19 コンサート会場襲撃 その1
巨大な多目的ドーム。
六万人収容の巨大会場である。
関東にはいくつかこのようなドーム会場がある。残念ながら、千葉にあったスタジアムは浸食により破壊されたという。
「『ひな鳥ガールズ』一発逆転大会……すごい人気あるクマー」
治癒クマーは早朝からこのドームにいた。
今日の夕方から中学生アイドル『ひな鳥ガールズ』のコンサートがあるのだ。そして、そのコンサートをテロ組織が狙っているという情報がもたらされた。
不確定情報なのだが、組織は『グレイ団』という連中で、人類は宇宙から飛来したグレイたちの奴隷になるのが最大の幸福だと信じる狂信者グループである。
宇宙人グレイたちはアメリカ合衆国に飛来して、ネバダ州を実質植民地にしている。
米軍は必死に包囲しているが、既に何度も戦いに敗北して、今はにらみ合いが続いているという。
そのような情勢の中で、人々の中にグレイに手を貸して、グレイの下僕になろうとする人間が現れていた。
そのような連中はグレイに改造されて、恐ろしい化け物になって人々を苦しめている。
アメリカのヒーローたちも米軍と協力して戦っているが、改造された怪物人間を倒すので精いっぱいなのだ。
「我が国の能天気首相が、グレイを批判する声明に賛同したから報復だって噂だぜ。あの間抜けめ」
招集されたヒーローの一人、『銀河剣』烈銀河という男がぶつくさいう。
会場を警備する主だった者たちが会議室に集められている。
いるのはヒーローと自衛隊の責任者。
「烈さん、それは違うだろう。政府首脳が意思を明確にする方が下のものは行動しやすいんだぞ」
反論したのは、我らがヒーロー『ハンドガンウルフ』ジャック・棒波津。
「おい、三級の分際で俺に意見する気か。半魚人如きにあっさり倒された奴が調子乗るなよ」
「……」
烈銀河は非常に傲慢な態度だった。
実力ゆえなのだろう。
身のこなしや装備を見ても、彼が強いヒーローなのはわかる。
烈銀河の装備は謎の宇宙人から貰ったもので、剣も鎧も独特のデザインだった。空も飛べるという。
彼は二級の下位だ。
ジャック・棒波津は以前の反省からか、防衛会議支給の装甲服を着ている。銃も一新されたようだ。
「烈さん、もっと優しい言動ができないの? あまりひどいなら、三級に降格してもらうわ」
「……チッ! 優等生ぶりやがって」
烈をいさめたのは、生徒会長の聖美沙だった。
翔一は知らなかったが、彼女は自分とほぼ同時期にヒーロー登録していたらしい。
白いドレスに魔法のワンド。どちらも非常に強力な魔術を施されていた。彼女は『白き光の聖女』という二つ名を貰っている。烈と同じくの二級下位だった。
「クマクマ」
「クマクマいってんじゃねーぜ。てめぇはお荷物だって自覚あんのかよ」
「……」
面倒臭い奴だなぁと翔一は思ったが、面倒な奴相手には動物の振りをする主義なので無言。
時々唸る。
「御剣山……治癒クマーさん、あなたは四級だから無理はしては駄目よ。アイドルさんたちと一緒にいて。私も指名されているから彼女たちにつくわ。ジャックさんと烈さんはそれぞれ別の位置で監視してください」
男二人は連携は無理なのだろう。
二人とも一匹オオカミスタイルのヒーローで、烈の暴言のために仲はいきなり最悪になった。
「凄い二級ヒーロー殿には援軍も必要ないだろう。俺は自衛隊と協力して任務にあたる」
人数の少ないヒーローはあくまで補助であり、警備の主役は自衛隊だった。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
にこやかな青年士官が静かに座っている。
「ああ、もちろんだ。自衛隊と共闘できて光栄だ」
ジャックは傭兵上がりなので軍隊が好きなのだ。
微笑を浮かべて青年士官と握手をする。二人ともにがっしりした手。
ジャックは控室を出た。
「軍隊はたいして役に立たないんだから、怪物が来たら後ろに引っ込んでろよ。時間稼ぎだけやってろ」
烈は誰にでも噛みつく。
腕を組んでふんぞり返る。
「いい加減にして! あなたの言動は上に報告しますから!」
美沙が怖い顔。
「いいぜ、別に。俺の親爺は防衛会議の理事なんだ。あんたの父親もそうだって聞いたけど……事なかれ主義だからな、理事なんてやつらは。それより、俺と付き合ってくれよ。あんた、下手なアイドルより美人だよな」
「お断りします!」
生徒会長としていつもは超然としている彼女だが、このような年上の男相手にはかなり振り回される。
烈は美沙の手を取った。
「手を離しなさい」
自衛隊の士官が烈の腕を取る。
「自衛隊如きが……」
言葉が終わらぬうちに、魔法のように投げ飛ばされていた。
バン!
