31 科学装備研究所 その2
装備部主任の案内で施設内の病院に向かう。
大きなものでもないが、設備は充実していた。
「勝手に入って大丈夫クマ?」
「風間裕次君は自分の体を研究に使ってくれと。だから、あえてこの研究所に入っているのです。幹部なら彼の病室に出入りしていいことになってます」
病室の前のモニタールームには関係者が集まっていた。研究員、医者も当然いる。
ガラス越しに、全身包帯で横たわる風間。
「裕次、お願い、頑張って」
涙を流す若い女性がいた。
カレンが肩を抱く。
(雰囲気的に彼女さんかな?)
翔一はそう思った。
「神経系も何もかもズタズタ。内臓の損傷も酷い。彼は改造されたから生きているだけで……」
白衣の男がつぶやくのが聞こえる。
翔一は彼を霊視して見た。
白くて強いオーラだった。しかし、傷ついている。
彼の横には祖霊はおらず、大きな昆虫と人間の中間のような存在が立っていた。
(彼の魂は人間クマ。たとえ、半分が昆虫人間だとしても)
気のせいか、昆虫人間の魂は彼を心配しているように見える。
翔一は物陰で精霊界に入ると、直立カミキリムシの魂と話すことにした。
「やあ、僕は熊人間の翔一というものクマ」
「……」
「彼が心配クマ?」
うなずく、昆虫人間。
「彼を助けたいクマ?」
再びうなずく。
「僕たちでできることがないか見てみたいけどいいクマ?」
カミキリムシ人間はそっと場所を開ける。
翔一とダーク翔一は彼の体を見た。
「魂の核が削られている。こんな損傷見たことないぞ」
「どうすれば治るクマ」
「魂の核が弱りすぎている。何か魔力を埋め込むしかない」
びくっと現実界の風間の体が跳ねた。
痙攣したのだ。
精霊界の霞んだ背景で現実の医者たちが懸命な治療を行っている。
見ると、風間の霊魂が上半身起こして唖然としていた。
背後から彼の祖霊と思しき人々がやってくる。
お迎えが来たのだ。
「もうこいつは終わったんじゃないか。俺たちが無理やり助けなくても……」
「こんにちわ、風間さん」
「ああ、君たちは? 子熊のように見える」
死ぬ寸前の者の魂らしく、生気に乏しい。
「僕たちのことより、あなたに聞きたいクマ。あなたはこのまま死にたいか、それとも生き返りたいか」
「……わからない、苦しみが終わるなら、このまま……」
「あなたのこと思って、女性が泣いていたクマ」
「美嘉……」
「生きのびたいのなら、この地獄のダイヤを魂に取り込め。それしかない」
ダーク翔一が脈動する混沌の魔力を取り出す。
「地獄の……」
「まだそれ、あったの?」
異世界で強力な魔物を退治したときに手に入れたものである。
「これで最後の一個だ……どうする? これを受け入れたら、お前は生き返るだろう」
「敵襲だ! 自衛隊に連絡しろ! 警備部隊は病院を死守しろ!」
現実界で叫ぶ声が聞こえた。
「何か来たクマ!」
「……敵か……それが、俺の宿命ならば受け入れよう」
敵の気配を感じると、風間は戦う男の顔になる。
「かなり苦しいが我慢しろよ!」
そういうとダーク翔一は風間裕次の魂に混沌のダイヤを埋め込んだ。
「う、ぐ、あああああああ!」
精霊界と現実世界の両方で風間は叫んだ。
翔一は精霊界で鹿の頭蓋マスクをかぶり、治癒精霊を呼ぶ。
「風間さんを助けるクマ!」
翔一が飛び跳ねていると、大勢の幽霊が何事かと見に来た。
病院なので多いのだ。
「お前たちも、一緒に風間さんを応援するクマ!」
幽霊たちも何となく応援する雰囲気になった。悪意の幽霊ばかりでもなく、大概は普通の人なのだ。
幽霊だけでなく、祖霊たちも集結するようだ。
連れていくのではなく、風間を励ましている。
「あああ、うあああああ!」
混沌の核は急速に風間と融合し、強力なオーラは渦巻の形を形成する。
(オーラの形が変わった? でも、嫌な気配はない!)
