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33 吸血神と英雄軍 その2

 洞窟の内部は、ぬらぬらと濡れて非常に古くて不安定である。

(大昔の防空壕か何かクマ?)

 古いレンガで作られた通路。

 いつ崩壊しても不思議ではないが、地震の多い関東で耐えているのだから見た目よりは頑丈なのかもしれない。

 子熊の翔一しょういちは闇より、壁の古さの方が怖かった。

 いかに不死身の強さを誇っても何百トンもある土砂に埋もれて生きている可能性はないだろう。

 ところどころ、ペンキで何か書かれているが、劣化しすぎて読めない。

 少し進んだところで通路は終わり、床に螺旋階段がある。

 漆黒の闇に降りていくようだ。

 吸血鬼の二人は懐中電灯を用意していた。

「闇でも見えるけど、生命以外には気が付かないこともあるから……」

 変に言い訳がましく、ファビウスが弁明する。

 翔一も暗闇には強かったが、一切光がない状態だと見えるわけではない。多少助かった気分になった。

 狭い螺旋階段がいつまでも地下に降りている。

 三人は意を決して下って行く。

「大日本帝国……読めないクマ」

 途中で、かろうじて読める文字が書いてあった。

「ここは日本軍が作った防空壕だよ」

「そんなこと、どうやって知ったの?」

 ファビウスは百年以上生きているので、大戦中の日本にも詳しいようだ。

「僕は日本軍の……おっと、あまり詳しいことはいえない」

「もうない組織に何を義理立てしてるのよ」

「僕は母が日本人ハーフでね。日本のために情報を集めていたんだ。青い目の少尉だったんだよ」

「差別されなかったクマですか?」

「僕は日本国内にいるより、欧米にいたほうが使えるからね。差別される時代には日本にいなかったんだ」

「じゃあ、軍隊関係の危険なことをやってたの? 私アメリカ人だから、ちょっとあの軍国主義の……」

「僕はオカルト事案専門でね。白人社会でそういった情報を集める仕事だったんだ」

「それで、とうとう吸血鬼になったのね」

「うぉっほん。とにかく、ここは旧軍が防空壕と称して、大東亜共栄圏で手に入れた何かを封印する施設なんだ」

「へぇ、すごいクマ。何を隠しているクマです?」

「僕は聞いただけでね。正体は知らない。しかし、この浸食時代においてこれを放置もできないと感じたんだ。実際、グールが湧き出している」

 ヴェラはファビウスが「正体は知らない」といったときに、疑いのまなざしで見る。

 しばらく無言で降りる。

 すさまじい黴臭さと、グールの悪臭。

 そういったもののために、早々に翔一の鼻は利かなくなる。

「そういえば、電車内で契約魔術の方も効果なかったクマですね。お二人に気が付かなかったクマ」

「魔術はあるわよ。あなた、よく見なさいよ」

 ヴェラにそういわれて霊視すると、彼らの肌が少し輝いて見える。 

「僕は匂いの方を信頼しているので……」

「あんまりビカビカしていたら、敵に逆手に取られるでしょ。ぎりぎりのラインで見えるか見えないかって魔術のなのよ」

「そうだったんですか」

「ちゃんと説明しなかったかしら」

「覚えていないクマです」

 美味しいジュースをごくごく飲んだこと以外覚えていない。あの後、敵の乱入で戦になったのだ。

「ヴェラ、あの魔術ちょっと微妙すぎないか。僕も見落としたことがある」

「ファビウスまでそんなことをいうの?」

 そんな話をしていると、階段は終わり、広い空間に出る。


 自然の鍾乳石が見える。

 かなり広い地下空間だった。

 よく見ると、レンガの壁も見える。

「こんな地下に大洞窟があるんだね。こんな所にあるなんて誰も気が付かないだろう」

 この辺りは高度経済成長期まではかなり田舎だった。今でも、大きな建物はない。逆に人口は減っている。

 地下空間に気が付かない可能性は高かった。

「あなたも初めて来たの」

 ヴェラが問う。

「ああ、中野学校の人に聞いていただけなんだ」

