38 決戦、ヒーロー対極悪格闘家集団 その4
最終決戦に出るために、大クマーは会場に入る。
荷物の搬出口の大きな扉でさえ、かなりつっかえた。
会場にどよめきが起きる。
「なんてでかさだ」「自然界にはあんなの居ないよな」「前よりちっさいぞ」
黒服たちが噂をする。
今回は中継を妨害しなかった。
正体を隠し過ぎれば、詮索が激しくなるとも思ったのだ。
球磨川風月斎が待っている。
何か話があるらしい。翔一はモフ耳を近づけた。
「拙者が、よし、というまで攻撃は一切まかりならん」
「……はい」
一瞬耳を疑ったが、師匠の言葉を疑わない。
翔一はそう決めた。
邪悪なオーラの塊、榊原の前に立つと、翔一は『水竜剣』を出す。
「ほう、なかなかの……」
「最終決戦。『死骨仙』榊原宋一郎、対、大クマー。今回特別ルールがある。勝敗に場外なし。会場建物全域、場合によっては外、駐車場までを試合場とする。さすがに、そこを抜け出たら逃亡と見なし敗北。双方それでよろしいな。では、始め!」
榊原は宙に浮く。
「大クマー、噂にたがわぬ巨大さだな。面白い敵だ。敬意を表して、私も本気を出そう。ぬん!」
そういうと榊原の体は真っ黒の鬼人と化す。
鱗のような体、角。
鬼と悪魔の中間のような姿に変身した。
翔一よりは小さいが、それでも、二メートル五十センチはあるだろう。
「私は名の通り、仙術を修業した身だ。そして、私には専属の手下がいる。そいつも使う」
そういうと、虚空に漆黒の亀裂が入り、大きな角を持った甲羅鬼人とでもいうべき怪物が出てくる。榊原と体のサイズは変わらない。
姿は榊原に似ているが、よりがっしりしていて、目に知性がない。
怪物は爪をナイフのように伸ばす。
「私は、この剛剣『魔送喪魂剣』でお相手しよう」
黒々と呪いの瘴気を纏った邪剣。柄の長い両手持ちの大剣だった。中華的な装飾と何らかの呪術が刃にびっしりと刻まれている。
「……」
翔一は無言で『水竜剣』を握る。
「そちらが来ないのなら、こちらから」
榊原がうなずくと、甲羅鬼人が爪を振りかざして迫ってくる。
二度三度、ガシガシと刻みに来るが、翔一は、
「おっと」
ひょいと躱して、背中を押した。
鬼人はバランスを崩してコケる。
起きる笑い声。
(混沌吸血鬼と似たようなことを……悪人は発想が似ているのか?)
「次の攻撃で笑ってられますかな」
榊原が邪剣で迫ってくる。空を飛びながら、瘴気の剣の突きが様々な方向から。そして、鬼人のがむしゃらの爪が迫る。
咄嗟に異世界の別の師匠に倣った、防御剣術が飛び出す。
反撃は必死に抑え、飛び跳ねて、回避を多用した。
ちらっと風月斎を見る。
編み笠の所為で顔は見えないが、可もなく不可もなくだろうか。
「傀儡舞い」
翔一はそう叫ぶと、ふらふらと巨体を揺らしながら、さまよう水草のように彼らの攻撃をいなすことに専念する。
迫る鬼人はガラクタに突っ込ませ、榊原の剣はいなして流す。
防御に専念というのはあまり経験がなかったが、無理ではないようだ、数合の斬撃もしのぐ。
「本気で戦え、熊!」
榊原がイライラしてきたのか、吼える。
右手に剣、左手にエリックを刺した瘴気を矯め始めた。
風月斎を見ると、軽く首を横に振る。
「やる気がないのなら、本気にさせてやろう。鬼人、胸を開け」
パカっと、鬼人の胸の装甲が開く。
半透明の皮膚があり、中に、動く影。見ると、子供が二人はいっていた。
意識はないようだ。
二人はとても小さく幼い。
「どうだ、これで。このガキは俺の食料だ。貴様は上手に戦わないと、このガキどもを死なせる。俺にはどうでもいい話だがな」
「悪魔め」
思わず霊視する。
榊原の周りには相当な数の怨霊がいた。それも、子供ばかりなのだ。
ぎゅっと剣を握る。
「喰らえ、瘴気弾!」
「フライングシールド!」
榊原は瘴気を投げつける。
同時に精霊界から大楯が飛び出し、瘴気の塊を弾く。
瘴気は軌道を変えて黒服の集団につっこんだ。
バタバタと黒服たちが倒れる。黒くねじ曲がり、干からびて死んだようだ。
黒服に動揺が走る。
「さすがにうんざりしてきたぞ、熊公。貴様が逃げられないようにしてやる」
そういうと、鬼人がピタりと動きを止めた。
榊原は、宙に浮くと、鬼人の子供を狙うように剣を振りかぶる。
「渾身の穿孔魔剣で鬼人を刺す。どうする熊公。ガキが目の前で死ぬぞ」
翔一は一瞬迷った、
しかし、風月斎は首をピクリとも動かさない。
「フフフ、では」
空中を蹴りながら、矢のように鬼人の中の人質をめがけて剣を突き出す。
翔一は我慢ならず、間に入って剣を受け流した。
背中をがら空きにして。
「フライングシールド!」
背後で大楯がせりあがってくるが、鬼人は素早い動きで躱し、爪をわき腹に突き立てた。
「ぐ、うぐ!」
ずぶずぶと毛皮を貫く。
「ハハハ、どうする。背後から爪が食い込み、目の前には逃げようのない剣。お前の負けだ!」
さらに、一撃が来る。
「ガアアアアア!」
ガン!
