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17 吸血鬼人狼同盟対吸血鬼人狼同盟 その1

 古い元工場。

 夜更けの関東某所。


 その工場だった建物は色々と改造されて、今はダンスホールになっている。

 普段は主に外国人の移住者などが、酒を飲んで楽しむ場所なのだ。

 しかし、今夜は音楽もなくお洒落して騒ぐ人々もいない。

 十数人の男女が二つに分かれて、ソファーに座っている。

 ホールの中央には油性ペンでかなり複雑な魔法陣が描かれていた。

「皆さん、お集まりいただき誠にありがとうございます」

 五十代位の細身長身の白人男性が、マイクを取って挨拶する。日本語は完璧だった。欠片も訛りがない。

 彼の隣には黒いローブを着た黒人女性。

 刀を持った真面目そうな日本人。

 その他、年齢も性別も違う男女が数人。共通しているのは全員かなり美しい人物だという事。

 それに対して、対面には、赤嶺あかみね泰三たいぞう以下、人狼協会のメンバーが適当に散らばって座っている。

みなもと菜奈ななちゃんはいないクマ。子供だからね)

 翔一はそう思う。彼女にこのような危険なことに関わってほしくない。

「すまんな、翔一しょういち君。吸血鬼たちに君のことが漏れたらしく……」

 赤嶺が申し訳なさそうな顔をする。

「クマクマ」

 翔一はいつも通り、子熊の姿でいた。

 人狼協会以外の者は吸血鬼なのだ。

 彼らは吸血鬼の中でも最も穏便で、日本防衛会議にも協力すると表明している吸血鬼集団「日本友愛会議」と彼らは名乗っている。

「今日集まってもらったのはほかでもない、我らの宿敵混沌勢力は大同団結をしたと聞き及びます。混沌の血を受けた吸血鬼、人狼、その他魔物。彼らは結集して我らを個々に倒そうとしています」

 喋っているのは友愛会議の会長ファビウス・カヴァーデールという男である。

 普通の吸血鬼集団ならボスが血を分けて一人の独裁者が全員を支配するという形をとる。しかし、日本友愛会議はそうではなく、はぐれものになったり追放されたものを受け入れて仲間になっているのだ。だから、彼らは受けた吸血鬼の力もばらばらである。

 大半は人間と変わらないが、あまりに変容しすぎて、すっぽりとフードを被っているものもいる。

(でも、どんなにごまかしても、微かな死臭だけは消せないクマ)

 翔一は嗅覚が優れているので、吸血鬼独特の匂いは絶対認知している。

 彼にとってそれは、死と暴力、邪悪の匂いだった。

「ゆえに、我ら闇の存在、中でも善良なものは、団結して悪に立ち向かう必要があると私は考えました。その中でも、我ら人間性を保つ吸血鬼集団と、混沌人狼と戦う人狼協会。これは手を結んで共にこの時代を、浸食を乗り切るべきなのです」

「あんたら吸血鬼は防衛会議には所属しないのか。団結云々いうのならそちらの方が手っ取り早いだろう。彼らにはヒーローもいる」

 大神おおがみ恭平きょうへいがソファーにふんぞり返って聞く。

 どう見ても、吸血鬼が気に入らないという態度だった。

 吸血鬼たちも短気そうなのはムッとしている。

「もっともな意見だ。確か大神君だったね。その通り、我々としても会議に参加したかったのだが……残念ながら、政府の方が及び腰になった。我々と手を結ぶのは外聞が悪いそうだ」

「……だろうな」

 大神の返事に睨みつける吸血鬼多数。

「しかし、政府も我らとは密かに協調関係を結ぶということで話は付いた。日本のスパイ組織と連携している。おかげで情報も得られる」

 ちらっと翔一の方を見るファビウス。

 翔一のことは政府機関から漏れたのだろうか?

「とにかく、人狼と吸血鬼。二つの組織が連携することは政府も容認している」

「連携はいいけど、魔術をやるんだよな」

「これに関しては私が説明するわ。魔術師ヴェラ・ジョーダンよ。儀式は全員でその魔法陣の縁に立って、呪文を詠唱するの。術が完成すると、お互いを魔的に味方としてとらえることができるわ」

 黒いローブの黒人の女が立って説明してくれる。

 長いソバージュの髪。美しい女。

 彼女は魔術が使える吸血鬼のようだ。

(魔的……霊視しないと逆にわからないクマ?)

