21 コンサート会場襲撃 その3
外に出ると、聖美沙がワンドをかざし三人の少女を守っていた。
彼女たちの前には、宙に浮く小柄な少年。
傲慢で魅力的な美少年である。
白に近い金髪、白い肌。上流階級の子弟らしき服装。ポケットに手を突っ込んで聖美沙を見下ろしている。
そして、その周りをぶんぶん飛び回る昆虫怪物。
彼女たちが乗る予定のワゴン車は破壊され、マネージャーはかなり離れた場所で気絶して倒れている。
翔一は四足歩行で素早く移動し、地味な車の陰に隠れる。
隠密精霊を張って、状況を見守ることにした。
「『白き光の聖女』聖美沙か。名前は聞いているけど、そんな実力で舞い上がっているのならお笑い草だ」
宙に浮く少年。
美しい顔に邪悪な笑みを浮かべる。見た目には翔一より若い年齢に見えるが、彼の方が大人びているようだ。
「あなたは何者なの、目的をいいなさい」
「いいだろう、僕は『黒き瞳』アシュレイ・バルフォア。超能力者だ。グレイと同盟している」
彼の瞳は青だが、黒い輝きがあった。
「人間なのね」
「いいや、違う、人間を支配する宿命を持って生まれた超人だよ」
「力があるからって、人を支配するなんて思い上がりよ」
「君は学校では凄く支配者然としているじゃないか。僕と同じだと思ったけど」
「違うわ。努力しているだけよ、人を見下したりなんてしてない」
「は、どうだか。おっと、これ以上のんびりもしてられないね。その娘たちは僕が預かることになっている。邪魔をするなら死んでもらうが」
聖美沙はワンドを構えた。
聖なる光がワンドに集まる。
ブウゥンという羽音と共に、一匹の昆虫怪物が迫るが、ワンドから出た光が怪物を貫いた。
大穴が開いて、怪物は駐車場のアスファルトに激突する。
「へぇ、思ったよりやるじゃない」
聖美沙は無言で同じ光線をアシュレイに叩きつける。
しかし、光は途中で曲がると、明後日の方向に飛んでいった。
「無駄だよ、僕は魔法使い狩りのような面があるからね。そんなの全然効かない」
更に光線を叩きつける。加えて無色透明の魔力をぶつける。
しかし、全く効いていないようだった。
「ハハハハ! なんだそれ、そろそろ終わりにしよう」
ぐっと、アシュレイが聖美沙を睨むと、お互いピクリとも動かなくなった。
(念力クマ。聖さんは防御魔術で必死に耐えている)
聖美沙の体は全体が赤くなっている。
白いドレスがさざなみ、鼻から血を流している。目が赤く充血してきた。
あたりの柔らかい物体が壊れている。
震えていたアイドル少女たちは次々と気絶した。
「銃構え!」
突然、声が鳴り響く。
灯少尉の声だ。十人ほどの兵士が並び、一斉に射撃を開始した。
ドバババ!
「チ!」
アサルトライフルの弾はかなり少年に当たったはずだが、ぽろぽろと勢いが落ちて地面に落ちる。
一瞬、念力が緩む。
少尉が声を出して敵の注意を引いたのはこれが目的だったのだ。
隙をついて、聖美沙は手に光の塊を作る。
「もう容赦しないわ、光の剣!」
剣の形になった光の魔力が、少年に向かって飛んでいく。
光の剣は直撃しなかった。どうやら強力な念力で軌道を変えたようだが、少年の体を少し傷つけた。
ぽろっと血が落ちてくる。
「撃て!」
自衛隊はマガジンを交換し終え、更に撃とうと構える。
「うるさいぞ、雑魚!」
少年が一撫ですると、念力で自衛隊員たちは吹き飛んでいく。
「うわー!」
灯少尉も建物の奥に飛ばされてしまったようだ。
「一応、打撲傷ばかりだな、魂の遊離は感じないぞ」
ダーク翔一が自衛隊員の状態を確認している。
「昆虫共、もういい。娘たちを連れて行け」
聖美沙と少年は再び力のぶつけあいを開始した。膝をつく美沙。
昆虫怪物が迫る。
翔一が我慢できず出ようとしたとき。
「銀河流星!」
烈銀河が飛び出してきた。空を飛び、少年に斬りかかる。
少年はひらりと躱したが、聖美沙は解放された。
(烈銀河、来るのはいいけど、女の子たちは助けないのか!)