「何それ、学校?」

「ま、あ、いいじゃない。大昔の話だよ。それより、攫われた人たちを助けないと」

「たぶん、こっちクマ」

 鼻はマヒしているが、右手の方角に大勢の気配があった。

 呼吸音などがするのだ。

「隠密精霊を張るクマ」

「あなた、やっぱりいろいろ魔術使えるのね」

 ヴェラに突っ込みを入れられるが、かなり強めの隠密精霊を張ってしずかに向かう。

 懐中電灯は消す。

 かすかな燐光で三人は事足りるようだった。

「武器を用意しよう」

 ファビウスのつぶやきに、二人はうなずき武器を出す。

 ファビウスはレイピアと古い自動拳銃。ヴェラも同じように、長いナイフとリボルバー拳銃。

「あなた、まだその古臭い銃を使っているのね」

「南部十四年式。手に馴染みすぎて手放せないんだよ。しかし、君のはリボルバーじゃないか」

「これは最新のよ。あなたと一緒にしないで」

 翔一は『白銀剣』を出したかったが、状況的にどう見ても目立つので、聖性精霊を受祚した小石を握る。

「ああ、そういえば、石投げてたよね」

 ファビウスは気が付いていたようだ。


 洞窟の奥は異常な悪臭が満ちている。

 しかし、翔一の鼻は完全にマヒしてもう何の匂いかわからない。

 闇に浮かぶ、三人の人影。

 彼らは隠れもせず、懐中電灯を持っていた。

「待ってたぜ。偽善者ども」

 黒いコートにガスマスク。

「隠れても無駄ですよ。血膿の神は最初から気が付いていましたから」

 細身のスーツを着こなしたトッドが冷酷な薄笑いを浮かべながら三人の前に立つ。

 もう一人の男はすっぽりの麻の袋を被り、目の部分に穴をあけて、赤い目を光らせている。

 誰かわからないが、服装はジャージ。

「アレクセイとトッドか。我らの因縁もここで終わりにするぞ」

 ファビウスは立ち上がるとレイピアを構える。

 ヴェラと翔一も彼の横に立つ。

「新入りの熊小僧もいるのか。よくも俺の腕を斬ってくれたな」

 トッドの目が血走る。彼の右腕は生えているが、混沌に汚染された不気味に節くれだった赤い手になっていた。

 その手で拳銃のグリップを握る。

 同時に麻袋の男は刀を居合の形に構えた。

 そして、アレクセイはいつもながらポケットに手を突っ込んだままで微動だにしない。

「アレクセイは私が、ヴェラはトッドを。クマ君悪いが麻袋を」

 二人はうなずいた。

「ファビウス。面白いものを見てから決着をつけないか」

 アレクセイが提案する。

「何を見せるつもりだ」

「俺たちの『親』だ。お前が毛嫌いする混沌吸血鬼の神だよ」

「……まさか、日本軍が持って帰ったという」

「そうだ、元KGBの俺がミイラを取りに行って、ミイラにされた。そういうものだ」

「……」

 結局、しばらくにらみ合ったが、ファビウスは剣を下した。

「いいだろう、納得がいった時点で貴様を滅する」

「フフフ。それは楽しみだ」  

 あっさり背中を見せると、アレクセイは奥に案内してくれた。

 自然の岩で歩き難い空間だったが、魔物たちは何事もないように走破して最奥に到着する。


 大きな配管やダクトなどが見えてくる。

 そして、何かの装置が並ぶ。

 全てが錆びすぎて真っ黒になっている。装置も完全に錆びて崩れ、残骸と化していた。しかし、その大昔の研究スペースには中央に四角いプールがあった。

 腐った血液で満たされたプール。

 その前に横たわる攫われた人々。

 捕まった犠牲者たちはピクリとも動けず、プールの前に寝かされている。

 グールは一匹もいない。


「なんだここは」

 ファビウスがきょろきょろしながら問う。

「血膿の神の寝所。あいつらは奴の食事だ」

 捕まった人々を見て、顎をしゃくるアレクセイ。

 気配を感じ、無言で見つめる。

 やがて、

 ズズ……。

 泡立つプールから、ゆっくりと何かが頭を出す。 

 身長は二メートルはあるだろう。

(すごい、圧倒的なオーラだ……これは神性。これを見てあの女の子たちは……)

