39 クマクマ祈祷所クマ!
御剣山家の裏山はそのまま大きな山地帯に繋がっている。
すぐ近く、やや北西よりにハイキングコースがあるが、裏山はそこからは少し外れているので、あまり人が入るような場所ではなかった。
最近までは近くの農家の私有地であり、農家が山の管理を行っていた。しかし、後継者不足で市に譲渡されて以来かなり荒れ果てている。
治癒クマーこと御剣山翔一とその仲間たちでこの山とその裏側にある小さな谷あいを開拓し、精霊が多い場所として『祈祷師ゼロ』の事務所を開くことになったのである。
四十年程前には十数戸の集落があったのだが、今は無人となり、集落跡も建物は崩れ、雑草と灌木ばかり生える場所となっていた。
コンクリートの階段やアスファルトの道路が集落の痕跡を残している。
日本防衛会議は素早く土地を取得すると、廃墟を撤去し、土台を強化、プレハブの大きな建物を工場からトラックで輸送。土台に乗せていきなり住めるようにしてしまう。ガス水道電気は古い設備を改修してしまえば問題はなかった。
「へえ、すごいなぁ。あんな立派な建物が、プレハブだなんて……」
翔一は唖然とする。
二階建てのかなり大きな建物で、外観はログハウス風、内装は近代的なホテルのようである。洒落たテラスまであった。
建設は専門の業者が行ったのだが、彼らはここが防衛会議の施設だとは知らない。
「街に近いとはいえ、ちょっと辺鄙な場所ですから。それにしてもよく居住許可が出ましたね」
建設会社の責任者が建物を褒められて誇らしげだが、やや不思議そうな顔をする。
人口減少の影響を受けて、住宅の新規建築は難しい場合が多いのだ。
国民にはかたまって住んでもらった方が、行政コストは安くなる。そのような背景があった。
「ここは政府の施設になります。他言されぬようにお願いしてあったと思いますが」
油ギッシュ上司が嫌な雰囲気で圧力をかける。
「はい、それはもう。作業員にも金持ちの別荘だとしか伝えてありませんから」
「政府機密ですので、漏らした場合はペナルティを覚悟してください」
「心配ご無用です。我々は口が堅い」
少しムッとする責任者。
しかし、彼も商売だから滅多なことは無いだろう。
契約書を渡すと、彼は車に乗って去っていく。
「御剣山君……治癒クマーの人間体は初めて見たが、本当に少年なんだな。君の知り合いが精霊を使ってここでアイテムを作るという話だが……」
「ええ、油さん。えっと、ああ、いました。こちらが土壁源庵先生です」
翔一の背後からいきなり土器の面を被った熊のぬいぐるみがあらわれた。
「よろしく、中間管理職君。もっと、人を思いやる言動をした方がいいよ。魂がゆがんでしまう」
「な、どこから出てきたんだ。というか、余計なお世話だ!」
「君の魂は歪んでおるなぁ。祖先も悲しんでおるぞ、墓参りぐらい行け」
「しかし、土壁さんというのか、彼も熊なのか。『祈祷師ゼロ』とは何者なのかね。暗黒司令は教えてくれないんだよ」
「僕の知り合いが総合的に精霊術サービスを行います。それが『祈祷師ゼロ』です。僕は学生で時間の融通も利きませんし、それに治癒術以外は何もできませんから」
「総合的? まあいい。君は四級だから、分をわきまえていればいい」
「ふむ、しかし、このままこの館が呪術的に剥き出しというのも問題があるぞ、翔一君。結界を張ってはどうか」
源庵がきょろきょろしながら提案する。
「じゃあ、先生お願いします。油さん、いいですよね、結界を張っても」
「政府の土地だから、勝手なことをしてもらっては困る」
「司令さんには後で詳細伝えるから、あんたはもういいだろう、出て行きなさい」
一貫して責任も何も取らない油上司に呆れた源庵は彼を突き放す。
「な、なんといういいぐさだ」
「ごきげんよう諸君」
油上司が怒る前に聞き覚えのある声がする。
いつの間にか、一機の監視ドローンが来ていた。
「状況はどうかね」
ドローンから暗黒司令の声。
どうやら、司令は現地視察していたようだ。
「司令。建築は順調に済みました。業者との取引もスムーズです」
油。もちろんぺこぺこする。
「司令さん、ここに結界張りたいんですが……」
翔一の提案。
「結界? いいだろう、好きにしたまえ。君たちに託すためにその土地を買ったのだ。詳細の報告はしてもらうが」
「ええ、もちろん」