 思わず、疑問を感じる翔一。

「何か弊害があるんだろ?」

「ええ、多少はね。魔術の受容力を少し使うわ。それと、お互いを魔的認知できてしまうので隠密や偽装は成功しない。しかし、逆にいえばそれ以上の制約は入れないわ。あとは魔術的に仲間として抵抗なく利益効果を享受できる」

「……」

 大神は信じていない様子だったが、表立って反対する気もないようだ。


「儀式は神との約束と、団結を示すために、皆で神の前で約束を詠唱する。そして、団結を強固にするため一つの杯から血に見立てた赤ワインを飲む。それだけよ」

 説明を受けると、全員はぞろぞろと面倒臭そうに魔法陣に並ぶ。

「天地創造の神よ。我らはあなたに約束します。輩と団結し、互いを兄弟姉妹としていがみ合うことなく……」

 やる気なく、全員唱和する。

 かなり大きな杯に高級な赤ワインが注がれ、皆一口づつ飲んでいくようだ。

 酒は減ると追加される。

「僕は未成年クマだよ」

「心配しないで、あなただけ葡萄ジュース入れるから」

 ヴェラが減った酒を捨てて、ジュースを入れて渡してくれる。

 どうやら、杯に意味があるらしい。

「美味しいクマ」

 思わずごくごく飲む。

「おいおい! 飲み過ぎだよ」

 誰かが突っ込みを入れると、笑いが起きた。

「お酒もジュースも沢山あるから、一口以上飲んでも大丈夫よ」

 ヴェラも少し笑顔だ。


 儀式も終わり、少しリラックスした時間になる。 

 全員に酒が注がれ、酒のつまみなども出される。

 翔一の前にはジュースとお菓子だ。

 お互い警戒しているのか、一緒に座ることもない。

 気になったので、翔一はファビウスたちが話し合っている席に向かう。

「ちょっと聞きたいクマ。えらい人はあなたクマ?」

「フフ、可愛いクマ君に話しかけられたのは生まれて初めてだよ」

「こちらに座って」

 ヴェラが自分の隣に席を用意してくれる。

 のそのそと座る子熊。翔一はファビウスとヴェラの間に挟まれる形になる。

「何を聞きたいのかね」

 ファビウスが貴族的な仕草で促す。

「あなたたちのことをもっと知りたいクマ」

「よかろう……ふむ、何から話そうか。我らは確かに吸血鬼だが、その宿命と戦うことを決意した集団であると定義してもらおうか」

「宿命……」

「吸血鬼である限り、人間、生き物の血に縛られている。私は長年の研究から吸血鬼は人間の血を欲するが、血を吸えば吸う程人間性を失っていくことに気が付いた」

「そうよ、人の血を吸うのは確かに快楽だわ。でも、それに身を浸すと、怪物になっていくの」

 化粧が派手な女吸血鬼が発言する。

「……わかる気がしますクマ」

 翔一は過去に見た吸血鬼たちの姿を思い出す。

 人を人と思わず、人を殺すのは生活の一部であるかのように開き直り、悪びれもせず。神か超人になったような傲慢な存在。

「私たちは、動物の血といくばくかの魔術でその運命と戦うことを決めたのだ。おかげで我らは聖性を多少なりとも獲得するようになった」

「それは凄いクマ」

 翔一は思わず、霊視した。

 彼らのオーラは普通の人間に近いようだった。概ね強力なオーラだが、怪物のそれとは違う。

 彼らの所持物には聖なる力を持つ物があるようだ。

 普通の吸血鬼は所持できないはずのものを持っている。

 そして、人間の血の匂いがしないのも事実だった。

「確かに、皆さんから人間の血の匂いがしないクマです」

「ほう、君は今、魔術を使ったね」

「ええ、まあ、多少使えるんですクマ」

「その語尾の『クマ』は何なの」

 ヴェラが面白そうに聞く。

「僕が人獣になった時に神様がそういう喋り方にしてしまったクマです」

「君は普通の人獣とは違うんだな。なぜ熊形態なんだ」

「これが基本形クマです、理由はわかりません」

「でも、可愛いからいいじゃない」

 ヴェラは翔一の背中をモフる。

「ここにいる皆さんは全員吸血鬼さんクマですか」

「吸血鬼と関係者だ。ここに部外者はいない。給仕の者は吸血鬼ではないがな。我らには人間の協力者が多いのだ」

 ファビウスが彼らに目を走らせる。

 年齢性別はばらばらだが、ファビウスと目が合うと、礼儀正しく会釈する。

 談笑する人々の間を給仕たちは規律正しく働いていた。

 翔一と吸血鬼たちが話をしている一角にも、カートを押して一人やってくる。

 カートには何かの機械装置の気配があった。

 精霊術師は機械と相性が悪く、電子機器などがあると嫌な気配を感じるのだ。

(何だろう、電動のカート? 違う、キャスターは普通クマ。もしかして盗撮盗聴の装置かな。念のため……)

 機械精霊を呼んで、纏わせる。

 何かの装置は作動を止めた。

「じゃあ、この人たちは吸血鬼じゃないのなら何者クマです」

「昔、普通の吸血鬼だった時の下僕や、吸血鬼に襲われて奴隷化された人間を救出した者たちだよ。彼らは血を吸われたことにより普通の人間より魔力が高くなっている、皮肉なことだが」

 ファビウスが首を振る。

 邪悪の所業を多く見てきたのだ。

「血を吸われて殺されるとグールやゾンビになる。逆に私たちの血を分け与えられると、それは吸血鬼になるわ。血を与えた吸血鬼は与えられた者の『親』となって、絶対の支配権を得る」 

