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30 科学装備研究所 その1

 晴天の郊外。

 ここは大企業の工場や研究所が立ち並ぶ地域である。

 広い敷地に巨大な建物。

 一流企業や官公庁のシンプルだが、未来的デザインの建築物がそこかしこに見える。

 広い道を一台の地味なタクシーが通り抜ける。

 中でも、相当大きな敷地と建物を持つ一角の前に止まった。

 ガチャ。

 静かに扉が開くと、小さな毛むくじゃらが姿を現す。

「よいしょっと」

 座席から地面に足が届かないらしい。お尻を向けて降りる。


「ここが科学装備研究所クマ」

 治癒クマー翔一しょういちは巨大な工場のような建物を眺めた。

『科学装備研究所』

 それが、ここの名称である。

 日本防衛会議と警視庁防衛省は『浸食』に対して、個人兵装の充実の必要性を認識し、各組織がバラバラに研究するのでは対応がおぼつかないと考えた。

 結果、様々なエキスパートが一か所で研究開発することにより、相乗効果を高めようということで結成された研究所である。

 自衛隊警察、そして、ヒーローが使う小火器と防具に関する装備部門が主であり。同時に、敵の装備や能力を解析して、怪物の討伐を研究する部門などもある。

 要は、日本の対テロ対策の頭脳であった。

 治癒クマーこと御剣山みつるぎやま翔一しょういちは『呪術装備』の専門家の一人として招待された。

 車は去っていく。

 ヒーロー送迎専門部隊の車だ。

 目立たないが高性能で、運転手たちも警察のOBなど口が堅い人間がやっている。


「お迎えが来ますので、お待ちください」

 守衛がどこかと連絡を取っている。

「わかったクマ」

 彼らは喋る子熊にびっくりしながらも、異形のヒーローにはなれているのか、騒ぎ立てするようなこともなかった。

 やがて、小型車がやってきて、一人の兵士らしき人物が降りてくる。

小路こみち敬子けいこ、少尉です。治癒クマー様ですね、こちらへどうぞ」

 ミニスカートの軍服を着た美しい女性。

 冷たい雰囲気はあるが、翔一の姿を見ると、若干、笑顔になる。

「うむ、よろしくお願いしますクマ。よいしょっと」

 翔一はいつも車の乗り降りは苦戦する。

「名前は治癒クマー様。素性は非公開、四級ヒーロー、人狼協会所属の人獣。通常形態が子熊、呪術を使う。語尾が『クマ』。これでよろしいでしょうか」

「はい、間違っていないクマ」

 翔一は車の窓から周りを興味津々に見る。

 大きな工場のような施設で、様々な物を作っているのだ。

 大勢の研究者や作業員が働いている。

 子熊に気が付いた人々はびっくりしてから、手を振ってくれたりする。

 翔一も手を振り返した。

 やがて、車は止まる。

 大きな建物の玄関である。少尉に連れられてはいると、受付の女性がいる。

「治癒クマー様よ、今日は見学者としてきたわ。でも、中級レベルの許可を与えろという命令よ」

 受付はうなずくと、カードを発行してくれる。

 少尉は翔一の首にそれをかけてくれた。

「お姉さん、ありがとうクマ」

 建物に入っていくと、大きな部屋。様々な装置、化学物質の匂い。金属の匂い……銃声が鳴り響いているので、何らかの銃の研究施設のようだ。

「ここは個人兵器研究部門です。この部屋では銃器の研究をしています」

 部門の責任者と思しき人物がやってくる。

「ああ、お伺いしてますよ。魔術でしたか……魔術以前に、あまりにユニークなお姿ですな」

 その中年男性は魔術は信じていないようだったが、がっしりした手で子熊のモフ手を握る。

「よろしくお願いしますクマ。カッコいい銃が多いですクマー」

 確かに、様々な銃が並んでいる。

 翔一は銃が好きだった。

「これなんて面白い銃ですよ。フレシェットガンです。金属の破片を飛ばして……これは、フルオート散弾銃、これは……」

 中年男性は銃の説明を始めると、まるで熱に浮かされたように饒舌になり、細かく説明し始める。

