「私たち、どうなるの!」
彩友美が、しくしく泣きだす。
「し! 敵に見つかる。状況を見て、集落を脱出するんだ」
猛がそういって慰めるが、
「希子の亡骸を拾っていかないのかよ」
直斗が抗議する。
「今は無理だ。会議から援軍に来てもらって……そうだ、救援要請を出そう」
猛はそういうと、スマホを取り出すが、なぜか電源もつかなかった。
「どうなってるんだ、クソ!」
「僕のもダメだ」「私のもよ」
全員のスマホが起動しなかった。
外を見ると、三人の山羊人間が教会に向かって歩いていく。
「まずいな、思った以上に数が多い。動けば見つかってしまう」
猛が冷や汗をかきながらつぶやく。
「様子を見よう。チャンスを待つんだ」
身じろぎもせず、直斗が答える。
彼らが恐怖にすくみ動けず悩んでいると、やがて、空が赤くなっていく。
「日が暮れる……」
彩友美の絶望的な声。
「……静かにしろ。大勢が来る」
三人は動物のように目をぎょろつかせて、廃墟に積み重なったゴミの山に潜り込んで伏せる。
彼らはまるでおびえ切った小動物だった。
教会の扉が開く。
ぞろぞろと、山羊人間の集団がうろつき始めた。
何かを探しているようだ。
「……」「……」
何か、低い言葉で会話しているが、猛たちには全く意味の分からない言葉だ。
商店の扉が開く。
カポ、カポ
蹄の音が目の前を通過する。
三人には人生最大の恐怖だった。目を見開きピクリともしない。
治癒クマー翔一は素早く移動し、集落を抜ける。
獣の気配と匂いは迂回して、中心を目指した。
集落の中心は教会である。
小さなものだが、ここはキリスト教徒が多数住んでいたらしい。
途中、いくつも看板がある。
「聖光宗教会……」
初めて聞く名前である。小さな宗派だったのかもしれない。
いずれにしても、今、この集落は無人である。人が住んでいる気配はなかった。
この集落に大きな建物はなく、一つだけある大きな建物は教会だった。それでもこじんまりとはしているが、高さはあった。
「あの教会、何かあるな。すごい嫌な雰囲気あるぞ」
ダーク翔一の指摘を待つまでもなく、翔一もおぞましい気配を感じていた。
「キュー、クマクマ」
偵察のチビクマが一体帰って来る。
「ふむ、どうやら、かなりの数の山羊みたいな人間が教会付近でうろうろしているクマみたい」
「どうするよ」
「突入するよ、誰かが助けを待っているかもしれないから」
そう答えて、教会に向かおうとしたとき、
「キューキュー!」
チビクマの一体が慌てて飛んでくる。
「え、四人組ピンチクマ?」
「村の反対側だな」
「チビクマ君、飛んでいって魔法援護して。僕もすぐに追うから」
チビクマが三体ほど出て、彼らの援軍に向かう。
翔一も四足歩行で駆けた。
移動しながら、かなり大型の熊になる。
「やっぱり、使えねぇーな、あのガキんちょども……あ、まずいぞ、翔一!」
精霊界から聞こえるダーク翔一の声。
見ると、五十メートルほど先で少女を取り囲む数人の怪物。
振り上げられる得物。
「キュー!」
三体のチビクマが同時に光の小さな球、光弾を発射した。
見事、一発づつ、山羊人間を直撃する。
「ギャー!」
のけぞり、膝をついたり、倒れる怪物たち。
まだ三匹ほどいたので、翔一は聖性精霊を受祚した小石を出す。
「くらえ!」
ひゅん、ひゅんと投げると、聖なる力で怪物の体を貫く。
体に穴が開き、頭蓋を破壊されて死亡する山羊人間たち。
「とりあえず、全部倒したな」
ダーク翔一の声。
山羊人間は死骸になると正体を現す。
亡骸は山羊部分の特徴が減って、服を着て若干角がある人間の死骸と化す。
