41 潜入! 悪の島 その2
残りの一人は普通の人間だった。
ゾーヤが尋問して速やかにいくつかのことが判明する。
「基地の外側にはIDカードがあればあっさり侵入できるわ。建物には網膜認証が必要」
「私がハッキングします」
ゾーヤの言葉に小野少尉がうなずく。
基地には四角く大きな建物があり、そこだけセキュリティが厳しいようだ。
小さな地図を見せて指し示す。
「この建物は最重要らしいわ、エスパー共が度々出入りしている」
「どのような奴らクマです?」
「マッチョゴリラの双子エスパー。いつも、パンツ一枚でうろうろしてるんですって」
「怖いクマクマ」
「双子の好物はがっしりした大山君みたいなタイプらしいわ」
かすかに笑顔でゾーヤ。
ぎょっとする大山。
「じゃあ、大山さんを生贄に差し出したら大丈夫クマ」
「お、俺、帰っていいですか。ホ○じゃないっす」
「そんなことはどうでもいいクマだよ。早速潜入するクマ」
「どうでもいいって……」
「攫われた人々は多い。ここに誰かが待っているかも知れない。行くぞ、諸君!」
滝田少佐の言葉にうなずく隊員たち。
大山軍曹は顔が引きつっている。
基地を俯瞰できるポイントまで移動する。
すでに、完全に日は暮れていた。
「ふむ、正面から行くのは無謀か」
寝ころんだ状態で、基地を観察する滝田。双眼鏡を覗いている。
正面ゲート付近は敵兵が多い。
「敵に動きはないクマ。二人が消えたのにドン臭いクマー」
翔一も同じく双眼鏡を使う。
「あのー君」
「どうしたクマ?」
「近! 過ぎ!」
翔一はもぞもぞと匍匐し、滝田の背中に乗って観察していた。
「地面と同じ色だったクマ」
「これはそういう服なの!」
「IDカードで男性二人は入れます」
小野少尉は倒した敵兵のIDカードを何かの装置でチェックしている。
「風間君と大山軍曹は二人で敵兵のふりをして侵入を試みてくれ。他は別ルートから行こう」
風間と大山が敵の装備を取って警備が比較的薄い通用門に向かう。
敵兵はマスクにゴーグルなので顔はごまかせる。
基地に堂々と入っていく二人。
「二人は英語できるクマ?」
「風間君は留学経験がある。大山は特殊部隊。スパイ訓練も受けているのだ」
「すごいクマー」
「クマちゃんは英語できないの?」
ゾーヤが聞く。
「頑張ってるけど、ちょっと苦手クマだよ」
「小野少尉、どうやったら侵入できる」
「敵のセキュリティは教科書通りのつくりだわ。有線で構築している。無線なら簡単に侵入してハッキングされるからね」
「なるほどクマクマ」
「だから、どこかに、接続しないと無理よ。もちろん、その手段はあるわ」
グレネードランチャーのような銃を見せる。
これで何らかの装置を飛ばすのだ。
「これにはドローンが搭載されているの。敵のケーブルの近くに打ち込めばロボットがやってくれるわ」
「それは俺に任せろ」
ジャック・棒波津がうなずく。
滝田少佐、小野少尉、ゾーヤ、ジャック・棒波津、そして、翔一の五人は、比較的手薄な位置に移動して侵入を開始する。
ジャックがランチャーを構えた。
バシュっと、小さな音と共に、カプセルが発射され、監視装置の脇に張り付く。
そこから小さなアームが出ると、装置に端子を突っ込んだ。
「これでいいわ。後は、これが仕事してくれる。ちょっと待ってね」
軍用PCなのだろうか、小野が何らかの操作。やがて、
「もういいわ、私たちを映しても手前のカメラは反応しない。というか、過去十分ぐらいを繰り返し映している」
「では行こう」
五人は素早く動く、機械が止まっても兵士は見回っているのだ。
兵の隙をついて柵に辿り着く。
「かなり頑丈な柵だ。乗り越えた方が早い」
「あの監視塔の兵が邪魔だな」
無造作に棒波津が銃を抜くと、比較的近い塔で見張っている兵士をいきなり銃撃する。
プシュ、プシュ!
