50 超人クラブの戦い その1
ある春の日。
空は晴。
ここは小さな町の住宅街の公園。
若干の人通りがある。
治癒クマーこと御剣山翔一はその公園ベンチに座って腕を組んでいた。
「遅い、遅いクマ!」
届かない足をプラプラさせる。
ぶつぶつ、文句をいい続ける子熊。
すでに十五分もこの調子である。
なぜか、翔一以外誰も来ていないのだ。
翔一は遅刻には厳しい方だった。
「もう我慢できない、電話するクマ!」
日本防衛会議に連絡する。
今日はヒーロー任務で集まる予定なのだ。
翔一は時間も場所もしっかり守って、この公園に来ている。
「……はい、四級治癒クマーですね。こちら、日本防衛会議本部」
女のオペレーター。
尚、最近、四級という呼称が正式になったようだ。
「任務だから時間通りまじめ来たのに、誰もいないクマ。どうなってるんですか!」
「少し確認しますのでお待ちください……」
かすかに声が聞こえる。
どうやら、数人で確認作業に入ったようだ。翔一の聴覚の前には筒抜けだった。
「……お待たせしました。三級上位赤嶺明日香はプロレス興行のプロモーションを優先したいということで任務キャンセル。代わりに声をかけたアマゾネス玉川は体調不良とのこと。三級上位烈銀河は任務を拒否しました」
「あいつはさっさと首にしたほうがいいと思うクマだよ」
翔一は烈銀河だけは一切認めない主義だった。
「……と、とにかく、怪盗レディキャットは体調不良。バスターフレイムは音信不通。スターストライカーケンジも体調不良とのことです。当該地域で他の方は別任務中です」
「聖さんとブレードローズさんは?」
「お二人は美形ヒーローとして、防衛会議の公報任務です」
仕事にはヒーローへの支援を増やすためにPR活動もあるのだ。彼女たちが行くとドバっと寄付金が増えるために防衛会議は繰り返しPR活動をさせている。
「お金も大事だけど、この辺りに不審な連中が見つかったクマですよね。それはいいんですか」
「現在、千葉方面から恐竜軍団が首都を目指していますので、兵もヒーローも割けない状況なのです」
「え、そうなの。大丈夫クマですか。逆に僕はそちらの応援に行きましょうか?」
「……それはご心配なく、上層部が協議してますので、しばらくお待ちください」
「早くしてほしいクマだよ。こちらも暇じゃないんです」
連絡が切れる。
ボケーっと座っていると、ランドセルを背負った小学生低学年くらいと思われる少女二人が楽しげに笑いながらやってくる。
紺色のブレザーに白と水色のチェックの短いスカート。
非常に可愛い。
つい先日まで幼稚園だったのかという雰囲気だ。
「あー、くまいるよ」「ほんとだ」
「クマクマ」
「おかーさんが、やせー動物に近づいたらいけないって」
眼鏡をかけた少女が友達にいう。
「僕は野生動物じゃないクマ。四級ヒーローの治癒クマー。隣町では有名だよ」
「あ、しってるよ。クマちゃんがヒーローって」
お下げ髪の少女がそういいながら、翔一に近づく。
「学校はどこクマ。もう終わったの?」
普通に考えて、今は昼休みが終わった時刻だった。
「ふしんしゃっていうのがでたから、きょうはそうたいなんだって」
眼鏡の少女は物知りのようだ。
公園の先の道を集団下校する小学生たちが見える。彼らと彼女たちは分かれたのだろう。
彼女たちの家は公園のすぐ近くなのだ。
「キャー、もふもふ!」
お下げ髪の少女はおてんばのようで、翔一の毛皮に抱き着いた。
(やれやれ、これだから子供は……)
面倒だなとも思うが、邪険にするのも可哀そうなので好きにさせる。
「ねえ、クマたん、お馬さんになって」
「え? ……仕方がないクマ」
最初は断ろうかと思ったが、かわいいつぶらな瞳に見つめられるとあらがえなかった。
両手を地面につくと、少女が乗る。
「キャー、キャー。しゅっぱつー」
(女の子に金太郎願望でもあるクマだろうか)
そう思いながらも、
「はいはい、クマクマ号出発ですよ。定員はお一人ですクマ」
のそのそと少女を乗せて移動する。
大喜びだった。
「とつげき! いけークマたん!」
適当に、早めに動くだけでキャッキャと騒ぐ。
公園を一周回った。
「つぎ、私乗りたいー!」
「じゃあ、交代クマだよ」
お下げが降りて、眼鏡の子が乗る。
この少女はおとなしく乗っていたが、公園をぐるっと回ると。
「クマさんありがとう。楽しかったよ」
ぎゅっと抱き着いてから、地面に立つ。
(ふー、やっと終わったクマかな)
翔一が手の泥を払って立ち上がった瞬間、視界の端に何かが飛んでくる。
バシュ!
