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27 恐怖、邪悪格闘家集団の挑戦クマ! その3

「次は、赤嶺あかみね明日香あすか日下部くさかべ流薙刀術、対、田中たなか雄一ゆういち、フェンシング」

 明日香が堂に入った手さばきで、即席薙刀を振り回す。

 対して、田中は何か憑き物が落ちたような顔で呆然としていた。

 手にした剣は、新しいものだ。

 粗末なものではないが、特別なものでもなかった。

「久しぶりだけど、手加減はしないぜ」

 明日香が薙刀を振り回す。

 あからさまにリーチが違う。田中は逃げ回るだけでほとんど何もできない。

 それに、悪霊がいなくなった今、田中は戦意が乏しかった。

 カン! 

 薙刀の強力な打撃で剣が折れる。

 電撃が田中の手を痺れさせ、剣を取り落とした。

「も、もう無理だ!」

 田中はそういうと、戦を放棄して逃げ出した。

「何と情けない……赤嶺明日香勝利」

 首を振りながら、老人の宣言。

 黒覆面達の拍手。

「なんかあいつ、気の抜けたビールみたいな感じだったわ」

 明日香はタオルで汗を拭く。

「明日香さん危ない!」

「え?」

 その瞬間、彼女を黒い影が覆った。

「ふん!」

 小手を嵌めた拳が明日香の脇腹を打つ。

「う!」

 吹き飛ばされて、壁に激突する明日香。

 翔一しょういちはブレードローズを看病していたので、間に合わなかった。

「油断しましたな、赤嶺明日香。フフフ」

 こっそり背後から忍び寄った、十文字じゅうもんじ桀鉄けつてつが明日香を殴ったのだ。

 翔一は慌てて、彼女と十文字の間に割って入る。

 十文字はバカにしたように見下ろすだけでそれ以上は何もしてこなかった。

 十文字が去ったので治療を行う。

(内臓と骨は大丈夫クマ、でも、人狼なのに直りが遅いクマ)

「こいつ、ほぼ人間だな。人狼の力が凄く薄い。お前と真逆だよ」

 ダーク翔一の声。

「治癒するクマ」

 同じく、タオルを貰って寝かせる。


「さて、そろそろ、最終戦ですが、御兄弟はいついらっしゃいますかな」

 冷酷な薄ら笑いを浮かべながら、司会の老人が問う。

「ちょっと待ってほしいクマ、裏山に来たみたいだから呼んでくるクマ」

「逃げないでくださいよ、五分以内に参加がない場合は不戦敗として、ヒーロー敗北とさせていただきます」

「わかったクマ」

 翔一は体育館を飛び出すと、裏山に分け入る。

 黒服たちが追ってくるが、隠密精霊を纏った翔一を見失った。

「あのチビ、どこに行った」

 声が聞こえる。大きな岩があったのでそこの後ろに回りこんで、赤い精霊を呼び、喰らう。

 翔一は巨熊になった。体長五メートルはある。

「……なんだ、あれは……」

 驚愕の黒服どもを無視して、ずんずん進んで行く。

 体育館の入り口が狭い。

「ダーク君、ちょっと狭すぎるから入るのに時間がかかるクマ。その間に機械精霊を飛ばして、カメラ類とかネット環境とか、黙らせてくれないか」

「いいぜ、百匹でも呼んでやるよ。最小の奴で止まるからな。つまらん機械なんて」

 あたりに満ちる機械精霊。一気に停電する。

 暗くなった体育館だが、日中なので多少暗い程度だった。

 壊すつもりはなかったが、翔一の体が入りきらず、扉の枠が破壊される。

「お待たせしたクマー。兄のだいクマーだ」

 重低音で告げる翔一。

「なんだ、でかすぎるぞ、あの熊」「兄と弟でサイズが違い過ぎるだろ、これは詐欺だ!」「機器が全部動かないぞ! ブレーカーじゃない!」 

 様々な声が聞こえてくる。

 のっしのっしと道場に立つ。手には『水竜剣』を持っている。

 木刀に宿る水竜は破壊の欲望を隠しもせず、無音の咆哮を上げる。聞こえる人間だけが聞こえる声だ。

「でかい熊で、しかも武器を使うとか……無理だろこれ」

 誰かの声が聞こえる。

 唖然とする人々。

 十文字桀鉄は今まで自分より大きな敵と戦ったことがなかった。

 彼自身、二メートル十センチある。外人選手でも彼より大きい者は少ない。

 しかし、いま、彼の前に立つのは体長五メートルはあるだろう。しかも、手には長大な木刀。

 高さだけではない、横幅も広かった。

「は、ああ?」

 唖然とした。

 弟のサイズから考えて、チビを殴るだけだと思っていたのだ。 

「君があの、小さな熊の兄なのか」

 司会の老人、マイク越しに話すが、機械は切れている。

「ああ、そうですクマ。何か問題でも?」

「……いや、ないが」

 すぐに試合は始まらなかった。機器の復旧をさせたいのだろう。しかし、精霊による攻撃なので普通のやり方で直ることはない。

「さっさと始めろよ」 

 明日香が起きて、文句をつける。ローズは寝ているようだ。

「仕方がありませんな。電機がおかしくても試合は可能。最終戦、大クマー、対、十文字じゅうもんじ桀鉄けつてつ。始め!」


 十文字は渾身の気を充満させる。

「俺の虚空流空手の神髄を見せてやる。俺は今まで誰にも負けたことがない。師匠ですら俺に屈した。圧倒的破壊。それが虚空流。それが俺。貴様如き体が大きいだけの奴が、俺に勝つことはない! フオオオオオオオオ!」 