普通の弾ではなく、何かのカプセルだ。
兵士は沈むように倒れた。
かすかに寝息が聞こえる。
五十メートルはあったが、麻酔拳銃の無造作な射撃で倒したのだ。
「さすがだな、この距離でボディアーマーの薄い部分を一撃で仕留めるとはな」
滝田が褒める。
その間にも小野がフック付きのロープをかけた。フックがかかると、カチャカチャという音と共に、ロープに手がかりが生える優れものだった。
「行っていいクマ?」
「確かに、君は小柄だ。いいだろう無理はするな」
「クマクマ」
スタっと柵を越えると、雑草が生えている。草に隠れ隠密精霊を張る。
敵兵は多少いたが、翔一には気が付かない。
「敵が見張っているクマ。合図するからそれまで待って」
やがて、あくびをすると、敵兵は去る。
合図を送る。
仲間たちも乗り越えたが、翔一に気が付かない。
「草むらにいるクマ」
「フム、思った以上に君は目立たないのだな。私ですら、気が付かなかったぞ」
滝田が称賛する。
「エッヘン」
「しかし、ここからは年季が物をいう。私について来るのだ」
滝田は非常に低い姿勢になると、物陰を素早く移動する。
まるで敵の位置がわかっているかのような動きだ。
「少佐は警備の配置パターンを熟知しているのよ」
小野少尉は滝田少佐を信頼しきっているらしい。
「クマクマ」
基地はかなり広い。
無人をいいことに、昔の集落全体を基地に変えているのだ。
古い建物は一部取り壊され、一部はそのまま兵舎として利用している。
集落中心部は廃墟が多いが、基地の中心部にもなるので、逆に見周りがほとんどいないようだ。
「ご飯の匂いがするクマー。ここは倉庫かな」
「少し調べよう。何かわかるかもしれない」
古い公民館であり、警報装置が一つ取り付けられているだけだった。
あっさり解除して中に入る。
物資が屋内に積み上げられていた。
「保存食ばかりね、武器弾薬も多少あるわ」
ゾーヤが確認している。
「研究棟に入りきらないくらいの備蓄食料があるということだ。ここは奴らにとってかなり重要と考えるべきだな」
滝田の分析。
「赤ちゃん用のご飯があるクマだよ」
「赤ちゃん用?」
滝田少佐は確認する、日本のどこでも売っているような離乳食のパックだ。
「やはり、子供、しかも幼児が拉致されているようだな」
棒波津の顔がすっと冷たくなる。
ここの連中は人さらいの手先なのだ。
「許せないわ」
「怒りはとりあえず置いておくのだ。我々は冷静な判断を忘れてはいけない」
滝田は皆を諫める。
「……」
女性陣は無言になったが、決して、怒りを忘れたわけではない。
「ドッグフードがかなりあるクマ。しかし、今のところ基地に犬の匂いはしないクマだよ」
「便利ねぇ、あなた」
小野少尉が感心する。
「どこかに隠し玉があるのかもしれない。覚えておこう」
通信が入る。
「少佐、こちら風間だ。今どこにいる」
「旧集落中央、公民館の中だ」
「敵の幹部を一人捕らえた。研究員のような奴だ、彼の網膜は登録されているらしい」
「私の出番ね、マインドコントロールさせてもらうわ。連れてきて」
ゾーヤが答える。
「了解」
公民館に全員が集まる。
風間と大山が白衣の三十代くらいの男を連れてきた。
ゾーヤが研究員を尋問し、洗いざらい情報を得る。
テレパシーを使えば拷問も必要なく情報の取得も早かった。
「ここの施設は、攫った人、主に子供の中継を行っている。そして、こいつは子供たちに『賢者の石』がないかを調べているのよ」
ゾーヤのいう施設は先ほどの捕虜から得た情報にある網膜認証が必要な建物のことである。
この建物は敵が建てた大きな研究所だった。
基地の北西にある。
「『賢者の石』? よく聞く、伝説のあれか」
ジャックが腕を組んで聞く。
「これはオカルト絡みの話ね。大人になると消える人間が多いらしいわ。『賢者の石』は人間の超常能力の才能のことで、それをうまく育て上げると、凄いエスパーになるって話。もしくは、強力な昆虫人間にもなるわ」
「……」
風間は無言になる。皆も気まずくなった。
「俺は十代で攫われて改造された」
つぶやくように言う風間。
皆は答えようもない。
「この男、散歩が好きだったみたいで、もうじき帰る時間。侵入するなら今以外ないわ」