土埃が上がり、目の前の地面に何かが当たった。
(銃弾!?)
さっと、少女たちを守る位置に立つ。
虚空から木刀を出した。
少女二人は何かを感じたのか、翔一の背中に張り付くように小さくなってうずくまる。
「子供たちから離れろ! 怪物め!」
公園の入り口付近に細身の少年少女が立っている。
目の前に三人。
長い髪が顔にかかっているホスト風の少年と短く髪を整えているスポーツマンっぽい少年、そして、茶髪のロングヘアーで遊んでいる感じの少女。共通しているのは三人ともかなりオシャレだった。
どうやら、その中のホスト風の少年が何かの術を使ったようだ。
「そちらこそ何者クマ。僕はヒーローの治癒クマー」
それでも、彼らの見た感じは学生だったので、何らかの悪党ではないと考え、翔一は急いで自己紹介した。
「どう見ても怪人の類よね」
茶髪の少女が声を上げる。
「猛、一応確認した方がよくないか」
「直斗、簡単に信じるな、こいつどこかから武器を出したぞ」
短髪の少年の声に応じるホスト風。
身構える三人。
翔一は彼らのオーラを見る、そこそこ強い。そして、若干、ゆがみかけている。
(どうしようか、釈明聞きそうな連中じゃないクマ)
睨み合いになる。
意外と隙のない連中で、少女たちを逃がす余裕ができない。
猛と呼ばれた少年は両手に気力を矯め、直斗は目が光っている。茶髪少女は警棒を取り出した。
「あのー、その子、四級の治癒クマーちゃんだよ……」
おずおずと、小柄な少女が後ろから声をかける。
短い黒髪でおとなしそうな子だった。
(四人目クマ。後ろにいたんだ)
「希子、下がってな、あんた戦闘力ないだろ」
茶髪が小柄な少女をにらんだ。
「……はい」
引き下がる希子という少女。
(そこでもうちょっと頑張って自己主張してほしいクマ)
危機を感じてダーク翔一がやってきた。彼は状況を見て無言で対消滅精霊を準備し始める。同時にチビクマもスタンバイしているようだ。
「小さな子がいるんだ、彼女たちを行かせてほしいクマ」
おびえる子供二人をちらっと見る。
「猛」
直斗が目配せ。
「ああ、行きなさい、君たち」
しかし、お下げの子が、
「くまたん悪者じゃないもん!」
「そうよ、お兄ちゃんたち、間違ってる」
「子供は黙ってろ。こいつはどう見ても怪物だろうが!」
猛は否定されると激発する性格らしく、いきなり両手の気力を射出した。
チビクマが二匹飛び出すと、吸って小さくポコっと膨れる。
そして、すぐに精霊界に引っ込む。
「え、効かない」
猛は驚いた顔になる。
その時、彼らのスマホが鳴った。
翔一と彼らの間に守るように直斗が入り、猛は電話に出る。
「ええ、はい……わかりました」
直斗が二人に目配せすると、緊張が解けるようだ。構えを解く。
翔一のスマホも鳴る。
ベンチに置いてあったものだ。
少女たちが渡してくれたので、出る。
「治癒クマー様、暗黒司令からお話があるそうです」
そう、オペレーターが告げると、暗黒司令が出る。
「治癒クマー君か。君一人にして申し訳ない」
「突然、高校生みたいな人達に襲われたクマです。戦うべきでしょうか」
「それは情報の行き違いが生んだことだ。彼らは君の援軍なのだよ。すでに彼らには連絡して誤解は解けたはずだ」
「援軍? 彼らは何者なのです」
