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28 二人の魔女とクマクマ その1

「今日から皆さんと一緒に勉強する、緋月ひづきれいさんです」

 担任の女教師が、黒板に転校生の名前を書く。

「緋月零です。よろしく」

 長い麻色の髪、ウエーブがかかっている。。

 長いまつげ、大きな瞳。通った鼻筋、ピンク色の唇。

 パーツは美しい、特に瞳は鋭かった。

 背はそこそこ高い。体型もバランスが取れている。

 ありていにいえば、美少女だった。

「こりゃ、クラスでは一番だな」「これはうれしいサプライズだぜ」

 男子生徒たちが湧いている。

「男子たち、浮かれ過ぎよ」「悔しいけど、まけたわ、」「絶対生意気よあの娘」

 女子たちもひそひそ喋る。

「はい、私語は謹んで。今日の連絡事項だけど……」

 生徒たちは担任の声に私語を止め、少女を興味津々で観察した。

御剣山みつるぎやま君の隣が開いているから、そこに座って」

 少女はうなずくと、無言で座った。

 クラスは少子化の影響で席が二割程度は常に開いている。

「僕は御剣山みつるぎやま翔一しょういち。よろしく。わからないことがあったら何でも聞いてね」

 翔一は少し微笑んで少女に話しかけるが、

「行方不明から生還した……あなたね。凄い魔力だわ。そのネックレスは何なの?」

 笑顔が凍り付く翔一だった。

「ああ、これは貰ったもので、よくわからないんだ。大事に首にかけてたというか……」

「初対面の人に嘘をつくのね」

 さらに笑顔が凍り付く。

 彼女の鋭くて大きな瞳は、何もかもを見抜くようだった。思わず、霊視する翔一。

 彼女のオーラは大きくて赤い。

「僕のことを知っているんだね」

「……この学校には二人の特別な存在がいる。その一人が、ひじり美沙みさ、生徒会長。そして、もう一人が、失踪して帰ってきた少年。御剣山翔一。特定の界隈では有名よ」

「特定って……」

 いつの間に知れ渡ったのだろう。霊視できる人間なら、翔一がただものではないことはばれる。何らかの精霊で偽装しても、偽装していること自体はごまかせない可能性があるので、結局、それをやれば術者とばれることになる。

(僕の精霊術はあまり便利には使えないからなぁ。異世界の魔道魔法ならできたのだろうか)

