3 生徒会長の疑念
「あれは何だったのかしら」
聖美沙は魔術師。
常に不思議なものが見える、そして、様々な術を使い現実を捻じ曲げる力を持っていた。
背が高く、長い黒髪、高貴な顔立ちで、強い瞳の美少女。
そして、東宮聖霊学園の生徒会長を務めている。
父親は大企業の重役。
圧倒的なオーラを持ち、彼女を主と慕う少年少女たちに囲まれていた。
生徒会の一室から中庭を見る。
先日、京市という目立たない少年が暴行未遂された場所だ。
「お姉さま……」
彼女の背後に、沙良恵愛という、ショートカットの少女が立つ。
美沙ほど背は高くなく、全体的に可愛い少女的雰囲気。
「恵愛、私ね、変わったものを見たの」
「お姉さまが変わったものと仰るなら、本当に変わっているのでしょう」
「場所はあの、中庭よ」
「何が居たの? 教えてくださいな」
聖美沙の背中に抱き着く沙良。
「私のお願いを聞いてくれるなら、教えてあげる」
そういうと、美沙は沙良の耳に小声で何かを告げる。
顔を赤らめてからうなずく沙良。
少女は生徒会室を出て行った。
「あれは……」
その日、聖美沙は放課後のパトロールをしていた。
本当は単なる散策だったが、取り巻きが帰ってから一人になる時間が欲しかったのだ。
一人でパトロールというのも矛盾して危険な話だが、彼女がそうしたいといって逆らう生徒も教師もいない。
花壇は綺麗に咲き誇り、雑草やごみもない。
この学校は環境には気を使っている。
しかも、かなり広い。
気晴らしには非常によい環境だった。
春の気配を感じながら、気持ちよく散策する。
ふと、波動を感じた。
(? 何かいるわ)
美沙は真っ直ぐそちらに向かう。
花壇の中庭。
軽く隠密魔術を使い、そっと近寄る。
気配がある。
肉眼では霞んでわからないが、霊的視覚を使えばぼんやりとオーラが見えた。
かなり巨大なオーラである。
思わず、美沙は一歩下がった。
黄緑色を基調とした、圧倒的なオーラ。
白いオーラもある。
それも劣らず大きい。
(二つの存在、黄緑色は生き物のオーラだわ。白いのは……多分何かの物品か霊魂ね)
非常に強力な存在。それも、美沙をもしのぐ者が隠れているのだ。
慌てて守護魔術を張り、小さなナイフを抜く。
これも聖なる力を封じたナイフなのだ。
やがて、少年たちがやってくる。
(不良の小倉達ね……)
彼らは話あっているが、遠いので声は聞こえない。魔術を使って聞くべきか悩んだが、潜んでいる存在に気取られたくなかったので術の使用は極力控える。
見ていると、小柄な美少年がやってきた。
何か会話した後、不良少年たちに取り囲まれて服を破かれる。
(これは、まずいわ。しかし、あの強大な存在が……)
少年を助けたかったが、あの木陰に潜む存在の動きがわからないと、動きようがなかった。
すくッと立ち上がる強大な存在。
丸い耳にずんぐりしたシルエット。
(え、熊?)
思わず声に出そうになる。
「もう我慢の限界クマ!」
(熊が喋ったわ。しかも、木の棒を持っている。単なる熊じゃない)
異常な現実にどう反応するか美沙は迷った。
「キエエエエエ! チェストオオオオオオオ!」
美沙の耳にこの二つの声が聞こえる。
(チェストって、剣術の掛け声だったかしら)
見ると、少年たちは全員気絶している。
熊は木刀をどこかにしまうと、美少年を背負って行ってしまった。
熊を追う前に、まだ、同様の霊魂が場に残っていることに気が付く。
(あれは、あの熊の霊魂? 実体はないけど……少し色が違うわ。黒に近い)
熊の霊魂は何かを魔力を出すと、気絶した不良少年たちをどこかに連れて行く。
美沙は迷ったが、やはり、本体の方が気になった。
不良たちはどうでもいい。彼女は不良少年に憧れるような気持ちはない。生徒会長として面倒を起こす奴らという視点もあったのだ。
(しかし、でも……神の聖霊よ、我に力を)
彼女がそう願うと、小さな光る聖霊が現れる。
「あの不良生徒たちがどうなるか教えて。殺されそうならすぐに連絡して。近寄りすぎはダメ、あれは強すぎるわ」
光り輝く聖霊はそっと巨大な霊魂を追う。
美沙は熊を追った。
熊はキョロキョロしながら人目を気にしていたので、美沙はぎりぎりの距離を保つ。
(ツキノワグマくらいかしら。でも普通の熊じゃないわ、若干、デフォルメした感じね。少年を背負って二足歩行している)
熊は校舎に入っていく。
どうやら保健室に行くらしい。
(保健室には綾瀬先生がいる。まさかとは思うけど、あんな熊を見たら彼女……)
しかし、美沙の心配は杞憂に終わった。
保健室から声が聞こえる。
綾瀬と少年の声。
何を話しているかはわからないが、悲鳴などは聞こえないのでそれ以上は追究しなかった。