「全員で乗り込むのは無理があるだろう、退却支援として外組、潜入の中組を分ける」
「少佐が決めてくれ」
風間がうなずく。
「フム、小野君、大山君、棒波津君は外で待機してもらおう。ゾーヤ君も無理をさせるわけにいかない。外で銃撃支援してくれ」
かすかに不満げな棒波津とゾーヤ。
小野と大山は無言。
「私と、風間君、治癒クマー君で行く。建物はかなり大きい。プレハブ構造を積み重ねたものだ。ハッキング装備を貸してくれ小野少尉」
小野は滝田にいくつかの装備を渡した。
「では、地図に示した場所で外組は待機だ」
小野少尉はこの公民館の二階で監視。他は適当に散って、様子をうかがう。
棒波津は対物ライフルを背負って狙撃位置に行く。
北西の建物は灰色で四角の無機質なビルだった。三階建てである。
部屋のユニットをヘリで空輸して積み重ねたものだった。どこかの工場で作られた特徴のない建物。
周辺をライトで照らしているが、敵兵の姿はほとんど見えなかった。
「思ったより警備兵は少ない。しかし、一部は排除する必要がある。棒波津君」
「任せろ、麻酔弾で始末する」
サイレンサーをつけて、遠い距離からライフルでバスバスと狙撃する棒波津。
玄関正面、屋上など、監視位置にいる敵がすぐに沈黙した。
(棒波津さん、すごい腕前クマ)
それが済んでからふらふらと最大の建物の入り口に近づく研究員の男。
網膜確認を行う。
男はゾーヤの支配下にあり、命じられたことを忠実に行うロボットのようになっていた。
翔一は男の上着の背中に入りしがみつく。
男はロビーにフラフラと入り込む。
ロビーは無人だったので、上着から手を出して、ドローンを制御装置に投げつけた。
装置はハッキングされる。
カメラは無人状態を偽装し、そして、扉が開く。
滝田少佐と風間が素早く侵入した。
「よくやった、治癒クマー」
男はロビーの椅子に座ると、ぐうぐう寝てしまう。
「さてこれからだが、監視カメラはどうだ」
「廊下とロビーのカメラはハッキングしました」
小野の声。
「建物の内部情報がロビーの端末にある」
風間は腕力だけの男と思われがちだが、下手なスパイより知能も技術も高かった。
ハッキングして、小野に情報を送る。
「よし、小野少尉、それで俺たちを案内してくれ」
「……はい。もう少し進むと階段エリアになります。単純にそこから上に三階下に二階。上の階は研究エリアです」
大まかに、一階が倉庫やセキュリティールームなど雑多なエリア、二階は居住区、三階がメインの研究エリアだ。
地下は施設の記載がないが、そこそこ広い。
「上階に被害者はいないだろう。窓から外を見られないようにするのが基本だ。そうなると、拉致された人は下だな」
推測する滝田。
「上の階に行けば研究情報が手に入ります。それに、敵の幹部も」
風間は上を睨む。
「ヒーローとして悪人は見逃せないかもしれないが、今日は救出を最優先にしてくれないか」
「……わかりました」
「僕は隠密得意クマ。敵の情報端末にドローンをセットして、少尉が抜けばいいと思うクマだよ」
「しかし、分裂するのは」
風間が心配そうにする。
「救出が最優先。それには最大の戦力充てるクマ」
「危険だが一理あるな。治癒クマー君、では、頼む。戦闘が起きそうなら遠慮はいらない、迷わず撤退するのだぞ」
うなずく子熊。
滝田はすぐに決めると、二手に分かれることになった。
翔一は誰もいなくなったら、闇の精霊を纏い、陰の塊になる。
これで映像に写されても黒い影でしかない。
そろそろと進む。
二階は職員たちの居住スベースのようだった。
あまり人はいない。スルーして三階に行く。
三階が研究エリアである。
もう夜も遅いが、数人の人間が忙しそうに働いていた。
狭い廊下で一人の男が資料を抱えて歩いてきたので思わず掃除道具のロッカーに入った。
男は通り過ぎたので、背中にスタン警棒を押し付ける。
「アガ! アババババ!」
電撃を喰らい男は気絶した。
資料を見ると、昆虫人間の研究資料。
精霊界に放り込む。
IDカードを持っていたので、それを使って彼が出てきた部屋に入った。
広い部屋に何らかの装置が並ぶ。
そして、人間を入れるようなバイオポッドが四つ。
その中に人が入っている。そして、周りに三人の研究員。