 翔一は恐怖に耐える。

 細い触手を束ねて無理やり人型にしたような姿。

 全体が渦巻きを巻いた肉の触手でできている。 

 触手一本ごとに小さな口があり、それが血を吸うのだろうか。

 するすると、犠牲者に触手を伸ばす。

「ハハハ。久しぶりの餌だな『親』殿!」

 アレクセイが狂ったような笑い声をあげる。

 生贄は六人ほどだ。

 可愛らしい女の子に見える人間もいた。

 触手は長く伸び、人々にゆるゆると接近して揺らめく。まるで、なにから食べようか迷っているようだった。

「どうする、ファビウス。目の前で人が死ぬぞ」

「……」

 ファビウスは柔和な見た目とは違い、正義感が強い男だった。

 しかし、このあまりに異常で異形な存在を目の前にして感覚がしびれ、思わず、思考がマヒしていた。

「……ああ、そんな、こんな存在がいるなんて」 

 口から声を出したが、ヴェラも状況は同じようだ、

 しかし、

「やらせないぞ!!!」

 子熊は叫ぶ。

 寝ている人々の中に、親友の京市きょういち優次ゆうじがいた。

 翔一はとっさに『白銀剣』を抜くと、稲妻のようにとびかかる。

「なに!」

 トッドが叫んだが、彼の素早さでも子熊には全く手をかけることすらできなかった。

「え?」

 ヴェラが状況をつかめず、目をぱちぱちとさせる。

「やれ! 翔一!」

 宿精の叫びが精霊界で聞こえた。

「白虎一剣!」

 翔一は跳躍した空中で一気にテレポーテーションのように速度を上げる。

 人々に迫る触手を断ち切り、ねじれた肉の触手の塊を一気に断った。

 ブシャ!

 おぞましい血膿が噴水のようにあたりにまき散らされる。

「白虎逆流剣!」

 プールに着地した翔一は、逆跳びでさらに怪物を真っ二つに斬る。

 いつの間にか大熊になっていた。

 血膿の雨から人々を守るように立つ。

「心配するな、エアーエレメンタルを出していた」

 精霊界でダーク翔一が精霊を呼び、人々をおぞましい混沌の血から守っていた。

 敵が死んだかはわからない。

 しかし、油断なく、ぎろっとアレクセイをにらむ。

「ほほう。とんでもない奴だ。ここまですごい奴がいたなんて。俺の『親』をバラバラにしやがったぜ」

「血膿の神が……まさか、一瞬で」

 アレクセイは動じていないが、トッドは驚愕を隠せない。

 袋の男は反応がなかった。

「熊さん、気を付けて、後ろ!」

 ヴェラの声。

 血膿の神は聖なる剣で斬られても、何事もなかったかのように触手を一点に集めようとしている。

「やはり、貴様らでも無理か」

 アレクセイはつぶやいた。不思議と残念そうでもある。

「ダーク君」

「なんだ?」

「こいつに普通の攻撃って効くかな」

「効かないだろ。こいつは異界の神だ。生物かどうかも怪しい。やったとしても時間稼ぎになるだけだ」

「じゃあ、神様の力なら」

「それは効くだろ。同等だからな」

「それなら、みんなを安全なところに移してくれないか」

「わかった。存分にやれ」

 ダーク翔一がエレメンタルに指示を出して人々をふわっと浮かせる。

「おい、どこにやる気だ」

 アレクセイが文句をいう。

「安全なところに行ってもらうクマ」

「さすがにそれは止めるぜ」

 ポケットから両手を出した。

 血膿の神と同じ触手が三本づつ生えている。 

「アレクセイ、背中がお留守だぞ」

 ファビウスが白刃をひらめかせる。

 ようやく心のマヒが解けたのだ。

 白銀のレイピアがアレクセイに迫るが、袋の男が居合で受ける。

 ファビウスと袋の男は戦いを始めた。

 剣がひらめき、南部十四年式拳銃が火を噴く。

 レイピアが袋を切り裂いた。

 顔が覗く。

 俊之としゆきだった。

「舐めるなよ、熊公」 

 拳銃を抜くトッド、しかし、

「させないわ!」

 ナイフで赤い手を切り裂くヴェラ。

 ファビウスと俊之。

 ヴェラとトッド。

 四人は激しく乱闘を開始している。

 アレクセイは翔一を止めるために迫り、翔一は血膿の神に一撃を加えようとしていた。

「龍昇大上段!」

「クソ!」

 一瞬早く大熊は跳び、アレクセイの攻撃は空をきる。

 血膿の神の上空に跳び、全力で剣を振り下ろす。

 ドス!