床にたたきつけられる、烈銀河。
「う、が!」
烈は大男ではないが、重装甲でかなりの重量だった。それを細身の青年が投げ飛ばしたのだ。
「たとえヒーローでも、何をいっても許されるわけじゃないぞ。憶えておけ」
(ぐ、かっこいいクマ! 合気道かな?)
「てめぇ!」
立ち上がって、剣を抜こうとする烈。
しかし、抜かない。
抜けなかったのだ。
「自衛隊相手に剣を抜くなら、もう、あなたは犯罪者よ。剣は封印しました。少なくとも、今日一日は私の許可なく剣は抜けません」
美沙の目が光る。
「……」
怒鳴ろうとした烈だが、分が悪いと考えたのか、憤然と部屋を出る。
ドカ! バキ!
ゴミ箱や手すりを殴りながら。
「お怪我はありませんか、美沙さん」
「ええ、大丈夫です……」
美沙の顔が真っ赤だった。
彼女に憧れる生徒会の連中が見たら、嫉妬で憤死するかもしれない。
「自衛隊のお兄さんカッコいいクマー。胸がすっとしたクマ」
「いいえ、それほどでも……あ、投げ飛ばした場所が、傷だらけに……」
床はパネルが貼ってあるが、烈が投げられた衝撃で破損していた。
「灯少尉。お気になさらず」
美沙がそっと撫でると、床は修理された。
「すごい、さすが魔法使いだ」
目を丸くする灯少尉。
自衛隊は尉官の称号を旧に戻している。浸食が始まってからの改革だった。来年にも自衛軍になるという話である。
「凄いクマクマ」
「お恥ずかしいですわ、こんな術」
「そんなことはないですよ、あなたはいい奥さんになる」
「まあ」
見つめ合う、イケメンと美少女。
「ウォッホン。そろそろ、警備についた方がいいと思いますクマ」
「そ、そうですね、僕は仮設警備本部にいますから、お二人は、アイドル達についていてください。無線の使い方はわかりますね」
「ええ、もちろんですわ。ヒーローの基本装備ですから」
聖美沙は答えるたびに目がキラキラしている。
アイドルの控室に向かう。
美少女と子熊が歩いていると、皆が注目するのに気が付いた。
「みんなが見るクマ」
「私たちは警備にきたの、不審者がいないか注意して」
「あ!」
翔一はいきなり疾駆して、一人の男を捕まえた。
「わぁ、うわー!」
その男は小太りで背が低く、脂で濁った眼鏡、こってりした顔と髪、バンダナ、指ぬき手袋、チェックのシャツをチノパンにズボンインしている。リュックサックを背負ってキョロキョロしていた。
「こいつ絶対不審者クマ!!!」
男の足にしがみつく翔一。
「やめてください! クマさん僕は無実です!」
叫ぶ男。
歯が真っ黒で溶けている。
「息も臭いクマ。どう見てもテロリスト!」
「あのー、クマちゃん。そんなの捕まえてたらきりがないわよ」
「ぶひぃ! ぶひぃ!」
「豚みたいに泣き叫ぶとは!」
「クマちゃん、周り見て。この人のコピーみたいなのがいっぱいでしょ!」
「あ……」
