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47 霊能者美濃部浄雲スペシャル、廃旅館に悲しみの怨霊を見たクマ! その1

 ある、春の日。

 早朝。

 十人程度の男女が草深い山の中で集まっている。

 何かの撮影のようだ。

 あまり清潔感のないスタッフがカメラやその他機材を抱えて大騒ぎの状況。

(『緊急特番、美濃部浄雲みのべ じょううんスペシャル、廃旅館に悲しみの怨霊を見た!』……まだ幽霊も何も見てもいないのに、この台本。本当に胡散臭い)

 スタッフが無理やりポケットに突っ込んでいる台本から見える題名に、御剣山翔一は思わずため息をつく。

「ごめんね、翔ちゃん。せっかくの休みなのに」

 姉のそのが手を合わせて、謝っている。

「いいよ、困ってるんだろ」

 翔一は感情を出さずに答える。

 今は人間の姿をしている。

 テレビカメラとスタッフ数名。リポーターの男がもう一人のモデルの女と話し合っていた。

 ここは、関東近縁某山中。

 小さな廃集落と、すぐ近くにそれなりに大きな旅館の廃墟がある。


「じゃあ、冒頭のシーンを撮るから、皆集まって」

 髭のプロデューサーが出演者を集めた。

 リポーターのお笑い芸人、テツオという三十代くらいの男。モデルの若い女、アカネと園。そして、霊能者の僧侶のおっさん。この四人で心霊スポットに突入する。

 あまり褒められた企画ではない。

 近年は浸食現象の影響もあり、オカルトや心霊に対する否定感情が世論から後退している。このような番組が作られるのもその影響であった。翔一はオカルト否定派に心情的に同情はしているが、オカルト事案が現実となった今、否定は難しいとも感じている。しかし、それに乗じて詐欺が横行しているのは問題だと考えていた。

「カメラ回します」 

 撮影が開始される。

「有名な心霊スポット、東宮市某旅館にきています。地元ではなんども怪奇現象が報告されているということですが、霊能者の美濃部浄雲みのべ じょううん先生、いかがでしょうか」

 美濃部浄雲という男は四十絡みの太った大男である。僧衣を着て大きな数珠を持っている。

「んんん、これは凄い、凄まじい怒りのような感情を感じます」

 数珠をかざし、深刻な顔をする美濃部。

「そうですか、やはりここには怨念がおんねんということですね」

 寒い駄洒落を飛ばすテツオ。

 義務的に笑うアカネと園。

「怨念とまではいえませんが、悪意を持っているのは事実のようです」

 冷や汗を拭く美濃部。

 翔一は美濃部が指す方向を見るが、幽霊はいない。

 ふと見ると、木の上や屋根など高いところに暇そうな幽霊が数人立っている。ぼーっとした幽霊たちで人間に関心もないようだった。

 益体もない話している四人。

 台本通りに会話し、撮影している。

「ねえ、君は園ちゃんの弟、翔一君だよね。確か、失踪して帰ってきたという」

 髭のプロデューサーが話しかけてくる。

 確か名前は飯島だ。

「はい」

「よかったら、そのことを話してくれないか、後日、機会を作って」

「何も覚えていません。それに、母に止められてますので……今日は姉が心配だからきてくれっていわれたからきただけで……」

 園は叔母の安西公佳あんざい きみかから翔一の霊能力を聞いてしまったのだ。

 叔母はかなり口が軽く、翔一が悪霊を追い払ったことを自慢しているらしい。詩乃が一度注意したが、すでにその話は彼女の知り合い中心に広まったと聞く。

 彼女は女優なので、知り合いは芸能界だ。

「まあ、そうだよね。しかし、君は霊能力があるって聞いたけど、それは本当なの?」

「……自慢するようなことでもないですけど、幽霊さんは多少見えます」

「へえ、じゃあ今はいるの?」

「いませんよ」

 見えてはいるが、怖がらせるのもどうかと思いあえていわなかった。

 ちらっと、木の上を見る。

 昔の村人だろうか。昭和の頃の服装をした人たちだ。唖然と遠くを眺めている。

「フフ、やっぱりあの先生偽物なんだ」

 飯島はニヤッと笑って美濃部を見る。

 美濃部は何か念仏を唱えていた。

「先生が念仏で悪霊を追い立てます。その後に旅館に突入する手はずになっています」

 テツオがカメラに向かって解説する。

「旅館の前にある集落もかなりの霊がうろついております。私の念仏をお待ちください。ぬう、キエー!」

 奇声を上げる美濃部。ぶるぶるとかなりの汗をかいている。

 モデル二人は神妙な顔で見ていた。

「ところで旅館に幽霊はいるかい? 本当にいたら怖いじゃないか、教えてよ」

 飯島は翔一が気に入ったのかしつこく話しかけてくる。

 翔一は百メートルほど先の旅館を見た。

 廃墟だから寂れてはいるが和風装飾した鉄筋建築。しっかりした建物だった。

 窓から誰かが見えている。

「女の人……ええっと、いませんよ。いません」

 長い髪の女。目が光っている。

 古風な着物を着た女の黒いシルエット。

(着物、十二単の女? かなり昔の人かな)