 ヴェラが吸血鬼の基本を教えてくれるようだ。

「給仕の人たちが吸血鬼じゃないとして……でも、この人、人間の血の匂いがするクマですよ」 

 翔一はテーブルに酒を注いで回っている男を指さす。

 ぎょっとする吸血鬼たちと、ウェイターの男。

「あ、本当だわ、あんた、血の匂いがするわ、どういうこと」

 派手な化粧の女吸血鬼が、ウェイターの男に詰め寄る。

「さ、さあ、何のことだか」

「お前、誰の血を受けて吸血鬼になったのだ。アレクセイか?」

 ファビウスが目を光らせて詰問する、何かの術を使ったのだろう。

「ヒ、ヒヒ。俺は血を吸われてから、吸血鬼になることを夢見て暮らしていたんだ。あんたたちについていても人間で終わる。それなら、いっそ」

「悪に転んだか」

 ファビウスはため息をついた。

 ウェイターの男は異常な跳躍力で飛び上がり、天井に張り付く。

「お前たちは終わりだ。ここは、ホ、包囲されている。俺はアレクセイ様の下僕として永遠を楽しむのだ」

「愚か者め! 奴の血を受ければ酷い混沌の吸血鬼になるだけだ」

 そういいながら脇に置いてあったレイピアを抜くファビウス。

 天井に張り付いたままで蜘蛛のように移動して逃げようとする男。

 一瞬、男の視線が何かに走る。

(カートを見た? 何かあるクマ?)

 給仕のためのカートはホールにもう一台あった。やはり、それの底面にも何かの装置がある。

 翔一は念のためにそれにも機械精霊を張りつかせた。

「逃すか!」

 刀を持ったサラリーマン風の男は、同じくすさまじい跳躍力と、抜刀術を見せる。

「ひい、待ってく……」

 天井に張り付いた男は刃を避けようとしたが、抜刀術の速さは桁違いであり、男に逃れるすべはなかった。

 バシュ!

 切断される首。

 首が跳ね跳び、ホールの床を転がる。

 体は垂直に落ちて、盛大に一つのテーブルの上のものを跳ね飛ばした。

 首を失った吸血鬼は即座に塵と化していく。

「皆さん、敵襲の危険があります]

 ファビウスがいうまでもなく、人狼協会のメンバーは全員二足歩行人獣形態になり、爪を伸ばしたり武器を手に取っている。

 ファビウスの部下たちも剣や銃を構え、魔術の準備をしていた。


 突然、窓ガラスが割れ、扉が開いて、大勢の人間が入ってくる。

 腐臭と血、おぞましい混沌の気配と共に。

「劣化吸血鬼と混沌人狼だ! 諸君、戦の時だ!」

 人狼協会には三体の人狼が襲ってくる。

 一様に漆黒の人狼で目が赤い。おぞましい腐臭がある。

 人狼協会も大神恭平、赤嶺明日香、猪田剛三が盾となって、老人や池袋など戦えない人狼を守っている。

 明日香だけは多少人狼の気配があるというような、ほとんど人間と変わらない姿だった。

「陣形を取れ、ヴェラ中心に結界魔術がある。そこから出ずに戦うのだ」

 吸血鬼たちは剣を抜き、後衛が銃や魔術で連携して戦う。

 敵の数は多かったが、鉄壁の守りに次々と消滅に至るようだった。

 特に、日本刀の男と、ファビウスが強い。

(これは大丈夫そうかな)

 翔一はテーブルの下にもぐりこんで様子をうかがっている。

 人狼協会が苦戦気味なので、精霊ポケットから聖性精霊を受祚じゅそした小石を取り出して黒い人狼たちに投げつける。

 ビシ! ビシ!

 子熊の膂力で投げつけられる小石は銃よりも強力だった。

 背中に大穴が開き、頭蓋が砕ける。

「がふ!」 

 よろけた黒い人狼の頭蓋に、大神の斧が叩きこまれ、脳が飛び散る。

 敵より頭一つ大きい人狼、猪田いのだ剛三ごうぞうが背中に穴が開いて動きの遅くなった人狼の頭を片手で握る。

「フゥフゥ、あんたたちには手加減しないわ!」

 野太い声で叫ぶと、メキメキと黒い人狼の頭部が潰されていく。

 人知を超えた握力だった。

 暫く痙攣していたが、頭部が完全につぶされると、動かなくなった。

 人狼が減ると、吸血鬼が迫ってくる。

 敵の数は多いが、人狼協会は大丈夫そうだった。


(隣の建物、屋上に誰かいるクマ)

 翔一はこっそり窓からホールを出ると、駐車場を隠密精霊を張って横切る。

 件の建物の上に、何者かがいるようだった。

 雨樋を伝って屋上にするすると登る。

 登攀はお手の物だ。




2021/2/8~2024/9/30 微修正

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