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32 吸血神と英雄軍 その1

 御剣山みつるぎやま翔一しょういち京市きょういち優次ゆうじは揺れる地下鉄の座席に座っていた。


 今日は郊外にある動物園を見に行く予定なのだ。

 母のつてで無料チケットが手に入ったからだが、母と姉には忙しいという理由で断られてしまう。

 学校の友人は少なく、京市に声をかけると快く応じた。

 しかし、翔一は大いなる誤算を覚える。

 京市が思った以上に特殊だったのだ。

 翔一の横には非常に可愛らしい少女が座っている。

 そう、その少女に見える者が京市だったのだ。

「京市君、女装趣味だったんだね」

「女装といわないで、男の娘よ。優子ゆうこと呼んで下さい」

 意外と声も可愛い。

「うーん、凄く可愛いけど……」

「僕、背も小さいし、体も細いし、髭も全然生えないんだよ。だから、まあ、試しにやってみたら思った以上に嵌ってね」

「似合ってるよ。でも、僕は……」

「うん、そういうつもりじゃないから気にしないで」

 しかし、京市は翔一に身を寄せている。


 地下鉄はかなり長い区間を走っている。

「いつまでも次の駅につかないね」

 翔一はつぶやく。

「この辺り、昔は駅があったんだけどね。広大な空白地になってしまったから。二つぐらい古い駅を飛ばすんだよ」

 関東の都心はもちろん非常に活気があるが、少し郊外に行くと、明暗がくっきり分かれている。

 翔一はこのようなことに疎い。

 京市は色々と世事に詳しかった。

「少ない人口は守りやすいブロックに固めて住んでいるよ。政府もその方が予算が少なくて済むからね。ちなみに、広い土地は大企業のハイテク農場になってる」

「時の流れだよ。仕方がないことだね」

 キイイイイイイイイイイ!

 不意に電車が止まる。

「信号待ちです、しばらくお待ちください」

 車掌のアナウンスが入った。

 少し前の方に、閉鎖された駅が見える。

「昔の駅があるよ。名前は何といったかなぁ『如月きさらぎ』駅だったかも」

「京市君頭良いなぁ、色々知ってるから」

「そ、そんなことないよ、僕は雑学ばっかり貯めてるだけで、成績は翔一君の方が上じゃないか」

「僕は勉強やらされているだけで……」

 翔一は謙遜したが、勉強は好きだった。

 異世界に行っている間、やりたくてもやれなかったからだ。

 学もなく、世の中のことを欠片も知らない、生きるだけで精一杯の庶民。そのようなものも見すぎたことも原因ではあるが。


 ふと、何か、暗闇の中から湧き出してきたように感じた。 

 明るい車内から、暗い外を見るのは難しいが、何かの物音がする。

 翔一たちは列車の後ろの方にいたが、何かがいるのは中央付近だった。

「僕、ちょっと見てくるよ、何かいたんだ。中央付近にいったらよく見えると思う」

「わかった、でも、すぐ帰って来て」 

 京市は震えている。

 翔一は毛玉お守りを渡した。

「これ持ってたらそれなりに大丈夫だから」 

「前くれたのとは違うんだね。モフモフしているよ」

「そういえば、あれはどうしたの」

「ちょっと、今の衣装と会わないから……」

 石や骨で作ったお守りだったので、確かに、つけているのは難しいだろう。翔一は見た目を考え直すべきだと反省した。

「もう少しまともな奴を作るよ」

「翔一君って不思議な力あるよね」


 翔一は隣の車両に入った。

 乗客はほとんどいない。

 まだ動きはない。中央に向かって歩いていくと、じわじわと声が聞こえてくる。

「何か動いたぞ」「何だあれは!」「人間?」「化物だ、浸食されているぞ!」「キャー!」「逃げろ!」

 人々は何かに気が付き、最終的に恐怖にかられたようだ。

 大勢の人がこちらに向かってくる。

 サラリーマン、OL、買い物客……血相変えて走ってくるので道を開けた。

(あまり多くないのが救いだね。通勤通学の電車じゃなくてよかった……あ、外国人もいる。夫婦かな)

