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18 吸血鬼人狼同盟対吸血鬼人狼同盟 その2

 その建物は三階建て程度の小さなビルで、屋根は平らな広い空間である。

 三人の者がいた。

 気配、匂い、強烈なオーラ。

 全てが彼らを吸血鬼であると物語っている。

 細身の青年。金属の匂いがする大男。そして、ガスマスクにコートを纏った腐敗の塊のような大男。

 翔一は多少大きくなってから、屋上に立つ。

 三人の怪物たちは赤い目を光らせ、無言で熊人獣を眺めた。

「子熊。熊の人獣ですね。珍しい」

 青年は眼鏡をかけ、カーディガンを着たインテリ風だが、よく見ると細い触手が体から出ている。

「一人で来るとはいい度胸だな」

 ガスマスクの男はポケットに手を突っ込み、戦闘態勢も取らない。

 傲然と翔一を見るだけだ。

「……」

 金属の匂いのする男は無言。よく見ると、顔面も体も全身に分厚い金属を張り付けている。金属は全て釘で打ち付けられており、血と膿が釘から滲んでいる。

 翔一は無言で『白銀剣』を取り出す。

 虚空から現れる聖なる剣。

「アレクセイ様。この熊、ただものではありません」 

 眼鏡の青年はガスマスクを見る。

「ああ、そのようだ」

 アレクセイと呼ばれた男は面倒臭そうに答えた。

「お前たちは何者だ。目的をいえ」

「目的? そんなのは簡単なことだ。俺がこの国の支配者になる」 

「お前みたいな奴には誰も従わない」

「全ての人に俺の血を受けさせればいい。俺の下僕になれば誰もが幸福なのだ。なぜ拒むのかわからん」

「……狂ってる。あなたみたいな気持ち悪い吸血鬼の下僕になりたい人はいない」

「俺の血を受ければ、つまらない個人の感情なんて意味がなくなるんだ。お前も受けたらいい」

 翔一は答えもせずに剣を構えた。

「所詮、動物には理解もできぬか。おい、鉄仮面、あいつを殺せ」

 ガチャ、ガチャ。

 全身に鉄板を打ち付けた男が迫ってくる。

 両手には小手を嵌め、恐ろしい鉤爪が付いていた。

 かなり早い男だったが、翔一は抱き着いて来るような攻撃をひょいとかわす。

(ドン臭い感じクマ)

 滑稽で哀れでもある。

 何となく、倒す気持ちもわかず、二度三度と回避した。

 鉄仮面は、よろよろと屋上の端で何とか止まり、落ちそうになっている。

「あ、落ちるクマ」

「クマ? フフフ」

 翔一の語尾を聞いて嗤うガスマスク。

 しかし、鉄仮面がそのまま落ちることは無かった。

「キェエエエエエエエエエエ!」

 屋上のどこかから這い上がってきた何者かが居合抜刀で鉄仮面を一閃したのだ。

 バス!

 日本刀を持った青年が、鉄仮面の首を刎ねる。

 首には装甲がなく、あっさり斬れた。

 頭は屋上に転がり、胴体はついに落下し、地面にたたきつけられる。

「どうだ、俺の実力! アレクセイ、今日がお前たちの最後の日だ!」

 荒い息で敵を斬り捨てたのは、袴の青年、俊之としゆきだった。

赤嶺あかみね会長の道場にいた人たちクマ)