 空手の謎の構えを取ると、十文字の体が大きく見える。

 しかし、現実には大クマーの足元で何か頑張ってる感じだった。

「天! 体! 地! 俺に隙は無い!」

 確かに、一応、凄まじい気力だ。

 翔一は油断せずに剣を構え、背負うように肩に載せる。

「あの構え、まさか……」

 老人の声、かすかに聞こえた。

「飛天虚空脚! キエエエエエエエエエエエ!」

 十文字必殺の飛び蹴りが、翔一の腹に飛ぶ。

(蹴りをこのまま喰らうと、どうなるクマ?)

 翔一は思わず興味がわいた。

 ボフ!

 分厚い毛皮、分厚い脂肪、分厚い筋肉に当たる。

 ポヨン。

 弾かれる蹴り。

 微動だにしない翔一。

 着地すると、素早い動作で構える十文字。

「どうだ、俺の蹴り。十枚の煉瓦を打ち砕く地獄的破壊力だ!」

「……お腹、かゆいクマ」

 軽く腹を掻く大熊。

「……な、ん、だと」

 全く効いていない事実に、唖然とする十文字。

「まだだ、まだ終わらんよ!」

 十文字は渾身のジャンプでパンチを繰り出す。

「飛空正拳突き。貴様の正中線を拳で叩きつぶす」

 モフ! モフ!

 稲妻のような拳が胸を打つが、ぶ厚い体には響いてこなかった。。

(あ、でも、ちょっと痛かったクマ。金属の籠手を着けてたね……すごいジャンプ、落下するまでに木刀を股間に置いたらどうなるクマ?)

 十文字が地面に降りる前に翔一はなんとなく木刀を床に指す。峰を上に向けている。

 ちょうど、木刀の上に十文字が乗る形になった。

秘剣地獄山脈三角木馬ひけんじごくさんみゃくさんかくもくば! クマァ!」

 足がぎりぎり届かず、股間に木刀がめり込む。

 ピキーン!

 脳にまで達する悪魔的衝撃。

「グオ! うぐぐぐ!」

 床に転がって、悶絶する十文字。

 海老ぞりになったりしている。

 少し可哀想になる翔一だった。

「大丈夫クマ? 今のはちょっとやりすぎたクマ」

「クマちゃん、情けかけてる場合じゃねぇぞ。こいつら人質取るような奴らだ」

 明日香あすかの声。

「確かにそうクマ」

 必死に気を循環させて、ふらふらと立ち上がる十文字。

 内股になってるのが愛嬌だ。

「……貴様だけは許さん! 絶対殺す!」

 若干、甲高い声。

「……」

「俺の必殺奥義……今まで誰にも使ったことがない。喰らえば必ず死ぬからだ。しかし、今、貴様をこれで討つ! 究極虚空惨殺拳! 見よ、俺の力を!」

 大きく腕を広げ、全身の気を拳に矯める。

「フオオオオオオオオ!!!」

(なんだかすごい技が来るみたいだけど、気のせいか、隙だらけクマ? ま、いいか。遊んでいる場合じゃないし)

「足元がお留守クマー」

 翔一はなんとなく木刀で足元を薙ぐ。 

 奥義を出す準備をしていた十文字は避けられず、転倒した。

「ぐわ!」

 そして、渾身の力で顔面目掛けて木刀を振り下ろす。

 ギャオオオオオオオオン!

 十文字の耳に、巨竜の咆哮が聞こえる。

「ひぃぃいいいいいいいいいい!」

 木刀の牙が伸び、頭蓋を叩き潰すように見えたが、ぎりぎりでぴたりと止まる。

 銀の牙は十文字の顔面、ほんの数センチ前で停止したのだ。

 ぽと、よだれが十文字の額に落ちる。

 恐怖の余り、失神する十文字。

 口から泡を吹いていた。


「勝ったクマ。人質は返してもらう」

「仕方がない。ヒーローの勝利。しかし、これは序章に過ぎない。我々は再びあなたたちに挑戦するだろう」

 老人は不敵な笑みを浮かべる。

「……」

「通報はやめて頂きましょうか。我々はまだまだ人質を多く手元に抱えている。リストは送ったはずだ。我々の撤収を妨げるなら、彼らに被害が及ぶと申しておきましょう」

「必ず、お前たちを全部叩き潰すクマ」

 黒服が姉のそのを連れてくる。翔一は抱きかかえる。

(薬で眠らされているクマ)