たしかに、バンダナを巻いてチェックシャツズボンインの男たちがうろうろしていた。
心配そうに、仲間を見ている。
「……悪かったクマ。お前、なんか変態臭いけどぎりぎり犯罪者ではないみたいクマ」
「ひどい!」
「とにかく、この人たちはこの会場内部限定で、一応、不審者ではないわ。放してあげて、それより、先を……」
移動を促そうとしたが、連絡が入る。
ヒーロー用のスマホに出る美沙。
「ええ、はい、はい! 喜んで伺いますわ」
そわそわしだす。
翔一には電話の声が聞こえていた。
ヒーローの能力や装備に関する灯少尉の質問だった。
「あの、私、やっぱり、警備態勢に関して少尉と打ち合わせしますから、クマさんアイドルたちをよろしくお願いします」
聖美沙、突然の離脱宣言。
「ええ? 大丈夫クマですか、そんなことして」
「女性自衛官に来てもらいますわ」
「……」
翔一は恋する乙女のキラキラする目を見て、説得する気力が失せた。
「恋の魔法より強力な魔法はないかもしれないクマ……」
聖美沙と分かれる翔一。
諦めて、控室をノックする。
扉が開いた。
「あのー、アイドルの皆さんを護衛するヒーローの一人、治癒クマーですクマ」
出てきたのはマネージャーらしき、二十代後半の女性。
「あら、かわいいわ。でも、強そうな人がいないわね。魔法使い少女が来るって聞いたけど」
「彼女は、強力な魔法と戦っています。すぐには来れないと思いますクマ。かわりに女性自衛官が来ます」
「人員がいないのなら仕方がないわね」
ため息をつくマネージャー。
翔一は中に招き入れられて、紹介される。
「この子が私たちの護衛よ」
「治癒クマーですクマ」
アイドルたちはかなり小さな少女たちだった。
「キャーかわいいわ。クマちゃん」「モフモフよ!」「毛皮……」
紹介されたが覚えられなかった。
どうやら、三つ子アイドルだったらしい。衣装が赤青緑になっていたので、それで判断するしかない。
「やっぱり、ステージに立った時が怖いのよね。一番無防備だから。狙撃とかないでしょうね」
マネージャーが心配なのか手を揉む。
「ジャック・棒波津さんがいるから、そういうのは察知できると思いますクマ。自衛隊もプロフェッショナルだから、ご心配なく」
しかし、半魚人のようなパワータイプは止められないかなとも思う。
彼女たちを怖がらせる意味もないと考えて、あえて口には出さない。
「彼女たち『ひな鳥ガールズ』は本番までに二回リハーサルをします。その間ついていてくださいな」
「もちろんですクマ」
翔一はそういいながら、衝撃を受けていた。
(つまらないお子様アイドルと思っていたけど、二回もリハーサル……練習は人を裏切らないということクマ)
リハーサルは幕の後ろでやる。
かなり熱いステージだった。
翔一はそこでも衝撃を受けた。
(演奏は録音だけど、歌とダンスは生……しかも、かなりの実力クマ!)