(元は人間なのかな。あ、身分証明書持ってるクマ)
死骸の服、ポケットから半分はみ出た身分証を手に取る。
(釘田恵一)
写真の顔は好青年だが、倒れている男は不気味な怪物だった。
しかし、今は調べている場合ではないので少女、奥島希子に声をかける。
翔一が声をかけるまで、微動だにせず、手をかざして硬直していた。
「大丈夫クマ?」
「え? わ、わたし、生きているの?」
「他の皆はどうしたクマ」
希子は大きな熊に話しかけられて、しばらく混乱していたようだが、ずんぐりしてユーモラスな翔一の姿に最終的には落ち着きを取り戻す。
「集落の奥の方に逃げたわ。私、逃げ遅れて……あなた、あの小さなクマちゃんのお友達か何かなの?」
「僕は治癒クマーの兄の大クマーですクマ。彼の救援要請に駆け付けたんだけど、間に合ってよかった」
「小さいクマちゃんはどうしたの」
「彼は治癒専門だから、集落の外で待機してるクマだよ」
とりあえず、ごまかしておく翔一。
「私、どうしよう……」
「僕は行くよ。あの教会には人質がいる可能性がある。小さな子供の声が聞こえたんだ。君は帰ったほうがいい」
「子供……私もお手伝いしていいかしら」
「友達はいいの?」
「……あんな人達……」
希子は見捨てられたことに気が付いている。
翔一は少女に怪我がないことを確認してから一緒に歩く。
(死を覚悟したからかな? ちょっと、雰囲気変わったクマだね)
「キューキュー、キューキュー」
ベージュ色のチビクマが一生懸命に説明してくれる。
「うん、じゃあ、超人クラブは古い雑貨屋さんに隠れているクマだね。君は見守っておいて」
チビクマは翔一の言葉にうなずいてどこかに飛んでいく。
「なんなの、あの小さなクマちゃん」
「あれはチビクマ。僕のお手伝いみたいなものクマだよ」
「いっぱいいるのね、そういえばあなたの弟さんも公園で使っていたわ」
「ああ、そうだね。あれは僕の精霊界の友達が作ってくれる存在なんだ」
「精霊界の友達って、その後ろにいる黒い影?」
希子が指さす。
ぎょっとするダーク翔一。
「へー、君ちょっと見えるんだね。精霊術師の素養あるクマ」
「そ、そうなの? 精霊とか見えないけど。でも、幽霊は気配感じるときあるわ」
「君は霊感だけじゃないよね?」
「ええ、私の得意技は中和力。魔力とかエネルギーなら止められる。物理は無理だけど」
超能力、魔法、エネルギー兵器は止められるという。
銃弾や剣などの物理攻撃は止まらない。
「じゃあ、攻撃力はないクマなんだ」
「そう、それは仲間頼り……」
冷酷な彼らを思うと、彼女の心は悲しくなる。
「チビクマの中に攻撃力を自力で持っているタイプがあるから、一体要らないクマ? 危険なところに入るのに、防御だけじゃ……」
「え、その子をもらっていいの」
「魔法生命だから、作ることができるんだ。君が契約して呪力で維持する必要があるけどね」
一瞬考えた希子だったが、チビクマはとても可愛かった。
いくつか候補のチビクマが出てくる。色は薄いベージュから濃いこげ茶まで。
「じゃ、じゃあ、貰います」
希子は少し悩んだ後、こげ茶のチビクマを選ぶ。
「ちょっとだけ噛むクマ。そして、名前を付けて」
「あ、痛! ……そうね、名前……」
「悩んでいる時間はないクマだよ」
過去の経験上、非常に長い時間考え込む人が多いのだ。
「チョコちゃんでいいかな」
「キューキュー」
希子の傷ついた手を撫でると、チョコは少し膨れて傷は消える。
「あ、けがが治ったわ」
「このチビクマは少し災いの除去力があるんだ。後は光弾と雷弾を撃てる。試してみたらいいと思うクマ」
