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23 神隠しの山と家族の絆 その2

 館に長く続く石段の前で、隠密精霊を纏う。

「階段は外れない方がいい、何かの呪的な意味があるぞ、絶対」

 宿精の忠告。

「僕もそう思うクマ」

 大型の熊になって『白銀剣』を出す。鞘ごと肩に担いてのしのしと階段を上った。

 山門があり、門は開いている。

 その先にかなり大きな和風の館があった。

 時代劇で見るような邸宅だ。

「あんな館、この世界には存在していないクマ」

「たぶん、ここは何らかの存在が作った異界だ」

 ダーク翔一の分析にうなずく翔一。

 門の向こうにはそれなりの大勢の存在がいた。こっそり覗く。

 綺麗な服を着て、掃除をしている子供たち。

(時代がかってるけど、服は上等なのを着ているクマ……時代はまちまち)

 子供たちの服の時代がばらばらだった、江戸時代から近代までといえばそう見える。

 しかし、子供たちはそのような服装なのに扱いは召使に近い。

 一生懸命雑巾がけや草むしりをする子供たち。

 それを監視する、奇妙な背の高い存在が複数。

 彼らは山伏のような服装で、目が吊り上がり、口も耳まで裂けている。

 頭には幾本か角が生えていた。

(鬼、天狗の鬼みたいな感じクマ……)

 正体はわからないが、残酷な奴らだった。

 細い木の枝で作った鞭を手にして、子供たちをちょっとした瑕疵で鞭打つ。

「ここが、まだ、雑草だらけではないか」

「なんと間抜けめ、服を汚しおって」

「泣く奴は飯抜きだ」

 手加減なくビシビシ叩く。

 子供たちは涙を浮かべて我慢している。

「やめろ、弟を打つなら僕を打て」

 打たれていた小さな少年、その兄なのだろう、一人の少年が幼い弟を守るために身を挺する。

「ふざけおって、弟の不始末はお前の責任だ、倍の鞭打ちを喰らわせてやる!」

 陰湿な鬼天狗はビシビシ少年を打つ。

 少年は手をかざして守るが、前腕が血塗れになっていく。

 翔一はもう限界だった。

 素早く近づくと、その鬼天狗の手を取る。

 怒りでかなり大きな熊と化していた。

「やめろ、恥知らず! 大きな大人のくせに、子供を打つとは」

「何奴、貴様。怪物め!」

 鬼天狗は片方の手で短刀を抜いたので、翔一はそいつを放り投げた。

「ぐは!」

 地面に叩きつけられて、動かなくなる。気絶したようだ。

「鬼天狗ども、成敗するクマ!」

 ズバッと『白銀剣』を抜き、鞘をしまう。

「なんだこいつ、ここが鬼天尊様のお屋敷だと知っての狼藉か!」

 鬼天狗たちは一斉に腰に刺した山刀を抜いた。

「子供をイジメるような奴らには天罰下すクマ!」

 彼らはかなりの剣の使い手だったが、翔一は歴戦の剣士だった。

(殺すまでもない……)

 そう思って、剣を裏返すと、峰打ちでどんどん倒していく。

「ぎゃ!」「グハ!」

 五人も倒すと、敵は皆気絶したようだ。

 子供たちは一か所に集まる。

「熊さん、あなたは何者」

 先ほど弟をかばった少年が尋ねる。

「僕は……通りすがりの熊だよ。名乗るほどのものではないクマ。それより、僕のお母ちゃんとお姉ちゃん見ていないかな?」

「さっき、凄くきれいな女の人を見たんだ、鬼天狗が館の奥に連れて行ったよ。二人いた」

「ありがとうクマ、君たちは絶対助けるからここで隠れているんだよ」

 翔一は土蔵の影を指す。

 子供たちは十人くらいだったので、隠れられるようだ。

 

