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16 暴力団対勇者 その2

 その日の夜。

 都内某所。

 騒がしい雑居ビル。

 一階の前に翔一はいた。

 目の前に頑丈な鉄の扉がある。

 インターホンを鳴らす。

「だれだ?」

 ドスの利いた男の声。

五菱いつびしさんという人がいると聞きました。会いたいんです。御剣山翔一みつるぎやま しょういちといいます」

「御剣山? ガキだろ、てめぇ」

「おい、そいつ、詩乃の息子じゃないか」

 ドタバタした音が聞こえる。

 しばらくして、

「てめぇ、ガキんちょ。どうやって兄貴の居場所掴んだ」

 目つきの悪い男が、扉の窓から顔を出す。

「藤木さんって人が教えてくれたんですよ」

 もちろん、嘘だ。

 窓が締まり、さらに、どたばた音。

「……入れ、兄貴が会うそうだ」

 先ほどの男の声がして、扉が開く。

 開かなければ無理やり押し通すつもりだったので少しホッとする翔一。

 入ると、極端に人相の悪いジャージの男たちが数人。

 翔一は丸腰だったが軽くチェックされる

 男が顎をしゃくり、奥に通された。 


 階段を上ると、安っぽい事務所の扉。 

 きついたばこの香りを嗅ぎながら開ける。

 そこは応接間であり、ソファー、ガラステーブル、神棚などがあった。

 いかにも暴力団の事務所という雰囲気である。

 ソファーに大柄でパンチパーマをかけた男が座っている。白いスーツにグラサンという、カタギではない風体。

 しかし、五菱は思ったより整った顔立ちで不細工ではない。

 伊達なスーツの下には相当な筋肉が見て取れる。

 薄い色のサングラスから覗く鋭い目。

 怖い声をだす。

「おい、ガキ。どうやってここがわかった。藤木は教えてないっていってやがるぜ」

 もう隠すつもりもないのだろう。

「お願いがあります。もう母には関わらないでください」

 翔一は彼の前に立つと、背筋を伸ばして頭を下げた。

 気まずそうな顔。

 ここまで直球でこられると思わなかったのだろう。

 煙草を灰皿で消す。

「金がかかってるんだ。できるわけないだろ。わかったらさっさと帰れ。……しかし、このガキ、度胸だけは大したもんだ」

「約束してくれるまでは、帰りません」

「……ち」

 冷酷な目線を向ける五菱。

 五分刈りのチンピラが横から迫ってくる。

「わかったら、帰れ。いいな!」

 そういいながら、ジャージのチンピラが翔一の胸ぐらをつかむ。思ったより強い力だった。

 バリっとシャツの胸がはだける。

 すさまじい傷跡があらわになった。

「……おい、なんだこの傷跡」

 チンピラが驚愕で、一瞬、動きが止まる。

 普通なら何度も死ぬような傷跡が胸の一面についているのだ。

 刺し傷、斬り傷、猛獣の噛み痕。拷問の痕。

「こいつ、本当にガキなのか……」

 五菱がつぶやく。

 新しいタバコに火をつけようとしていたが、手が止まった。

「お願いします」

「返済もしないで虫のいいこと抜かすなよ。金を払ったら許してやるぜ……フー。しめて一億だ」

 五菱はタバコを吸って、煙を吐き、そういい放つ。

(絶対嘘だろ、その金額)