 すさまじい膂力と速度で神を真っ二つに斬った。。

 翔一がプールの中に着地したときには、血膿の神は光り輝き、再び真っ二つになっている。

 翔一は全身に血を浴びながら、手に『エルベスの瞳』を持った。

「神様。力を貸してください!」 

 邪神の触手は斬っても一点に戻ろうとする。

 光り輝く神の護符『エルベスの瞳』をその一点に押し付けた。

「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」

 初めて、怪物の悲鳴がこだまする。

 ブワっと空間が開いた。

 次元に裂けめができたのだ。 

 血膿の神と大熊は吸い込まれる。

「待て、熊公!」

 アレクセイはぎりぎりで、熊の腕に触手を巻き付ける。

 アレクセイも空間に引きずり込まれた。



 血膿の神は虚空に消えた。

 しかし、戦いは続いている。

「君は吸血鬼になったのか」

 ファビウスは俊之に問う。

 しかし、彼は一切答えない。

「ハァハァ」

 荒い息をするだけだった。

 稲妻のような剣術。赤嶺あかみね泰三たいぞうが仕込んだ技で俊之は人間の速度と力を超えてファビウスを斬ろうとする。

 しかし、ファビウスは全く危なげなく必殺の刃をいなす。

 彼は百戦錬磨の吸血鬼だったのだ。

 俊之が多少剣に優れていても、そして、吸血鬼の体力を持っていたとしても、根本的にかなう相手ではなかったのだ。

 年季が違いすぎた。

「理性が吸血鬼化で消えたのか……話し合う余地もないようだな。仕方がない、死んでもらう」

 ファビウスはそういいながら、自分の手首を刃で裂く。

 血が一気に広がると、俊之の体にまとわりついた。

 ファビウスの血は光り輝き、俊之を縛る。

「ガアアアア!」

 吼える俊之、しかし、動けない。

「天罰!」

 一瞬でも動きが鈍れば、それが彼の最後だった。

 白い光が俊之の首を走る。

 驚愕した顔が飛ぶ。

 俊之の首は切断され、宙を舞って血膿のプールに落ちた。

 体はけいれんし、動かなくなる。

 急速に、塵と化す俊之。


 一方、ヴェラはトッドと血で血を洗うような肉弾戦を展開していた。

 たがいに拳銃を打ち尽くし、魔力の銃弾で半身不随になっている。

 しかし、ナイフを抜くと、互いの体をむしるように切り刻みあっていたのだ。

 飛び散る血液、肉片。

 血と泥にまみれる二人。

「ヴェラ。俺の勝ちだ。俺は混沌だ!」

 トッドは叫ぶ。

 美青年の顔は半壊し、おぞましい化け物と化していた。

 バリ!

 服が裂けると、彼の背中から、白くて細い絹の糸のような触手が一面に広がる。

 ヴェラは這うような状態だったので、転がった。

 しかし、逃げきれない。

 触手に体をつかまれてしまった。

「終わりだ、女。締め付けて、真っ二つにしてやる」

 血反吐と歯を吐き出しながら、叫ぶトッド。

「ああ、ああああ!」

 白い触手は絹の糸のように強靭で、ヴェラの胴体をぎりぎりと締め上げた。

 皮膚が破れ、内臓がつぶされる。

「ヒヒヒ」!

 トッドの狂った笑い。

 ヴェラはゆっくりとポーチに手を突っ込む。

 中から干からびた手を出した。

「神罰を!」

 バチっと、干からびた手が白く輝き、煙が上がる。

「ぐが!」

 トッドが、ボフっと血を吐く。

 バチ、バチ。

 ヴェラが手に神罰を与えると、トッドは体が内部から破裂するように崩壊していった。

 触手はやがて、力を失い、ヴェラは地面に落ちる。

「私は魔女よ」

 口を極限まで開けてトッドは硬直している。

 ブン!

 白い剣が一閃し、トッドの首を刎ねた。

 見ると、ファビウスが無言で剣を持って立っていたのだ。

「……ようやくこいつが死んだか。長かった」

「ありがとう」

「治癒術を使う。壊れすぎだぞ」

「ええ、さすがに、これはしばらくは動けないわ。神罰で魔力も使い切った」

「神の加護を得た我らは血に頼るわけにはいかない。悪いが、そこで休んでいてくれ」

 塵と化すトッドの残骸の横に座るファビウスとヴェラ。

「ところで、あのクマ君と怪物はどこに行ったんだ。アレクセイも消えた」

「プールの辺りに特異点があるわ。待ちましょう。何かあるかも」

 二人の吸血鬼は居住まいを正して休息した。



2021/3/14 2025/2/13 微修正

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