「すごいクマー、僕も撃ってみたいクマクマ」

「じゃあ、この、護身用に開発したポケット拳銃……」

「この五十口径スーパーマグナムがいいクマ」

 翔一の手にはマグナム弾を発射する強力な銃が握られていた。

「そ、それは、ちょっと、クマーさんの体格では」

「一発だけ、お願いクマクマ」

 翔一は男性の説明を熱心に聞き、褒めまくっていたので、好印象だったのだろう。結局うなずいてくれた。

「そうだ、それはアメリカ製なんですけど、日本人にはちょっと大型すぎるから、グリップを改造してストックも付けられるようにしたのです。ちょっと待ってください」

 そういうと、彼は銃にストックを嵌める。そのように改造されていた。

 翔一は射撃レンジに行くと、肩にストックを当てて狙いを定める。

 耳栓と無理やりサングラスをかけている。

「落ち着いて、引き金は絞るように」

「わかったクマ」

 ドゴォ!

 銃が発射され、反動が体に来る。が、ストックで吸収されて問題はなかった。

 見事命中している。

「上手いですよ。次は二連発に挑戦してみてください」

 翔一はうなずくと、狙いすまし、連発する。

 一発目は綺麗に命中したが、二発目は慌てて撃ったので、大きく外れた。

「惜しい、でも、筋はいいですよ」

「ふ、僕は射撃の名手クマー」

「練習したらもっと上手くなりますよ」

「もっと撃ちたいクマクマ。次はフルオートショットガン」

「これも反動が凄いですけど、最新技術で日本人に合わせて反動を吸収し、しかも、完全な防水……」

「主任、治癒クマー様は予定が詰まってます。これぐらいで……」

 小路がいうと、主任は目が覚めたような顔になる。

「ああ、そうでしたね。時間があったら、フルオートグレネー……」

「次・が・ありますので!」

 小路に引っ張られるように翔一は次の部屋に連れて行かれる。

「また来たいクマクマ」

「ええ、いつでもどうぞ」  

 主任はそういうと、何かのデータを熱心に見始めた。

 

「ここはボディアーマー室です。自衛隊や機動隊、警官のボティアーマーを研究しています。ヒーローの基本防具も作っています」

 入ると雰囲気は先ほどの部屋と似たようなものだった。

 しかし、陳列棚には侍鎧が飾ってあった。

「これは?」

「主任が説明しますわ」

 主任がやってくる。銃器室の男と雰囲気は似た感じだ。

 色々と説明してくれるが、翔一は自分が着用できるわけでもないので、これはそれほど熱心に聞かなかった。

「フムフム……ところで、あの侍鎧は何クマ?」

「ああ、あれは敵が着ていたんです。銃が全然効かなかったので、最後はヒーローの超能力で倒したとか」

「すごい金属か何かクマ?」

「金属は古い鉄ですね。近代の銃ならスポスポ貫通する筈なんですけど」

「ちょっと見てもいいクマ?」

 許可を取り、鎧を霊視する。

 かなりごってりと魔力がまとわりついていた。

 鎧の小札の裏を見ると、何やら呪紋が描かれている。

「これ何かわかりますクマ?」

「我々は科学者ですから。それが昔の技術で作られたという事以外わかりません」

「ダーク君わかるクマ?」

「ダーク君?」 

「ああ、こちらの話ですクマ、気にしないで」

 精霊界からダーク翔一が覗く。

「精霊術じゃないのだけは確かだ。妖術に近いな」

「魔道魔法は?」

「近いけど、微妙だな」

 翔一は下がる。

(死臭があるクマ)

「これ、着ていた人は人間だったクマ?」

「ええ、そうです。しかし、内部の人間は焼け焦げてしまって、行方不明になった一般人だったという事しかわかってません」

「死体だったクマ」

「え? 鑑識からはそのような報告は」

「たぶん、アンデッドの一種クマだよ」

「アンデッドですか、はぁ」

 主任は科学者らしく、その手のオカルトには否定的なのだろう。

「超常現象は否定できませんよ、主任」

 小路少尉は軍人らしく、現実的だった。

「ええ、わかってますよ。私の理解を越えるものが多すぎですよ……」

 主任はぶつぶついいながら、立ち去ってしまった。

 