「借用書を見せてください」

「ないよ、いいから、帰れ坊主」

「……見せなければ、懲らしめます」

 翔一はもうそろそろ限界だった。

「大きく出たな、小僧。どうやってやるんだよ」

 五菱はへへと笑った。

 翔一は無言で虚空から練習用の木刀を出す。

「エイ!」

 胸ぐらをつかんでいるチンピラの肩を、握り側で強打すると翔一の怪力であっさり鎖骨が折れた。

「ぐは!」

 肩を抑えてしゃがみ込む男。

 人間形だと少し力が落ちるが、やはり、常人よりは怪力なのだ。

 返す刀で、隣にいたもう一人のチンピラの鳩尾を衝く。 

「ぐ、うぐ」

 男は二人は痛みの余り呼吸ができず、悶絶する。

 翔一は五菱の喉に狙いをつけて木刀を向けた。

「これ以上、母に関わるつもりなら、容赦はしません」

 翔一は状況によっては彼らを皆殺しにするつもりだった。普通なら絶対やらないことだが、家族を守るためなら一切手加減はしない。

 翔一の目を見て、一瞬、五菱の目が泳ぐ。

 長い闘争を生きてきた翔一からすれば、彼らのうわべの脅威などないに等しい。

 そして、五菱はまさか、このような少年が本物の戦士だなどと思いもしなかったのだ。

 少年の気迫に、本気で命の危険を感じた。

 五菱は見事な動きで左わきに手を突っ込むが、翔一の方が圧倒的に早かった。右ひじを強打して、五菱の腕は激しい打撲傷を負う。

 前につんのめって、ガラスのテーブルが砕け散った。

 しかし、五菱はあきらめない。

 左の足首から小さな拳銃を抜こうとする。

 叩きのめすのは簡単だが、こいつを諦めさせないといけない。

(剣の間合いだから止めるのは簡単だけど……)

 銃を構えさせる。

「よくもやりやがったな、小僧。木刀を捨てろ!」

 拳銃を構える姿に素人臭さはなかった。さすが暴力団の幹部である。

 しかし、翔一は無言で銃口に迫っていく。

 小さな拳銃の銃口が胸に当たった。

「早く借用書を見せてください。もういいませんよ」

 丁寧にいい放つ。

 全く、彼らに対して恐怖を感じない。

 彼らは単なる人間、吸血鬼や人狼ですらないのだ。

 引き金を絞る五菱の顔にためらいが出る。

 暴力団が子供を殺せば、無期懲役以上は確実。死刑も可能性がかなり高い。

 一瞬、無言のにらみ合いになる。

 翔一の目に獣の凶暴さが宿り始めた。

 五菱は気後れする。彼が少年であるとか、そのようなことは頭から消えた。全く普通ではない気迫なのだ。

 そして、翔一はいらいらしていた。

 怒りのあまり獣化が始まりそうになる。さすがに抑えないといけない。

「いい加減にしろ、犯罪者。さっさと証文を出すんだ。グルルルル!」

 ぶわっと、凶獣の影が差す。

 事務所にいる男たちに捕食される動物の原初的恐怖が沸き起こった。

「ひ!」「こ、こいつ普通のガキじゃねぇ」

「ビビってんじゃねぇぞてめぇら!」

 五菱は叱責するが、男たちはすでに及び腰だった。

「兄貴を守れ!」

 さらに数人の男たちが背後に現れる。手には小さなSMGがあった。


 銃口に囲まれて睨み合いをする。

 永遠にも感じたが、実際は一瞬だった。

 翔一はこっそりいくつかの小石を手に用意する。

 これで一気に彼らの脳天を破壊するしかないと考えたのだ。

 しかし、

「おい、もうやめろ」

 重々しい声が後ろから聞こえた。

 奥から、杖を突いた老人が現れる。

 着物を着た六十代後半の男性。

 恐ろしい気迫のある老人だ。

城嶋じょうじまの叔父貴……」

 五菱は銃口を外した。

「詩乃の息子さんだね。うちの奴が迷惑かけたな」

「……」

 翔一は背中にも銃口を感じていた。これは外されていない。

「おい、証文もってこい」

「へい」

 チンピラが奥に走る。

「僕もただとは思ってません、これをどうぞ」

 翔一はまたもや虚空から袋を取り出す。

 袋の中には友人からもらった金銀財宝が入っていた。黄金だけでも相当な量だが、宝石もぎっちり詰まっている。

「詩乃の借金は五千万だ。馬鹿亭主の借金も込みで入っている」

 五菱が見せる。

「嘘をつきましたね。でも、この借用書は貰います。この財宝もさし上げます」

 翔一はしっかり目を通したのち、彼らの目の前でビリビリに破り精霊界に放り込んだ。

「貴様、さっきから物をどこから出してどこにやってる。異能者なのか」

 痛む腕を抱えながら、五菱は翔一を睨む。

「止めねぇか。この坊やはとんでもない人だよ。お前たちももう関わるな」

「叔父貴、でもここまで舐められては」

「もういい、この子は普通の少年じゃねぇ。馬鹿なことで被害を出すな」

 翔一は無視して帰ることにした。

 カチ、という音がする。

 見ると、五菱が引き金を引いたのだ。しかし、弾は発射されなかった。 

 他の部下も一斉に引き金を引くが、弾は出ない。

 翔一は冷たい目で五菱たちを見る。

 五菱はさらにもう一丁、こぶし大の拳銃を抜くと翔一を撃つ。どこかに隠し持っていたのだ。機械精霊は間に合わなかった。

 バン! 

