37 決戦、ヒーロー対極悪格闘家集団 その3
次は大将戦。
「エリックさん、相手は怪物だと思うクマ。このお守り使ってください」
翔一は聖性精霊を受祚した水晶を渡そうとする。
「いらないよ。僕の超能力で倒せない相手はいない」
「しかし」
「いいから、心配ご無用だよ」
さわやかな笑顔だが、決して受け取ろうとはしない。
(超能力系の人はオカルト系の力を馬鹿にしている人が多いクマ)
ため息をつく翔一。
エリックは、ゆっくり、試合会場に立つ。
白基調に銀色のアクセントが入った、いかにも颯爽としたかっこいいヒーロー。
それに対するのは、にんまり笑顔の壮年の男。美しい顔、見た目は三十代位の背広の紳士。
しかし、目は何も見ていないな虚ろな視線だった。
「背広って、舐めすぎだろあの男」
赤嶺明日香のつぶやく声が聞こえる。
「五戦目、大将戦。『死骨仙』榊原宋一郎、対、『白銀疾風』エリック・フリュクベリ、飛翔格闘術!」
はじめという言葉もなく戦いが始まる。
二人は示し合わせたように宙に浮いた。
エリックは風の超能力で。榊原の能力はわからない。
(魔力なのは確かクマだけど)
そして、拳の応酬が始まった。
主にエリックが目にもとまらぬ連打を繰り出し、榊原が片手だけで余裕の受け流し。そして、時々、手刀で突き返しを入れる。
その一撃が重く、喰らうごとにエリックは苦しんでいた。
「ただの手刀ではない」
球磨川風月斎。
「たぶん、力を吸われているクマ」
「そうだ。あ奴は魔物」
エリックは焦り始める。
「小手先の技では無理か、雷気招来」
雷の塊のようなものが手に集まる。
塊を手に纏わせつつ殴ると、榊原はいなしていた腕を焼かれた。
一瞬、真顔になったが、すぐに薄ら笑いに戻る。
「なるほど、では、こちらも多少本気になりますか」
榊原の手に黒い瘴気のようなものがまとわりつく。
雷気と瘴気、二つの拳が交差する。
「ぐあ!」
しかし、苦しんだのはエリックだった。
「まずいな、エリック、その黒い瘴気に当たるな」
明日香が声をかけるが、そう都合よくかわせるものでもない。
二度三度と喰らうと、完全に力を失っていた。
じわじわと、降下するエリック。
すでに防戦一方だった。
「とどめです」
「逃げて!」
敵の声と明日香の声が同時。
しかし、
交差する、電撃と瘴気。
次の瞬間には、二人は魔力の拳を互いの急所に突っ込んでいた。
エリックは腹を貫かれ、榊原は顔面の半分を焼かれる。
一瞬固まった二人だが、エリックは床に落ち、榊原は宙に浮いていた。
血を噴水のようにあふれさせながら、エリックは固い床にたたきつけられる。
「勝負あり、榊原の勝ち!」
「フフフ、一級ヒーローとはこんなものか」
榊原の顔はすぐに治っていく。骨も見えるほどの強打だったのに効いていなかった。
明日香と翔一は全速力で助けに向かう。
榊原との間に風月斎が立ち、守りを固める。
「何もしませんよ」
宙に浮きながら、自分の席まで戻る。
「すぐに止血しないと!」
明日香は応急手当を行う。
翔一はこの傷跡が『混沌』に焼かれたものと似ていると感じた。
すぐに聖性精霊をぶつけて中和する。
「ほう」
榊原に見られているが、それどころではない。
明日香が医療用ホッチキスでバチバチと縫い付ける後から、治癒精霊を押し込んで、受祚してしまう。
長時間の治癒効果が必要と感じだからだ。
「すぐに本当の医者に渡さないとダメだ」
「主催者、エリックはこのまま放置できないわ。救急を呼んで!」
明日香の懇願するような叫び。
「いいでしょう、条件があります。前に君が呼んだ大クマー殿に再び参戦してほしい。そうすれば、こちらが病院に運びましょう」
余裕の笑みを浮かべながら、老人はうなずく。
