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29 二人の魔女とクマクマ その2

「ふう、追っては来ないクマー」

「甘い考えかもしれんぞ」

 精霊界の黒い子熊、宿精が答える。

「とにかく、精霊界の校舎に向かうクマ」

 精霊界での移動は因果である、校舎という因果に進む。

 翔一との関連は深いので簡単に到達できた。

「死んだ生徒の霊魂はない。新しいのはな。今は犠牲出ていないぞ」

「ダーク君、判断法がちょっと悪趣味クマ」

「俺はリアリストなの!」

「でも、よかったクマ、じゃあ現実界に出るよ、クマっと」

 翔一は現実界に出現する。

 昆虫人間たちは逃げ遅れた生徒たちを一か所に集めていた。

 校舎の屋上だ。

 普段は入れないが、誰かが開けて逃げ込んだ結果、そこに追い詰められている。

 翔一は子熊パワーで壁をするすると登ると、屋上に乗り込む。何かと設備が多いので、物陰は豊富だった。


 状況はかなりのひっ迫した状態である。

 銃を構えた昆虫人間十数人、それを指揮する男が一人。

 それに相対する、ひじり美沙みさと逃げ遅れた生徒と教師が計二十人ほど。

「ブヒヒ、僕は聖さんのファンなんです。それでお願いなんですけど、今服を脱いでいただいたら、誰も傷つけず去ると約束しましょう」

 昆虫人間を指揮する男はかなり太った眼鏡の気持ち悪い男だった。

「何をいっているの」

 唖然とする聖美沙。このような騒乱を起こして、目的がそんなことだったとは。

「ブヒヒ、僕は聖さんの体に聖痕があるって聞きましてね。じっくり拝見したいんですよ。体のどこにあるんですか、皆も見たいですよね」

 男は背後の生徒と教師たちに話を振る。

「……聖君、君が服を脱ぐだけで助かるんだ。ここはひとつ……」

 学年主任の脂ぎったオッサン。

「生徒会長でしょ、皆を守ってよ」「僕はまだ死にたくない!」「聖さん、裸になって!」「早く脱げよ! 脱ぐだけだろ、安いもんだ」

 叫ぶ生徒たち。

「……」 

 聖美沙は守るべき人たちの無情さに呆気にとられたが、しかし、それでも彼らを助けるのは自分しかいないという義務感もあった。

「早く脱がないとどうなることか、この棘銃の乱射はあなたの魔力では止めきれないですよね、ブヒヒ」

「確かに無理だ。俺たちでも、数が多すぎる」

 ダーク翔一がうなずく。

「何かすごい精霊とか呼んでよ、ダーク君」

「虫が好きな祖霊の獣呼んでくるわ」

「超特急で頼むクマだよ」

「わかった」

 聖美沙はおずおずとシャツのボタンに手をかける。

 ぽとっと、涙が落ちた。

 