彼らは戦闘員でもないので、注意力散漫であり、そっと入った翔一に気が付くそぶりもない。
うろうろする彼らの尻に、警棒を一人づつ押し当てる。
「ぎゃ!」「ぐあ」
すぐに部屋を制圧し、研究員をその辺のコードなどで縛る。
そして、メインの端末と思われるコンピューターにドローンをセットした。
「少尉、ハッキングして下さい。昆虫人間の研究してるクマです」
「了解、カメラも乗っ取るわ」
小野少尉に姿を見せるために、一時、闇の精霊を解除する。
バイオポッドを確認すると中には少年と少女二人。呼吸器をつけられて、何らかの薬液に満たされていた。
霊視する。
「こいつらは人間じゃない。もうあきらめるしかないな」
ダーク翔一の声。
「風間さんみたいな例もあるクマ」
「黒く引き歪んだオーラだぜ。たぶん、無駄な考えだ」
ため息をつく。
「でも、寝ている子供を殺すなんて……」
「やるしかないぞ、こいつらは怪物だ」
小野少尉から連絡が入る。
「あなた、そのポッドの子供たちを殺すことに悩んでるでしょ」
彼女は翔一が躊躇する姿を見たのだろう。
「僕にはできないクマ」
「その子たち値段が付いているわ。どこかのテロ組織に兵器として渡されるのよ」
「……」
「私がやるわ。実際目にしてないのなら、辛くもないから」
翔一は何もいえなかった。
無言で部屋を出る。
ポットの中に毒が注入される。安全装置なのだ。
もがき苦しむ子供たち。
死ぬ前に本性を現せて昆虫の怪物として死ぬ。
「隣の部屋も見ておくクマ……」
あまり見たくなかったが、見ないわけにもいかない。
そこは同じく研究施設だったが、大きなカプセルが一つと、何かの分析装置。
カプセルには白く輝く何かが入っていた。
二人ほど忙しそうにしていたので、一人の尻を電撃警棒で叩き。もう一人が逃げようとしたので飛び掛かって、首筋に決める。
くたっと倒れる二人の男。
「何だろう、重要な何かだよね……」
そっと近寄る。
カプセルの中には呼吸器をつけた小さな少女が入っていた。幼児である。
霊視する。
非常に強力なオーラ。白く光り輝くような力を感じる。邪悪な気配はない。
翔一が感じたのは実際の光ではなく、彼女のオーラだったのだ。
(しかし、普通の人間じゃないよね。多分)
まじまじと見ていると、少女の目が開く。
目が合った。
「クマクマ」
しばらく見つめ合っていた。
「……」
そして、いきなり、少女は苦しそうにもがく、
「ど、どうしよう、助けないと」
慌てる翔一。
いきなり、机の上や装置の上に置いてある物がひっくり返したかのように転がり落ちる。
(風、風の魔力? 念動力かな、この子の力かも)
ゴウっと、気配が動く。けたたましい騒音。
翔一は反射的に『解除』と書かれたスイッチを押した。
パカッと開いて、ドロッとした薬液が床に流れ、少女が出てくる。
翔一は思わず毛皮に抱きしめると、彼女に繋がれている呼吸器やその他を外してしまった。
「ケホ、ケホ」
軽く咳き込む少女。
精霊ポケットからミネラルウォーターを出して洗う。
(この子は怪物じゃない。僕が助けないと!)
白衣が落ちていたので、彼女をくるんだ。
奥の扉が開く音。
翔一は慌てて闇の精霊を纏った。
「なんなの、ちょっとうるさいわよ」
騒音にぶつぶついいながら、マッチョな男が一人出てくる。
パンツ一枚だけの男だ。髪は一本もない。
「あら、私の部下をやっつけたのはあなた?」
翔一は闇の精霊を纏い、見た目には真っ黒の塊。警棒を持った手が出ている。
「……」
(ドッグフードの匂いがするクマ……こいつが食べてたクマ?)
少女は眠っているのか大人しい。
毛皮に頬をすりすりしている。
「すっごく変わった姿してるわね。闇の超能力か何かでしょ」
バン!
男が睨むと、警棒はぐにゃぐにゃに曲がって天井に張り付く。
(こいつも念動力?!)
翔一も力を感じたが、守護精霊が中和してしまった。
「変わった奴ね、これならどう?」
男が睨むと、そこら中の椅子や机が宙を舞い、翔一に襲い掛かる。
軽くポンポンとジャンプし、広い部屋を逃げ回った。
「ダーク君」
「なんだよ」
「監視カメラ止めて」
「……わかった」
幼い少女を毛皮に抱え、敵と対峙する。
男の周りに、様々な物体が浮かんでいた。
2021/4/3 2025/2/13 微修正