 しかし、目をそらして、気が付かないふりをする。

「女の人っていったよね」

「三階には行かないでください」

「やっぱり、何かあるんだよね」

 にやにやする飯島。

 嫌な顔だった。


 やがて念仏が終わり、こわごわと集落に入る一行。

 大した距離でもない。

 雰囲気を出すために、ゆっくりと歩く。

 集落の建物は木造家屋だが、すぐに倒れるような感じではない。最近放棄されたのだ。

 しかし、雑草がびっしりと生え、虫が飛び回っている。

 タレントたちの顔の前を虫が邪魔をするので撮影は一時止まった。

「蚊取り線香焚いて」

 飯島の指示でADが野外用の強力な蚊取り線香を焚く。

 虫は一掃されてしまった。

「ふう、面倒臭い田舎だ」

 カメラが止まると、汗を拭いて、嫌そうな顔を見せる美濃部。

「ねえ、冷えたお茶持ってきて」

 ADを顎で使うアカネ。背中を見せて化粧を直し始める。

 翔一はアカネの背中が黒かったのでまじまじと見る。

(何だろう、この黒いの……)

 無言で近づこうするが、女は勘がいいのかきっと振り返った。

 鋭い目で翔一を睨む。

「近寄らないでよ。園の弟でも、一般人でしょ」

「そんなつもりじゃないんですよ」

 慌てて言い訳するが、嫌悪をあからさまに顔に出されては引っ込むしかない。

 園に腕を引っ張られる。

「アカネ性格悪いから。関わらない方がいいわよ」

 小声で忠告する園。

 同じ事務所の先輩だから気を使っているようだが、好きではないらしい。


 撮影はすぐに再開された。

「じゃあ、このシーンはこれでいいかな。民家を少し見ておこうか」

 飯島の指示で、封印されている廃屋を勝手に開ける。

 さすがに、そんなことをしていいのかと唖然とした翔一だった。

「どうせ、誰も何もいわないよ。『権利者に許可はとってます』ってテロップ入れたら終わりだよ」

 飯島は翔一の顔に気が付いたのか、そんな言い訳をする。

 民家の廃屋に入る四人。

「どうです、美濃部先生」

「ふうむ、ここにはいませんね。しかし、私の傍から離れてはいけません。特にお嬢さん方」

 美濃部は太い手をモデルたちの腰に回そうとする。

「触ってんじゃねぇぞ、このスケベ野郎!」

 精霊界でダーク翔一が美濃部の禿げ頭を叩いた。

 叩いたこと自体は現実界では何の効果もない。

 しかし、美濃部の手は止まる。

 どうやら、宿精が弱い何かの術をかけたようだ。

 美濃部の手は痺れて、セクハラを阻止された。

「え、なんだ、手が」

「どうかしましたか先生」

 テツオが聞く。

「な、なんでもありませんよ。ここは空振りです。やはり、あの旅館ですね」

 美濃部は気が付かないが、幽霊が一行を睨んで見ていた。

 幽霊の一人が、園の後ろについてきたので、

「ダーク君」

「ああ、こっちくんな!」

 ギロッと黒い子熊に睨まれると、それほど強力でもない幽霊は驚いて立ち去ってしまった。

「ダーク君?」

 飯島が耳ざとく、翔一の声を聞いていた。

「何でもないですよ。それより、この家はさっさと出た方がいいです」

「……」

 にやにやとする飯島。わかっているとでもいうのだろう、嫌な雰囲気を出す。


「では、とうとう、廃旅館に到着しました。玄関の鍵を借りていますので入れます」

 テツオが玄関を開けて入るシーン。

 どうやら、入ってからアカネが悲鳴を上げて倒れるというわざとらしいシーンが入るらしい。

 打ち合わせをしている。

「いいかい、畳の上で座り込むだけでいいから、怪我でもしたら大変だ」

 飯島が注意を重ねている。

「わかってるわよ」

 アカネは常に不満顔の女だった。

 撮影に入る人々。

「すみません、飯島さん。撮影中止した方がいいですよ」

「フフ、そんなこといわれてもね。タレント四人スタッフもそれなりに連れて、金もかかってるんだ。君に何が見えていてもそんなことはどうでもいいんだよ。僕たちには」

 笑顔の割に酷薄な意見で反駁する飯島。

 悲鳴を上げて、倒れるアカネ。

「うわ、アカネちゃん!」

 テツオが叫ぶ。

 予定通りの声だったが。

「大変! 怪我してるわ!」

 園が叫ぶ。

 スタッフが慌てて飛び込んだ。

 アカネは倒れた拍子に、ざっくり手を切っていた。

 割れたガラスが落ちていたのだ、畳が血に染まっている。

 唖然とした顔で口を開けている。

「消毒液誰かもってきて」

「僕が持ってます! 包帯も」

 翔一は極小の応急手当キットをいつも持ち歩いていた。ヒーローとしての最低限の用心だった。ベルトポーチから急いで出す。

 ささっと消毒し、包帯を巻く。中々の手際だった。

 防衛会議主催の応急手当研修は何度も参加したのだ。

(傷は浅い。ガラスはきれいだ。感染症は大丈夫かな)