自称アイドル評論家、治癒クマー翔一は頭を殴られるような感銘を受けたのだ。
(『ひな鳥ガールズ』本物クマ。僕も本気で彼女達を守りたい、何かできないか)
「フフフ、旦那、お困りのようだな。困ったときは妖術。これ基本」
精霊界のダーク翔一の声が聞こえる。
「チビクマはちょっと魔術すぎるからダメクマ。魔術の素養のある人しか使えない」
「チビクマ以外の術もあるだろが。えーっと、そうだな、ゾンビ化、グール化、ゴブリン化、悪魔の憑依」
妖術の本を出して調べる宿精。
「全部禁止クマ!」
「けち臭い奴だ。しかし、意外と使えるのが少ないな……」
重い羊皮紙の本をぺらぺらとめくる。
異世界で敵から奪ってきた本なのだ。ダーク翔一の愛読書でもある。
「なんとか祭祀書はどうしたクマ」
「『名もなき神の祭祀書』が正式な名前だ。フム、こちらのほうがいいか。あ、いい術があったはずだ」
同じような羊皮紙の本。気のせいか、黒い瘴気が漂う。
「……これだ、四方防御陣。お前が異世界で聖魔剣を封じた術の写しだ。東西南北に強力な存在を建てて、四者の呪力で最強の防御を確立する」
「それはいいと思うけど、ステージは南向きについているから、南側の中央に誰かを建てないといけないクマ、あとは袖とかバックヤードに置けるからいいけど」
翔一はステージの見取り図を見る。
「北側は誰も見えないから、お前のタコ邪神像。東西は邪霊を呼んで呪詛封印。南側は……派手なのはやめた方がいいな」
「クマのぬいぐるみ置いて、ダーク君が憑依したらいいクマ」
「うわ、俺、あんまり現実界好きじゃないんだが」
「いいから、君の呪力なら十分クマ」
「おまえがもっと邪神像を大事にしていたらこんなことに……」
タコさん邪神像はセットで他の像もあったが、異世界の闘争の中で破壊されている。
「マネージャーさんに頼んでおかないと消されてしまうクマ。聖さんの名前借りちゃうかな」
というわけで、マネージャーを呼ぶ。
「聖さんが防御魔法かけるから準備するクマ。魔法陣とか消しちゃダメクマ」
「あら、そうなの。わかったわ」
「儀式中は集中したいから、覗きは禁止クマだよ」
「ええ、大丈夫よ。あの子たちにもいっておくわ。どうせ、リハで疲れてるわ、そんな元気ないから大丈夫だとは思うけど」
「女の子たちへのプレゼントの中に熊のぬいぐるみありますクマ?」
「ええ、あると思うわ」
「儀式に使います。ステージ前中央に置くので動かさないでほしいクマクマ」
「わかったわ。好きなだけもっていって、どうせ孤児院とかに寄付するんだから」
当然、大量のプレゼントが送られてくるのだ。
倉庫に使ってる部屋に行くと、確かにプレゼントが積みあがっている。
軽く霊視する。
「うわ、気持ち悪い念のこもったのあるクマー」
中でも、悪臭放つ瘴気のこもった熊のぬいぐるみがあったので、それを持っていく。
「若干、イカ臭い……ダーク君を封印するのにお似合いクマ」
「おまえ、地味に俺の扱い酷いだろ」
批判の声は無視しして、素早く儀式を行う。
ステージの裏にタコ邪神像。これには隠密精霊を纏わせて、荷物で隠す。
南正面にダーク翔一を宿らせた熊のぬいぐるみを小さな椅子に座らせて設置。
「気のせいか矢面だな」
「心配ないクマ」
ステージの袖にマジックで魔法陣を二個描き、東西に邪霊を宿す。
召喚のために、異世界で貰った鹿の骨のマスクと獣皮を出す。
二つの秘宝の呪力を解放して、邪霊を呼ぶ。
怨念の強い魔性化した幽霊である。扱いは慎重に行う。
二匹目を呼んだ時、連絡がきた。
「熊君。そちらの様子はどうなの」
聖美沙だ。イケメン士官にべったりなのだろう。
「順調クマです」
「うー。ウォー! あああぁ」
怨霊がうなりを上げる。
「? 今の声は何?」
「……え、えっと、いつも暇な時は恐怖動画見るのが趣味なんですクマ」
無理な言い訳だなと思いつつ、とっさに嘘をつく。
「今そんなものを見てる場合じゃないでしょ。こちらは客を一人づつチェックして本当に大変なのよ。遊んでいては駄目じゃない」
「ごめんなさいクマ」
「まあいいわ。女の子たちをよろしく、一応、もうじき自衛隊がいくわ」
聖美沙はかなり真面目な人間のはずだが、イケメンに恋した瞬間にかなり適当な本性が露呈している。
(おかげでやりやすいクマだけどね)
怨霊をサラッと封印すると、結界儀式を行う。
これは外からの害を防ぐ術なので、悪意がない存在や物体の移動は止めない。
誰かの意思で発射された銃弾やエネルギーは止まるが、大道具の人が仕事で通過しても何も起きないだろう。
「ふう、終わったクマ」
翔一は誰にも見られていないと思っていたが、そうでもなかった。
そう、少女たちの行動力を軽く見ていたのだ。
2021/2/13~2024/9/30 微修正