「やはり、大物は違うなぁ。ちょっとは見習いなさいよ、油君」
油上司はギロッと源庵を睨むと、ムッとした顔で車に乗り込む。
ふわふわと、ドローンも車に乗る。
車にはドローンの設置箇所があるようだ。
「それでは諸君、国民のために頑張ってくれ」
ドローンから声。
「治癒クマー、後でしっかり報告してもらうぞ」
そういい残して、油上司も車で去った。
「あの油男。あいつは立場の弱い人間のドングリを減らすような奴だ。私の時代にもいたよ。ケツの穴の小さい奴だ」
「先生、もう少し和を大切にしてですね……」
「それより結界だ。この集落跡は袋小路になってるから、用件の無い人間はほぼ通ることもない、上流は未開の地。この地形を利用して、入りこんだら迷っていつの間にか入り口に戻るように促す術をかける」
集落の西側を小さな川が流れている。川は集落より低い位置にあった。
「へぇ、すごいクマ。あ、でも、釣り人とかが時々小川をさかのぼってるのを見ましたクマ」
翔一はいつの間にか子熊に戻っている。
「ならば、上流に向かう者にはこの館を無視する意識を持たせてスルーを強要する術もかけよう」
「結界にかからないようにするにはどうするクマです? 用件がある人もいますよ」
「特定の守護精霊を結界の精霊に覚えさせておけばいいだろう。知性精霊を加えれば、そのような加工は簡単だ」
「わかりましたクマ」
二人して祚物を作り始める。木や石に彫刻刀で紋様を彫り込んでいく。
作業をしていると、
「ふむ、鍛錬には良き場所だ」
精霊界から球磨川風月斎が出てくる。
彼は、先日、強敵との戦いでボロボロになったので新しい熊のぬいぐるみに受祚されている。
もっとカッコいい依代を手に入れようとしたが、風月斎がぬいぐるみでいいといい張るので、結局、前と同じような存在になったのだ。
二人を無視して、手頃な木を伐り、稽古道具を作り始めた。
作業をしていると、車の音がする。
「あ、お母ちゃん来たクマだよ」
一台の車がやってきた。
御剣山詩乃と姉の園が車から降りる。
「あら、結構いい場所よね」
詩乃は車を降りるとバスケットを手に持って歩いてくる。
「雑草だらけじゃない。虫も多いわ」
園はちょっと面倒臭そうな顔。
「お母ちゃん、お姉ちゃん。テラスで休憩してくださいクマ」
「翔ちゃんのお友達もいるのね」
魂が入って何となく子熊っぽい二人の祖霊。
「これは奥方。拙者、球磨川風月斎と申す。ご子息に剣の指南をしております」
礼儀正しく頭を下げる風月斎。
「あら、初めまして。いつも息子がお世話になっております」
詩乃も頭を下げた。
「何という美しい女性だ……」
土壁源庵は詩乃を見てぽかんとしている。
「翔ちゃん、このお面をつけた方は?」
「この人は……」
「わ、私は、土壁源庵。翔一君の精霊術の師匠です。よろしく」
モフ手を差し出して、詩乃と握手する。
「何という美しく白い手なのだ。あなたは地上の女神です」
「あら、可愛いクマさんに褒められたわ」
ニコニコする詩乃。
職業柄、容姿を褒められるのは慣れっこだが、褒められてうれしくないということはない。やはり、悪い気はしないのだ。
「そちらのお嬢さんも、非常に美しい」
「よくわからない生き物に褒められても……」
明らかに、園は警戒している。
「球磨川さんと土壁さんもお腹空いてないかしら。お弁当持ってきましたのよ」
バスケットからいい匂いがしている。
翔一は早く食べたかった。
「拙者は……腹は空かぬのでお気になさらず」
「我らは祖霊ですから、精霊界から力を得ているのです」
「精霊界?」
詩乃はよくわからないようだ。
「我らが親子水入らずを邪魔するのも失礼に当たる。では、これにて」
そういうと、風月斎は源庵の手を引いてどこかに消えてしまった。
「あの二人は……」
園は怪訝な視線で見送る。
「あのお二方は僕たちのご先祖だよ。遠い昔の。僕たちの時代が異常な力に侵食されているのを心配して常世から駆けつけてくれたんだ。すごくいい人たちクマ」
「先祖って、私たち人間よね。あれはクマちゃんでしょ」
「あの人たちは実体がないから、ぬいぐるみに憑依してるクマだよ。映画であったじゃない? 霊が人形に乗り移って暴れるとか」
「……あれね、本当に大丈夫なの?」
園の顔に不安が見える。
翔一は例えが悪かったと思い慌てる。
