42 潜入! 悪の島 その3
「逃がさないわよ!」
筋肉マッチョ男は恐ろしい念動力で、次々と物体を飛ばす。
治癒クマー翔一は躱そうと思ったが、飛んでくる物体が多すぎた。
「フライングシールド!」
精霊界から盾を出して、物品をはじく。
「猪口才な!」
大きな机が飛んできて、盾にぶち当たった。
重い盾はびくともしない。
「ハァハァ、クソ」
男は念動力を使いすぎて、疲れているようだ。
隙ができたので、反撃に石ころを投げつける。
男は気が付いて超能力ではじき返すが、二個三個と投げると、一つが命中する。
破壊精霊を受祚した石ころだったので、より強力な念動力で止める必要があり、彼の予想を超えた威力だった。
「グ! 単なる石ころじゃないわね!」
わき腹から血が出る。
それでも直撃は逃れたのだ。
「もう勘弁できないわ。何者か知らないけど、終わりよ」
男はそういうと、体がバリバリと割れる。
(超能力者で、昆虫人間?! 普通、片方だけって聞いたクマ)
不気味な漆黒の体が出現し、元の体の何倍もある姿を晒す。
見たこともない昆虫だった。
カメムシのようでもあるが、足が十本以上ある。
「ギチギチ!」
喋ることはできないようだが、意思は明白だった、体に生えた小さな棘を飛ばしてくる。
無数の棘が迫る、
翔一は回避しようとしたが、数が多すぎる上に、
(クソ、追尾してくる!)
軌道を変えて、何本かの棘が迫ってきた。
必死に転がって避ける。
(この子だけは守らないと!)
少女を抱きかかえつつ、跳躍した。
一瞬、何かが光り輝く。
(え?)
死角からの棘は翔一を掠め、天井に突き刺さった。
「ギギギ!」
(危なかった、軌道が逸れた?)
棘をかわされて、怒り狂った怪物は牙を振りかざして、突撃を行う。
あたりのものを吹き飛ばし、床をバリバリ割りながら迫ってきた。
(狭すぎる! この子を守らないと!)
少女を必死に抱きかかえる。
「窓から逃げろ、エアーエレメンタル出したから、少し持つはずだ」
ダーク翔一の声。
怪物はエレメンタルに衝突して、動きが止まる。牙を振りかざし、酸を吐く。
攻撃を受け、急速に精霊は消滅していくようだった。しかし、時間は稼げる。
「ありがとう!」
翔一は何かの装置を片手で持ち上げると、金網の張られた窓に渾身の力でたたきつけた。
子熊であっても人獣の力はすさまじく、装置は窓を突き破って地面に落ちる。
「クマクマ」
窓から出ると、壁のくぼみなどに爪をかけてするすると登り、屋上に避難した。
「ふー、一息付けたクマ」
急いで少女を確認する。
つぶらな瞳と黒髪。翔一を不思議そうな目で見つめていた。
けがはないようだ。
血の匂いもしない。
ドン! ドン!
屋上の足下であの怪物が出てこようとしているがわかる。
メキメキと構造が割れていく。
「このままでは……」
バリバリという音と共に怪物は天井を破り、屋上に頭を出す。
月光に照らされて、巨大昆虫怪物が姿を現した。
ぬらぬらとした体表。漆黒の外骨格。巨大な牙と人間性のかけらもない瞳。
追ってくる巨大昆虫。
「なんだあの化け物は。少佐、とんでもない怪物が屋上にいます。何かを追い詰めているようです」
ジャック・棒波津の声が無線で聞こえる。
「何者かわかるか」
「赤外線に……形状からして、追い詰められているのは治癒クマーと子供一人です。射撃許可を!」
棒波津は赤外線スコープに切り替えたのだ。
「やってくれ棒波津君!」
少佐の声がする。
彼は状況がはっきりしなくても、決断は早かった。
棒波津の対物ライフルが火を噴く。
今回は麻酔弾ではなく、強力な徹甲弾だ。
バス! バス!