「わかった、兄を呼ぶクマ。電波妨害の無い場所まで行きます」
「ご自由に、一時間の休憩をはさみます。それまでには来ていただきたい。帰ってこなければ人質が……」
老人が見た先にはソファーがあり、幼気な子供が眠らされている。そして、それを守るように黒服が厳重に守りを固めている。
「僕は逃げないクマだよ」
すぐに搬送されるエリック。明日香は心配そうに見ていたが、随行は許されないらしい。
兄を呼びに行った治癒クマー以外は控室に送られる。
連絡を取るという口実で、身を隠す場所を探す。
(この一帯は重度の監視があると考えるべきクマ。ただし、あからさまなのはないとしたら……)
人口が減って、誰も参拝しない古い神社が目に入る。
鬱蒼とした森が廃墟の街の中にあった。
翔一はそこに向かう。
背後には特殊部隊のようないでたちの、数人の人間が監視していることに気が付いた。
(やっぱりダーク君がいないと不便クマー)
「呼んだか?」
「あ、来てくれたクマ」
「土壁源庵が面倒くさいおっさん過ぎて閉口したぜ」
「調査結果は後で聞くよ、結局、大クマーさん呼ぶことになったクマだよ」
翔一は経緯を話す。
「監視がいるのか、霧の精霊を呼んで視界を奪ってから考えよう」
ダーク翔一は霧の塊を古い神社から吐き出させる。
「なんか、神様がいるな、この神社」
「ごめんなさい、ちょっとお騒がせしますクマ」
神社に夜に来るのはあまり喜ばれない。深々と頭を下げる翔一。
いきなり、濃い霧に包まれて、監視部隊が慌てているのを感じる。
精霊界に入る。
「お、今日は何をするつもりだ」
「精霊界に入って変身するクマ。これなら誰にも見られない。精霊術師でもわかるわけじゃない」
「まあ、そうだろうな。あいつらが人獣の生態に詳しいわけでもないし。赤い精霊来たぜ」
「じゃあ、早速」
赤い精霊を喰らうと、前より小さいが、大クマになる。
「治癒クマーがいないのはどう説明つけるんだ?」
「うーん、そうだ、このぬいぐるみに……」
「俺はもう勘弁してくれ。お休みの時間だから、もう疲れたぞ」
「じゃあどうしよう、あ、子熊が来たクマ」
「ガオー」
精霊界のかなたから、見たことがない小さな子熊がやってくる。
「何者だ、こいつ……敵意はないみたいだが」
「君、暫く僕の振りしてくれないクマ?」
「いいよ」
「知性もあるじゃん、使えそうだな、このガキンチョ」
「君は何者なの」
「原初のお父さんの子供だよ」
「え、じゃあ、大分古い人クマ?」
「君があの世界で爆発的に精霊界を現実界に開放したから、僕も出てきたんだ。みんなの記憶から消えた精霊だけど、大英雄ドゥーベの手伝いがしたくなってね」
「ふーん、じゃあ単なる熊じゃなくて、人獣なのか」
宿性が問う。
「それに近いね。僕はソルト。子熊の王子」
「へー王子様クマー。どういう王国なの?」
「今はそんなことより困ってるんじゃないのかい」
「ああ、そうだった、早速このぬいぐるみに……」
「心配ご無用、実体もあるよ」
そういうと、彼は現実界で実体化する。
確かにダークブラウンの子熊。
翔一とは多少毛並みが違うようだが、見た目はほぼ変わりがない。
「じゃあ、行こうか」
翔一こと大クマーはのっしのっしと会場に向かう。
霧の中から出てきた巨獣に、監視部隊たちは動揺しているようだ。
想像以上に巨大だったのだ。
「今回は姿出したままか?」
「機械精霊を使って監視を消すには広すぎるし、大魔術になりすぎるクマ。それに、もう、目撃情報は消せないからね、いっそ、姿を見せるクマ。『治癒クマー』君もいるから……」
肩に乗せたソルトがキョロキョロ、周辺を見ている。