渾身の力で、邪剣を受け流した。
榊原もここまでの怪力は予想していなかったのだろう、両手に握っていた剣を飛ばされる。
「チ!」
翔一の動きに鬼人は振り回され、へばりついていた背中から飛ばされた。
ほぼ反撃しない翔一に、剣を飛ばされ、最悪の卑怯技すら克服されたのだ。
榊原の目は怒りで真っ赤になった。
「邪仙として、貴様に本当の力を見せてやる。邪神招来。これも貴様の責任だ!」
榊原は何か呪文を唱え始めた。
飛ばされた剣は宙を飛んで榊原の手に戻り、鬼人が彼を守る位置につく。
翔一はわき腹の傷を治しながら、身構えた。
虚空に亀裂が入り、巨大な顔がのぞく。
巨大な赤い目。
漆黒の鱗。
タコのような足。
ズルズルと、そのおぞましき邪神は姿を現した。
「そうだ、お前は終わりだ!」
榊原の叫び。
「あれはなんだ!」「ギャー!」「ひぃー!」
邪神を見てしまった人間の精神は破壊される。大勢の黒服たちが再起不能になった。
同時に、全ての電源が切れて闇に包まれ、非常灯が付いた。
その時、
「よし!」
翔一の耳は確実に一つの声を聴いた。
「試合だと聞いていたけど、お前のような外道には容赦しない!」
「フフフ、どうするつもりだこの状況」
翔一は精霊界から一つの像を取り出す。
お気に入りの邪神像だ。なぜか、像と召喚されつつある邪神は同じ姿だったのだ。
「タコさん。ここは君のくる所じゃないよ。帰るんだ」
「……」
邪神の動きがぴたりと止まる。
翔一は悪霊を帰す呪文を唱え始める。
像の目が光り、邪神は像と見つめ合う。
精霊界の中で、ダーク翔一が鹿の頭蓋をかぶり、毛皮のマントを羽織り、何かのロッドを持つ。
翔一と一緒に詠唱している。
「ち、やれ、鬼人!」
鬼人が突撃してくる。
「水竜ブレス!」
左手に像を持ちながら、『水竜剣』をかざす。
水竜の魂魄が一瞬形を成すと、強烈なブレスを吐き出した。
鬼人は全身に浴び、榊原も少し浴びてしまう。
「何? 水? 単なる水か」
不思議な顔をした榊原だったが、すぐに異変に気が付く。水を浴びた場所が焼けるように痛い。
見ると鬼人も動きを止めて煙を上げてひざまずいている。
鬼人はブレスの水で全身ずぶ濡れになり、解け崩れていた。
気を失った二人の子供が出てくる。動かないが死んでいる様子はない。
「聖水! 聖水だな! 貴様のブレスは!」
榊原は何かの術で自分の被害を中和すると、剣を構えて突っ込んでくる。
「術は妨害させてもらうぞ! 死骨凌駕剣!」
死の力を纏って、圧倒的な突きを繰り出してくる。
翔一はポンと跳ねた。
巨大な球のように、天井に当たると上空から片手斬りの斬撃を落とす。
「風円片手斬り!」
二つの人外が空中で激突する。
片腕が使えない時の必殺技だったが、綿毛のような軽快さで刺突の勢いをそらす、そして、すれ違いざま、榊原の背中を打った。
水竜の牙が榊原の背中をえぐり取る。
「が、は」
背骨が見えている。
「き、貴様、よくも!」
すぐには治らない。翔一はその間に術を完遂する。
「タコさん。もう帰るんだ」
像の目が光る。