 館の中は大きくて広い。

 詩乃しのそのの匂いがした。

 翔一は匂いで追う。

 明らかに空間が広すぎて異常なのだが、考えるだけ無駄と決めて痕跡を追う。

 やがて、中庭に出た。

 広い空間に白砂が敷き詰められている。

 その奥に大きな部屋と布団が敷かれており、下着姿の詩乃と園が縛られて寝かされている。

 動かないが、微かに呼吸している。寝ているようだ。 

 そして、雑魚とは比べ物にならないほどの、大きな鬼が一体、中庭で巨剣を持って待っていた。

 無言で白砂を踏む。

 赤い顔にまさしく鬼のような顔。鋭い角が額に一本。山のような筋肉。

わしは鬼天」

「僕は御剣山みつるぎやま翔一しょういち

 迷わず『白銀剣』を抜いた。

わしの剣は『斬山剛鉄ざんざんごうてつ』」

 人間には持てないサイズの鉈のような日本刀だった。本人と同じくすさまじいオーラがある。

「僕の剣は『白銀剣』」

 聖なる美しい光が辺りに満ちる。

 もう会話は必要なかった。

「斬!」 

 鬼がいきなり大上段の剣を降ろす。

 翔一は弱法師の動きで躱すと、

「白虎一剣!」

 稲妻のように敵に飛び込む。しかし、鬼は異常な速度と跳躍で翔一の剣をかわした。

(僕の剣をかわした!)

 翔一と鬼は一瞬、驚いた目線をかわす。

 鬼はかわすと同時に中庭を見下ろす屋根の上に飛び乗っていた。

 翔一も屋根に飛び上がる。

「突、百裂!」

 鬼は着地した瞬間を狙って剣を繰り出してきた。命中を意識して、小刻みで素早い剣術。

「傀儡乱舞!」

 少しけがをしたが、軽くかわして、逆襲の剣を何度もたたき込む。

 鬼も心得ていたのか、翔一の動きをまねたのか、軽いステップでかわす。

 それから、熊と鬼の剣戟は激しく続く。 

 二人の異形の対決は互角であり、決着がつく気配がなかった。

 翔一の剣術はあまり技に多彩さがない。ひたすら破壊と速度で勝負する。対し、鬼の剣術は破壊と速度を目指すのは同じだが、技の多彩さはかなり上回っていた。

 結果、翔一は速度と体力で鬼に対抗していた。

 気が付くと翔一は鬼の技をまねする。

 一撃でけりが付かない状況に本能が反応したのかもしれない。

「突、百裂!」

 翔一が繰り出すと、

「白虎一剣!」

 剣をかわして鬼が懐に飛び込む。

(お互い真似を!)

 腹の皮を斬られたが、翔一は転がり、瓦を跳ね飛ばして必死に逃げた。

 見ると、鬼も肩口がざっくり切れている。

 気のせいか、鬼がかすかに口角を上げる。

(笑った?)

 そこから、さらに熊と鬼の斬り合いは膠着する。

 互いに無限のような体力を持ち、多少のけがでもその場で治っていく。『白銀剣』は治癒を阻害するが、それも敵は何とか克服しているようだ。対して、翔一は負傷しても人獣の回復力であっさり治る、しかし、剣術自体は鬼の方がやや上だった。

 血を流す二人だが、即死に至る決定打はお互い出ない状況である。

 やがて、究極奥義以外は打ち尽くしたというような状態になった。

 奥義を打つにはそれなりに隙や実力差が必要だが、どちらも譲らない。

 結局、剣を突きつけ合って睨み合う。


 どのくらい睨み合ったのか、

「熊よ、貴様ほどの剣士は初めてだ」

「鬼さん、僕もおなじです」

「剣を捨て、相撲で決着をつけるぞ」

「わかりました。僕が勝ったら、お母ちゃんとお姉ちゃんは返してもらいます」

「おまえの母ちゃんと姉ちゃんだったのか……」

 鬼はふと、女たちを見る。

 剣を地面に刺し、四股を踏む鬼。

 翔一は精霊界に剣を戻した。

 白砂の上に立つと、いきなりがっぷり四つに組む二人。

 鬼の太い荒縄のような筋肉が盛り上がる。翔一も巨大化し、魔獣の本性を現す。

 しかし、これも決着がつかない。

 まるで巨大な岩のような筋肉の塊が、渾身の力でお互いをねじ伏せようとしているが、びくりとも動かないのだ。

 鬼の体からはだらだらと汗が流れる。

 翔一も苦しくなって時々吼えるが、譲ることはなかった。

「ご主人様を守れ!」

 死力を尽くしていると、背後から数人の声が聞こえる。

 ブス! ブス!

