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46 公認祓い屋と禍神 その3

 部屋を出ると、皆が待っていた。

「約束は守ったようだね。その袋は?」

 優しげな笑顔の住良木裕一郎すめらぎ ゆういちろうが声をかけてくる。

 もちろん、翔一は一切信用していない。

「もらったクマ」

「中に何が入っているんだ」

 遠野が厳しい顔で聞く。

「小さな蛇さんだよ」

 袋の中を見せる。

 遠野に対して鎌首を上げる子蛇。

「ち、もういい、しまえ」

 翔一は袋を首にかけた。

「白姫さんは昔の罪を悔いて、住良木さんに協力するといってるクマ。あの人がそれでいいなら僕はもう何もいわない」

「……よかった、ようやく納得してくれたのか。ことほぎで何とかならいかと四苦八苦してたんだ。君との邂逅によって、納得してくれたのなら本当に助かったよ」

 裕一郎はニコニコしている。本気で嬉しいようだ。

「ことほぎ?」

「普通の会話で調伏することだよ。最も上級の鎮めであるとされる」

(この人に、いいように利用されただけなのかなぁ。不愉快だけど、何もできないクマだね……)

「……住良木さん、僕は帰るクマ」

「悪いねクマ君。結局、助けてもらっただけだった」

 翔一はそれには答えず、無言で庭に出る。


「ふう、一時はどうなるかと思ったぞ」

 油上司が油汗を拭く。

 庭は和風の手入れされた庭園で、樹木が多い。

 剪定されたいくつもの木々が花を咲かしている。とても計画的に花が咲くように作られた庭園のようだ。

 しかし、だからといって翔一の心を慰めるものではない。

 黙って、車に向かい、歩く。

「まて、小僧!」

 振り向くと、遠野がいた。

 手には錫杖を持っている。

「これはこれは、まだ御用がおありでしょうか……」

 揉み手で遠野にこびへつらう油。

「そいつと決着をつけたい。山では不意を突かれて吹き飛ばされたのだ。納得がいかん!」

「しかしですね。トラブルはお互いなしでという話で……」

「あんたは黙ってろ、さっさと車に乗れ!」

 油を一切見ずに、命じる遠野。

「ひ、は、はい。治癒クマー君、生きていたら車に乗ってくれ。十分だけ待つ」

 そういい残して油上司は全力で消えた。

 翔一はあたりを見る。

(住良木一族は監視してると思うクマ。カメラは……見た感じないけど)