 背が高く、コートにサングラス、ハットというそれほど寒くもないのに重装備だ。

 彼らを行かせてから、中央の車両を目指す、もう大した距離ではない。

「皆さん落ち着いてお願いします。車両中央付近に未確認生物が張り付いています。静かに車両の先頭か後尾を目指してください。非常出口が前後にあります。声を出して、刺激してはいけません」

 車掌のアナウンスが入る。

 中央車両付近はほとんど無人だった。

 しかし、中央車両の中央に、二人の少女がいた。

 赤い服と白い服。

 魔法少女的なヒロインスーツ。

(赤い服はたしか、『炎流星えんりゅうせいひいらぎりん! 一級ヒーローじゃないか、それなら大丈夫かな)

 凛とは、以前、会ったことがある。忘れられない存在だった。 

 二人はコンビのヒーローらしく、ファイティングポーズを取って待ち構えている。

 窓の外には、人間とも怪物ともいえない不気味な爪と牙を持つ生き物がいた。

(グールだ) 

 車両を取り囲むだけで動きはない。

 翔一は少し安心した。グールは一般人よりは強いが、三級のブレードローズが散々倒したと豪語する程度の強さである。

 子熊に変身する。

「クマクマっと。ふぅ、やっぱりこの姿クマ」

 少女二人に近づくことにした。

 子熊の姿はヒーロー登録しているから問題がない。

「すみません、お二人さん。お手伝いに来ましたクマ」

「あら、あんた見たことあるわ、確か半魚人の時に見た治癒クマーでしょ。独特な姿だから」

 柊凛が上から目線で翔一を見る。

「はいそうですクマ」

「あら、可愛いわ。この子。熊ちゃんなのね」

 白い服の少女がにこやかに翔一の腕をもふる。

「この子は治癒クマー、白いドレスは『氷の刃』圓行寺えんぎょうじ美貴( みき)よ。二級下位ヒーロー、聞いたことある?」

「はい、クマ」

 彼女は有名だった。柊凛ほどではないが。

「面白い子、一々語尾にクマが付くのね。プププ」

 口に手を当てて笑う。美貴は非常に可愛らしい少女だった。

 スマホが鳴っているので、柊凛は出る。

「ええ、ハイ、わかりました。でも保証はしませんよ。治癒クマーは偶然いたようです……了解」

「なんだったの」

「電車壊すなって。無茶いいやがって」

「自治体も財政が厳しいのよ。わかってあげないと」

 美貴は大人びたことをいう少女だった。


 どんどんとグールたちは窓ガラスをたたいている。

「地下鉄はかなり頑丈に作ってあるって聞いたことがある。でも、このままじゃ乱入してきそうだな」

「反対側から出たら、安全に外に出られると思うクマ」

「それ良い案だわ。行きましょう」

 グールたちは地下鉄車両の進行方向に対して右側に群がっている。

 三人は反対側から手動で扉を開けて出る。

 身軽な三人は電車の屋根に乗った。

 足元にグールが迫ってくる。干からびたおぞましい顔。長い牙と爪。

「肉、肉を食わせろ!」「人間。生きた人間!」

 ぞっとするようなおぞましい怪物。しかし、さすが、彼女たちは上級ヒーローであり、若いのに全く動じる様子もなかった。

「さあ、お仕置きの時間よ!」

 柊凛はそう叫ぶと、両手から赤いエネルギーの鞭のようなものを出す。

 バシュ!