翔一はモフ指で廃墟の壁を指す。
「じゃあ、やってみるね。チョコちゃん攻撃して」
「キュー!」
バチっと稲妻が走り、壁が少し焦げる。
「今のが雷弾」
「わ、私の気力を使うのね、あまりたくさんは撃てないわ」
頭を振る希子。
「練習すると、多少は改善するクマ。でも今は教会を調べるから……光弾以外は使う必要ないと思う、気持ちの準備だけはしておいて」
「はい、大クマーさん」
小さくなると正体がばれるので、大きなままで希子と教会に向かう。
空が赤く染まっていく。
黒いシルエットと化す廃教会。
集落に山羊人間の気配はなかったが、建物からはおぞましい雰囲気が漂っている。
そっと、廃屋の影から様子をうかがう。
「やっぱり、あの連中、あそこに固まってるわよね。気配があるわ」
「何か、よくわからない言語で喋ったりしているクマ。あ、でも日本語も聞こえる」
「聞こえるの?」
「熊だからクマ」
「そ、そうよね」
翔一は霊視する。
教会の壁に目が描かれており、それが、嫌な視線を送ってくる。
「あの目の絵。たぶん、魔術的警戒装置だと思うクマ」
「ど、どうしよう」
「君の中和力でしばらくあれを抑えていてくれないか、僕が裏口から入ってみるクマ」
「で、でも」
「いいからやってみて。小さな子供の声が聞こえたんだ。考えている暇はないクマだよ」
「う、うん。やってみる」
希子は集中して、能力を高める。
確かに、目の絵から魔力が発散されていた。
魔力を壁際まで追いやる。
「ありがとう、僕が通り過ぎたら、建物の陰に隠れていて」
「私も、行くわ」
希子は勇気を振り絞ってそう告げる。
「……わかった。超人クラブだよね、皆のヒーローにならないと」
大クマーは体格に似合わない隠密能力がある。
移動しながら、全く音を立てない。
希子も集中しながら、ゆっくり後を追う。
教会の裏手には古い扉があり、鍵がかかっていた。
「扉の背後に誰かいる。開けた瞬間光弾を撃って」
小声で指示を受け、何とかうなずく希子。
翔一は強めの機械精霊を鍵に纏わせた。強力な機械精霊は単純な金属構造の物理法則すら無効化する。
鍵が否定され、扉がかすかに開いた。
グイっと扉を開ける。
そこには二匹の山羊人間がいた。
「光弾!」
「チビクマ、光弾!」
希子のチョコと翔一のチビクマの一体が光弾を発射して、山羊人間を昏倒させた。
光弾は通常の人間にはまぶしいだけの攻撃だが、魔物には強力な打撃になるのだ。
逆に、この怪物たちは光や聖性以外の通常攻撃は、あまり効かない。
「何とか倒せたね。クンクン。廊下の横に地下への階段があるけど、そこから子供の匂いがするクマ。僕は入れないから君が助けるんだ」
「え、し、しかし」
希子はおびえた顔になる。
「時間がない。すぐに敵に気が付かれるかもしれないクマ。その時は僕が暴れておとりになるから。地下の子供を救出するんだ」
希子は恐怖に震えながらも、人を助けるためだと勇気を奮い起こしてこわごわ階段に向かう。
「だ、誰も、居ないよね」
希子が階段を下りた辺りで、
「ダーク君」
「なんだよ」
「希子ちゃんをこっそり見守っていてほしいクマ」
「お前が突っ込んで暴れたらすぐに全部終わるだろ」
「それじゃあ、強いヒーローは増えないよ」
「あのガキに将来性はないと思うぞ、ビビりすぎる」
「僕の昔もあんな感じだったクマ。そんなことないよ。それより、お願い、ダーク君だけが頼りなんだ」
「やれやれ、仕方がないなぁ。やっぱり、俺がいないと駄目な奴ばかりだぜ」
お願いされると、いきなり調子に乗るダーク翔一だった。
希子の後ろについていく。
