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48 霊能者美濃部浄雲スペシャル、廃旅館に悲しみの怨霊を見たクマ! その2

 三階に来た。

 階段を上がって出た場所は、四畳半くらいの空間。そこから東西に廊下が続く。

 客に食事を届けるために、一時的にお盆やその他の物を置くようなスペースがある。

 今は埃を被った漆塗りの盆などが転がっているだけだった。

 木林きばやしはいない。

「き、木林さん、いませんねぇ」

 テツオのひきつった顔。彼も微かに霊感があるのかもしれない。

 翔一は明らかにこの階だけ空気が違うと感じた。

 すりガラスの窓から日中の陽の光が入ってきているが、今日はあいにく曇りで、強い明るさはない。

 薄暗い不気味な雰囲気だった。

 いきなり、念仏を唱え始める美濃部。

「ここには悪霊が満ちています。私から離れてはいけませんぞ!」

 演技なのか本気なのかは不明だが、冷や汗をかいているのは事実だ。

 アカネも園も、彼の背後に隠れるようにする。

 翔一の目には、廊下の奥、幾つもある暗い部屋、そういった場所から気配が感じられる。

「とにかくここに居ても仕方がない。そんなに広いものでもないし、木林にもすぐに会えるだろう」

 気楽に飯島がいう。

 三階はコの字に廊下があり、西側の広い宴会場が三分の一を占めている。

 階段は南側にあり、左手すぐに宴会場の入り口があるが、がらくたが積まれて通れない。

「ぐるっと反時計回りに行けば木林さんに会えますよね……理屈でいえば」

 テツオが踊り場に貼ってある三階の間取り図を見ながらそういうが、自分でいいながら行きたくないと顔に書いてあった。


 撮影が再開される。

「ここが、旅館の最上階。三階です。何とも不気味な雰囲気ですが。美濃部さんいかがですか。霊障などはありませんか」

「ぬう、ここは本当に危険だ。私がいなかったら皆さんは生きては帰れないでしょう。しかし、ご安心を。私の聖呪がある限り、安全は保障しますぞ」

 テツオの質問に答える美濃部。

 数珠を鳴らし、神妙な顔でお経を唱える。

(おじさんの見立て、一応、正しいと思う。ここは本当にまずい空気だよ)

 ゆっくりと歩き始める一行。

 それでも、小さな部屋には何もおらず、散乱した座布団などが転がっているだけだった。

 翔一は変な声を聞く。

「こんなことになるなら、増築するんじゃなかったわ」

「ええ、でももう遅い……」

「どうやって、皆さんに謝ったらいいのかしら」

「もう遅いわ女将おかみ

 二人の女の会話だ。幽霊なのだろうか。後悔の念を話し合っている。

 特に年配の女性の声は何かを反省しているようだ。

 とある小さな部屋から聞こえてきたのだが、一行は汚いつまらない部屋だとして無視した。

(調べたいけど……とりあえずはどうしようもないね)