 翔一の背中に山刀が何本も刺さった。

「グアアアアアアア!」

 翔一は吼えた、さすがに痛みの余り、力が緩み投げられそうになる。

 しかし、がっと肩をつかんで離さない。鋼のような筋肉に爪が食い込む。

「絶対お母ちゃんは取り返す!」

「おい、貴様ら、邪魔をするな!」

 吼える鬼。

 鬼天狗たちは平伏した。

「も、申し訳ございません、ご主人様が……」

「熊よ、相撲は引き分けだ。邪魔が入った。力を抜け」

「……」

 鬼がゆっくり力を抜いたので翔一も手を離した。

 背中に刺さった山刀を抜く。

「酒飲み勝負で勝てばお前の望みをかなえよう」

「勝てばお母ちゃんとお姉ちゃんを返して貰います。イジメている子供たちも全部帰して下さい」

「……イジメているわけではないぞ、躾けているのだ」

「あなたの部下が子供を鞭で叩きのめしているのを見ました。あれは躾じゃない」

「……本当なのか」

 意地悪鬼天狗どもは恐ろしい鬼に睨まれて、地面に額をこすりつける。

「そ、その熊は嘘をついております」

「馬鹿者! こいつは敵ながらあっぱれな奴だ。つまらぬ嘘をつくような奴ではないのがわからんのか!」

「申し訳ありません、つい、やりすぎてしまいました」

 恐怖のあまりがくがく震える鬼天狗。

「興が覚めるわ。さっさと酒を持ってこい!」

「は! 急げ」

 土下座していた鬼天狗は大慌てで酒を用意する。

 巨大な樽。その中には芳醇な酒が入っていた。


「考えてみたら法律違反クマ、僕は未成年」

「ここは人間の法は及ばぬ場所だ。それに、剣を振り回して人の家に乱入する男が気にすることか」

「わかりました。つまらぬことは考えず勝負いたします」

「飲むぞ!」 

 鬼は樽を軽々と持ち上げて、ごくごく飲み始める。

 翔一も真似をしてごくごく飲み始めた。

(ちょっと辛いけど、すごくおいしい!)

 翔一は異世界で頻繁に酒を飲んでいた。真水が危険な世界なので仕方がないことだったが、結果、酒には耐性ができている。

 すぐに樽はなくなる。

わしと熊が樽追加だ。肴も持ってこい!」

 鬼天狗たちは大忙しで酒と料理を用意する。

 再びごくごくと飲む二人。

「ふうー、さすがに酔っぱらってきたな。この干し肉はわしが自分で作ったのだ。鹿の肉だ」

「おいしいです。すごく」

 翔一は素直においしいと思った。モグモグと食べる。

「そうか、もっと食え!」

 鬼は醜く赤い顔だったが、もっと赤くなっている。

 鬼も何かの魚をバリバリと噛み砕いて食べて酒を飲む。

 翔一も酒を飲みほした。

「鬼さんはなぜ子供を攫っているんです?」

「あの場所はわしに贄を捧げる場所だ。受け取るのが当然だから貰ったまでだ」

「もうやめてください、人間を持っていくのは。時代は変わりました」

「勝ってから偉そうなことをいえ……もっと酒を持ってこい!」

 鬼は少し考えていたが。首を振ると勝負に戻る。

 存分に食い、存分に飲む。 

 どれほどの量の酒を飲んだのだろうか……酒が入ると鬼は陽気になり、何かを笑って話していた。しかし、酔いのため全く覚えていない。

 翔一もつられて色々と話したが、それも何を喋ったか記憶に残らなかった。

「そうか、邪神をぶっ殺したのか、気に入ったぞ熊公」

 大笑いする鬼。

 いつの間にか意識が遠くなっていた。

(僕は、ぜったい、まけ……)