 同時に治癒精霊を纏わせた。

 すぐに、怪我は安定する。

「え、もう血が止まったみたい、痛くもないわ」

 アカネが驚いている。

「君上手いね、手慣れているよ。学生さんだよね」

「……必ず、病院に行ってくださいね」

 翔一は一応そう告げた。

 アカネの背後の黒い影が、舌打ちをする。

 そして、血の匂いに誘われるように、黒い人影がゆっくり現れる。

 部屋の奥から、何体も。

 翔一は恐怖はなかったが、この人たちを守れるのか自信がなかった。

「この女の背中のは原始的な呪詛だ。生霊だよ。お前の叔母についてたのと同じだ。そして、あの黒い奴らはろくでもない奴らだ」

 ダーク翔一が教えてくれる。

 人間性を失ったような目をした幽霊たちは、迫ってはこないが、廃屋の暗いところに集まって増えていく。

「アカネちゃん、怪我は大丈夫かい」

 飯島が心配そうなふりをしながら聞く。

「うん、平気よ。この子の手当てがよかったのね」

 先ほどとは違い、アカネは翔一を見てほほ笑む。

「さあ、大事もなかった。撮影の続きをしよう。二階と三階をざっと見たら撤収だ。後は編集でどうにかするから、絵だけでも取りたい」

 飯島もどこか危険を感じているのかもしれない。

 なるべく早く撤収するという。

 翔一は強くいうべきか迷ったが、一般人の学生の言葉に耳を貸す人たちではないと感じた。

 ため息をついて、彼らの後ろについていく。


 撮影は順調に進む。

 幽霊たちは薄気味悪くじっと見つめるだけで、とりあえずは何もしてこない。

 宿精のダーク翔一がにらみつけると普通の幽霊はそこで止まるのだ。

「俺がいれば、こんな雑魚どもなんかどうとでもなる」

(相手が弱いと、すごく強気だよね……)

 そうは思ったが、口にはしない。

 一階はかなり広く撮影に時間はかかったが特に問題も起きない。深刻な顔で念仏を唱えまくる美濃部。時々わざとらしい演技で幽霊を怖がったりアクシデントを起こすモデル二人。

 二階に上がると、不気味な暗い客室が並んでた。

 テツオがわざと卒倒するシーン。

 アカネが嘘泣きで、恐怖を盛り上げる。

「いいよ、君。迫真の演技じゃないか」

 飯島がアカネをほめちぎっていた。

 二階には全く幽霊はいなかった。

 ほっとする翔一。

(皆、一階に降りたのかな。早く撮影終わらないかな)

「じゃあ、次は三階だ」

 一人のスタッフが確認のために階段を上る。 

 階段を上り、三階の引き戸を開けて暗闇に消えるスタッフ。

「あ、ああ、うわ!」

 その直後、三階から変な声が聞こえた。

「おい、木林きばやし、どうした!」 

 ADの名を呼ぶ飯島。

 返事がない。

「おい、木林、返事しろ!」

 飯島が怒鳴っても答えはなかった。 

 沈黙が走る。

 皆恐怖しているのだ。顔には出さないが。

「僕が見てきましょうか」

 恐る恐る、提案したが。

 ごそっと音がして、三階から木林が顔を出した。

「飯島。三階には何もない」

「木林、大丈夫か」

 しかし、木林は張り付いたような笑顔を残して、さっと引っ込む。

 彼の顔の横に黒い影。

(黒くて小さな手が木林さんの顔を笑顔にするために引っ張っていた? 気のせいかな)

 位置的にはっきり見えなかったが、翔一の目は何かの異変を捉えた。

「飯島さんを呼び捨てにしましたよね」

 テツオの顔が引きつっている。

 飄々とした雰囲気の男だが、今は、それを装うこともできないのだろう。

「とにかく無事だった。テツオ君、三階に行ってくれないか」

「ええ!?」

 露骨に嫌な顔をするが、ぶつぶついいながらゆっくりと上っていく。

「さあ、君たちも、カメラも行って」

 飯島に促されて、他の出演者、スタッフも上る。

 翔一が上ると飯島が最後だった。

「面白い絵が取れるよ。ワクワクするね」

 背後から飯島の不謹慎なつぶやきが聞こえた。




2021/4/17 8/14 微修正

2021/4/18 女の衣装に関する説明を変えました。

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