「次は分析室です。浸食による様々な生き物、現象、そういったものを研究しています」

 ここはかなり不気味なゾーンだった。

 怪物の死骸が多く陳列されており、人間として本能的恐怖を感じる姿なのだ。

 小路も少し汗をかいている。

 冷や汗だ。

江戸えどカレンよ。この研究施設全体の所長。分析室の室長も兼任している」

 大柄な女性。三十代。

 長いウエーブのかかった髪。白衣と化粧っけの無い顔。美人だが、身なりを気にしていない。

「よろしくお願いしますクマ」

「あなた治癒クマーね。私の直属で武具の開発や生物の調査をお願いしたいわ」

「僕は中身の人が学生で、ヒーローも兼任してますから、ピンポイントでお手伝いする以外のことはできないと思いますクマ」

「ええ? 聞いてなかったわ。はあ、じゃあ、仕方がないわよね。学生を狩りだすわけにもいかないし。超常現象の専門家がいなくて、居ても怪しいのばかり。住良木すめらぎも……」

 ため息をつくカレン。

「所長、住良木すめらぎ家は協力してくれないのですか」

「ええ、本当に頭の固い奴ら」

 何か内輪の話らしい、翔一は怪物の標本に興味がそそられる。

「見学してもいいですクマ?」

 うなずくカレン。

 標本を見学する。

 今まで日本で出現した怪物たちの死骸。

 半魚人と恐竜人のような者が多い。鬼や懐かしいゴブリンのような奴らもいた。

「あ、ゴブリンクマー」

「これはヨーロッパで大発生してるのを標本で貰ったのよ」

 うろうろしていると、

「キャ!」 

 小路少尉が悲鳴を上げる。 

 標本の中の生き物が動いたのだ。

「ああ、そいつ、まだ動くの。昨日の夜に届いたんだけど……気持ち悪いわよね」

 カレンが頭を掻く。

 その標本はグールのような不気味な外見の存在だった。体が半分なくなっているが、胸から上はある。

 翔一は霊視した。

「……まだ生きてるクマ」

 ダーク翔一が、

「こいつ、吸血鬼の一種だわ。止め刺した方がいいぞ」

「お前は何者クマ!」

 翔一は標本に向かって叫ぶ。

「治癒クマー様、落ち着いてください」

 慌てて小路が止める。

 声を聴いたからか、ギロッと死骸が目を剥いた。

「ひ!」

 小路とカレンは生物的な本能で恐怖した。

(こいつ恐怖攻撃をやったクマ!)

 翔一はチビクマを出す。ポコッと膨れたが、すぐに小さくなる。

「大した魔力じゃないけど、邪悪クマー」

 ふと見ると、女性二人は恐怖のあまり、尻もちをついて身動きが取れないようだ。

「ダーク君、二人を眠らせて」

「ああ」

 睡眠精霊が二人に張り付く。

 二人は気を失った。

 その間に吸血鬼は、体を縛る鎖を引きちぎっていた。

 バリ!

 蓋をこじ開けて、はいずり出してくる。

「血ィ、血ィ」

 翔一は精霊界から『白銀剣』を出して抜く。

 吸血鬼は手近な小路の足を掴もうとした。

 血が欲しくてたまらないのだろう。凄まじい勢いで縋りつく。

「白虎一段、雲燿剣!」

 吸血鬼がいくら早くても本気の翔一の動きにかなうものではなかった。

 吸血鬼の首に白い閃光が駆け抜ける。

 小路に噛みつく寸前に首が胴から離れ、天井に跳ばされた。

 転がる生首。

 聖なる魔力の前に回復することもできず、塵になって消えていく。

 剣を急いでしまうと、二人を起こす。

「……わ、私どうなったの」

 小路が恐怖で振えている。

「もう大丈夫クマだよ」

 思わず、翔一のモフ手を取りながら、きょろきょろする小路。

「……塵?」

「局長さんも大丈夫クマ?」

「あ、ああ、今のは?」

「吸血鬼クマ」

「不死性のある怪物とだけ聞いていたわ」

「もう死んでしまったクマ」

「治癒クマー様が倒したの?」

(あ、どうやってごまかそうかな……そうだ)

「蹴っ飛ばしたら『血が飲みたかったクマー』っていいながら塵になったクマ。最後のあがきだったクマだよたぶん」

「本当なの、それ」

 カレンは非常に疑っている雰囲気だ。

「いいわ、後で監視カメラ見るから」

 ちらっと彼女が見た先には、カメラがあった。

(やばい!)