それを見届けると翔一は小さくなり、隠密精霊を纏って正面側の礼拝堂に向かった。暗い廊下に消える治癒クマー。
希子はおびえた子猫のように、慎重に階段を下りる。
後ろに、黒い影が付いたことには全く気が付かない。
「キュー」
「え、偵察してくれるの?」
チョコはうなずくと、ふわっと飛んで地下スペースに入る。
明かりもなく、真っ暗だった。
すぐに戻ってくる。
「キューキュー」
「小さな子供が二人いて、眠らされているのね。わかったわ」
希子はスマホを出して、懐中電灯代わりにするつもりだった。しかし、つかない。
「やだ。壊れたのかしら、こんな時に」
「キュー」
「弱い光弾で灯代わりにするのね。やってみて」
チョコはかすかな光の球を緩く天井に撃つ。ふわっと光がともり、地下の状態が見えた。光は呪力で維持するとすぐに消えることもない。
マットレスが乱雑におかれ、二人の子供が鎖につながれていた。
「なんて酷い」
子供たちは日本人ではない。
「外国人の子供よね」
二人は手錠をされ、それに鎖が取り付けられている。鎖は壁に固定されていた。
鍵がないと外しようがない。
「まっててね、今外してあげるから……でも、どうしよう」
かたい金属ををどうにかできる能力がない。
チビクマの攻撃は光と電気だから、それも無理だった。
「鍵とかないかしら」
きょろきょろするが、この部屋にあるわけがなかった。
「どうしよう、どうしよう」
思わずうろうろする。
(うわー、超イライラする……あ、誰かくるぞ、翔一じゃないな)
思わず、希子の背中をつんつん突つく、ダーク翔一。
「え、何なの」
「キューキュー」
「だ、誰か来たのね、隠れないと」
地下室は扉が二つあり、裏口側と礼拝堂側から入れるようになっていた。
気配は礼拝堂の側からあったので、思わず、入ってきた扉に戻って様子をうかがう。
「灯消さないと」
闇に包まれ、しばらくして、ぎーっと扉が開き男が入ってくる。
男は手に火のついたロウソクを持っていた。
眼鏡をかけた、陰気な雰囲気の男。
一見サラリーマンのような服装だが、山羊の角が生えており、怪物の仲間だと思われる。
じゃらっとカギ束を出す。
「教祖様のご指名は……このガキだったか」
男は小声でつぶやきながら、ロウソク台を床に置き、一人の少女の手錠を外した。
(生贄にするんだわ。絶対そうよ)
希子は必死だった、何とか止めないと小さな命が失われる。
「その子から離れなさい」
「何?」
希子はそういいながらも、ほぼ問答無用で光弾を男の胸に叩き込む。
男は一瞬ひるんだが、
「なんだ、貴様」
口から牙を出し、爪をとがらせて希子に迫ってくる。
「雷弾撃って」
バチバチ、一瞬ひるむが、鬼の形相で吼える。
希子は必死だった。恐怖を感じる暇もない。
「光弾光弾! 連射!」
バス、バス
「ガキだな。小娘」
迫る黒い手と爪。
思わず目をつむった。
しかし、
「う、うう」
手が希子の胸ぐらをつかむ直前で男は動きを止めた。
ゆっくり膝をつく。
そして、そのまま床に突っ伏した。
「はぁはぁ。な、なんとか、勝ったのね」
希子は安堵のあまり、階段に座ってしまった。
闇の中で固まる希子。
「魔術防御があったな、こいつ。特殊能力か?」
ダーク翔一が精霊界でつぶやいたが、彼女に聞こえたのだろうか?
希子はぴくっと反応した。
「……こ、こうしてはいられないわ。鍵! 子供たちを」
がくがく震えながら、男の鍵束を手に取り、子供たちを解放する。
希子は小柄な少女と思えない火事場の馬鹿力で、二人の幼児を抱えると、必死の形相で階段に向かった。
2021/4/25 微修正