一発二発と怪物の甲羅に穴をあけるが、怪物は吠えるだけで歩みは止めない。
翔一は屋上の端のぎりぎりまで追い込まれている。
ふと、下を見ると、警備兵たちが集まって銃で翔一を狙っていた。
「ご主人様が何かと戦っている。あの黒い塊だ」「くそ、見えないぞ!」
警備兵たちの声。
怪物の援護をするつもりなのだろうが、闇の精霊を纏っているためか、狙いをつけにくいようだ。敵の動きに迷いがある。
ババババ!
彼らの背後でSMGが火を噴く。
大山、小野、ゾーヤが彼らに銃弾を浴びせた。バタバタ倒れる敵兵たち。
しかし、数人が体を破って昆虫人間として現れた。
逆に怪物たちは彼らに迫る。
普通の小火器で勝てる相手ではないのだ。
翔一は焦った。
巨大昆虫が迫ってきたので、ひらりとかわして屋上の端を走る。
(ジャックさんから見えない位置に行かないと)
「ダーク君、赤い精霊呼んで。大きい奴」
「了解」
棒波津の視線と怪物の体が交差する位置にいくと、赤い精霊を喰らう。
翔一はズンっと大型化した。
片手で『水竜剣』を抜く。
一瞬、怪物は動きを止めたが、
「ギギ!」
怪物はビヤっと毒を吐く。
「させない! ブレス!」
水竜のブレスをドバっと吐いて、消し去る。
(女の子がいるのに、こいつ!)
怪物は大量の聖水を浴びるが、全く効いていない。この怪物は聖性という点から見ると普通の存在なのだ。
片手斬りの構えを取る。
しかし、少女を抱えてこの怪物とやり合うのはかなり不利だった。
「その子は精霊界で預かる、渡せ」
ダーク翔一の声。
「そんなことできるの?」
「短時間ならな」
黒い子熊に少女を渡すと、思った以上に優しく少女を抱きかかえる。
翔一は安心して、昆虫怪物と向き合った。
「キチキチ」
昆虫は怒りの声を上げて熊に突進しようとしたが、
「白虎一剣!」
いち早く翔一が突撃した。
恐ろしくも強力な木刀の一撃は、怪物の外骨格を叩き割り、背中から頭部迄を真っ二つにする。
そして、内臓がシャワーのように撒き散らされた。
怪物の霊魂は水竜が喰らいついて飲み込んでいく。
急速に死骸はカラカラに乾燥して干からびて行った。
翔一は敵の視線を感じていた。
狙撃兵がいるのだろう。
「ダーク君、機械精霊呼べるかい」
「無理、子供のお守りで」
「わかった、僕が呼ぶよ、敵の銃やミサイルを沈黙させる。君も探してほしい」
「それぐらいならやるぜ」
鹿の頭蓋をかぶり、精霊界に祈願すると大量の機械精霊があふれ出す。
「監視塔や茂みに隠れている奴ら。そういったものに纏わせるんだ」
子熊と宿精の意志に支配されている精霊たちは目につく敵の武器にへばりついていった。
しかし、これでは昆虫人間は止まらない。
足下を見ると、仲間たちが追い詰められている
大型拳銃を振りかざす大山が見えた。
「クソ、外骨格を抜けても、止まらない!」
月光の下に姿を現す。
「大クマー見参!」
建物から飛び降りると、一気に昆虫人間に迫る。
昆虫人間たちは異変に気が付いて振り向こうとしたが、彼らの対応はそれが限界だった。
「白虎三段、雲燿剣!」
稲妻のように大クマーが通り過ぎる。
大木刀の一撃を喰らった昆虫人間たちは手足を吹き飛ばされ、頭をつぶされて、文字通り、地面にまき散らされた。
「ふう。助かったわ。大クマーさん」
ゾーヤの声が聞こえる。
そして、
ドン!