 意外な出現に驚く翔一。

 玲奈れなも屋上に上がって来る。

 二人は相当な業物の日本刀だけを携えていた。

「お二人とも下がって。こいつらは尋常な敵ではないです」

 翔一がいさめるが、二人は子熊を一顧だにしない。

「ほう、熊の方はよくわかってるじゃないか。それにしても、お前たち、俺の仲間になったのではないのか。情報をくれただろう?」

「お前たちをおびき寄せるための方便だ。尋常に立ち会え!」

 目を吊り上げて叫ぶ俊之。 

「味方の会合場所を私たちに漏らして『方便』とは恐れ入る。彼らは爆殺されますよ」

 眼鏡の男が告げる。

「なに!?」

 慌てて俊之と玲奈がダンスホールを見るが、乱闘の気配がするだけである。

「もうとっくに時刻は過ぎたぞ、トッド。故障したのではないか」

「やはり、テロ連中なんぞ当てになりませんね」

 アレクセイとトッドは暢気な日常会話のように話し合う。


「嘘つきめ!」 

 俊之は奇声と共にアレクセイに向かっていく。

 玲奈はトッドに。

 同時にいくつものことが起きた。

 トッドと呼ばれた男は目にも止まらない早業でジャケットに手を突っ込んで銃を抜く。

「え?」

 斬りかかろうとした玲奈が撃たれそうになる。

 玲奈は自分の斬撃の速さに自信があったのだろうが、トッドの早抜きの前にはスローモーションのようだった。

 思わず、撃たれる恐怖で目をつぶる。

 翔一は間に合わないと感じて、とっさに『白銀剣』を投げつけた。

 トッドの手首が落ち、剣は屋上に付き刺さる。

「が! は!」

 トッドは驚愕の顔。

 ブンっと、玲奈の刀がトッドに迫るが、簡単に躱される。


 一方、アレクセイは特に回避も防御もせず、俊之の剣を首で受けた。

 刀はアレクセイの喉笛に当たって止まる。

「ふぅ」

 ため息をついてポケットから手を出す。赤黒く皮膚がないような不気味な手。

 ゆっくり俊之の脇腹を掴んだ。

「ぐわ!」

 身をよじる俊之。

 煙が上がる。

 そして、目が光るアレクセイ。

(邪眼!)

 俊之は混沌で焼かれながら、ピクリとも動けなくなる。

 翔一は『水竜剣』を出して、突撃した。

「チェストオオオオオオ!」

 一瞬、邪眼が来るが、チビクマが出てきて禍を吸い取る。

 ぷくっと膨れた。

「チ、この熊!」 

 舌打ちする、アレクセイ。

 翔一は上から斬り下ろした。

「龍昇大上段!」

 アレクセイは俊之相手に油断しすぎたのだ。しかし、ぎりぎりで肉体の中心から斬撃をそらした。

 肩に太い木刀。

 ブシャ!!!

 コートを破り、右腕と肩が砕け散って、血と膿をまき散らしながら屋上に落ちる。

 相当なダメージを与えた。

 しかし、アレクセイはそれでも転がって逃げると、立ち上がる。

 すぐに肉が盛り上がって治っていくようだった。

(『水竜剣』は強いけど、吸血鬼退治には向かないクマ……)