内心、苛立ちを覚える翔一。
少女たちに昆虫が迫ったので、我慢できず石礫を飛ばした。
普段から手頃な形の石ころを精霊ポケットに持っている。その内、二十個程度には破壊の精霊や聖性精霊を受祚していた。
ブシャ! ブシャ!
石礫は簡単に外骨格を抜いて、体内に入る。破壊の精霊は内部で暴れて、内臓を噴き出させた。
ぼてぼてと落ちる昆虫怪物たち。
「最初からやれよ翔一」
あきれ顔の宿精。
「これ以上お母ちゃんを悲しませたくないクマ。それに死人は出ていない」
再会した時の母のやつれようが翔一の心に影を落としている。実力を見せる危険は犯せない。
烈銀河と聖美沙、そして、アシュレイは激しく戦いを始めた。
二対一でようやく釣り合うように見える。
彼らは昆虫怪物に気を使う余裕はなかった。
「うるさいぞ! 蠅め!」
アシュレイは念力を矯めた拳で烈銀河を撃つ。
烈は地面に叩きつけられて、動かなくなった。
「ぐは! ……う」
「死んではいない。かなりの打撲だ」
「じゃあ、ほっておくクマ」
「気持ちはわかる。パンツでも脱がせて放置したいくらいだ」
地上の聖美沙とアシュレイの対決になったが、ようやく、アシュレイは昆虫怪物が全滅したことに気が付いた。
「……何をやったんです、聖美沙」
「え? 怪物が死んでる……」
キョロキョロする聖美沙だった。
「もう手加減はできません、死になさい、念力爆弾!」
アシュレイが念力で頭上に強力な時空のゆがみを生じさせる。
「やめなさい! 女の子たちまで殺す気?」
「ここまでコケにされて、黙ってられないよ!」
鬼の形相になる少年。
若干、正気を失っているのかもしれない。
「く、マジックシールド」
聖美沙は必死に重い烈銀河をアイドル達の元に引き寄せ、防御魔術を展開する。
しかし、少年エスパーの強力な念力の前には風前の灯火に見えた。
「そこまでだ! 悪党!」
ドームの上に一人の男が立つ。
「あ、あれは棒波津さん! 無茶よ、やめて!」
聖美沙はジャック・棒波津の思惑に気が付いて叫ぶ。
「喰らえ! スーパージャスティスマシンガンシュート!」
高い建物の上から飛びながら、二丁拳銃で少年に向かって銃を乱射する。
「あれ、落ちたら死ぬんじゃないか……」
ダーク翔一の声が聞こえるが、翔一はそれどころじゃなかった。
「棒波津さんの真下に!」
少し大きくなりながら、四足で稲妻のように走る翔一。
「対消滅精霊!」
ダーク翔一も何かやった。
同時にいくつものことが起きた。
翔一はアスファルトに叩きつけられそうになっているジャックを間一髪で毛玉になってはじき返す。
ジャックは全弾発射したが、弾はアシュレイの念力に全て止められそうになっていた。しかし、ダーク翔一の強力な対消滅精霊が、念力を消す。
銃弾は一発だけ少年を直撃した。
「あ、つ!」
わき腹から飛び散る鮮血。
ジャックははじき返されて、狙ったかのように大きなゴミ箱の中に入る。
紙コップなどが入ったゴミ箱なので、クッションになった。しかし、ジャックは気絶。
翔一は即座に物陰に隠れて隠密精霊を張る。
「憶えていろ、ヒーローどもめ!」
念力の塊が消えていく。
アシュレイはそういい残すと残像になって脱出する。超高速なのだろうか。すぐに姿は見えなくなった。
アスファルトの地面にはかなりの血液が落ちている。
「勝ったの? 私たち」
聖美沙がつぶやいた。
唖然とする少女をしり目に、翔一は人々に治癒精霊を纏わせて回る。
うめき声を上げる自衛隊員やその他の人々たち。
「ありがとう治癒クマー、痛みが嘘みたいに引いていくよ」「戦闘中も治していてくれたね」