と、どこかで扉の開く音。
何者かが外に飛び出してくる。
二人の存在。
一人は頭と足があのマッチョ男のままで、上半身だけが昆虫怪物の腕と胴体に替わっている。恐ろしく不気味な怪人。双子のもう一人だ。
小脇に小さな少年を抱えている。
そして、黒と黄金の細身の怪人が出てくる。
長い二本の触覚と白いマフラー。
「ストロングホーン!」
仲間の声が無線で聞こえる。
「まて、風間。この子がどうなるかわかっているのか。俺を見逃せば、この子供の命は助けてやる」
マッチョ男は見苦しい人質策でこの場を乗り切ろうというのだろう。
「……」
風間は無言。
「俺がやる。少佐、許可を」
棒波津の声。
「待て、敵は強い」
少佐は姿を見せていないが決断に迷いはなかった。
翔一はどうしようか迷っていた。肉弾では風間と大差はない。魔術でどうにかするには敵のオーラが強大すぎた。エレメンタルの大火力なら一撃で倒せるが、それでは人質が助からない。
「させない」
背後で気配がする。
振り向くと、小さな人影の目が光った。
黒くつぶらな瞳。
「え?」
「なに!」「どういうこと?」
いつの間にか、人質は風間の手の中にいた。
一瞬だけ彼は驚いたようだったが、優しく、地面におろす。
「いい子だ。ここで待っていろ」
「い、いつの間に、子供を奪った! 風間!!!」
怪物は叫ぶ。
「雷電キック」
次の瞬間には、怪物の胴体は真っ二つになっていた。
飛び散る手足、まき散らされる体液。
転がる、マッチョ男の頭。
「風間! 死ね!」
頭部だけの男は口から何かを吐き出そうとした、しかし、
ストロングホーンは空中を蹴って垂直に飛び上がると、その吐出物をかわす。
「轟雷脚」
上空からのストンピング的な蹴りで男の頭を踏み抜いた。
スイカを踏み潰したように、男は肉の破片となる。
「風間君。よくやった」
少佐が地下階と直結する通用口から出てくる。
そして、その後ろから、子供たちがぞろぞろ出てきた。
「何とかなったようだな。外も」
「少佐、風間。こちらは大丈夫だ。大クマーが現れて……」
棒波津が説明しようとしたが、大クマーはすでに消えていた。
「ジャック、大クマーは建物の影に入った瞬間に消えたわ」
ゾーヤが説明する。
「な、何者、だったんだ、あれは……」
大山は大口を開けて驚愕していた。
「治癒クマーちゃんは?」
ゾーヤが少佐と風間を見る。
首魁が倒された状態で、敵の警備部隊は逃げようとして慌てている。
ヒーローに攻撃を加える敵はいなかった。
したくても、重火器中心にほとんど機能しないのだ。
「皆さん、大丈夫だったクマ?」
翔一がロビーから慌てて出てくる。
少女を背負っていた。
「君のお兄さんが駆け付けてくれたよ。怪物を倒してくれた」
棒波津がうなずく。
「ああ、間にあったクマですか。三階で怪物が暴れ出した時、兄に応援依頼したんですけど、一時はどうなるかと」
「それで、情報はどうなった」
「データは小野少尉。捕虜はばっちり捕まえたクマ」
翔一の後ろには、数珠つなぎになった研究員たちがいた。二階にいた研究員たちも降伏している。
「こいつらが色々喋ってくれるクマ」
「クマちゃん、その子は何なの?」
ゾーヤが興味津々という顔で可愛らしい少女を見つめる。
「かなり大事な存在だと思うクマだよ。すごい大掛かりな装置に入れられていたクマ」
「……危険はないの? 超能力で大暴れするとか、昆虫人間かも……」
「それは大丈夫、魂の形が昆虫人間じゃないクマ。暫く僕が見守る」
「あなた、そんなことわかるのね。それならいいけど」
ゾーヤが肩をすくめる。
「僕が面倒みるクマ。ご心配なく」
そのような話をしていると、風間が空を見てつぶやく。
「どうやら、敵の幻術も消えた様だな」
自衛隊のヘリが何基も到着し、空てい部隊が降下してくる。
逃げまどう残兵は精鋭部隊が鎮圧するようだった。
「結局、監視妨害は異星人の何かだったクマ?」