 気が付くと、目の前の鬼が豪快にいびきをかいている。

「僕の勝ち……かな」

 微かにそう思った。ふっと意識が飛ぶ。




「あなた、この方は……」

 どこかに聞き覚えのある、女の声。

「ああ、わかっている。時代はようやく動くようだ」

 鬼神が答える。

「あの『暗雲』が……」

「神々でもどうにもならないものだ、しかし」

「ええ、希望を持ちましょう」

「そうだ。だが、その前に約束を果たすぞ」





「翔ちゃん、起きて。翔ちゃん!」

 ふと目が覚めると、ハイキングコースの山頂にいた。

 翔一は子熊形態で眠っていたようだ。

 母と姉がいる。

 二人は綺麗な白い着物を着ていた。

 山の中で不自然ではあったが。

 そして、もっと不思議なことに、二十人ほどの子供たちがいた。

 年齢は幼児から十五歳くらいまでの少年少女。

 服装はまちまちで着物のような服が多い。綺麗に着飾っている。しかし、時代がおかしいようだ。近現代的な服装の子供もいた。

 誰かが慌ててやってくる気配。

(あ、森で倒れていたおじさんとおばさんクマ)

 老夫婦がやってくる。

 寝ていたために髪が乱れているが、お構いなしで小走りで駆け付けた。

裕太ゆうた! 裕太!」

 老夫婦はそう叫びながら、一人の少年を抱きしめる。

 数人の現代的な服装の子供の一人だった。

「よかった、三十年だ。三十年もお前を探したぞ!」

 老いた男は涙と鼻水を流しながら、少年を抱きしめている。

 老いた女も涙を流して、少年を離さない。

「私の子供が! 生きていたわ! 私の子供が!」

 子供たちは状況がわからず当惑している。

(おじさんたちの探し物って……このことだったんだ)

 涙を流し続ける老夫婦。

 太陽がゆっくりと沈む。

 それを背景に、数機のヘリがやってくるのが見えた。

「ふう、よかった。救援が来たわ」

 園が通報したのだろう。スマホを持っている。

「鬼さん、約束守ったクマ」

 密かにつぶやく

「園、何があったかわかる?」

「わからないわ、どういうことなのかしら、これ。それに私たち、こんな服を着て……」

「でも、そうね、何かいいことがあったみたい」

 二人は子供たちと涙を流す老夫婦を見て笑顔になる。

 翔一は草叢に隠れて人間形態になった。




 後日。 

 大騒ぎになった。

 身元不明の子供たちが大勢見つかったことに世間は騒然となる。

 特に三十年前に行方不明になった少年が、当時の状態のまま発見されたことは大きな話題だった。

 老夫婦は涙を流して喜び、感動を呼ぶ。

 老夫婦の息子以外の親は見つからなかったが、子供たちは保護施設に入れられて大切に育てられることになる。

 そして、政府は子供たちを丁重に扱った。これは後程判明するが、彼らは鬼の世界に居たことにより、不思議な力を持っていた。

 ほぼ、全員が異能者だったのだ。

 この大浸食の時代、異能者は貴重な存在である。

 政府は金の卵を得たかのように彼らを掌中に入れた。


 そして、更に不思議なことも起きる。

 翔一が発見して最初に保護した小さな少女は忽然と姿を消した。

 警察署から消えていたのである。

 これも騒ぎになったが、記録も映像もすべてが消えており、調査は行き詰る。

 やがて、皆は彼女の存在を忘れてしまう。

 保護者からの捜索依頼もなく、名前もわからない。データは消失。これでは誰もが追えないのだ。

 翔一も一時探したが、残念ながらまったく痕跡が消えている。

 彼女を覚えているのは翔一と警察関係の一部だけだったが、警官たちも時間が経つにつれて記憶があいまいになった。

(いつか見つけるよ。君の匂いは忘れないから) 

 翔一はそう思う。




 尚、ハイキングコースの山頂は閉鎖された。

 そして、有志により、定期的に鬼天尊への酒肴の奉納が行われるようになる。

 神隠しなどを研究している民俗学者が市に提言して老夫婦が後押ししたという。浸食の影響を考慮して迷信として扱わず、市は対応したのだ。最終的に民間の有志が山頂付近の土地を市から購入して管理下に置くこととなった。

 誰かが迷い込まないように。


 社が立つのは数年先の話である。




2021/2/21~2024/10/1 微修正

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