「監視装置が気になるんだろう? 機械精霊を張ってやるから、あとは好きにしろ」

 ダーク翔一が小粒な機械精霊を呼ぼうとするが、来ない。やはり、ここでは精霊は阻害されるのだ。

「どうなってるんだよ、ここは。ウゼー!」

 翔一は宿精の悪態を無視して、遠野に問う。

「僕は何もしないと約束した。そちらが攻撃するなら防御はするクマだよ」

「小僧のくせに偉そうに。遠慮は無用。剣を抜け! 俺と勝負しろ」

「結界があるから出せないクマ」

「ち、一時的に許可してやる」

 遠野は何らかの呪言をつぶやく。

 翔一は無言で蛇の袋を横に置き、練習用の木刀を出す。

 右上段に構える。

「その構え、どこかで見たな。示現流か?」

「……」

「貴様の兄があの榊原を倒したというのは本当か」

「あの悪魔は兄が消滅させました」

「まさか、信じられん。奴が現れて以来、あいつにどれだけの術者が挑んで死んだのかわかっていっているのか」

「……大クマー兄でも手を焼く相手だったと聞いてますクマ」

「馬鹿者、手を焼くどころの話ではない。あいつは仙人の修行をやめて悪事に走った野郎、邪仙だ」

「邪仙……それはどういうものですクマ」

「仙人の力は神をもしのぐ。しかし、修行に耐えられず、その道から逃げ、力を悪事に使うものがいる。それが邪仙。あいつに勝てるものは生きている人間にはいない」

「あいつは、自らの宿業にむしばまれて滅びました」

「榊原に勝てる大クマーとは何者なのだ。ふざけた名前だが、弟ならわかっているのだろう?」

「兄は悪を止めたいという思いだけで協力してくれている精霊界の存在です」

「……見返りもないのにか?」

「子供を喰らい、邪神を呼ぶような極悪を兄は許しません。それを止めるのは当たり前のことです。……住良木さんも神を使役するとか、あいつの真似はお勧めしないです」

「わが一族をあのようなものと一緒にするな!」

 会話をやめるという合図なのか、遠野は錫杖を構え気をめぐらす。

 翔一はポンと後ろに跳んだ。

「待て、逃げる気か!」

 遠野が叫ぶ。

 しかし、これはフェイントだった。

 翔一は後ろに跳んだ位置から、一飛びで遠野に斬りこむ。

「チェストオオオオオオ!」

 まさかそんな距離を跳べると思っていなかった。

 遠野は完全に不意を突かれる。

 隙だらけの遠野。

 翔一からすれば、錫杖をへし折り、遠野の首を叩くのは簡単だった。

 しかし、それはせずに体当たりを喰らわせる。

「ぐは!」

 遠野は小さな毛皮の砲弾のような体当たりを喰らって、吹き飛ばされ、転がって雑木を盛大に破壊。大きな木にたたきつけらて停止した。

 翔一はポンポンと玉のように転がって元の位置に戻る。

 もがく遠野。

 無視して踵を返す。

「この櫛はお返しします」

 住良木が呪的トラップに使った櫛を庭石の上に置いて、住良木家を去った。




 夕方、御剣山家。

「ただいまー」

 人間形の御剣山翔一が玄関を開ける。

「あら、翔ちゃんどこに行ってたの」

 翔一は疲れた顔で帰ってきた。

「ふう」

 ごろッとソファーに横になる。

 ポンと、子熊に変身。

「もう、またクマちゃんになって。今日はどうしたの、何があったの」

 詩乃は翔一の気の重さを感じてソファーの横に座る。

「住良木さんという人のおうちに行ったクマだよ」

「へえ、どんな人」

「陰陽師とかそういう人」

「翔ちゃんって、どんどんいろいろな人と付き合いが増えるのね。お友達が多いと楽しいわよ」

「そんな物じゃないクマ……」

 そういうと、横に座った詩乃の膝に頭をモフっと載せる。

「フフ、また、甘えん坊ね」

 白くてきれいな手で、詩乃は子熊の頭を撫でた。




 住良木家の一室。

 三人がいる。

 遠野は包帯を巻かれた状態だった。

「無様だったわね。遠野」

 容赦のない、二宮にみやの言葉。

「は、貴様なら勝てたとでもいうのか」

「あんなみっともない負け方はしないわ」

「勝てないのなら同じだよ、行き遅れが」

「何ですって、そんなのだから奥さんに逃げられるのよ!」

「やめなさい! 二人とも。仲良くできないのですか」

「……」

 住良木裕一郎の叱責を受けて、黙る二人。

「あの子熊君の実力もはっきりしました。僕は思うんです、あの子熊が『死骨仙』榊原を倒したと」

「まさか、確かに思った以上の実力はありましたが、あの怪物をやれるほどじゃないでしょう」

「そうですわ。榊原は長年、我々退魔師を悩ませた敵。仲間や同業の者たちを大勢倒した……あの子熊がそこまでの存在には見えませんわ」

「能ある鷹は爪を隠すというだろう。あの子もそうなんだよ」

「しかしですね。あいつは四級ですよ。それに、倒したのは雲付くような巨大な熊の怪魔だったと……」

 遠野はあくまで懐疑的だ。

「人獣なら、巨大化すると聞くよ」

「限界はあるでしょうよ」

「そうですわ、若」

「その内真偽はわかるだろう。あの子の、君を吹き飛ばした体力。そして、一人で乗り込んで僕に苦言を述べる胆力。なかなかいないよ、中の子は僕より若いんだろう? 堂々としてるじゃないか」

「若、あの熊は一人ではありませんでしたが」

 二宮が憮然とした顔で訂正を入れる。

「はて、誰かいたかな」 

 思わず考え込む住良木裕一郎。

「くだらない男が一匹いましたが。覚える価値もない」

 遠野が吐き捨てるようにいう。

「そうだよね。全然印象に残っていないよ。やっぱり、彼は実質一人で来たんだ」

「はぁ」

 若干、あきれ顔の二宮。

「そんなことより。僕はあの子を注視するよ、何といっても……」

「?」

「可愛いじゃないか、子熊だよ」

「し、しかし」

 笑顔の裕一郎に戸惑う遠野と二宮だった。




 翌日。

 早朝。

 翔一と土壁源庵ちつかべ げんあん球磨川風月斎くまがわ ふうげつさい、この三人で再び山に登る。

 白姫が封印されていた石柱が見える位置に来ると、立ち止まり、麻袋を出す。

「翔一君、もういいだろう」

 源庵がうなずく。

「さあ、お前の庭クマ」

 翔一が麻袋を開けて、白い子蛇を出すと、嬉しそうに子蛇は地を這う。

 何処に行くでもなく、ひょいと翔一たちを見た。

「……ついて来いと?」

 勘のいい風月斎は何か感じた様だ。

 三人はなんとなくついていく。

 子蛇は時折振り返りながら、山を下りて、谷の小川に向かうようだった。

 急峻な崖、岩だらけの地形だが、三人は難なくついていく。

 巨大な岩がむき出しになり、その上が台になっている。

 蛇はするすると岩の上に登る。

「やれやれ、難儀な場所に行ってくれたな」

「一足お先クマ」

 翔一はぴょんと身軽に飛ぶと、岩の上に立つ。

 風月斎も同じく岩の上に立った。

「私だけか、やれやれ」

 源庵はのそのそと登ろうとしたが、結局、面倒になったのか、エアーエレメンタルを呼んで岩の上にきた。

「おや? 蛇のやつ消えたな」

「見てほしいクマ」

 岩の中から黄金色の光が見える。

「これは何でござろうか。悪いものとは思えぬが」

「何か出てくるぞ! 封印されていたものがあるんだ!」

 源庵が叫ぶ。

 岩は水のように震えると、黄金色の波紋を浮かべ、スーっと、何かが空中に浮く。

「これは、剣。黄金色の剣」

 源庵がうなずく。

 祖霊の二人は遠慮して一歩下がった。

 翔一は古い形の両手剣の柄を握る。

「大きな剣クマー」

 風月斎がしげしげと刃を見る。

「日本刀と同じ手法で作られてござるな。しかし、形は古代のもののようにも見える。唐の国の剣にも見える」

「非常に聖なる力を感じる。魔を討つための剣といえるな。さすが神格が齎すものだ」

 源庵は剣のオーラにモフ手をかざしている。

「小さな異界がここにあって、長い年月封じてあったと思うクマです」

 翔一は何かの意思が伝わることに気が付く。

「どうした」

「……『草薙剣』の一本だと思うクマ」

「一本とは、つまり、幾つもあるということでござるか」

「一瞬だけど、無数の兄弟剣があるのが見えたクマ」

 翔一は朝日に黄金の剣をかざす。

「きれいクマー」

「『水竜剣』『ソルヴァル』そして、いま、聖剣『草薙剣』。翔一殿は本当に名剣に縁があるでござる」

 皆、黄金の剣を眩しそうに眺めた。




2021/4/25 6/13 微修正

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