「ああ、俺たちが地下に突入した瞬間、何らかの装置を破壊してテレポートした奴がいる」
風間が答える。
「これからが大変だな。ここで得た捕虜と資料から膨大な情報が手に入った。忙しくなるぞ」
少佐の言葉はヘリの爆音で消えかかっていたが、聞かずとも皆はうなずく。
戦士たちは無言でヘリに乗り込む。
すぐに、島は小さくなっていく。
「あの島には何の意味があったクマだろうか」
「さあな、これから資料を解析すれば何かわかるだろう。でも、それは俺たちの仕事じゃない」
棒波津はそう無責任に答えると、ごろっと横になってしまった。
「諸君、よくやった。これはかなり偉大な成果だ。人身売買組織の島は制圧され、人質は解放。悪党どもは大勢が逮捕された。惜しむらくは敵の幹部クラスは昆虫人間であり、交渉の余地なく倒さなければならなかったことだ」
暗黒司令がヒーローたちをねぎらう。
会議室にはジャック・棒波津とゾーヤ、滝田少佐、治癒クマーがいる。
「ヒーロー諸君には私からも礼をいう。昆虫双子を倒した大クマー氏と風間君がいないのが残念だが」
滝田少佐が軽く会釈する。
「兄は恥ずかしがり屋さんなので僕から伝えますクマ」
「風間さんはいないのね」
やや、ご機嫌斜めなゾーヤ。
「風間君は関西で発生している機械人間に対処してもらうために行ってもらった。それが彼の希望なのだ」
「風間さん、もうちょっと休んだ方がいいと思うクマ」
翔一は心配だった。彼は自分を追い詰めすぎている。
彼のかつての親友のように。
「私もそのことは心配しているのだが、彼は全く休もうとしない。困ったものだ」
暗黒司令も同じ懸念を抱いているようだった。
「それで、司令。情報から何かわかったのか」
棒波津が問う。
「うむ。現状、即座に使える情報は少ないが、敵の重大な基地がいくつか判明している。世界各国に通報したよ」
「それなら、俺たちの苦労は報われたな」
うなずく棒波津。
「得た情報は科学研に、逮捕された者は公安に引き渡された。ゾーヤ君は少佐の指示で公安に協力してくれないか」
「ええいいわ。私、日本の防衛会議に移籍しようと思うから」
「それは頼もしい。官房長官にもお伝えしておくよ。ヨーロッパの方はいいのかね?」
「ヨーロッパはファンタジーモンスター軍団を撃退したから一息ついたわ。日本移籍にも反対はなかったわ……見返りも大きいから」
ヨーロッパではドラゴンやトロール、オークのような生き物が暴れている。
「うぉっほん。とにかく、今後は日本防衛会議の捜査官として公安と協力してくれたまえ」
「ええ」
「暗黒さん。助けた子供たちはどうなったクマ」
翔一はこのことはどうしても聞きたかった。
「科学研で精密調査したのち、身元が判明している子供は親元に返す予定だ。しかし、大半は身元がはっきりしない。しかも……」
「何かあるクマ」
「ふむ、君も直接かかわっている……あの子たちは大半が特殊能力を持っている。超能力だ。特に、君が背負っていた黒髪の少女」
「あの子に何か」
「……詳しくはいえないが、これだけはいえる、彼女はとんでもない存在だ……今回の任務のことも、あの子の存在も重大な国家機密となっている。他言無用ということだけは肝に命じておいてくれたまえ」
「正義のために秘密は守りますクマ」
「ありがとう、治癒クマー君」
「あの時、俺はもう維持しきれなくて、あのちびっこを一時精霊界から出したんだ」
ダーク翔一の声。
ヒーロー送迎専用車に乗って帰宅中である。
「じゃあ、あの怪人から子供をテレポートさせたのは……」
「そうなるな。あの距離であの年齢で。末恐ろしいガキだ」
「しかも複数の能力、念動力とテレポート。まだあるクマかも」
「ああ」
翔一は短い腕をモフっと組むと大都会をにらむ。
大東京はいつもと変わらないように見えるが、確実に闇を孕んでいた。
2021/4/4 2025/2/13 微修正