 明日香に渡した。

 黒服たちは、格闘家たちと機器を回収すると、大急ぎで撤退し始めた。

「おじさん、その力を、正義のために使わないクマ?」

「正義? 馬鹿らしい、何の見返りがあるんです」

 老人は立ち去りながらうすら笑いを浮かべる。

「おじさん達は人質とか、ヒーロー狙うとか、保険かけながら安全に戦ってるクマ。本当に邪悪な連中はそんな生易しい事が通用する奴らじゃない。おじさん達は弱い。どうあがいても。そのままじゃ」

 弱い、といわれて、振り向く老人。

 その言葉が一番彼を貫いたのだ。

「我々は弱くない! お前以外には勝った」

「その発想が弱者だよ」

「チッ」 

 老人は舌打ちすると、それ以上は答えずに去った。




「ヒーロー諸君、ご苦労だった。目先の危機は凌げたが、まだ人質は多く彼らに捕らえられている」

 モニターの向こうで暗黒司令がゆったりとソファーにくつろぎながら話してくれる。

 ヒーローは会議室にいた。

 れつ銀河ぎんがはいない。彼は重症なので入院している。

「奴らの正体は探ったの?」

 赤嶺明日香が問う。今日はかなりリラックスした服装だった。

「目下、警察と協力して調査中だ。富裕層の格闘好きを中心に動画を中継して、賭けをやっていたようだ。金の流れ、契約、その他諸々、かなり大掛かりな組織なので、国家や大企業、国際マフィアの関与もささやかれている」

「じゃあ、暫くは奴らと戦うことになるってことか? 奴らのルールで」

「情報が増えるほど、彼らの正体は露見する。これは警察からの依頼だが、暫くは奴らと試合をしてほしい。既に、動画を入手して、格闘家や謎の老人たちの個人特定に入っている」

「まあ、それならいいけど。でもちょっと、ヒーロー側、情けないの多すぎないか。特に烈銀河」

「フフフ、赤嶺君、そういっては彼らの立つ瀬がない。上には上がいることを知って、鍛錬に励んでくれたまえ。この件は以上だ」

 ぶつぶついいながら、明日香は立ち上がる。

「治癒クマー君、君だけは個別に話がある。一人だけ残ってくれたまえ」

「いいですクマ」

あぶら君も退席してくれたまえ」

「え、私もですか? というか、私そんな名前でしたっけ」

 油ギッシュ上司とヒーロー達も全員会議室から出る。


「話というのは、今の件だ。君の兄、大クマーという人物が参戦して我らの危機を救ったというが、その方はどのような存在なのか教えてくれないか」

「彼は超恥ずかしがり屋さんなので、表に出るとかできないクマ」

「敵の大将の空手家を一瞬で倒したと聞く。彼はヒーローになる気はないのかね?」

「大クマーさんは、本当の危機の時にだけ現れる存在と思って割り切ってほしいクマ」

「……フフフ、いかにもヒーローらしい話だ。いいだろう、この件はそう解釈しておくとして……君の力だが、君は魔術師なのか? 赤嶺君の薙刀を作った手腕、治癒能力。それらを鑑みても、そう思えるが。敵のボクサーも何故か体調不良になったということもある。人狼協会からは君の中身の人間のことは聞いているが、我々は人獣であるとしか知らされていないのだよ」

「はい、確かに少し魔術は使えますクマ」

「それならば、級を上げてはどうか。私の見た感じでは二級でも良いように思う」

「それはお断りします。お母ちゃんが心配しますので。今のままの四級でいいクマです」

「君は一年失踪したのち、母上と再会したのだな。その母上の気持ちはわかる。私も母がいたが……いつも私の心配をしてくれた。しかし、他のヒーローたちも家族の心配を受けながら命がけで戦っている」

「僕の体を見てほしいです」

 翔一は人間になり、シャツを脱いで上半身を見せる。

 全身に凄まじい傷跡。

 どうやって生きのびたのかと恐怖すら感じるほどの数だった。

「……」

「失踪した一年間、僕はこの傷を受けたようです。記憶はありませんが。しかし、この傷を見て母は失神しました。これを増やすのは母に申し訳ないのです」

「……たしかに、私が君の親なら、これ以上何かと戦えとはいわないだろう。君はすさまじい闘争をしていたのだ。私にはわかる」

「すみません。僕もできる限りのことはしたいのですが」

「わかった。君の待遇はこのままでいいだろう。ただ、お願いがあるのだが、今後、赤嶺君に作ったような武具を作ってくれないか。大勢のヒーローが助かる。ひいては、日本と世界が助かることになる」

「いいですクマ」

 翔一はすぐに子熊に戻る。

「ありがとう」

「僕はあまり物体を作るのは得意ではないクマです。術をかけるのは得意なのですが……」

「わかった、ヒーローの装備を作る部門があるから、そこの責任者と直接やり取りしてくれたまえ」

 翔一は専用端末に、その人物とのアクセスが増えたのを知る。

(これから、もっと忙しくなるかもクマ)

 少し不安を覚えつつ、会議室を後にした翔一だった。




2021/3/3 2024/10/1 微修正

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