 そう思いながら一行の後につく。


 それでもなにも起きず、先ほど女を見た最上階最奥、宴会場の前にきた。

「もう、やめませんか。絶対何かありますよ」

 翔一はもう我慢できず、飯島にいう。

 皆がふりかえった。

 わざと聞こえるレベルの声で話したのだ。

「翔ちゃん、何か感じるの?」

 園が心配そうな顔で聞く。

「とにかく嫌な雰囲気が」

「素人は黙りなさい! 私の聖呪があれば悪霊なんぞ何も問題ない!」

 美濃部が突然怒り出す。

 霊能者の第一人者としてのプライドなのだろうか。自分を差し置いて意見する小僧に一喝しないと気が済まなかったのだ。

「まあまあ、先生のお力だけが頼りなのですよ。それに、木林も放っておけないだろう」

「僕が一人で見てきますよ」

「君一人に任せられないよ。さあいいから、テツオ君、扉を開けて」

 飯島に促されると芸人は逆らえないのか、スルッと引き戸を開ける。

 そこは埃まみれの宴会場だった。

 思った以上に汚れている。雨漏りがあるようだ。

 しかし、大窓からかなり良い景色が見える。空はどんよりと曇っていた。

 全員がぎょっとする。

 返事をしないでどこかに消えた木林が、右手の壁に立っていたのだ。

 壁に向かって立ち、目を見開き、無言。

 顔が引っ付くほど壁に近い。

 明らかに異常だ。

「飯島さん、台本にないですよね」

 美濃部が不安げに飯島を見る。

「き、木林君?」

 テツオが恐る恐る声をかけるが、彼は無反応だった。

「ここ、絶対ヤバいぞ」

 ダーク翔一の声が聞こえる。不思議と、姿が見えない。

 翔一は霊視した。

(霊視に、抵抗がある?)

 一瞬ぼやけてから、はっきり見える。

 部屋にはびっしり幽霊たちがいた、そして、背後にも。

 窓際に、背の高い黒髪の女、と思われる何かがいる。背を向けて、闖入者に興味もないようだ。

(隠れていた? まずい。まるで罠だ!)

 どうしようか、翔一が迷っていると。

 木林がくるっとこちらを見る。

 目が血走り、顔はひきつっているが、にまにまと限界まで口を開いて嗤っていた。

「ひひ、ひひひ」

 皆が後ずさって両脇に避けると、木林はいきなり走り始めた。

「ひひいひひひひいいいい」

「まて!」

 飯島が叫ぶが、彼はどこかに消える。

「今だ。皆さん、あの人を追って逃げましょう。ここは幽霊だらけです!」

 翔一はそう叫んだが、人々の顔を見てぎょっとする。

 無理やり顔を笑顔にするために、誰かが引っ張ったような顔になっていた。目だけは恐怖のあまりきょろきょろと動き、涙を流している。

「なにをいうか小僧、ひいひひひ」

 美濃部は無理やり作られた笑顔を戻そうとしているようだが、何かの力に抗えない。。

「そうよ、逃げるなんて、ひひいひひひ」

 アカネも同じような顔だった。。

 そして、他のスタッフも。

 カメラマンはカメラを落とした。

「ひひ、ひひひ」「ひひ、ひひひ」「ひひ、ひひひ」

 皆、正気を失っていた。

 飯島と園を見ると、恐怖の冷や汗をかいているが、まだ反応はあるようだ。

「一旦逃げましょう!」

 しかし、動かない。

 二人は体がピクリとも動かないようだった。

 ゆっくりと飯島の顔が「笑顔」になっていく。

 よく見ると、黒い小さな手が闇から無数にはい出し、人々を縛り上げ、顔を無理やり笑顔にさせている。

 小さな手に掴まれた者は正気を失うのだ。

 園は必死に耐えているが時間の問題に見える。

 翔一は動けるようだが、迷った。

 皆を置いて自分だけ逃げるのは卑怯だからだ。それに、姉を置いていくなんてことはできない。

(どうしよう、皆を助けないと!)


 翔一がパニックを起こしかけている背後で、気配が動いた。

 振り向いて見ると、広間の幽霊たちは中央に道を開ける。

 窓際に佇む黒い髪の女。

 十二単を着た女のシルエット、黒い塊。

 その不気味な存在がゆっくりと迫ってくる。

 恐ろしい眼力だった。

(すごい、けた違いのオーラ)

 彼女の黒いオーラの端は無数の小さな手が蠢き、翔一をつかもうとするが、精霊の力が手を寄せ付けない。

「……なぜ、心失わぬ」 

「僕は精霊を扱うものだ。君は何者だ」

「……」

 女は返事をしない。

「何が目的なんだ。幽霊たちを集めて」

「……憎い。この国の者たちが憎い」

「なぜ憎む」

わらわみやこから流され、このような僻地で侘しく暮らし、その上、この地の者どもから辱めを受けた。最後には惨めで小さな墓に放り込まれ、死後も屈辱されたのじゃ……そして、その墓すらも破壊され……」

「そう聞くと可哀想だけど、もう時代は大きく変わったんだよ。あなたのお墓も壊すつもりもなく、気が付かなかったんだよ」

(さっき聞いた声はこれを後悔してたんだ……)