 と鞭をふるい、グールたちは悲鳴を上げながら燃え上がる。

「今度は私よ!」

 美貴も集中すると、同じような氷の鞭が両手から発せられる。

 それをふるうと、グールたちは凍り付いて動けなくなる。

 凛の攻撃のように燃え上がって倒されるわけではないが、真逆の力で敵を倒せることに間違いはなかった。

「ほらほら、いくらでもかかってきな!」

 凛はどんどん敵の中に入り込んで敵を燃やし続ける。

 美貴はそれをサポートするように、回り込んでくる敵などを凍らせてけん制していた。

 非常にチームワークの取れた動きであり、グール相手に全く危なげない。

(敵は二十ぐらいいるけど、あの二人で全部倒せると思うクマだね)

 翔一はいくつかの精霊を準備しながら屋根の上から様子をうかがう。

 尚、赤白二人のヒーローには翔一の精霊は見えていないようだ。


 順調に減るグールを観察していると。

「わー」「怪物だ!」

 後ろの車両で人々の叫び。

「やばい、後ろの方で侵入されたんじゃない?」

 凛が忙しく炎を操りながら叫ぶ。

 彼女にも聞こえたのだ。

「逆にこちらに来てもらったほうがいいかも」

 美貴が答える。

「僕がみんなを誘導してくるクマ」

「ダメよ、クマちゃん一人で行っちゃ!」

 美貴はそういうが、

「頼んだぜ、治癒クマー」

 凛の言葉にうなずく翔一。

「気を付けてね」

 グールを倒しながら、翔一を心配する余裕のある美貴の言葉。


 翔一は屋根を下りて、車両に入る。

 足の速い人間が数人入り込んできていた。 

「うわ、熊の怪物だ!」 

 サラリーマン風の男が驚くが、

「見たことある、この子ヒーローよ」

 OL風の女性が発言。

「僕はヒーロー治癒クマー、後ろで何かあったクマ?」

 びっくりしていた乗客もいたが、ヒーロー公報で容姿が知れていたのか、乗客の動揺はすぐに収まる。

「グールが入ってきたんだ。馬鹿な奴が側面の扉開けやがって……」

 どうやら、パニックを起こした一部の人間が後ろから出ず、横から逃げたのだ。

 そして、そこからグールが入ってきた。

「とにかく、中央付近にいてください。あの超能力少女たちが皆さんを守るクマ」

 有名な赤白二人のヒーローの姿に乗客たちは安どの表情を見せる。

 翔一は彼ら置いて、後ろに向かった。

「クマさんどこに行くの?」

「皆さんはここで、僕は逃げ遅れた人がいないか見てくるクマ」

 意味ありげな外国人夫婦もいた。彼らは翔一の毛皮の背中を見て何か話していたが、今はそれどころではない。

 翔一は心配だった。

 逃げた人たちの中に京市がいなかったのだ。


 車両を二つほど後ろに行くと、最後の車両の扉は閉じられている。

 数匹のグールがうろうろしていた。

 そっと覗く。

(横の扉が開いてる……京市君はいないクマだね、逃げたのかな)

 グールが居ては捜索ができない。

 狭すぎるので、短い木刀を出す。

 子熊のままで天井に張り付き、一気に狭い空間を跳んだ。

「白虎連斬!」

 狭い場所での斬撃に特化した技を出す。

 椅子やグールを踏みつけながら、次々とグールの頭蓋をたたいていく。

 何度も跳んだが、人間の目が仮にあれば、攻撃は一瞬で終わったように見えただろう。

 頭蓋を破壊されたグールの死骸が転がる。

 翔一は急いで京市が座っていた場所を調べた。

 彼の匂いが残っている。

(これなら追っていける、拉致された……血の匂いはないクマ)

 京市少年だけでなく、ほかにも幾人かが攫われたようだ。

 カバンや靴などが落ちている。


 匂いをたどっていくと、グールが湧き出した廃駅に向かっているようだ。

「よいしょ」

 ホームに登り、あたりを見渡す。

 列車中央付近のグールは全滅したようだった。少女たちもいない。

 彼らを探している暇はないと考え、京市を追う。

 この駅は上り下りで両側にホームがある。

 ここで列車を通過させるために、大きく作られているのだ。

 匂いは上には行っていない。

(地上に向かっていないなら、地下に奴らの巣でもあるのかな)

