15 暴力団対勇者 その1
「本日のニュースです。先日から続く海獣騒乱は今朝鎮圧されました。自衛隊特殊部隊と日本防衛会議公認ヒーローが、海から襲来した海獣群を戦闘の末鎮圧したと警察が発表しました。重軽傷者十名……」
いつものニュースが流れている。
朝食のパンをちぎりながらスープに浸す。
「おいしいよ、お母さん」
御剣山翔一は異世界にいっている間、ほとんど美味しいものを食べられなかった。
しかし、その経験を抜いても、翔一の母の料理はかなりの旨さだった。
「ああ、嫌だわ。いつになったら、こんなことが終わるのかしら」
詩乃がつぶやく。
「みんなで頑張ったら、いつか平和になるよ」
翔一は一般論でいったのではない。
結構、本気だった。
「なんだか、こんなことが起きなかった時代が懐かしいわ」
姉の園が答える。
彼女はあまり朝食を食べない。野菜ジュースだけ飲んでいる。
「そうだ、二人にいっておくことがあるの」
詩乃が何かいいたいらしい。
「私、芸能活動再開するわ。引きこもってる人が多いから、皆を楽しませたいの」
にこやかな母。
うなずく翔一。
「私はモデル活動継続するけどいいわよね」
園もうなずきながら返した。
「安全地域を絶対出ないでね」
「わかっているわ。もう子供じゃないのよ」
「何かあったらすぐに電話してね。僕が駆け付けるよ。それと、これ、お守り」
翔一は毛玉のお守りを渡す。
「あら、モフっとして可愛いわね」
「何これ」
詩乃はほとんど疑問も感じず、首にかける。
園はまじまじとチェックしているようだ。
「悪いことが起きるとこれが吸い取るんだよ」
このお守りをつけると、小さな怪我などは消し去ってしまう。
「翔ちゃんの毛皮に感触似てるわ。ありがとう」
詩乃は嬉しそうだが、園はポケットに入れた。
二人には見えないが、翔一には見える。お守りはすぐにそれなりに膨れ上がる。
そして、すぐに小さくなっていく。
このお守りは災いを魔力に変換し吸って膨れ上がり、そして、受祚された聖性精霊が徐々に消していく優れものだった。
(芸能活動をすれば、憎まれる……二人は心が強いから何も感じないと思うけど、呪詛レベルの強力な怒りもあるんだろう)
これが人気商売の怖さなのだ。
首を振る翔一。
筋の通らない怨念は、意味がないわけではない。
しかし、まともな子孫なら祖霊が守る。守護霊といってもいいだろう。
(僕も守られている。大勢の敵を倒してきたけど、僕は悪人以外には手を上げていない、あとは正当な防衛……祖霊の皆さまには感謝だ。でも、そうだ、お父さんは……)
そこまで考えて、少し心配になる。
「あら、電話ね」
詩乃のスマホが鳴る。
相手の名前を見て、詩乃は血相変えると奥に引っ込んだ。
「お母さん慌ててたね」
「そうなの? 私出かけるから」
園は興味なさそうに出発の準備を開始した。
翔一は忙しい朝だったが、こっそり近づき聞き耳を立てる。
隠密は得意なので、かすかな音も立てない。
鋭敏な聴力には電話の会話も聞こえてしまう。
「いいか、詩乃。あんた、相当たまってるんだぜ。夫の借金も肩代わりしただろう。どうすんだよ、返済」
低く迫力のある男の声が聞こえる。
「待ってください。息子も帰ってきました。仕事も再開します。そのギャラで……」
「へ、どうせはした金だろ。そんなことより、あんたはまだまだ美人だ。ファンも待ってる。あの先生の作品で主演しろよ」
下卑た声。四十代の男だと思われる。
「あの先生は、かなり、その……」
「アートだよ、アート。いいな、いい返事を待っているぜ。それに、娘の園ちゃんもいい女になってきたよな。あんたの返事次第でどうなるか……」
「娘に手を出したらゆるさないわ!」
プチッと電波が途切れる音がした。
翔一は一人、怒りで獣化しそうになっていた。
「藤木康介探偵事務所……ここかな」
翔一は母がよく利用していた探偵事務所を訪れる。
外階段を上り、雑居ビルの二階、安っぽい事務所の扉を開ける。
むっと、タバコの匂いがした。
部屋全体に染みついているのだ。
「すみません。藤木さんいらっしゃいますか」
翔一がそういって入ると、一人の男が出てくる。
「いらっしゃいませ……子供だね、君どこの子」
三十代位の飄々とした男。
メガネをかけている。
インテリ風の風貌だが、異常なぐらいに日焼けしている。容姿に妙なちぐはぐさがあった。