「大丈夫だよ、暴れたりしないし、子孫の日本のことを大事に思ってる人たちだから。心配は不要クマだよ」
二人が話し合ってる間に詩乃がおにぎりなどを並べてしまう。
「さあ、もうお昼にしましょう」
「おいしそうクマー。いただきます!」
「ウェットティッシュで手を拭くのよ。翔ちゃん」
詩乃はかいがいしく翔一の手を拭いて、おにぎりを箸でつまむ。
「はい、あーんして」
「あーん」
パクッと小ぶりなおにぎりを食べる。
「美味しいクマー」
「うふふ」
詩乃はニコニコする。
「本当に甘えん坊ね。お母さんも甘やかし過ぎよ」
「いいじゃない、こんなに可愛いんだから」
食事を終え、コーヒーを飲んでいると、また一台の車がやってくる。
地味でどこにでもあるようなステップワゴン。
ヒーロー移動用の専用車である。ほとんど特徴はない。
「あら、あの人見たことがある」
園がつぶやく。
降りてきたのは大柄な女性。母娘も背は高いが、その女性は横幅も広い。
「明日香さん、来たクマー」
「ああ、思い出した、赤嶺明日香さんよね。女子プロレスの」
さらに、もう一人降りてくる。
明日香より頭一つ大きく、横幅も広い。
「治癒クマーちゃんこんにちわ、ここで『祈祷師ゼロ』さんと会えるのよね」
明日香が声をかけてくる。
「はいクマ」
「こちらは先輩のアマゾネス玉川よ。テレビで見たことない?」
非常に大柄な女性を紹介する明日香。
「お名前とお顔は知ってますクマ。治癒クマーです、よろしくクマ」
「うわー本当にしゃべるのね。可愛いわ」
あまり女と思えない野太い声。
アマゾネス玉川の迫力に詩乃と園は若干引く。
「クマちゃんのお母さんとお姉さん、いつも彼にはお世話になってます」
明日香が頭を下げると、詩乃も頭を下げる。
「ヒーロー活動のことですわよね。私たちお邪魔してはいけないからそろそろ……」
そういうと詩乃と園は片付けて車に乗り込む。
「ここのことは内密にしてほしいクマ。それと、これ」
翔一は出入り用の護符を渡す。
二人はうなずくと、帰ってしまった。
外は霧が出てきたので、リビングに集まる。
翔一と球磨川風月斎、土壁源庵。
対面に、赤嶺明日香、アマゾネス玉川。
圧倒的にデカイ玉川。
「あらー、お友達も可愛いのばかりね」
玉川は悪役レスラーだが、実際はかなり人のいい女性だった。
ニコニコ笑顔が絶えない。
「僕たち三人で『祈祷師ゼロ』ということになってるクマです」
「へぇ、そうなんだ」
明日香がコーヒーを飲みながら答える。
「特に仮面付けた土壁先生は呪術の達人クマだよ」
「達人です、ヨロシク」
「じゃあ、風月斎さんは?」
「拙者は、剣術指南、武具鑑定でござる」
「あら、素敵」
玉川は風月斎が気に入ったようである。
「玉川先輩は私と同じでヒーロー活動するつもりなのよ」
「うーん、かなり危険な仕事ですクマ」
「私こんな体だから、せっかくの体格を生かしたいじゃない? それに世の中のために働きたいから」
「本当に殺される覚悟が必要クマです」
「大丈夫、普段から喧嘩みたいなものだから、普通の人よりはあるわ」
「先輩はもう三級認定されてるの。活動は来月からする予定だけど」
「とりあえず、今一番多い半魚人さんと昆虫人間に負けない力と防具が必要クマです」
「ふむ、お嬢様はどのような手練で戦いなさるのか」
風月斎が玉川に問う。
「柔道、空手、剣道。何でもやったけど……トンファーが一番好きな武器だね」
玉川は武術マニアだったのだろうか。
「拐……攻守に優れた良き武器でござる」
「防具はどうするクマ?」
「会議支給のぴったりしたスーツでいいよ。あたしのカラー、紫を基調にしてもらうけど」
玉川のレスラー衣装は紫が多い。
「あたしもそうするつもりよ。やっぱり、悪党を舐めていてはいけないよね。それと、携行武器も考えないと」
明日香は格闘家集団との戦いで苦戦したので、前より謙虚になっている。
「拙者に腕前を披露して頂ければ、武具の選定も的確になるだろう」
「じゃあ、お願いしようかな」
明日香と風月斎は連れ立って中庭に出る。
薄い霧の中で技を見せる明日香。
「フム、では、トンファーは赤樫で作って鋼を中に入れる。鎧は魔術防御と強甲精霊っと、亀の精霊とかでいいかな」
源庵はぶつぶついいながら、呪術の選定を行っている。
「あと、祈祷師さん、占いもできるわよね」