 聖美沙がシャツを脱ぐ直前、突如声が響き渡る。

「そこまでクマ!」

 それなりの大熊になり、『水竜剣』を手にして翔一が現れた。

 大きな室外機の上に立つ。

「何者だ、貴様。でかい毛むくじゃら?」

 翔一はファイティングポーズをとる。

 一応、ヒーローらしいのを練習していた。

「正義のヒーロー、アイアンクマークマ! 今、悪を成敗する!」

「ブヒヒ、人間じゃないな、よくわからない生き物だ、しかし、殺せ。出てきたヒーローは殺せといわれている」

 棘銃が一斉に向く。

 翔一しょういちはさっと室外機の後ろに隠れた。

 バリバリと棘が室外機を穴だらけにする。翔一は大きな配管や電子機器の後ろに跳ぶようにして隠れ続ける。

「ブヒ、意外と動きが速い奴だ。これならどうだ」

 デブの目が光る。翔一に念力が来たが、

「クマクマ!」

 チビクマが受けて、難を逃れる。

「見つけたわ、邪悪怪物!」

 振り向くと、宙に緋月ひづきが浮いていた。彼女の傍らには恐ろし気な鬼神の姿がある。

「うわ、こんな時に!」

 鬼神が迫ってくる。

 翔一は迷った。彼女の怒りは誤解なのだ。

 迷いを狙うように、翔一に鬼神の拳がめり込む。

「うガ!」

 しかし、胸のペンダントが光り輝く。

 鬼神は腕を光り輝く炎で焼かれて、翔一と同じ声を上げた。

 鬼神は炎に苦しみ、すっと消えた。異界に逃亡したのだ。

「嘘! 私のムトが!」

 緋月の顔に驚愕が宿る。

「撃て、撃て!」

 デブの声が聞こえると、緋月に棘弾が殺到した。

 翔一は必死だった、伸びあがると彼女を抱きかかえる。

 背中に刺さる棘弾。

「グハ、グアアアアああああ!」

 翔一は痛みの余り、怒りの激情に理性が消し飛んでしまった。

 ぐんぐん巨大化する。

「な、なんだあれは……」

 超能力者は驚愕した。

 目の前に、呆れるほど巨大な熊が立っていたのだ。

 片手には緋月を抱き、もう片手には、これほど巨大なものはないというぐらいな木刀が手にあった。

「ま、待て」

 待てといいながら卑怯にも超能力で巨大熊を攻撃する。

 しかし、素の念力は守護精霊に止められて全く効かない。

 ぶんぶんと木刀を振り回すと、昆虫人間たちは汚いゴミのように潰れて地上に吹き飛ばされる。

 巨獣化すると皮もぶ厚くなり、棘弾が当たっても毛皮を抜けない。

 昆虫人間は恐怖心というものがないのか、それでも抵抗を止めないが、数秒で叩きつぶされて全滅した。

「グルルル!」

「落ち着け! 僕は誰も殺すつもりはないブヒ!」

 肥満した男は必死に弁明する。

 しかし、巨熊は全く聞いていないようだ、木刀を振り上げる。

 ブン!

 豪風を起こしながら、木刀水竜剣が怒りの咆哮を上げながら男に振り下ろされる。

「やめて!!」

 ぴたっと木刀は止まった。

 男の目前に、木刀から鋭く伸びた銀の鋲があるが、ほんの数ミリ前で止まった。

 翔一は聖美沙の言葉にぎりぎりで止めたのだ。

「ひぃひぃ!」 

 ジャーっと失禁する男。

 男の横に聖美沙がいた。手を伸ばして、男を守っていた。

「殺さないで。こいつは捕まえて警察に引き渡すわ」

 そういうと、聖美沙は悶絶する男に何かの魔術を施す。

 男は魔術で縛り上げられ、超能力も使えなくなった。


 大熊は無言で立ち去ると、設備の残骸の影で中型まで小さくなった。

 ひょいっと、地上に飛び降りる。

「あんた何者なの、私の鬼神を傷つけるなんて」

 緋月をそっと降ろした。

「僕は悪者ではないクマ。僕のことは誰にもいわないでほしい」

「……いいわ、助けてくれた」

「……」

「そのネックレス、御剣山みつるぎやま翔一しょういち君のものよね」

 緋月は目ざとく気が付いていた。

「……」

 翔一は精霊界に消えようとする。

「ありがとう」

 少女の声が背中に聞こえた。


「あらら、もういらなかったかな」

 精霊界に入ると、ダーク翔一が巨大な鳥の精霊を連れてきていた。

「虫の死骸を消してほしいクマ。あんな気持ち悪いもの生徒に見せたくない」

「わかった」

 そういうと、巨大な鳥は校庭などに散らばった死骸をついばむ。

 現実には消えていくように見えただろう。



  

 学校で起きたテロ事件は警備員や学生に若干のけが人が出ただけで終わった。

 政府はグレイ勢力の攻撃だということで非難声明を出したが、ヒーローの活躍で首謀者は逮捕され、被害もほとんどなかったということで事件は決着したとされた。

 人々の記憶から急速にこのことは忘れ去られていく。

 一人の人間の心に残ったしこり以外は。

「何故、あいつは聖痕のことを……」

 聖美沙は胸の聖痕をそっとなでる。

「一瞬見えた、悪魔のような者、たぶん、緋月零。グレイの手先の男、昆虫人間。そして、あの巨大な熊……」

「そして、そして……自分が助かるために、私を平然と差し出す人たち……」

 生徒や教師たちはその後、美沙に謝りに来たが、どこか、完全には許せなかった。

「御剣山翔一君よね、あの熊。まだ確証はないけど」

 状況だけに、恐ろしく巨大な熊に見えたが、それは危機の中で感じた感覚なので、実際の大きさであるかはわからない。美沙もその辺りは普通の人間である。

「正体を探るのは、無理よね。やめた方がいいわ」

 防衛会議でヒーロー登録はしているが、ヒーローであっても、正体を隠しているヒーローの素性を探るのは厳禁であり、ルール違反となっている。

 当然、会議の理事なら知ることはできる。父の伝手をたどればわかるだろう。

 しかし、そのことが露見すれば、かなり重い制裁を喰らう。父も当然失脚する。

 素性は家族を危険にさらす情報なので、ほとんどのヒーローは開示していないのだ。普通っぽい名前のヒーローも大半は偽名だという。

「治癒クマーだったかしら。あの子が登録してしまったから、調べることもできなくなったわ。運がいいのか、賢いのか……」

「お姉さま」

 背後から、副会長、沙良さら恵愛めいの声が聞こえる。

「……」

「聞きました? あのデブ眼鏡の超能力者。あいつ、収監中に正気を失ったの。自分の念力で心臓を止めて死んだわ。気が付いたときには何時間か経過して、誰も気が付かなかったんですって」

「……おかしいわ。私は術を解いていない。あいつは超能力を使えないはずよ」

「ニュースではそう書いてあったわ」

「警察も司法も特殊能力や魔術には疎いから……もっともらしい言い訳に逃げたのね。たぶん、誰かに殺されたのよ」

「……」

 美沙は無言でタロットカードを置く。

 一枚のカードを引いた。

「愚者」

「……」

「殺害者にとっては、遊びだったようね」


 美沙は窓の外をにらむ。

 平穏な景色、しかし、それは表向きの偽りだった。




2021/3/6~2024/10/1 微修正

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