「みんな、風間さんを!」
無数の霊魂たちが風間を励まし、応援する。
「……」
やがて、融合は終わったようだ。
魂の脈動が収まり、様態が安定したところで、さらに巨大な治癒精霊を風間に纏わせて受祚する。
風間は意識を失ったようだ。
(この人、傷ついているけど、オーラがめちゃくちゃ強い。これほど強力ならどんな精霊でも受容できる)
「おい、病院の周りがヤバいぞ、あのいつもの奴らの気配だ」
「わかったクマ」
翔一は精霊界を駆け抜け、現地に急行した。
外を観察できる場所行くと、迫る昆虫人間と、警備部隊の戦闘が始まっていた。
昆虫人間は蟻のような奴らで、手にはとげとげメイスと棘銃を持っている。昆虫人間の武器は、彼らの体の延長であり、変身と同時に出すことができる。
対して、警備部隊は重装甲の歩兵だ。
戦いは互角だが、巨大なこん棒を持った特大の蟻怪人が警備部隊に乱入している。
警備兵は日本防衛会議直属の兵士であり、最新テロ装備だ。
昆虫人間に対して負けてはいないが、大型昆虫人間には歯が立たなかった。負傷者続出の状況である。
翔一の目の前で、こん棒が振り上げられた。
病院の玄関で防衛線を死守する警備兵だが、風前の灯火に思える。
もう我慢できなかった、翔一は大型になろうとしたその時。
「はぁ! 空中二段蹴り!」
一人の警備兵、かなり大柄な奴が銃を捨てると、決死の蹴りを怪物に叩き込んだ。
こん棒は空を切り、怪物はよろめく。
「やった、頑張れクマ!」
「俺は日本拳法のチャンピオンだ。無敵の拳法が昆虫如きに負けるわけがない」
男はかなり強かった。
昆虫の攻撃をいなし、次々と命中打を叩き込む。
「見ろ、この防具ををつけた状態での打撃! 熊でも倒せる武術なのだ! 空手、ムエタイ、ボクシング、普通の武術でこの動きは無理だ!」
イキリ返る男。確かに動きはよかった。
(うーん、気のせいかそこまでの威力はなさそうクマ)
しかし、昆虫はふらつくだけで、全く効いていないように見える。
「これは苦しいクマ」
背後から数匹の昆虫人間が棘銃を撃つ。
「フライングシールド!」
間一髪、翔一の盾が棘弾をはじき返して男を守った。
「俊敏、強甲精霊纏うクマ」
しかし、彼のオーラは大したことがなく、強甲精霊をかろうじて纏った。
「宮島さん頑張って!」「キャー、素敵よ!」
女性職員の応援が聞こえてくる。
宮島と呼ばれたその男は思わず振り返って、笑顔でガッツポーズを行った。
「宮島、後ろ! クマ!」
しかし、遅かった。宮島は一瞬の油断のために怪物の裏拳で吹き飛ばされて、ゴミ箱の中に入り込んでしまう。
「気絶だな……強甲なかったら死んでたかも」
ダーク翔一の呆れきった声が聞こえる。
「宮島、何してるクマー! 気合いが入っていないクマ! そんなのだからいまいちパッとしないクマ!!!」
迫ってくる怪物。
「終わった、宮島が死んだ!」「もう駄目よ、逃げて」
警備隊の士気が一気に下がった。
翔一はあきらめて赤い精霊を呼ぶ。
「雷電キック」
重い響きが建物の奥から聞こえる。
ブオン!