ただし、誰が出てくるのか、保健室の入り口をこっそり見張る。
救急車のサイレン。
少年が運び出される。
「京市君気分はどう」
綾瀬が訪ねる、少年はもうろうとした目でうなずく。
綾瀬の後ろに一人の少年が見えた。
(あれは、行方不明だった奴ね、たしか、御剣山翔一)
そこまで確認して、聖美沙は帰宅した。
子熊の翔一は海岸にいた。
いつもの海岸だ。
光の道、赤い道、銀の道、黒い道。そして、青白く光る道が増えている。
「あれ、どうしたのかな」
いつもとは違う女がやってきた。
「アリアさんじゃないクマ」
「私はサナトシュというわ」
非常に気高く美しく、長くウェーブのかかった青白い髪。肌も青白い。瞳も青かった。
水面に浮いている。
物凄いオーラだ。
霊視をしなくても感じるほど。
「まるで神様みたいクマ」
「そうね、人は私のことを神と呼ぶわ」
「へぇ、凄いクマ」
「今日はアリアの代わりに私がきたのよ」
「この海岸にきたってことはレベルが上がったクマ?」
「そうよ、三段階一気に」
「じゃあ、道を三つ選ぶんだ」
「そうなるわ」
「あの青い道はどういうものクマ?」
「あれは今回一度しか選べないわ。そうね、あの道はいうなれば……全体を強化するとでもいえばいいかしら」
「ふうん。じゃあ選ぶかもクマ。そうだ、色々聞きたいけど、僕をこっそり応援してたのはサナトシュさんなの?」
「そうよ」
「じゃあ、僕が狂った人獣にならなかったのも?」
「そう、こっそり介入したわ」
「他の人を助けなかったのは?」
「神々の掟で介入できる存在は限られているのよ。邪神たちが大勢いる中での介入は限界もあるの」
「悪い神はそうじゃないみたいクマ」
「そうね。私たちは掟破りの奴とは違うし敵対してる、そういうことよ」
翔一の言葉には少し批判が籠り、サナトシュもやや苦しいような受け答えだった。
「ごめんなさい。でも、僕が見てきたこと、体験したことは……」
「私たちも、全てがわかるわけじゃないわ。限定的に介入するだけで……でも、あなたにはつらい目に遭わせたわ。ここでレベルが上がるのも青い道があるのも、私たちの罪滅ぼしの意味もあるの」
「あの白や黒をもう少し選んでいたら、もう少しレベルが上がっていたら、自分の世界に自力で帰れただろうか?」
「嘘はつかないわ。縁の深い世界なら、あと一つか二つで行けたでしょうね」
翔一はがっくり膝をついた。
「ぼ、僕がもう少し努力していたら、彼を元の世界に返して助けられたんだね……」
ぽろぽろと涙が落ちる。
乾いた砂が少しだけ濡れた。
サナトシュは翔一の背中をそっと撫でる。
「ごめんなさい。僕がもっと、努力して……」
衝撃的な真実だった。
目の前が真っ暗になる。
「あなたの所為ではないわ」
「しかし……」
「あの方は邪神最後の奇跡を己の業で破壊しつくしたの。本当に世界の恩人。感謝してもし足りない」
「……」
翔一は批判の言葉が出かけたが。ぐっとこらえる。
あの悪魔たちを倒すのに、友が死ななければどれほどの犠牲が出ただろうか。
本当にあの世界は滅びるほどのダメージを受けただろう。
それがわかるだけに、彼女の言葉を偽善とはいえなかったのだ。
翔一は答える代わりに、涙を砂浜に落とした。
「……一つだけお願いがあります」
「いいわ、聞いてあげる」
「あの人の世界にいつか行きたいんです。そして、彼女を……」
「ええ、道を作っておいてあげる。でも、そのためには今でも実力が足りないわ。道を選びなさい。そして、覚悟を決めるの」
「わかりました」
翔一はまず白い道に入る。
すぐに海岸に戻された。
しかし、確実に力をつけている。
そして、黒い道を行く。
自分の存在がさらに濃く強くなった感じがした。
そして、青い道へ。
「入るとお別れクマ?」
「とりあえずはそうなるわね。あと、これは小さなことだけど、今後、あなたの現実世界ではもうレベルアップという形はないわ。実力は自分で感じて。たぶん強くなったならわかるはずよ」
うなずく翔一。
「僕の語尾はサナトシュさんがそうしたクマですか?」
「そうね、私の仲間たちでやったことよ。語尾が『クマ』だと可愛いじゃない?」
「まあいいですけど、じゃあ、この翡翠のネックレスをくれたのも」
「あら、それ初めて見るわ。それ、まさか……エルベス……」
サナトシュが絶句した。
しかし、彼女はそれ以上は何もいわなかった。
翔一は空気を読んでうなずくと、青い道に入る。
視界が、青白く輝きに満ち何も見えない。
「レベル十五です」
よく聞くと、感情なくサナトシュが告げていたようだった。
2021/1/6~2023/11/9 微修正