人々の感謝の声を聴きつつ、異変に気が付く。
「あ、烈銀河の姿が見えないクマ? 大丈夫だったのかな。ダーク君が治療してるのかも」
気にはなったが、忙しくてそのまま忘れる。
尚、アイドル少女やマネージャーは聖美沙が治療した。
「軽傷十名、重傷一名、死者は無し。建物に若干の被害でテロリストを撃退。いや、なかなかの成果だよ、聖美沙君。さすが二級下位ヒーローだ。君の活躍でもうファンレターが多すぎて困るくらいだよ」
油ギッシュ上司が聖美沙の手を取る。
「ええ、まあ……しかし、釈然としませんわ。わたし、あの昆虫を撃退しきれなかったのです」
器用に上司の手からスルッと白い手を抜く。
「あの昆虫共は石礫を喰らって死んでいました。大方、そのアシュレイという奴が念力で石を飛ばして、気まぐれで殺したのでしょう」
上司の説明。
「……真面目に調べてくださいな。さすがに、それはちょっと状況に……」
「ご心配なく、防衛会議の鑑識班と科学チームが調査に当たっております。特に、そのアシュレイという小僧は、アメリカでもかなりマークされている人物ですからね。何か奴を倒す手がかりがあれば……」
「俺の魂の銃弾が奴に打撃を与えた。そのことを忘れてもらっては困る」
「ああ、ジャック君もよく頑張ったね」
心のこもらないおっさんのお言葉。
「僕もがんばって治したクマー」
「治癒クマー、いたんだな。けが人がおおむね軽傷なのは君の活躍もあるかもしれない」
上司はやる気無さそうに褒める。
「あれも少しおかしいわ。ジャックさんは高いところから落ちてほとんどけがもなかったし、銃弾が通ったのも意味が分からない。それと、烈銀河さんが後で発見されて……あの、その」
聖美沙がいい淀んで赤くなる。
「公衆の面前、路上パンツ一丁顔面マジック落書き亀甲縛りで放置されていたんだろう?」
ジャック・棒波津は一切デリカシーの無い男だった。
「やめたまえ、もうちょっと表現に気を使ったらどうかね」
油上司はハンカチで油をふき取る。
「たぶん、テロリストの報復だと思いますクマ。テロリストは怖いクマー」
精霊界を見ると、ダーク翔一がニマニマしている。
ため息をつく翔一。
「あいつだけ重症だからな、しかも、尻を鞭で打った痕跡まである」
ジャックはカルテを見たようだ。
精霊界で笑い転げるダーク翔一。
「テ、テロの恐怖ですクマ」
翔一は思わず、そ知らぬふりをした。
「御父上が激怒されていてね。本当に困ったものだ。今回出撃した君たちを懲戒処分にかけるとか。聖さんだけは除外するが、ジャック君と治癒クマーは覚悟しておくのだ」
「それは酷いですわ。お二人もがんばったのですよ」
「そ、そうですよね聖さん」
油ギッシュは一切主体性のない男だった。
「私も父にいいつけます。さすがに、今回の件で懲戒なんて。父に頼るのは好きではないですが、必要なら致します」
「はい、私もそう思います。さすが聖さんだ」
インターフォンが鳴る。
「なんだ?」
「自衛隊の灯少尉がお越しになってます、ヒーローたちに感謝状を贈ると」
「え、灯さん来たの!」
聖美沙の声がいきなりハイテンションになり、目がキラキラになった。
ウキウキで迎えに行く美少女ヒーロー。
「なんだ、その男は、美沙さん……」
美沙の変貌にショックを受ける油上司。
「油上司さん、おじさんは美沙さんの眼中に入ってないクマ」
「だれが油上司だ!」
翔一はふと、窓の外を見た。
夕日が沈もうとしている。
ヒーローたちは、日本の、世界の、この危機を救えるのだろうか?
思わず、ため息をついた。
2021/2/21~2024/10/1 微修正