 失踪していた間は異世界に居たのだが、そこでは魔道魔法という汎用性の高い複雑な魔術形式が主流である。

 翔一が習得しているのは、遅れた中世のような異世界でも「時代遅れの魔術」といわれていた精霊術だった。


 ホームルームが終わり、一限目がすぐに始まる。

「ごめんなさい、生徒会の会合で遅れました」

 クラスに聖美沙が入ってくる。

 彼女も緋月と似た雰囲気の美少女だった。背の高さも同じくらい。

 女と女が鋭い目線で見つめ合う、

 否、睨み合う。

「あなたが、転校生ね。私は生徒会だからすでに知っているの、自己紹介はいらないわ」

「……聖美沙。公認ヒーロー二級下位」

「あまり学校では公言しないで頂けると助かるわ。別に宣伝もしてないの、善意でやってる活動なのよ」

 翔一はこの時点で気が付いたが、緋月の声は話し合いという因果に加わっていない人間には聞こえていないようだ。何らかの魔術だと推測された。

 実際、美少女二人が話し合っているのに、誰も気に留めていないのだ。

 少女たちは無言で見つめ合う。

 傍目にはそう見えたが、実際には、お互いを調査系の魔術で測っているのだ。実害はないが、既に、争っているともいえる。

 不意に美沙が踵を返すと、着席した。

 教室にピリピリした空気が充満する。

 翔一は冷や汗が出た。

「僕のこともあまり公言しないでくれないか? 困ったことがあったら手伝うから」

「……私のこともね」

 鋭い視線で見る緋月。

 一般の生徒たちも、雰囲気は感じたのか、無言になって授業の開始を待った。


 この学校では大学形式をかなり取り入れている。

 上級生の聖美沙が最初の授業を一緒に受けていたのはそのような理由からだった。

 クラスは必須以外はかなりバラバラになって授業を受けるスタイルだ。自分の進路にあった授業を自分の意思で選択して受けないといけない。

 大学を目指すなら、それを前提にした授業の取り方を指導される。

 芸能人の子弟の多い学校なので、さっさと芸能デビューする前提で、高卒より上は目指さない生徒も多いのだ。

 翔一は警官になりたかった。

 軍でもいいが、母がいい顔はしないだろう。

「翔一君は大学に行くの?」

 昼休み。京市きょういち優次ゆうじに問われる。

「僕、警察とか人を守る仕事がいいと思うんだ」

「じゃあ、法学部選んでエリート警官目指したらいいじゃない。僕は、嫌でも経営学。はぁ」

「それがいいかなぁ。そうするよ、ありがとう京市君」

「カリキュラムの変更は早めにやった方がいいよ。今のままでもそんなに問題ないと思うけど」

 不思議と京市は翔一の受講コースを詳しく知っていて、授業も同じものが多い。

 翔一は少し迷っていたので将来をあまり考えない一般的なコースを設定していた。

 尚、入学から一カ月以内ならコース変更は自由だった。必須科目以外はどう取ってもいいという大学スタイル。

(それに、来年から重点的に変更しても間に合うだろう……)

「でも、スポーツクラブに入ってないと不利じゃない?」

 京市の指摘は翔一も耳の痛い話だった。

「うん、それが困ったことなんだよ」

 今でも体育の授業は母と学校側の希望で見学にさせられている。

「僕なら、翔一君の体見ても怖がったりしないけどね」

(ヒーロー活動もある。獣人の体力でスポーツするのも卑怯だと思うから、本当に微妙な話)

 ちなみに、学園長は翔一がヒーロー活動していることを知っている。

(一度相談するかなぁ。暗黒さんにも聞いてみよう)

 翔一はお弁当を広げる。

 母はかなり愛情過多で、量が多く味も最高だった。

 お手伝いさんを雇っているのだが、彼女といつも頑張って作ってくれている。

「いつもおいしそうだよね。じゃあ、これあげるから、僕にも分けて」

 京市は買ってきたジュースを差し出す。

「じゃあ、どうぞ」

 京市は自分の総菜パンを無視して、翔一の弁当をつまむ。

「ああ、おいしいなぁ。僕、翔一君のお母さんと結婚するよ。もう、あのお父さんはいないんだろ?」

「京市君が大物になる前に、お母さんは年とっちゃうよ」

「そんなの、愛の前には小さなこと」

「会ったこともないのに、愛してるってどういうことだよ」

「料理はおいしいし、ドラマとか映画とか見てるから、僕も」

 母の詩乃しのは美人だが、バイプレイヤーとして評価が高い。脇役として誰もが何となく目にしている女優だった。


 そこまで話したところで、変な声や物音が聞こえてきた。

「君たち、入ってはいけない」「うわー!」「警察、軍を呼べ!」「キャー!」

 学校の警備員たちの声である。年配の男性の声。悲鳴は女性だろうか。

「翔一君、今の?」

「僕、ちょっと見てくるよ。京市君は安全なところに隠れていて」

「僕も行くよ、君一人で心配だ」

「心配いらないから、僕は一年の失踪から帰ってきた男だよ」

「でも……」

「いいから、未来の大社長に何かあったら大変だよ」

 京市は翔一が思った以上に強硬なのに気が付いた。

「無理はしないでね」

 まるで恋人のような目をして、彼は去った。

 