わらわは惨めじゃ」

 そういうと、しくしく泣き始める。

 周りの幽霊たちが慌てて、慰めるようなそぶりをするが、彼女の慟哭はしばらく終わらない。

(泣き始めた。可哀想だけど、何か慰める方法はないかな……試しにやってみるか)

 とりあえず、翔一は、彼女を慰めるため子熊に戻った。

「クマっと。元気出すクマだよ。今の時代は良くなってることも多いクマ」

 キョトンとする女。

 いきなりかわいい子熊になったのだ。

「そなたは、獣だ」

「そうですクマ。獣の精霊と融合しているクマだよ」

みやこを離れ、このような僻地……僻地に」

 どうやら、彼女は僻地に流罪になったことが一番ショックだったようだ。

 僻地であることを何度も強調する。

(女子は都会が好き。昔からの真理クマかな)

「心配ご無用クマ。昔、関東は僻地だったけど、今は首都だよ。流されたと思ったら、気が付かない間に勝ち組になっていたクマ」

「しかし、ここは人も少ない田舎ではないか」

「皇居は近所に移転し、みやこになったクマ。そして、ここは首都の郊外にある風光明媚な土地だと思うクマ」

 風光明媚はちょっといいすぎたかなと思う、が、自然は多いのでごまかせるだろう。

「信じられぬ……やはり、その者たちを狂わせて、憂さを晴らすわ!」

 ガッと目を見開き、黒い手を鉤爪のようにして空間を薙ぐ。

 何らかの黒い波動が皆を打ち、バタバタと汚い畳に倒れる。

「うわ、ちょっと待ってクマ!」

 慌てて守護精霊を張る。阻害はあったが、無理やり召喚した。

 黒い波動を半分阻止できたようだ。

「全員、気絶しただけだ」

 ダーク翔一の声が聞こえる。

「案内するから! ここは新しいみやこの直ぐ近くで、あなたは流されていないクマ!」

 女は波動を邪魔されて、ギロッと睨んでいた。

 膠着状態が数秒。

「……案内あないすると申すか」

「はい、します。だから、もう、誰も襲わないでほしいクマ」

「……いいだろう、嘘だったらどうなるか」

 目を怒らせていたが、スーッと動くと、アカネの背中に入っていく。

 突如、むくっと立ち上がる。

 アカネのようで、雰囲気は全く違う女だ。

案内あないせよ」

「いいですけど、お名前は」

大絹姫おおぎぬひめじゃ」

「じゃあ、大絹姫様。案内するけど、この人たちはもう解放してください」

「好きにするがよい。わらわにはどうでもよい者たちじゃ」

 ダーク翔一を探す。

 微かにぼんやりとした黒い影が見えた。

「このお姫様は凄い魔力だ。この空間を無意識に結界している。心配するな、お前たちが去ったら俺がこいつらを外に出しておくから」

「お願いするクマだよ」

 翔一はそういうと、アカネを外に連れ出す。


 廃旅館から出る二人。

 翔一は旅館の前で大型化すると、地に手をつく。

「どうぞお乗りください。ふもとまで下りたら車で首都まで行きますクマだよ」

わらわ熊に乗るのは生まれて初めてじゃ」

 こわごわと乗る大絹姫。

「ふかふか、モフモフじゃの」

「しっかり掴まってくださいね」

 翔一は高速移動をする。

 この移動は術者や妖魔に存在を知らせてしまうが、今はそれどころの話ではないだろう。

 途中、見晴らしのいい場所で足を止めた。

「なんという、壮大な、壮麗なみやこじゃ……」

 関東平野が一望できる場所があったのだ。

 その光景は彼女を圧倒した。

「もう満足したクマ?」

「いや、もっと見たい。みやこの中心部まで行きたい」

 巨大都市東京の光景は古代の日本しか知らない大絹姫の心を完全に魂消させた。


 山を下りると人が多い。

 人間に戻る。

「もう、終わりか。ふかふかで気持ちよかったぞよ」

「また今度。目立ちすぎますからね」

 翔一はタクシーを止めた。