翔一が答えようとすると。
「ああ、わかった、御剣山詩乃さんの息子さんだね。翔一君だ。さんざん写真見たのにすぐにわからないなんて……でも、写真とはかなり雰囲気が違うなぁ。どんな体験をしたんだい?」
定番の質問である。
いつも通りごまかす。
「失踪してる時の記憶はないんです。すみません」
「いいんだよ。それよりよくぞ帰ってきてくれた。心配してたんだよ」
「……ええっと、藤木さんですよね」
「ああ、僕がここの所長の藤木だよ。所員は僕以外いないけどね」
苦笑する男。
「母を助けて下さりありがとうございます」
「人として子供の失踪は絶対助けたいだろ。ま、商売だから無償ではできないけど、心はボランティアで頑張ったんだ。でも、よかった、本当に」
翔一は勧められると、ソファーに座る。
「君……手と首、頭にもすごい傷があるね。体は……」
翔一は長そでを着て首までボタンを留める癖が付いた。
体の傷跡は普通なら死ぬレベルだから、色々な憶測をされて困ったことになるからだ。
「気にしないでください。僕にもよくわからないんです。それより、母のことでお願いしたいことが……」
「うーん、何のことかわからないけど、家庭のことなんだからお母さんと話し合ったらいいんじゃないか」
「たぶん、絶対僕には何もいわないと思います。率直にいいますね。お母さんは借金で困ってるみたいなんです。そして、誰かにゆすられているみたいです」
藤木の顔が真剣になる。
「うん、わかるよ、お母さんはかなり無茶に金をばらまいて君を探したからね。それに、夫のあいつ……失礼した……天羽栄二さんの借金も離婚成立が遅れて、彼女に取り立てが向かっている。無理筋だけど、とりっぱぐれが怖いんだろう。まともな奴らじゃない」
父はスキャンダルのためCM降板などもあったのだ。
当然、企業から補償を求められている。
「暴力団みたいな連中なんですか?」
「うーん、依頼が終わってから風のうわさで聞いたことだからね。調べてはいないんだ」
「これを見てください」
翔一はカバンから、こぶし大の袋を取り出す。
袋の中身は金貨だった。
「これは?!」
「理由はわかりませんが、僕の所有物だと思います。持っていました。これで調査して欲しいんです」
「えーっと、これ、古い金貨だよね、含有率が低いとしてもこれだけあれば……五百万くらいするのかな、素人だから断言はしないけどね。でも、そうだな、専門家に見せて換金してから普通に依頼してくれないか」
「僕が手ぶらできたわけじゃないことを知ってもらえたらそれでいいんです。お金は持ってきます。でも、すぐに調査は始めて頂けませんか。お母さんを困らせている奴らのことを」
「君、なかなか肝が据わってるね。わかった。では、君が知っていることを可能な限り教えてくれないか」
翔一は電話の内容を覚えている限り正確に伝える。
「電話の内容なんてどうやって聞いたんだい?」
「……お母さん、スピーカーホンで話してたんです。音は小さかったけど偶然聞こえてしまって」
苦しいごまかしだなと思ったが、他に思いつかなかったのもある。
自分の聴力を教える必要はない。
疑わしい視線をもらったが、藤木はそれ以上は追及しなかった。
「……うーん、たぶんヤクザだよ。今はかなり勢力おちたけど、最近警察が忙しいからね、こっそり盛り返してきてるんだよ。それに、芸能界は元々多いからね、そういう奴らも、そういう付き合いも」
うーん、は藤木の口癖なのだろう。そういいながら頭を掻く。
「では、お願いします」
「ああ、詩乃さんのためだ任せてくれ」
翔一は藤木と連絡先を交換して事務所を後にしようとする。
外に出た時、じっと事務所をにらむ視線を感じた。
見ると、物陰に体を半分出した女が見ている。
恐ろしく強い双眸。
異常なくらいにどす黒いオーラ。
(幽霊かな。すごい目線だ……)
翔一は目をそらした。
何か怨念を持っているようだが、関わり合いになりたくない。
視線の先は間違いなく、藤木の事務所である。
翔一には全く興味が無いらしく、女は視線を動かさない。
(恨み? ものすごく強い愛情かもしれないけど……)
ふと、興味が湧いて、藤木がまじめに働くかを少し調べることにした。
(あの爽やかな雰囲気の男に表裏があるってことかも)
隠密精霊を張って、子熊になる。
動物形態になれば聴覚はさらに増す。