 翔一は走ると、灌木の影で子熊に変身する。

「クマクマっと、やっぱりこの姿が一番楽クマー」

 隠密精霊を張って、事件の発生源に近寄る。

 校庭に十数人の人間、そして、四人の警備員が倒れている。

「気絶している。死んではいないが、二人は重症だ。早く治療しないと死ぬ」

 精霊界からダーク翔一が声をかけてくる。以心伝心だった。

「わかった、治癒精霊を飛ばすクマ」

 四体の治癒精霊を急いで呼ぶと、すぐに彼らに張り付かせる。

「容態は安定した」

「ふう、ところで奴らは何者クマ?」

 普通のサラリーマンやOL、どこかの学生、建設作業員。

 統一感のない集団だったが、一様に無表情で目が死んでいるのが共通の特徴だった。手にはナイフや包丁、やくざ風の奴が拳銃を持っている。

「人間じゃない。霊的に一切何かと関わっていない。しかし、何かの霊的シールドはあるようだ」

 彼のいう「霊的に一切何かと関わっていない」というのは、祖霊や守護霊、そういう人間なら誰でもある因果のことである。

 校庭にいた学生たちはいっせいに逃げている。

「現在不審者が学校に侵入しました。生徒は裏門から順次脱出してください。先生方も警備主任の指示に従ってください」 

 校内放送が流れる。

 学生は先生の指示に従うのではなく、各自さっさと脱出を図るというスタイルが主流である。

 集団は真っ直ぐ校舎に向かう、校舎にはまだ学生も先生も逃げきってはいない。

「人間ではないと思うクマ。霊視しても、オーラが変」

「だろうな、以前見た昆虫怪物だぞ、たぶん」

「だから、エレメンタルを呼ぶよ、雷精霊」

「風じゃないのか」

「風が強いのはよくない。辺りを壊してしまう」

「そんなこと気にしている場合か」

 しかし、翔一は鹿の頭蓋骨のマスクをかぶると、雷精霊を呼ぶ。

「出でよ!」

 異界から雷精霊が出る直前、

「魔力消去!」 

 ボムっと、魔術が阻害された。絶妙のタイミングだったので、何もできず雷精霊は精霊界に帰ってしまった。

「誰だ! 何をするクマ!」

 背後を振り向くと、美しき転校生、緋月零がいた。手には何かのシンボルを持っている。

「見つけたわ、邪悪怪人。あの化け物共を呼んだのね」

 校庭の連中は体の皮膚がバリバリと裂けると、中から昆虫人間のような奴らが出てくる。

 以前見たのとは違い、蟻の擬人化生物のようだ。飛ぶことはできないが、手にはいつもの棘銃。

「僕は悪者ではないクマ!」

「何が、クマ! よ。そんな邪悪そうな姿の奴は悪の手先に決まっているわ!」

 緋月は翔一の弁明も聞かず、何やら呪文を唱え始める。

(確かに、今は、鹿のドクロマスク被ってるから悪そうだけど……)

 何かの魔力が飛んできた。

(かなり強い!)

「クマクマ!」

 チビクマが飛び出して、魔力を吸い取る。ボンと一気に丸く膨らむ。

「黒い呪縛!」

 ダーク翔一が妖術を飛ばす、しかし、全く効かなかった。

「なんの術? かなり邪悪だったわ、今の。しかし、簡単にはいかないようね」

 緋月はにやりと笑う。

 複雑な印を一気に組む。

「手加減はできないわ。出でよ、ムト!」

 次元が裂けると何かが頭を出す。赤黒く角がある。

 翔一の危機とは別に、校舎から、

「キャー!」「逃げろ、昆虫の化け物だ!」「裏門も回り込まれたぞ!」

 翔一の耳にそのような声が聞こえてくる。

 棘銃が発射される音も。

「待ってほしいクマ! 生徒たちが襲われているクマ!」

「元凶はあんたでしょ、あんたを倒せば!」

「話聞かねぇなぁ、このねーちゃん」

 ダーク翔一の呆れ声が精霊界から聞こえてくる

「ここは逃げるクマ!」 

 翔一は精霊界に逃げ込んだ。ムトと呼ばれる存在が精霊界まで追ってこない保証はないが、裂けた次元は精霊界にはつながっていないような感触があった。

「追ってこないクマ?」

 ぼやけた現実界に恐ろしい魔物と魔女の気配があったが、即座には迫ってこないようだった。




2021/3/6~2024/10/1 微修正

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