 大きな通用扉が開きっぱなしになっていた。

 何らかの機材搬入用の大きな通路なのだろうか、意外と長く、深く暗かった。

 大勢の泥の足跡。

 非常灯もないが、三十メートルほど先で二人の人影と明かりが見える。

「上位お二人さん、大丈夫クマ?」

 柊凛と圓教寺美貴だった。

 手にライト代わりのスマホを持ち、立ち止まっている。

 二人の前には、大きな横穴があった。

 嫌な瘴気が伝わってくる。

 翔一は返事もしない少女のすぐ後ろに立つ。

 よく見ると、二人は硬直しているのだ。

「ダーク君、お二人はどうなってるかわかるクマ?」

 翔一は宿精に問う。

「……悪霊とか吸血鬼を見た人間の症状だ。恐怖で硬直している」

 黒い子熊は精霊界から少女二人の状態を調べた。

「このお二人はオーラも相当強いクマ。そうそう簡単には……」

「俺の見立てはたぶん間違っていない。すげー怖いのがいたんだろ」

 翔一は横穴をにらむ。

 恐怖の主がこの奥にいるのだ。

 洞窟はレンガで作られた、相当古いものだった。

 意を決して入ろうとする。


「待て」

 見ると例の外国人夫婦だった。

「何者クマ」

「わからないのかい、私だよ、ファビウスだ」

「ヴェラよ。クマちゃん」

 顔をあらわにする二人。

 白人の壮年の男性と、若い黒人女性。

 日本友愛協会の吸血鬼、ファビウス・カバーデールとヴェラ・ジョーダン。

「こ、こんにちわ。匂いがわからなかったクマですよ」

「ああ、敵の混沌人狼にばれない工夫だよ。ちょっとした魔術なんだ」 

 この二人は人類に味方する吸血鬼であり、邪悪な吸血鬼や混沌に転んだ人狼と敵対しているのだ。

「申し訳ないけど、話をしている暇もないクマです。僕は友達を探しにここに入ります。よかったら、この少女お二人をお願いします」

 翔一はモフ指で瘴気の洞窟を指さす。

 オーラが見える人間には、おぞましいうねる妖気に満ちているのが感じられるだろう。

 吸血鬼二人は顔を見合わせて、

「私たちも同行するよ。そのために来たんだ」

「何か事情をご存じなのですクマ?」

「ええ……しかし、先ほどから立ち尽くしていると思ったら、その子たち、術にかけられているのね」

「たぶん、恐怖攻撃クマです」

「その二人は列車に乗せておけば大丈夫だろう、警察と自衛隊が向かっている。僕たち二人も君と行くよ。心配はいらない、電車にとりついていたのはもう倒したから」

 グールの残党は二人が始末したという。

「ねえ、あなたたち起きなさい」

 ヴェラが魔術を使って、少女たちの意識を戻す。

「あ、ここは……」

「……」

 圓教寺美貴がきょろきょろと辺りを警戒し、柊凛はがらにもなく震えて大きな外国人を見つめている。

 翔一は二人に鎮静精霊をこっそり纏わせた。

「私たちはオカルト事案専門の政府機関の人間だよ。ここから先は私たちに任せてくれないか。二人は列車に戻って人々を頼むよ、いいかな」

 ファビウスが優し気に少女たちに話しかける。

「……どこの機関よ、あんたら」 

 凛がどうにかつぶやく。

「公安ですよ。とにかくお嬢さん方はこれ以上連戦できないでしょう? 引くのも戦術のうちですよ」

「……そ、そうよね……」

 力なく答える美貴。

 得体のしれない人物に促されて、少女二人はふらふらと去った。

(よっぽど怖いもの見たのかな。僕のことを気にする余裕もなかったクマ)

 少し可哀そうになる後ろ姿だった。




2021/3/13 2024/10/3 微修正

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