「引くぞ!」

 アレクセイの言葉を聞くと、トッドは即座に逃げる。

 屋根に突き刺さった『白銀剣』を拾って追うのはいかにも遅かった。抜いた時には、吸血鬼二人は消えていたのだ。

 うめき声をあげる俊之。

 玲奈は唖然と立ち尽くしていた。


 翔一は追撃を諦める。

 俊之と玲奈が心配だったからだ。

「大丈夫だ。聖性精霊を受祚すれば、時間がかかっても混沌は取り除ける。表面しか浸食されてないからな」

 宿精のダーク翔一が俊之を治療している。

 俊之は力尽きたように、座り込んでいた。

「思った以上に手ごわい奴らだったクマ」

「間抜け二人の邪魔がなければ勝っただろう」

 宿精は辛辣だ。

「しかし、次はあいつも油断はしてないクマだよ」

「それはそうだが……ち、一瞬しかつかんでないのに、こいつかなりやられたな」

 ぶつぶついいながら、黒い子熊は聖性精霊を青年に押し込んでいる。

 作業を横目に、夜の闇をにらむ翔一だった。


「アレクセイとトッド。極悪吸血鬼の一派だよ。特にもっとも混沌の気の強い連中だ」

「私たちの宿敵ね」

 ファビウスとヴェラが説明してくれる。

「こんなものを落としていったクマ」

 アレクセイの腕とトッドの銃、手首。そして、鉄仮面。中の存在は塵と化したようだ。

「これは便利に使えるわね。腕と手首はお手柄よ、あいつらに対する呪術が成功しやすくなる」 

 吸血鬼たちの残骸は消えはしないが、急速に干からびている。

 ヴェラが不気味な戦利品を受け取るようだ。

「銃にも非常に強い混沌の気がある。この弾を受けたらただでは済まない」

 念力で浮かせて、銃を見聞するファビウス。

 大型の自動拳銃。四十五口径だ。

「しかし、どうやってあいつらを撃退したの?」

「みんなで頑張ったクマ」

 翔一は俊之と玲奈を見た。二人は魂が抜けたように無言で立っている。

 あまりの敵の強さに、衝撃を受けたのかもしれない。 

「フム、君は結構強いという話だね」

「頑張ったクマです」

 小さな子熊が胸を張る。

 何となく笑いを誘った。

 しかし、これが翔一の強みでもある。

 こんな子熊を強いと思って警戒するものは少ないのだ。

「しかし、皆無事でよかった。爆弾も作動せずだ。しかし、これはかなり薄氷を踏む様なことだったが」

 赤嶺あかみね泰三たいぞうが安堵の声。

「何で爆弾が爆発しなかったんだ?」

 斧をタオルで拭きながら大神。

「故障でしょ、テロリストの手製だったんだから」

 赤嶺あかみね明日香あすかが答える。

 爆弾は乱闘中に発見された。

 ひっくり返ったカートの裏面を見た誰かが気が付いたのだ。

「運がよかったということです。今後は敵に動きを察知されないように気を付けましょう」 

 そういいながらファビウスが赤嶺を見る。

 赤嶺は気まずそうにした。 

「公安に連絡したから爆弾はもう大丈夫よ。人のいない場所に置いたから」

 ヴェラの言葉に赤嶺たちはうなずくと、乱闘の場所を去る。




 数日後。

 自衛隊の爆弾処理班がダンスホールの近くで大昔の不発弾を処理したという報道があった。

 そして、

「俊之と玲奈。この二人は私の道場から破門した。今後、赤嶺家や人狼協会に関わることもない。私の親戚筋の子供たちだったが、まさかあんなことを……」

 赤嶺泰三が力なく人狼協会の皆に報告する。

 いつもの喫茶店に皆が集まっていた。

「あいつらが情報を漏らしたんだな」

 大神恭平はタバコを吸いながら問う。

「そうだ、私の指導が行き届かなかった。すまない、諸君。吸血鬼たちにも私から詫びを入れておくよ」

 翔一は彼らを断罪したくない気持ちもあったが、彼らの裏切り行為はちょっと度が過ぎてもいた。

 あの時何となく機械精霊で爆弾を止めなかったら、全滅していた可能性もある。

「あの二人は昔から生意気なガキだったからなぁ。今後はおとなしく生きろっていうしかないな。俺からは」

 大神は彼らと昔からの知り合いだったようだ。

 赤嶺はそれ以上はいわず立ち去ってしまう。

「しかし、現実としては敵は大損害を被ったでござるよ。暫く、奴らはおとなしくなるでござる」

 池袋いけぶくろが汗を拭きながら述べる。

「でも、どうやってあの怪物二匹を撃退したのよ」

 明日香が尋ねる。

「う、運がよかったクマです」

 質問に、ややうろたえる翔一。

「あんた小さなクマちゃんじゃちょっと説得力ないわね。それに、俊之と玲奈はカッコつけてるけど腕は大したことないから」

「そうだな」

 うなずく大神。

 気のせいか、人狼たちは翔一が強力な剣術を使っていたことを忘れているようだった。

(あ、『エルベスの瞳』)

 なぜか、神器がかすかに光る。 

「えーっと、そうだ、そうそう、強いヒーローが現れて悪を成敗して帰ったクマです」

「そのヒーローはどこに行ったんだ?」

 大神はコーヒーをすすりながら聞く。

「颯爽と現れて、悪を倒してからカッコよく消えたクマ」

「今のご時世だと、あながちないともいえないわね。政府公認でヒーローが組織化されてるのも現実だから」

 明日香もそうつぶやいてコーヒーを飲む。

「ねえ、クマちゃん、そのヒーローってどんな人だったの」

 小柄な美少女、みなもと菜奈ななが翔一の毛皮に抱きつく。

「ええっと、それは、その……」

 咄嗟に思い付いた嘘だったので、慌てて設定を考える翔一だった。




2021/2/27~2024/9/30 微修正

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