「高校生超能力グループだ、防衛会議にも協力を申し出ているボランティア組織だよ。危険の少ない任務だけ手伝って貰っている」
「……しかし、それなら……さぼっている人はともかく、南から恐竜が来てるなら僕も治癒で応援したいクマですけど」
「心配は無用だよ。十分な備えを自衛隊がしてくれている。ヒーローは念のために待機しているだけだ。それより、君には小さな動きを追ってほしい。悪の芽をつぶす重大な活動だよ」
「……」
「心配はいらない、彼らと行動を共にしてくれたまえ」
電話を切る。
気まずい空気が残った。
「俺たちは悪くない、あの動物みたいなやつが一人でうろうろしているからだ」
「ああ、いけ好かないぜ、あいつ」
男二人がこそこそ話し合っている。
気力弾を打ったホスト風少年は宗像猛、目の光っていた短髪少年は山内直斗、眼力で敵の気力を低下させる。茶髪の少女は下道彩友美、超スピード能力。黒髪ぱっつんの小柄少女は奥島希子、中和力と霊感。四人は全員同じ高校生の超能力者集団だった。
この情報は防衛会議から送られてきた。
「あたしたちは英焔高校超人クラブだ。よろしくな」
気まずくなった男二人に替わり、彩友美が自己紹介してくれる。
「英焔高校……結構、いいところクマ」
翔一の東宮聖霊学園とは宗派が違うが同じキリスト教系の学校である。校風も違い、校則は厳しく、官僚や大企業幹部の子弟が多い。英焔高は上流階級の子弟が多いという点では同じだが、芸能人を多く受け入れる翔一の学校とは違った。
「クマちゃん、中身の人はこの辺りの人なんでしょ、学生なの?」
希子が嬉しそうに尋ねてくる。
おとなしそうな少女だが、熊と会話したいということかもしれない。
「中身の人のことは詮索なしでお願いしますクマだよ」
「希子、出しゃばんなよ」
彩友美に睨まれて、希子はすぐに引っ込む。
「任務だけど……」
先ほどの公園の近くに小学校があるが、そこの校舎から不気味な人影が目撃されたという。
この付近は休耕田も多く、草原になっている場所も多い。
丈の高い草に彼らは消えた。
「小学校の先生の証言クマです」
「その先生が待っていて、場所に案内してくれると」
彩友美がそういいながら指さすと、小学校の前に教師が一人立っていた。
「この先の草むらから、あの山際の廃集落にむかって消えましただ。おらぁみただ。角が生えて真っ黒の人間みたいだっただ」
謎の方言を使う教師に情報を聞いて、該当の場所に向かう。
草むらは雑草の生い茂る休耕田。
「確かに、誰かが通った跡があるな」
猛がつぶやく。
「蹄の跡……」
翔一は異世界に行っていた間、頻繁に山野で狩りをしていた。動物の匂いと足跡にはかなり詳しいのだ。
(おかしい、この足跡、動物に見えるけど二足歩行クマ)
山羊か何かが、人間みたいに二足歩行した足跡に見える。
証言通り、廃集落に向かっているようだ。
「さっさと見つけて、片付けようぜ」
猛がそういうと、直斗と彩友美は真っすぐ廃屋に向かっていく。
「気を付けて、相手は怪物クマだよ」
「怪物のお前がいうな」
「俺たちは超人クラブだ。馬鹿にするなよ怪物め」
猛と直人がきつい調子で翔一に反発する。
結局、無視して行く三人。
「ごめんね」
希子は小声でつぶやくと、彼らの後ろにつく。