角を浮かび上がらせて、ダーク翔一の影が一瞬見えた。
邪神はしばらく動きを止めていたが、ずるずると体を戻すと、亀裂の中に消えていく。
人々は思わず安どのため息をついた。
「貴様! 勝負しろ!」
魔剣を掲げる榊原。
もうけがは治ったようだ。
「チビクマ」
翔一は振り向きながら、チビクマに魔方陣を描かせる。
「キュー!」
六匹のチビクマが油性マジックを持って宙を舞う。
「あなたのような極悪人には真実に出会ってもらう」
「何をするつもりだ。召喚? ち、貴様のもう一人だな」
「へへ、貴様の血肉を剣から回収した。悪党らしく呪詛でくたばれ!」
ダーク翔一はいつの間にか、木刀から榊原の背中の血肉を回収していたらしく、手に血を浸し、因果の呪力を強化していた。
「来いよ! 怨霊ども!」
精霊界の中でダーク翔一は怒りに燃える霊魂を呼んだ。
「こいつに殺された者たちよ。今、奴に復讐する時だ!」
ブワっと暗黒の瘴気が建物に満ちる。
小さな霊魂たちが無数にあふれ、榊原にしがみつく。
榊原は何らかの防御魔術を常時張っていたが、怨霊の勢いを止めることはできなかった。
「くそ! やめろ! 小童どもが、離れろ!!!」
榊原は顔を怒りと恐怖でゆがめながら叫ぶ。
自分が罪に問われるなど、考えたこともなかったのか。
激しく狼狽していた。
「許せない。この人に殺された」「ママにママに会わせて」「殺す、殺す」
子供の霊魂たちは純粋な怒りを榊原にぶつける。
彼らは純粋な存在だけに霊力は強力だった。大集団にしがみつかれ、剣を取り落として動けなくなる榊原。
榊原をあえて守ろうというような守護霊も祖霊も皆無だった。遠い昔に見放されていたのだ。
「ダーク君、黒服や悪人たちに霊視の精霊を憑依させてくれないか」
「魔力全部使い果たすぞ」
「いいよ。後は僕が何とかする」
「まあいい、奴らも数が減ったからな。邪神見て発狂したのは無視するぞ」
「それでいい」
更なる精霊がおおいに召喚される。翔一は魔力が激減して頭がふらふらしたが、精霊たちは黒服たちに憑依した。
生まれて初めて怒り狂う霊を目の当たりにして、恐怖でパニックを起こす黒服たち。
「ひぃー!!!」「幽霊だ。許してくれ許してくれ」「俺をにらんでいる、俺を!」
彼らは人身売買に加担し、榊原ほどではないとしても、怨霊に囲まれていたのだ。
泣き、叫び、土下座して謝る。
走って逃げだす奴もいた。
「貴様らの所業だ。自業自得だぜ」
毒づく、ダーク翔一。
目の前に血まみれの怨霊が視界を遮り続けて、正気でいられる人間は少ない。
ナイフや拳銃を取り出して、自殺する黒服が続出した。
翔一は止める気も起きず、冷たい目で見つめる。
足元を見ると、榊原がはいずりながら離れようとしていた。
「ひい、ひい」
何かの符を取り出した。
霊を祓うつもりなのか。
翔一は激怒し、思いっきり『水竜剣』を榊原の背中に突き立てた。
「責任から逃れるつもりか!」
「ぎゃああああああ!」
太い木刀が背中を突き破って血を床にぶちまける。
ギャオオオオオオオオン!