「心配するな、お前が精霊界に手を突っ込んだあたりから、闇の精霊をカメラの前に置いたから何も映ってない」

「ありがとう、さすがダーク君。お礼に何か欲しいもの上げるよ」

「そうだな、依代になりそうな人形とかぬいぐるみをもっとくれ」

「わかったクマ」


「あとは備品倉庫です。雑多なものが保管されています」

 ここも相当に広い区画で、巨大な棚に、無数の素材やパーツが積み上げられている。パレットに乗ったままの材料も多い。

「倉庫の一部にあなたの部屋があるわ。小さいけど使って」

「ありがとうクマ。ん、あれは?」

 パレットに迷彩柄のドアの扉のような板がつみあげられている。

「ああ、あれね。あれは、どこかの企業がボディアーマー用の素材にって持ってきたものなの。ちょっと重すぎるから使えないって、誰も触らず放置よ」

 カレンが肩をすくめる。

「ちょっと見てもいいクマ?」

 見ると、確かに異様に頑丈そうな板だった。複合装甲といえるものだが、装甲車の鋼板のような頑丈さだ。

「戦車の外板を参考に、人間用にしたから使ってくれって……全然軽量化されてないから車に積むしかないわよ。車両の装甲板研究してる奴らが作ったらしいけど……」

「頑丈そうクマ」

「それはお墨付きね。でも、だからといって使えるわけじゃないわ」

「一枚貰ってもいいクマ?」

「お好きにどうぞ。ここにある物は、申請書さえ出してくれたら持って行っていいわ。少尉、書き方教えてあげて」

 翔一はひょいと一枚持ち上げる。

「あんた、小さいのに凄い力あるのね」

 カレンがびっくりした顔。

「早速、試しに使ってみるクマー」


 翔一専用の部屋に案内した時点で、小路は用事があると去ってしまった。

 人の少ない一画であり、将来的に呪術やオカルトに関する研究室にする予定である。

 現状は机と椅子と、数台のパソコンが置いてあるだけの殺風景な部屋。

 翔一は、早速、例の板を加工する。

「エアーエレメンタルを受祚して、命令で動くフライングシールドにするクマ」

「こんな場所で呼べるのは限界あるぞ」

 宿精がぶつくさいうが、かなり大型の精霊を呼び板に受祚してしまう。

 翔一が移動を念じると、思ったような速度で自在に動く。

「取っ手もつけて盾にしたいクマ」

 簡単に絵を描く。

 小路に連絡を取ると、

「装備室に渡したら、すぐに加工してくれますよ」

 という話なので、盾をボディアーマー室に持って行く。

「ああ、先ほどの熊さん。どのような御用で?」

「これを盾にするから、内側のこの場所に取っ手をつけてほしいクマ」

「それぐらいお安い御用ですけど、お急ぎですか」

「ヒーローはいつ呼び出しを受けるかわからないから、大至急でお願いしますクマ」

「わかりました」

 彼は助手を呼ぶと、すぐに取り掛かる。


 翔一が待っていると。

「緊急連絡、治療中被験者、危篤状態になりました。所長は至急治療室までお越しください」

 館内放送が響く。

「治療中被験者……」

 盾を二人掛で持ってきた主任が。

「重いですねこれ。……被験者ってのは、あの有名なデスサタンワームと一騎打ちして半死半生になった、ホーンビートルのことですよ。彼はここで極秘に治療を受けてますが……もう、無理でしょうね、あの体では」

「ホーンビートルクマですか。デスサタンワームというのは倒したクマ?」

「ええ、それはもちろん。しかし、ヒーローも生きていたのが不思議なくらいの状態です」

 端末で怪物を調べる。

 デスサタンワームは昆虫怪物の親玉の一人で、一時日本に上陸していたのだ。とても巨大な怪物だったらしく、戦車でも太刀打ちできなかった。しかし、ホーンビートルの活躍で阻止されたと。そして、残念ながら、ホーンビートルも回復不能のダメージを負った。

 それが三か月ほど前。

 尚、どちらもグレイに改造された昆虫人間だが、ホーンビートルは人間体と理性があり、変身して戦っている。人間体の名前は風間かざま裕次ゆうじ

「ヒーローのはしくれとして、凄い人に会ってみたいクマ」

「……ちょっとくらいならいいかもしれませんね、私と一緒なら」

 管理職員は病室のモニタールームに入れるという。

 盾をしまうと、主任と連れ立って研究所に隣接する病院施設に向かった。




2021/3/7~2024/10/1 微修正

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