翔一もため息をついて、警戒しながら後に続いた。
休耕田の雑草は丈が高い。
翔一は彼等が見えなくなったので、匂いとチビクマ偵察に頼ることにした。
足跡も当然わかる。
「きゃー」
その時、幼いような、小さな少女の悲鳴が耳にかすかに届く。
かなり遠い。
「ダーク君」
「なんだよ」
「チビクマを三体ぐらい集落の方に出して。悲鳴が聞こえたんだ」
「わかった」
「もしかして、かなり危機的状況かもしれないから、直接その場所に向かうよ」
「気をつけろよ」
「罠の可能性は十分考えてるから」
「ところであいつらはいいのか。超人高校生軍団」
「あてにならないと思うよ」
「だろうな」
翔一は隠密精霊を纏って、精霊が効力を失わないぎりぎりの速度で悲鳴の源に向かう。
「クマクマ」
一瞬で消える翔一。
「あれ、あの熊野郎消えたぜ」
直斗が振り返ってみる。
「あんなのあてにするな。あいつは治癒能力だけって話だ」
「でも、猛。あいつ、あんたの攻撃消したよね」
彩友美の指摘。
「偶然だろ……まさか、希子、おまえが俺の攻撃を消したのか?」
ぎろっとにらむ。
小さくなる希子。
「私……」
「なによ、いいたいことがあるならはっきりしなさいよ!」
彩友美がイライラして大声を出す。
「し、声がでかいぞ」
慌てて直斗が止めた。
四人は無言で、集落に入る。
雑草は伸び放題、家屋はかなり壊れかけていた。
何年も前に営業をやめた商店。
さび付いた農業機械。
「誰もいないな」
猛がそうつぶやいて振り向いた瞬間、ぬっと背後から黒い人影が立った。
かなり大柄な男。
全身黒くてぬらぬらした油染みた短い毛が生え、下半身は山羊。そして、雄山羊の角が頭に生えている。
目は血走り、口は牙が生えてよだれを垂らし、手には即席の槍を持っている。
「!?」
四人が身構えた瞬間には、さらに前後左右から複数人の同様の怪物が現れた。
明らかに待ち伏せしていたのだ。
手には鍬や鎌、包丁などがある。
「ま、まずいぞ、猛! どうしよう」
「僕たちは英焔高超人クラブ! 舐めるな!」
猛はいきなり両手から気力弾を発射する、目に見えない弾は彼らには回避もできないのか、打撃を食らって正面の怪物がうずくまる。
「正面突破よ!」
彩友美が警棒をかざして、残像を残して怪物に迫り、バシッと撃つ。
完全に急所はついたが、あまり効いていない。
ブンと鍬で殴りかかってきたので、ひらりと回避する。
「くらえ、精神破壊!」
直斗の精神破壊攻撃は怪物の一人をふらふらとさせた。
しかし、一人止めただけでは不十分だった。
武器を構えて迫ってくる。
槍を持った怪物は何らかの呪文を唱え続けており、おぞましい魔力を発射していたが、
「魔力消去!」
希子が何度か止めていた。
「おい、逃げるぞ、このままじゃ不利だ。もたもたするな希子!」
猛はそういうと、正面をそのまま抜けて、集落の奥、廃屋の陰に消える。
「おい待てよ!」
直斗と彩友美も遅れずついていった。
「え、あ、どどうしよう」
希子は仲間を守って防御に徹していたので、判断が遅れた。
鍬や鎌が彼女めがけて振り上げられる。
思わず、しりもちをつく。
(お母さん、助けて!)
希子は目をつぶった。
2021/4/24~9/19 微修正
2021/4/25 お話の開始時を昼過ぎに修正しました