水竜がそのまま榊原の魂を喰らい始めた。
「やめろ! 食うな、俺の魂を食うな!」
榊原の悲鳴がこだまする。
のたうち回りながら苦しむ榊原。
水竜は榊原の魂に牙を立て、バリバリとを喰う。猛獣が犠牲者の腹を食い破るように。
「きゃはは。ざまあみろ」「死ね、死ね」
苦しみもだえる榊原を見て、黒い子供たちは大喜びだった。
翔一は見るに堪えないと思ったが、水竜を止める気持ちは起きなかった。
やがて、榊原は完全に存在を滅せられる。
子供の怨霊たちは無言になり、動きを止めた。
「自業自得。まさしくな」
ダーク翔一の声が聞こえる。珍しく、疲れ切っているような声。
足元には、干からびた榊原の残骸が転がっていた。
翔一は干からびた死骸を掴むと、ずんずんと老人に迫る。
泊と只野が身構えた。黒服たちは悪行の報いか士気は完全に崩壊し、立ちむかうものはほとんどいない。
彼の足元に死骸を叩きつけた。
砕け散る死骸。
「……何のつもりですかな」
老人は表情も変えず問うが、泊と只野は冷や汗が出ている。
彼らはオーラが強く、霊視の精霊は憑依しなかったらしい。
「僕は怒っているんだ! 君たちはこうなりたくなかったら、人質を全部解放して自首してください!」
「何をいうか、我々の方がそれでも……」
「グルルルルルル! いい加減にしろ! 今すぐ全面降伏しないのなら、魂を水竜に食わせる!」
動揺が走る。
榊原が魂を喰われる姿は見た。
捕食される生き物の恐怖が彼らを貫いていた。
原初からの恐怖である。捕食動物への恐怖。彼らはその恐怖の本能が蘇り、内心、怯えていたのだ。
邪神の姿と、怨霊への恐怖で狂乱を起こす人々の姿。
この建物の中は様々な恐怖と狂気に満ちていた。榊原に殺された子供たちは悪霊と化して黒服たちにとり憑く者もいる。
まだ許せないのだ。
三人の魂には既に大きな動揺があった。
「鼓童殿。俺たちは普通に死ぬのは我慢できますが、あんな死に方は嫌ですよ」
「そうです老人!」
泊と只野が泣きそうな顔で老人を見る。
「ち、腰抜け共が……」
「鼓動を殺して謝ったら助かるかも」
泊が叫ぶ。
「そうだ、彼はヒーローだから、許してくれるかもしれないぞ」
只野が同意した。
「グルルルルルル! 僕はヒーローじゃない。登録もしていない。魂を失いたくなければ降伏しろ!」
吼える翔一。
「許してくれ。俺たちは降伏する」「そうだ、頼む」
泊と只野は手を上げた。
老人の目が細くなり、杖を抜くように持つ。
「老人、下手なことをすれば、あなたは魂を失う」
察知して、翔一は声を出した。止めなければ二人は一気に殺される。
大上段に木刀を構えた。
剣を抜けば彼は死ぬだろう。それこそ、木っ端みじんになる。
しばらく沈黙が流れたが、
「……わかった、貴様の勝ちだ熊公。しかし、我々は人質の管理はしていない。人質は国際的人身売買組織と手を組んで手に入れたのだ」
「じゃあ、彼らに連絡したらいい」
「私の権威が及ぶ範囲の人質は解放しよう。そのためにも暫く待ってくれ」
「洗いざらい自白して、自首すると紙に書くんだ。署名と血判を押すなら開放する」
老人は無言で半紙を出すと、筆でさらさらと署名する。そして、親指を刃で傷つけ、血判を押した。
(署名は、赤嶺鼓動……)
翔一は受け取ると精霊界ポケットに入れる。
老人は踵を返すと、一人去った。
赤嶺明日香がスマホを耳に当てながらやってくる。
「熊さん、ようやく機器が回復したから援軍呼んだわ。警察と自衛隊の部隊が急行してるから」
「回復?」
「あのタコみたいな奴が顔出した瞬間、ほとんどの電子機器が停止したの。電灯も一時的に消えていたでしょ」
戦いの最中、妙に暗いとは思っていたのだ。
老人が署名した辺りで灯が戻った。翔一は気が付かなかったが。
「とりあえず、警察来たみたいね」
けたたましい警告音と共に大勢の人間が向かってくる音。
警官たちは銃を構えつつも、大クマーの巨大さに唖然としている。
「僕はヒーローの味方だからご心配なく。黒服と、その空手胴着二人を連行してください」
「日本防衛会議の赤嶺明日香よ。彼が大丈夫なのは保証するわ。悪党ども、この熊さんに降伏したのよ。彼がいる間に逮捕してほしいの」
警官たちはうなずくと、泊と只野、そして、まだ生きている黒服たちを連行していく。
「じゃあ、僕はそろそろ……」
「待って、あの老人はどうなるの? 約束なんて意味がないわ」
「そんなこともないよ。彼も約束を破ればどうなるかわかっているよ」
そういうと、翔一こと大クマーは入ってきた入り口から出た。壁の陰に隠れたと思った次の瞬間には気配が消えている。
明日香が慌てて見に行くと既に姿はなかった。
そして、ソルトも同時に姿を消す。
そのことに気が付いたのはゾーヤだけだった。
2021/3/27~2024/10/12 微修正