「大勢の人間、大勢の魂が見える。精霊も多い。幽霊も多い。この世界は原初から見たら行ききった世界だけど、魂の在り方は、そう大きく変わらない」
「悪意のある奴らも複雑化してるからな、甘い考えは捨てろよ」
ダーク翔一は子熊王子に助言している。
大きな搬出用出口から入り、倉庫で待つ。
明日香たちがやってきた。
「あら、本当に大きな熊なのね。うわさには聞いていたけど」
ゾーヤがびっくりして見る。
ナックルの打撃は強烈で、ゾーヤは苦しそうにしていた。すぐに座り込む。
「前より、ちょっと小さい気がするわね」
明日香の指摘。
「大クマーですクマー。それは気のせいですクマ。エリックさんはどうなされました」
「一応、近くの病院に入院したって」
「それはよかった」
治癒クマーの振りをしたソルトが面白そうに、女性二人を繁々とみる。
「あら、治癒クマーちゃん、どうしたの。あなた……」
心を読むゾーヤはすぐに違いに気が付いたようだ。
「今はご内密にお願いしますクマ」
「……ええいいわ」
ソルトはすぐに気が付いたのか、守護精霊を呼び纏ってしまう。
「じゃあ、対戦を決めるわね。敵の編成は基本同じよ。
大将、『死骨仙』榊原宋一郎
副将、『混沌の腕』コブラヘッド
中堅、大藪強 ボクシング 死亡棄権
次鋒、泊征四郎 玉真空手
先鋒、只野平八 柔道 治療中棄権」
明日香が対戦票を持ってきた。
「コブラヘッドが、もう一回、球磨川風月斎さんとやりたいって、ごねてるらしいわ。私たちがいいなら認めるって」
「拒否もできるクマ」
「……拙者は一向にかまわんが。次はあの人狼を成敗したい。あのような輩の跳梁跋扈を許してはいけない」
「先生が仰るなら、お願いしますクマ。この『白銀剣』をお使いください」
風月斎は翔一の『白銀剣』を抜く。
ミスリルの輝き、薄く浮かび上がる聖なる紋様。
「見事な剣だ。拙者に暫く力を貸しても良いそうだ」
「その剣、僕には声をかけてくれないクマですよ」
「聖なる討伐者『ソルヴァル』という」
「その剣は先生を気に入ったクマです」
「ならば、助力願うか」
「じゃあ、こちらは、
大将、大クマー
副将、球磨川風月斎
中堅、赤嶺明日香 不戦勝
次鋒、治癒クマー
先鋒、エリック 双方戦えず引き分け
って、あたし戦えないじゃん」
明日香が非常に不満げな顔。
「泊を倒せなかったのが全てですな」
「あいつ運だけはいいわよね」
明日香は乱暴に見えるが、上位二人とやりたいとはいわない辺り、賢明ではある。
(現実的に見て、上位二人はちょっとやめた方がいいと思うクマ)
「只野が棄権しなかったら、ぼこぼこにしてやったのに」
そういいながら、対戦申請を黒服に渡す。
「二巡目開始です。現在、三対二、一引き分け。しかし、棄権の関係で、自動的に三対三、一分けになり、双方互角となります」
老人が状況を説明する。
まばらな拍手が起きる。
「では、二巡一戦目、泊征四郎、玉真空手、対、治癒クマー」
二人は挨拶もせず、試合場で身構える。
尚、翔一は倉庫からモニターで観戦している。
会場の端にいるだけでも邪魔なサイズなのだ。
「ソルト君大丈夫かなぁ」
「自称でも王子だから、戦闘経験あるんじゃないか」
ダーク翔一の希望的観測。
「おい、お前今回武器は使わないのか」
泊がにやにやしながら聞く。
「おまえなんかに武器なんていらない」
「ほう、大きく出たな。只野ごときに苦戦してたやつが」
「いいたいことはそれだけか、じゃあ行くぞ」
慣れたステップで試合場を区切る線ぎりぎりまで後退する。
泊は一瞬迫るかどうか悩んだ。彼はアウトレンジ攻撃が好きなのだ。
「キエエエエエエエエエ!」
いきなり、ソルトが跳躍する、それはいきなりの跳び蹴りだった。
虚を突かれたが、警戒していた泊はぎりぎりで躱す。
ビリビリ!