凄まじい轟音と共に、影が建物から飛び出し、大型昆虫を吹き飛ばした。
病院玄関から駐車場まで転がる怪物。
撒き散らされる昆虫の手足。
そこには、一人の漢の姿があった。
「え? 風間さん……」
全身包帯、体からは再び出血している。
しかし、彼は生身でキックを行い。怪物を押し返したのだ。
「シャー!」
吼える怪物。
「変身!」
バッと風間はオーラの輝きを放って、直立昆虫となった。
非常に長い触覚を持つ黄色と黒の昆虫人間。
黄色の部分が黄金色に輝く。
「ホーンビートルではない、ストロングホーン。それが俺の新しい名前だ」
怪物はこん棒を拾うと迫ってくる。
「旋回キック」
重々しい彼の技。
飛び上がると、空中で回転し、刃物のようなかかとを怪物の頭に叩き込む。
バキ!
防御に使ったこん棒を叩き折られ、怪物は腹まで突き破られると、全神経を破壊されて動かなくなった。
「す、すごいキッククマ!!!」
思わず絶句する翔一。
こん棒は昆虫人間の体の一部のような物体だったが、やわな物質ではない。それを破壊して、頭部と胴体まで真っ二つにしたのだ。
敵は倒した。
が、力つき、膝をつく風間。
人間形態になる。
「大丈夫か、風間君!」
主治医と思われる人物が走ってきた。
昆虫人間たちは形勢不利になり、警備兵たちが追い散らし、駆けつけた援軍がせん滅を開始した。
「一級ホーンビートル改め、ストロングホーンが復活しました。これで、対テロの戦力が揃いましたね」
女子アナウンサーが記事を読んでいる。
「ええ、我ら国民、全ての救いですよ」
うなずく、初老の解説員。
「一時は重篤状態となり、回復は絶望視されていたのですが、本当によかった。あんなにかっこいい男性が亡くなるなんて耐えられませんわ」
なぜか、涙ぐむ女子アナ。
「な、泣かなくても……とにかく、これからも、ヒーローと警察自衛隊を応援しましょう」
解説員が笑顔で話題を閉める。
子熊の翔一はソファーに寝ころんでニュースを見ていた。
「ストロングホーン。滅茶苦茶カッコよかったクマ―」
ポテチを口に放り込む。
「え、生で見たの、風間さんってどんな感じだった」
目をキラキラさせながら、姉の園が翔一の横に座る。
「『雷電キック』カッコよすぎて痺れたクマクマ」
「ずるい、翔ちゃん。今度会ったらサイン貰ってきてよ」
「一級ヒーローともなると、下手な芸能人より人気クマですね」
「風間さんって、顔もかっこいいし、背も高いし痩せていて、男の中の男って感じよね。あの声聞くだけで心がしびれるわ」
「姉ちゃん、男のアイドルとかとも知り合いクマ。そういう人に興味はないの」
「ああいう人たちだから。女の子慣れしてるというか、遊び人というか。そうじゃなければヲタク。下手に近寄ると、女のファンが怨念をぶつけてくるの。いっちゃなんだけど、よっぽどの相思相愛じゃないと地雷よ」
「シビアな世界クマ」
「そういえば、翔ちゃんって好きな人いないの」
「うーん、お母ちゃんと姉ちゃんは好きクマ」
「そういうのじゃなくて、女性としてよ」
「うーん、女の子は短めの毛皮があると理想クマ」
「それは動物でしょ、人間の女の子!」
ふと、異世界で亡くした薄幸の少女が脳裏に浮かぶ。
心の底から愛していた。
思わず、泣きそうになる。
「い、今はいないクマ」
「なんだ、つまらないの。聖美沙さんとかいるじゃない。興味ないの?」
「僕はあまり学校では好かれていないと思うクマです。警戒されてるクマ」
「あんたの経歴が、経歴だからねぇ。この熊の姿見せられたらいいのに、みんなから好かれるわ」
そういうと、園は翔一を膝枕する。そして、毛皮をモフった。
ヒーロー専用スマホが鳴る。
園は翔一が起き上がったので、台所に行った。
「だれだろう」
「……君が、治癒クマー君か」
低い男の声。
(あ)
翔一は居住まいを正す。
「はい、そうです」
「一度会ってくれないか、君の助けを借りたい……」