玉川が深刻そうな顔。
「できるクマですよ」
「お手の物だ」
「じゃあ、私の結婚運を占ってほしいの、可憐な乙女にとって最も重要なことよ」
思わず当惑する二人の子熊。
「け、血痕クマですか」
「結婚だろ」
「お願い、是非やって」
二人は各々の方法で占いをする。
土壁源庵は玉川の祖霊と話し合う。
翔一は宝石と骨の入った小袋をカーペットにぶちまけて星の配列を見る。
「昔、大祈祷師に習った術クマ」
「あのオークの婆さんだな」
「オーク?」
玉川の怪訝な顔。
すぐに結果はでる。
「そなたの祖霊は、高身長・高年収・イケメン・年下はあきらめろと仰っておる。この四要件を妥協したら道は開けると」
「冴えないチビと結婚するのは嫌よ」
「んなこといってる場合か! 向き合いなさい、現実と」
「あんた、結婚相談所の回し者?」
怒る源庵。不満げな玉川。
「出ましたクマ。新しい試みが吉と出ました。たぶん、ヒーロー活動をすると素敵な男性に巡り合えるクマ」
「あら、やっぱり、そうよねぇ」
にっこり微笑む玉川。
もちろん、笑顔も怖い。
「え、占いやってもらったの。あたしもやって貰うわ。結婚運!」
明日香が汗を拭きながら、玉川と話している。
玉川は重い体を足取り軽く、風月斎に武術を披露するため霧の中庭に出る。
入れ替わりで明日香が入ってきた。
「明日香さんは、そなたが望む男性と結婚できるだろう。占うまでもない」
源庵がそう述べる。
「いいからちゃんと占ってよ。何かやってたのは見えたのよ」
「わかったクマ」
「やれやれ」
同じ方法で占う二人。
「出ましたクマ。赤い石が天空に入ってます。それも一番高い場所。明日香さんはとんでもないすごい人と結婚しますクマだよ」
「何、本当か、それ」
祖霊と話していた源庵が驚く。
「先生、祖霊さんと話してるときは集中しないとダメクマだよ」
「ああ、そうだった」
「すごい人ってどんな人なの。大金持ち?」
「異世界人とか宇宙人とか神様とか、そういうレベルかなぁ。とにかく一般常識では測れない人だと思うクマ」
「それって、喜んでいいのかしら……」
「こちらも出たぞ。祖霊は明日香さんの子供に期待しているようだ。子供に狼の力を宿したいと。だから、強い子供が生まれそうな男を探した方がいい。祖霊も歓迎する。後、墓参りとか寺社仏閣参拝とか、全然やらないから霊的防御が弱いと仰ってるよ」
「は、はぁ。で、結局、結婚運はどうなのよ」
「大物の風格のある男がいいだろう」
「やっぱり風間さんかしら。私に合うのは。これは運命なのよ」
少し頬を赤らめる明日香。
やはり、ストロングホーンこと風間祐次は女性たちに大人気なのだ。
「風間さんには美人の彼女さんがいるクマ」
「え、嘘。嫌よ、そんなの」
「いるのは現実クマー」
「イヤー! やめて! 知りたくない、そんな現実!」
「逃げても現実は迫ってくるクマー」
そんなことをしていると、中庭の二人が部屋に入ってくる。
「やっぱりトンファーはいい武器だよ。決まりだね。明日香、あんたは何にするの」
「あたしは薙刀があるけど、持ち歩くのには不便だから、鎖よ」
「鎖? まあ、いい武器だけど」
「では、もういいな。ここでは受祚だけできる。武具は持ってきてもらう必要がある」
「ええ、わかったわ、土壁さん」
二人は別れを告げると車に乗り込む。
霧の中に消えてしまった。
「霧が濃くなったクマ」
「もう施術してしまったからな。結界がある限り霧は消えない」
(上空からだとどう映るクマ? 防衛会議のドローン借りてみよう)
土壁源庵は急速に現代技術を理解するようになっているが彼にもわからないだろう。
源庵は暇なときはテレビやネットをしている。彼は新しいもの好きなのだ。
「美も、若干、恐ろしい雰囲気もあるクマ。霧の結界空間……」
「ところで翔一君、お母さんは独身なのかな?」
「土壁先生は実体を獲得してからお願いしますクマ。それに、まだお父さんと離婚してないクマ」
「じゃあお姉さんは」
「確か彼氏がいると思うクマです。時々、若い男性の匂いがするクマ」
「そんな……私の園ちゃんに虫が付ているなんて……」
絶句してひざまずく源庵。
「いつからあんたの『園ちゃん』になったんだ」
ダーク翔一がわざわざ精霊界から出てきて突っ込みを入れた。
2021/3/29 2025/2/13 微修正