頑丈な空手着が紙のように破れた。
しかし、まるで流星のようなソルトの蹴りは、そのまま場外に飛んで行ってしまう。
盛大にそこらのガラクタを粉砕して、下敷きになった。
「いてて」
「場外! 泊征四郎勝利!」
「……何だったのあれ」
明日香が試合場の端で唖然としている。
「治癒クマー君、ルールわかってなかったのかな」
思わず、頭を掻く翔一だった。
ソルトは特に怪我もなく、ぴんぴんしているが、負けを知ってがっくりした。
とぼとぼ、控室に入ってくる。
「……ごめんなさい」
「もう終わったことクマ。次から頑張るクマだよ」
ボンっと、毛皮の背中を軽くたたく。
「うわ、すごい力だよ。気を付けて、ドゥーベ」
「ドゥーベ?」
一緒に入ってきた明日香が怪訝な顔。
「大クマーこと私の異名ですクマー」
「ふーん」
「現在四対三、ヒーローはもう星を落とせない」
「風月斎が負けると、私が戦えない。コブラヘッド、負けなさい」
榊原が面白そうに声をかける。
「お断りだ! 榊原。これが終わったら、貴様を喰ってやる!」
「ご自由に、やれるものなら」
「……とにかく、二戦目だ。コブラヘッド、対、球磨川風月斎。始め!」
やはり、二人は挨拶もせず試合場に立つ。
コブラヘッドは殺気が凄まじく、試合、とはいえない状況だった。
立つ前から、鋭い爪を剣のように伸ばしている。
(爪剣が三本。かなり強い奴クマ)
過去に見た爪剣の人狼は二本以上伸ばす奴はほとんどいなかった。十本の最悪の敵は倒せたが、あの時は世界最強の聖剣を持っていたのだ。
(先生大丈夫かな)
風月斎はずらりと、『ソルヴァル』を抜く。
あたりを照らす、清浄な光。
どよめきが起きる。
榊原ですら少し動揺したようだ。
「なんだ、あの剣は……」
今回は突撃はなかった。
にらみ合いからの剣戟。
凄まじい攻防が始まる。
ただ力と速度で迫るコブラヘッドに対して、恐ろしいまでの技と速度で対抗する風月斎。
人間の目では追えない。
「なんて戦いだ……」
人外同士の異常な闘争に目をむく人々。
戦いが膠着し始めたと思しき矢先、
「ゴオオオオ!」
いきなり咆哮するコブラヘッド。
咆哮には唾が混じり、黒いヘドロみたいな霧が風月斎を包む。
「風破!」
気迫で、剣をかざし、黒い粒を叩き落とす。
しかし、完全に防げるものではない。
毒が体に染みて、動きが止まった。
背後では観客だった黒服数名が、血を吐いて倒れている。
黒服は動揺したが、逃げる奴はいなかった。
「俺の毒が効いたようだな。熊小僧」
ゆっくり近づく。
風月斎は毒を受けて、煙を上げている。普通なら死んでいるだろう。
しかし、風月斎は一つの構えを取った。
「あ、あれは!」
翔一は気が付く。
「まだ動けるのか」
「剛刃素戔嗚」
「何をいっている」
勝ち誇り、毒で止めを刺すべく頬を膨らませる。もう一度吐くのだ。
コブラヘッドが毒を吐いた瞬間。風月斎は消えた。
正確には、目で追えない速度で突撃し、コブラヘッドの背後にいた。
「なん、だ、と。見えなかった、ぞ」
胴体を袈裟懸けに斬られている。
そして、その傷口は光り輝き、怪物の治癒を完全に阻害していた。
「ば、馬鹿な、俺が」
「白虎逆流剣」
いきなり反転ジャンプして、混沌人狼の首を薙ぐ。
バターのように斬り飛ばされるコブラヘッドの首。
首は宙を舞い、血は噴水のように飛ぶ。
さっと、距離を取って血から逃げる風月斎。
嫌なにおいがした。血も毒なのだろうか。
「球磨川風月斎勝利!」
老人の宣言。
拍手が起きる。
「今の見た! すごい剣だよね」
「見ました!」
試合場の端で観戦していた明日香とソルトが大喜びだった。
宿敵、混沌教団の人狼が倒されたということもある。
「先生大丈夫クマ?」
控室に入ってきた風月斎に声をかける。
「精霊のおかげで毛皮が燃えただけだ。心配はいらぬ」
見た目が悪くなっただけで問題はないようだ。
翔一はほっとした。
2024/10/12 微修正