翔一は声に聞き覚えがあった、渋くて男性的な声。
「あなたを助けるには、精霊の力を最大まで高められる場所が必要です」
「精霊?」
「日本最大の霊力を持つ山のふもと、樹海の中でお会いしたいです」
「わかった、俺の端末にポイントを出してくれ、可能な限り早く会いたい」
「すぐにお知らせします。待ってください」
そういうと、電話は切れた。
翔一はネットで地図を出すと、最も適した場所を調べる。
座標を割り出すと情報を送る。
すぐに了解の返信が来た。
翔一は日本防衛会議に連絡する。
「今からそんな場所に行くんですか」
「正確な座標はヘリに乗ってからお知らせしますクマ」
「暗黒司令の許可を得ます……許可が出ました」
「暗黒さんは話が分かるクマー」
翔一は書置きを残すと、回収ポイントに向かった。
樹海のとある岩の上。
二人の存在が座っていた。
シャツにデニムというシンプルな服装の青年と子熊。
風間裕次と治癒クマーだった。
曙光が眩しい。
「君が俺を助けてくれたのだろう。隠してもわかるよ」
風間はぽつりとつぶやく。
岩の下には美しい女性、美嘉が心配そうに二人を見ていた。
「あなたの体はまだ治っていないし、魂の方はもっとボロボロです。正直にいえば、あの美しい女性が思っているのと同じことを僕も思います。戦いからは身を引いたほうが……」
「……そうはいっても、目の前で救いを求める者から目をそらす事はできない。例え這ってでも、悪を止めたい。俺はもう、自分のそういう気持ちから逃げないつもりなんだ」
「それを続ければ、いつか死ぬことになる……僕の友人も……」
翔一の目からポロポロと涙が落ちる。
親友が同じ理由で死んだのだ。
機能が次々と失われていくのに、戦いをやめない姿。
思い出して、心の傷が大きく開く。
「君が俺に何をしてくれるのかわからないが、それをすれば、俺は生きのびる確率が上がるのだろう? 今はそれに賭けるしかないじゃないか。君がとてつもない存在なのはわかる。これは弱い存在である俺からの願いだ」
(この人は僕が援助しなくても戦いを続ける……)
「……わかりました。では、上半身裸になってうつぶせになって下さい。背中に墨を入れます」
風間はシャツを脱ぎ、うつぶせになった。
原始的な刺青道具を取り出すと、彼の背中をチクチクと刺し、呪紋を施す。
「基本形はできました。後は精霊界に行ってあなたの祖霊から力貰ってきます」
そういうと、翔一は鹿の頭蓋を被り、ゴロっと横になる。
風間と手をつなぐ。
風間は意識が薄くなった。
翔一は精霊界に行くと、ダーク翔一の案内で風間の祖霊をたどっていく。
変わった存在が多い。
英雄の祖霊はそれだけでも普通とは違うのだろう。
気が付くと、何もない薄暗い空間にいた。
そこには光り輝く翼の生えた何者かがいる。
「あなたは誰?」
「……」
「風間さんの祖霊なら、手を貸してほしいクマ」
遠くに見える、風間を指さす。
光の存在はうなずいた。
そのものは光の剣を翔一に渡すと、風間の背中に入る。
強力だが、優しい光は風間を静かに眠らせた様だ。
現実界に戻る。
翔一の手には輝くような剣があった。一度しまう。
そして、風間を背負って地面に降りた。
やわらかい草の上に横たえる。
風間の恋人が不安気に問う、
「あ、あの、熊さん。裕次さんは……」
「大丈夫、眠っているだけだよ」
「その背中の入れ墨は……」
風間の背中には翼の入れ墨が入っていた。呪紋の墨が魔力で変化したのだ。
「これは彼を守る祖霊の力が具現化したものクマ。彼にこれを」
翔一は剣を渡す。
「……」
「その剣は彼を守る武器。そして、悪を滅ぼす光。目が覚めたら渡してください」
「……」
「そして、僕のことは誰にもいわないでほしい。この岩の上で行った儀式のことも」
うなずく女。
翔一はそれ以上何もいわず去った。
そして、それは超級ヒーロー、ストロングホーンが生まれた瞬間だった。
2024/10/1 微修正