「次はこれに乗ってください」

「未来の乗り物かの? 恐ろしげな音よ」

 そういいながらも、大絹姫は興味津々で乗り込む。

「都心。皇居辺りがいいかな」 

「お客さん、都心となると相当時間がかかりますよ。値段もこれぐらいは……」

 運転手の告げる概算額に翔一はうなずく。

「心配しないで。お金は払います」

 翔一は受祚物作りのアルバイトで年齢に似合わない小遣いを持っていた。


 田園地帯、住宅地を抜けると、世界にも稀な巨大都市の姿が見えてくる。

 大絹姫は車の窓にぴったりと張り付き、見逃さないように必死に目を走らせる。

「なんという、なんという」

 同じ言葉をつぶやき続ける姫。

 車窓から見える、巨大都市。

 超近代的光景。

 古代から現れた魂にはどのように映ったのだろうか。

 

 やがて、車は繁華街に入ってゆっくりとした移動になる。

 無秩序な看板が並ぶ地域。

「ここは何だ。淀んだ空気に満ちているが、同時に活気もあるぞ」

「新宿、日本最大の繁華街です」

「……ここを歩きたい」

 大絹姫がそういうなら、ということで車は止まる。

(もう大丈夫かな)

「おじさん、ありがとう、ここまでで」

 翔一は支払いを済ませると車から降りた。

「ほえー」

 大絹姫はきょろきょろしている。

「初めて見るものばかりじゃ。色々なものがあるのう」

 好奇心の塊となった大絹姫はうろうろして、翔一を質問攻めにする。

(やれやれ。でも、最初に会った時よりは好感持てるよね)

 若干、あきれつつも、彼女に付き合い続ける。

「あ、あれはなんじゃ、良い匂いがする」

 クレープ屋だった。

 アイスクリームを包んでいる。

「甘くておいしいですよ」

わらわ一つ食べたいぞよ」

 翔一は買って姫に渡す。

「外は熱いが、中は氷のようじゃ。しかし、なんとも甘露」

 子供の表情になる姫だった。

 大勢の人々、様々なファッション。

 大絹姫は子供のように目を輝かせていた。


 うろうろしている間に、風俗街など、猥雑な場所に入ってしまう。

「このような場所は昔からあったのう」

 あまり子供のくる場所じゃない。

 翔一は早く出たかった。

(狭い路地に入ったかな)

 大絹姫は子猫のようにどこにでも入って行こうとする。

「おもしろいのう、熊殿これはなんじゃ」

 ビルに家紋のようなマーク。

 この付近は明らかにちょっと空気が違った。

(あ、この辺り……)

 以前に来たことがある。

 暴力団の縄張りだった。

(まずいな)

 しかし、既にかなり大柄な男たちが前後を囲んでいることに気が付いた。

 匂いでわかる。

 以前、トラブルを起こした剣城会の人間だ。

 五菱いつびしはいないようだが、あの時事務所にいたチンピラたちだと思われる。

「てめぇ。いつぞやのガキじゃねぇか」

「……こんにちわ。お怪我は良くなりましたか」

「『お怪我』じゃねぇ! てめぇ、面かせや!」

「なめとんのかクソガキ!」

 いかにも暴力団らしく、関西弁の人間もいる。

 人数は四人。

 三人がジャージで一人が粋なイタリア製ヤクザスーツ。

 ただならぬ雰囲気に、大絹姫の目が吊り上がっていく。

「ガキのくせに女なんて連れ歩きやがって。でも、いい体してやがるな」

「へへ、姉ちゃん、いい女だな。俺たちとちょっと付き合わねぇか。たっぷり可愛がってやるぜ」

 ジャージAとBが大絹姫に下品な声をかける。

「何者たちだ、下郎が。東夷あずまえびすめ!」

 男たちの言葉に大絹姫は激怒する。

 広がる黒いオーラ。

(あ、まずい! かなり、まずい)




2021/4/19~2023/7/9 微修正

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