 安っぽい音、発射された弾。

 弾は翔一の背中の皮膚を貫けず、床にカランと転がる。

 精霊が物理法則を否定したのだ。

「……丸腰の人間。しかも、背中を撃つとはね。任侠の看板、降ろしたらどうですか」

 軽蔑のまなざしに、おびえた人間の顔になる。

「し、しかし、こいつは異能者で……」

 五菱は誰に言い訳をしたのだろうか。

 きょろきょろする。

「馬鹿野郎! てめぇはそれでも男か!」

 老人の激しい叱責。

 翔一は事務所を去った。


 翌日。

 夕暮れ時。

 赤く照らされる雑居ビル。

「藤木をどうする」

 宿精の声。

「僕はあいつを許せないよ」

「でも、殺すのはやめておけよ。いろいろ面倒なんだろ?」

「そうだよ。でも、何か案でもあるのかい?」

「さあね、簡単な方法だよ。お前は必要ないけど、精霊界には霊視能力を人に与える精霊がいる。それを藤木につける」

「それから?」

「それだけだ。憑依させたら終わり」

「ダーク君、この世界にきてから楽しんでるだろ」

「ああ、意外とな」


 藤木が事務所を出た瞬間、精霊が憑依した。

 彼は何が起きたのかわからず、頭を振っていたが、やがて一つの視線に気が付く。

 愛と恨みに狂った女の視線。

「あ、ああ! お前、なんで生きているんだ!」

 藤木の驚愕振りはすさまじいものだった。

 階段で激しく尻餅をつき。ズルズル滑って、手足に打撲を負った。

 憎悪に満ちた女の幽霊が藤木に迫っていく。

「ヒ、ヒィ、俺は悪くない、俺は悪くない!」

 藤木は事務所に飛び込む。

「あいつ何をやったんだ……」

 幽霊を見た藤木の余りの狼狽ぶりに翔一は首をかしげる。

「許してくれ、許してくれ、許してくれ!」

 藤木の声が聞こえた。そして、

「ギャーーーーーーーー!」

 藤木の叫びが聞こえ、それからすすり泣き苦しむような声。

 血の匂いがする。

 翔一は去った。

 

 数日経って、二つのことが起きた。

 一つは探偵の藤木康介が自分の目を潰して、自殺したこと。

 目だけではなくて、全身をずたずたに自分で切り裂いたという。

 長時間かけて、自分を苦しめながら、出血多量で死亡。

 あまりに異常な状態に他殺説もあったようだが、警察は自殺と認定したようだ。

 そして、もう一つ。

 それは手紙と現金だった。

 手紙は二通あり、翔一宛と詩乃宛だった。

 黒い服を着た男が無言で翔一に渡して去っていったのだ。

 翔一宛の手紙には、五菱を降格して漁船に乗せたこと、引き金を引いた他の奴らも降格。現金は財宝を換金して余った金額だという。

 五千万以上あった。

 翔一は全て母に託した。

 詩乃も手紙を読んでいたのだろう。

「このお金のことは誰にもいっては駄目よ」

 翔一はうなずく。

 詩乃は金を金庫に入れると電話をした。 

 念には念を入れる性格なので、思わず聞き耳をする。

「城嶋さんからのお金よ。借金はチャラにして、残金はお返ししますってあるわ」

「じょ、城嶋さんですか。詩乃ちゃん。すごい人と知り合いなんだね」

 声からすると、詩乃の事務所の社長だ。

 年は取っているがチャラい男である。

「ええ、まあ、若い時に……」

「過去はいいよ。これからだよ。でも五菱が恨んでると思うと。まずいよね」

「心配ないわ、たぶん、文面からすると、五菱はもう……」

「やっぱり、そうだよね。今時漁船なんて……」

 社長の声は怯え切っている。

「……」

「ところで、そのお金はどこからきたのかわからないの?」

「はっきり書いてないわ。御剣山家から頂いたが、お返ししますって」

「城嶋さんがもういいっていうなら、一応、大丈夫よ。たぶん」

「社長、今度の件で吹っ切れたわ、私、どんな仕事でも受けます」

「え、さすがに、あの件は……」

「いいのよ、どうせ若い時は何でもありだったんだから、今更取りつくろって何の意味があるの」

「そうだね、人気がある限り頑張ろうよ。僕も努力するから。借金もなくなったから落ち着いて仕事もできるよ詩乃ちゃん」

「はい、社長」

 そこまで聞いて翔一は席を外す。


 少し、剣術を鍛え直そうと考えたのだ。




2021/2/6 サブタイトル修正

2021/2/10 8/15 微修正

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