外に出るとき、藤木が電話をしているようなかすかな気配があったのだ。
あまり趣味のいい行為ではないが好奇心に負けた。
事務所の裏に回り、丸い耳をぴくぴくさせて聞き耳を立てる。
電話の会話が二階から聞こえる。
「ばれてますよ、旦那。あのガキに」
(電話してる……『ガキ』って)
翔一は藤木の紳士的な口調ががらりと変わっていることに驚愕した。
「詩乃の息子か……かなり詳しくばれているな。どうやったんだ、あのガキは」
聞き覚えのある低い声。
「電話の盗聴、ですかね」
「ガキにできることか、そんなこと」
「ハッキングで捕まるのは大抵ガキンチョですよ。それが趣味なら子供でもやりますよ」
「じゃあ、この会話聞かれているのか?」
「それはご安心を、俺はプロです」
「そのガキから金を巻き上げろ。藤木」
「へへ、さすが、五菱の兄貴だ。最後は誘い込んで拉致しますか」
「それでいい、詩乃も息子が捕まれば、いいなりになるだろう。あの女、滅茶苦茶にしてやるぞ」
「その時は俺も参加させてください。暫く一緒にいましたが、本当にいい女です」
「それはお前の働き次第だ」
会話はそれで切れる。
翔一はしばらく無言だった。
それほど藤木を疑ったわけでもない。ただ、少し、彼の働きぶりが知りたかっただけなのだ。
それが思わぬ結果になった。
(僕の友達ならどうするかな。乗り込んでぼこぼこに……やりそうだけど、やらないクマかな。あの人がいたらいいのに……)
翔一の親友はこの手の悪党たちに非常に詳しかった。
彼の助言が聞きたいが、彼はもういない。
おもわず、ため息をつく。
(自分で考えて行動するしかないクマだね)
翌日。
学校の放課後。無人の教室。
外には部活の生徒たちの声が聞こえている。
翔一は一人、サイボーグの友人からもらった、オーバーテクノロジーのタッチパッドを研究していた。
パッド内のアプリ疑似人格、リリーが案内してくれる。
「こんにちわ、翔一さん。何をしますか」
画面にとても可愛らしいエルフの少女が現れた。彼女のアバターである。
「スマホのハッキング、アドレス把握、GPSで居場所も知りたい」
「痕跡無しで行うために、アプリを作成する必要があります。攻撃は既存のアプリで問題ありません」
「ではやってくれ、番号は……」
「はい、十秒お待ちください」
待つほどの話でもないなと思いつつ結果を待つ。
「藤木康介、居場所はここになります。電話相手の五菱という人物は五菱伴久だと推測されます、彼のアドレスはこれ、居場所はここになります」
翔一は紙のメモに残す、結局、これが一番安全なのだ。
「五菱は任侠剣城会の幹部です。構成員が百人はいる組織のようですね」
「こんな奴ら、どうやったら借金を諦めさせられるだろう」
「……返済する以外方法は思いつきません」
「まあ、君はまじめそうだからそう思うよね。しかし、奴らは金づるだと思ったらいつまでもしがみついてくる……こうなったら正面決戦しかないかな。どうせ、小細工なんてできないだろう」
翔一は三年間の経験で、彼らの生態が多少わかるようになっていた。
友人から暴力組織の話はよく聞いていたのだ。彼は異世界の文明地で暴力組織を支配して、一時期は自警団ギャングのリーダーもしていたという。
「申し訳ありません」
「君の責任じゃないよ」
「おい、やるならいい精霊がいるぞ」
ダーク翔一が声をかけてくる。
「へえ、どんなの?」
「鋼体精霊だ。お前の体を頑丈にする。矢玉、銃弾、魂のこもらない武器は効かない。魔法の武器、肉弾は普通に効く」
「頭から効かないというのはすごいね、じゃあ、僕は銃器に対して不死身になるんだ」
「しかし、喰らい過ぎると消える。甘い考えは捨てろ」
「機械精霊でもいいけど、銃を持った奴って、多分、かなり厄介だからね。あの人たちと会うときにそれ纏っていくよ」
(前の世界では使い道はない精霊だね。前の世界では肉弾攻撃が普通で、魔法の武器もありふれていた)
「どうせなら、体に受祚しておけよ」
「銃器が多い世界だから。それが無難かな……刺青するのが嫌だけど」
「あきらめろ、死んでお母ちゃん悲しませるよりいいだろ?」
うなずく翔一。
何をするにしても、母を悲しませてはいけない。
翔一は人気がない場所に行くと、顔をしかめながら精霊を身に刻んだ。
2021/2/6~2024/9/30 微修正、藤木との会話を一部修正




